「さよならはエモーション」 サカナクション
「DRAGON NIGHT」 SEKAI NO OWARI



ゲスの極み乙女。、サカナクション、SEKAI NO OWARI。いずれも個性的な3組のバンドから耳が離せない。
まず、待望のファーストアルバム「魅力がすごいよ」が先月リリースされたゲスの極み乙女。ハマカーンのネタでしょと突っ込みを入れられることを辞さない適当なバンドネームと、疾走感ある切れのいいサウンドとのギャップ、そして男2+女2のビジュアルが最高だ。ヒップホップ・プログレ・バンドを自称しているという彼らだが、ハウス/ヒップホップ以降の感性を取り入れたほな・いこかのドラムとプログレのセンスを内包するちゃんMARIのキーボード、休日課長のベース、川谷絵音のギターが織りなすサウンドは、唯一無二のもの。「デジタルモグラ」の間奏で、ギター・ソロからドラムへと続いていく展開は超絶格好いいし、ヒット曲「猟奇的なキスを私にして」のカップリング曲だった「アソビ」の間奏で聴くことのできるエレクトリックピアノをフィーチャーしたプログレフュージョン風の展開には思わず鳥肌が立ってしまった。このゲスの極み乙女。というバンドは、雨後の竹の子の如くに乱立する若気の至り的なバンドとは一線を画する存在といえるだろう。
ゲスの極み乙女。を聴いていると、しばしばサカナクションとSEKAI NO OWARIを彷彿とさせる瞬間があるのだが、コーラス部分がサカナクション、川谷絵音によるハイトーンヴォーカルがSEKAI NO OWARIのFukaseと重なる部分が少なからずあるからだろう。ミニアルバムの「みんなノーマル」には「サカナの心」という曲があるし、同ミニアルバム収録の「市民野郎」や「ノーマルアタマ」で聴かれるコーラスは、なんだかサカナクションのパロディっぽい気もする。
そのサカナクションの最新シングル「さよならはエモーション」だが、これがドラムンベースを取り入れたクールなトラックで、なかなかどうして傑作なのだ。(余談だが、JUJUの最新シングル曲「ラストシーン」も哀愁ドラムンベースだ。)
サカナクションというバンドは、フロントマンである山口一郎のナルシスト的な側面ばかりが注目されがちだが、聴きどころは現代詩を思わせる歌詞とエレクトリックサウンドの異種交配にある。寺山修司や吉本隆明を愛読し、創作活動において苦悩する姿を敢えて衆目にさらすことをためらわない山口一郎の手になるエキセントリックな歌詞は、エレクトリックサウンドに乗ってこそ輝いてくるといえるだろう。〈過剰に文学的な歌詞〉、〈山口一郎のアクの強い歌い方〉、〈最先端ではないエレクトリックサウンド〉。一つひとつは、ちょっと引いてしまうというか、敬遠したい感じなのだが、それらの要素が重なり合うとクセになるから不思議だ。そのような音楽性をもってして、和製レディオヘッドと形容することは可能かも知れない。本シングルの4曲目にはコーネリアスによる「ミュージック」のリミックスが収録されているのだが、今のタイミングでコーネリアスをリミキサーに起用するという感覚が鋭いのか、ズレているのか分からない。しかし、そうしたマイペースなスタンスがじつにサカナクションらしいといるのではないか。
最後はSEKAI NO OWARI。中二病バンドとしてディスられることも多いセカオワだが、かつてのエレクトリック・ライト・オーケストラ(ELO)がそうであったように、きわめてコンテンポラリーなバンドだと思う。「Love the warz」の歌詞や、映画「エルム街の悪夢」を模した「銀河街の悪夢」の楽曲タイトルなど、確かに青臭い部分もあるが、セカイ系ロック、あるいは、ファンタジーロックという新たなジャンルを確立したという意味では唯一無二といえるだろう。「炎と森のカーニバル」と「眠り姫」はそっくりだし、新曲の「DRAGON NIGHT」では、EDMの意匠を取り入れたりしているものの楽曲的にネタ切れ感が漂ってきているのは否定できないし、引き出しがさほど広くなさそうなのがネックなのだが、キャラづくりも含めた演出はじつに巧みだ。エヴァンゲリオンや最終兵器彼女等から連なるセカイ系の想像力をベースに、ロールプレイングゲームとディズニーとティム・バートンを足して3で割ったようなキモカワイイワールドを構築するロックは、これまでありそうでなかった。
セカオワはバンドの形態を取ってはいるが、ドラマーとベーシストがいない。だからこそ、「スターライトパレード」のような4つ打ちの名曲が生まれたのだろう。サカナクションにはドラマーが存在するが、曲によって生ドラムと打ち込みを使い分けている。セカオワやサカナクションに比べると、ゲスの極み乙女。は生ドラムにこだわっているように見える。それでもこれら3組のバンドが、生演奏であるか打ち込みであるかに関わらず、リズム隊に力点を置いていることは間違いない。そのような点において、ギタリスト主導のバンドとは異なり、多様化・拡張するハウス/テクノ/ヒップホップ以降の音楽シーンと親和性が高いのだろう。







