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Future Cafe

音楽レビューのようなもの〜TECHNO、JAZZ、BREAKBEATS etc

「流れ弾」櫻坂46

 

 

 櫻坂46の「流れ弾」を聴いて以来、そのエネルギーの塊のような格好良さにすっかりはまり、虜になってしまった。どちらかと言えばアイドルの楽曲には王道路線を求めてきた筆者だが、まるでロッテルダムテクノを最初に聴いたときのように未知のサウンドに湧き上がる興奮を禁じることができなかった。まず、ギターのカッティングが生み出すファンキーな高速グルーヴとアイドルという取り合わせが意表を突いていて何とも斬新だ。「LOVEマシーン」を彷彿とさせるイントロや、キレのある歌唱など、ハロプロっぽいと言う意見もあるだろうが、ひたむきでガチなところが櫻坂46らしく、ハロプロにはない魅力に溢れている。

 「サイレント・マジョリティー」から連綿と続く、内省的で、攻撃的なメッセージ色の強い歌詞世界は健在で、欅坂から櫻坂になっても変わることはない。それでも欅坂とは異なる櫻坂としてのアイデンティティーは感じることができる。平手友梨奈在籍時の欅坂46は演劇色が強く、「不協和音」などはアイドルグループと言うよりは平手のカリスマ性に依拠する劇団グループと言った趣で、音楽の快楽をストイックに封印することで緊張感を演出しているようなところがあった。櫻坂46には、平手が体現していたエキセントリックな要素は少なく、もう少し開かれたイメージがある。そうした意味においてはBPM早めのハウスビートが、楽曲に圧倒的な開放感をもたらしているカップリング曲の「Dead End」も「流れ弾」同様聴き逃せない。

 秋元康のプロデュースに限って言えば、今年は秋にもかかわらずアッパーなシングル曲が多く、AKB48の「根も葉もRumor」も、日向坂46の「ってか」も、BPMは早めで、いずれもグループ史上最高難易度のダンスを謳い文句にしている。乃木坂46の「君に叱られた」も、ファンキーなイントロから始まるアップテンポな楽曲だ。恐らくコロナ禍の収束を織り込んだもので、閉塞感から抜け出た先にあるGO TOな気分を表現しているのだろう。この中では「流れ弾」が群を抜いているが、楽曲の完成度でまたもAKB48が後塵を拝しているように見えるのはどうしたことだろう。

 余談になるが、TWICEが初の英語歌詞となる新曲「The Feels」をリリースした。BTSの成功を意識してのことだろうが、櫻坂46のガラパゴス化が際立つ話だ。「The Feels」はさすがにクオリティが高いが、櫻坂46の進化もなかなかどうしてハイレベルだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「Talk Memory」BADBADNOTGOOD

 

 

 トロントのジャズバンド、バッドバッドノットグッドの5年ぶりとなるアルバムがリリースされた。ヒップホップを下敷きにしたサウンドに定評のある彼らだが、メンバーを構成するマシュー・タヴァレス、チェスター・ハンセン、アレックス・ソウィンスキーは音楽大学の同窓生というから、ジャズやクラシックの理論的側面にも精通してそうで、引き出しが広いのが特長だ。ヒップホップはもとより、ロック、ポップス、ビートミュージックから、テクノ、サウンドトラックまで、おそらくはカバーするであろう強靱な雑食性に加え、それらの要素のクレバーな組み合わせが最大の魅力となっている。とにかくメロディや音選びのセンスの良さには脱帽するが、あえて野暮ったくレトロな電子音を採り入れるなど、ユーモアも持ち合わせているようだ。また、輪郭のクリアでない音像は、紛れもなくJ・ディラ以降のシーンと同期している。アルバムによって音楽の方向性も変える柔軟さも彼らの魅力だが、今作ではブラジルのベテランコンポーザー、アルトゥール・ヴェロカイを中心に、デトロイト出身ジャズドラマーのカリーム・リギンス、ロサンゼルスを拠点に活躍する音楽プロデューサー兼サックス奏者のテラス・マーティン、マンチェスター出身の電子音響ユニットであるフローティング・ポインツ等を起用し、弦楽器を採り入れた厚みのあるサウンドに挑戦している。 

 オープニングを飾る①「Signal from The Noise」は、間奏でエレクトリックギターが爆発する9分超えの大作で、フローティング・ポインツが参加し、サイケデリアの陶酔の中にロックを感じさせるナンバーとなった。続く②「Unfolding」(Momentum73)はサックスによる短いフレーズがループするミニマルトラックで、幻想的なムードを醸し出す。③「City of Mirrors」はアルトゥール・ヴェロカイのストリングスアレンジが、まるでオーケストラのような効果を生み出し、聴く者を天上の楽園へと誘う。④「Beside April」は、4ヒーローやシネマティック・オーケストラあたりを連想させる美しいフュージョンで、マッド・リブとのコラボも記憶に新しいカリーム・リギンズがドラマーとして参加している。さらに、⑤「Love Proceeding」も、ストリングスが美麗な曲だが、ドラムとサックスのかけ合いがユニークであり、バリー・ホワイトの「愛のテーマ」的な雰囲気も相まって、全編を通じてチャールズ・ステップニーのようにドラマチックな世界を描き出している。⑥「Timid Intimidating」は、それぞれの演奏パートが際立つ楽曲で、彼らの作品としては珍しく、密度の濃い演奏が聴ける。ラストの⑧「Talk Meaning」は、アルトゥール・ヴェロカイに加え、テラス・マーティンも参加したドリーム・チームによる意欲作であり、疾走するドラム、モーダルなピアノ、クールに嘶くサックス、分厚いストリングスが渾然一体となって立ち現れる光景が熱い。アリス・コルトレーンを意識したわけでもないだろうが、アルバムはハープ演奏で幕を閉じる。全体的には、アルトゥール・ヴェロカイの参加により、ボサノバでもサンバでもない、そこはかとなく漂うブラジル風味が、カート・ローゼンウィンケルの『カイピ』(2017年)などとも共振し合う内容となった。

 ハービー・ハンコックが手探りで始めたジャズのヒップホップ化は、晩年のマイルス・デイビスをも巻き込み、グレッグ・オスビーやスティーヴ・コールマン、ブランフォード・マルサリス、エリック・トラファッズ等の手を経て、ジャズでもヒップホップでもないオリジナルな領域へと進化を遂げた。その最前線に彼らがいる。

 

 

前作よりライブ映像

 

 

 

 

 

 

 

「ANAL SEX PENiS」ASP

 

 

 なんて下品でストレートなアルバムタイトルだろう。思わず、どん引きしてしまった。悪ノリというにはひねりがないし、露出が少ないから、世間的に物議を醸すというところまで至ってない。ただし、グループ名のASPはANTi SOCiETY PUNKの略であり、頭文字がANAL SEX PENiSと同じという程度のひっかけはあるようだ。テレビ番組「水曜日のダウンタウン」とタイアップした豆柴の大群のプロデュースあたりから雲行きが怪しくなってきたWACKだが、どこに向かおうとしているのかが見えない。WACKのファンからすれば、BiSHのちんぽ発言などもあるので、大したことではないというかも知れない。しかし、楽曲で十分に勝負できるのだから、このように性的な表現や反社的なポーズがリスナーを限定してしまうとしたらもったいないと思う。潔癖症ではなく、むしろ変態趣味の筆者が言うのも何だが・・・。しかし、こうしたタイトルのアルバムでも抵抗なく手にとってしまえるのは、サブスク時代の恩恵なのかも知れないが・・・。(もちろん、したたかなWACKだけに、そこまで計算に入れている可能性もないとは言い切れない。)

 肝心のアルバムだが、WACKブランドの作品の中でも上位に位置づけたくなるほど、充実した内容の1枚となっている。これは独断と偏見に基づく持論だが、甘美でポップなメロディはノイジーなバンドサウンドと非常に相性が良いと思う。古くはUKのマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ティーンエイジ・ファンクラブ、ビフ・バン・パウ!などクリエイションレーベルのアーティストたちや、ペイルセインツ、ラッシュ、USのダイナソーJr、ソニックユース、その源流とも言うべきヴェルヴェット・アンダーグラウンドwithニコ。そして忘れてはならないのが、1985年にアルバム『サイコキャンディ』でデビューしたUK出身のジーザス&メリーチェインだ。歪みまくった轟音ギターに青臭いメロディを載せた彼らのサウンドは、ある意味もう一つのパンクだったといっても良いだろう。ニルヴァーナのグランジやシューゲイザーを通過点として、すっかり定番化した感のある轟音ギター+甘美なメロディだが、その原点が『サイコキャンディ』だとするなら、まるでブキミカワイイがはびこる現代ニッポンカルチャーを先取りしていたかのようだし、極論を言えば、その感覚はサウンドこそ違えどWACKといアイドル製造のシステムのあり方にもつながっている。ファズノイズそのものは、ヴィーナス・ペーターや神聖かまってちゃんなどを経て凛としてしぐれなどに受け継がれているのだろうが、〈サイコ〉と〈キャンディ〉のハイブリッドがもたらした衝撃は、〈オルタナ〉と〈アイドル〉のハイブリッドがもたらす衝撃にどこか似ていないだろうか。パンクを標榜するアイドルに、パンクとは異なるパンク以降の音楽を重ねるのは的外れかも知れない。

 それでも、①「拝啓、ロックスター様」は軽々とパンクを超えるギターウルフばりの轟音ギターに、ポップなサビが映える感動的なナンバーだし、②「A Song Of Punk」もノイジーなサウンドと甘酸っぱいメロディが青春の焦燥感、疾走感、刹那感を加速させる1曲だ。③「BE MY FRiEND」は、まるで気が触れたいきものがかり「じょいふる」だし、⑨「The Emperor’sNew Clothes」はティーンエイジ・ファンクラブ的で、アナルも、ペニスも悪い夢だったかのように雲散霧消している。

 本作を聴いているとベビーメタルを思い出すのだが、ノイジーとスイーツの融合という意味合いで、とりわけ「ギミチョコ!」と「あわだまフィーバー」はメタルとポップの最良の組みあわせ言えるだろう。ヴィーナス・ペーターの「Lemon」(1991年)は、すでに30年前に日本にもこんなバンドが存在していたという記憶を残すためにアップしておこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Dissent」 Moritz Von Oswalld Trio

 

 

 ベルリン出身のモーリッツ・フォン・オズワルド率いるモーリッツ・フォン・オズワルド・トリオの6年ぶりとなるアルバムがリリースされた。6年ぶりと言っても前作のメンバーが、当時ミニマルテクノの新世代アーティストとして注目されていたリカルド・ヴィラロボスとアフロ・ビートのレジェンド、トニー・アレンであったのに対し、アメリカの女性テクノアーティストのローレル・ヘイロー、ジャズ・ドラマーのハインリヒ・ケベルリングを迎えた今作は、トリオであるということ以外に前作との共通点はほとんど無く、完全なる別プロジェクトと言ってもいいだろう。さらに初期メンバーが、ヴラディスラフ・ディレイ(LUOMO)、マックス・ローダーバウアー(サン・エレクトリック)であったことも踏まえると、モーリッツ・フォン・オズワルドによるトリオ・シリーズ最新作と考えるのが妥当と目される。

 90年代にマーク・エルネフタスと共にミニマル・テクノ/ダブの重要ユニット、ベーシック・チャンネルを立ち上げ、その後のテクノシーンに大きな影響を与えることとなったモーリッツ・フォン・オズワルドは、このトリオという形態を手に入れることで、ベテランにありがちな自己模倣の罠に陥ることを回避し、いまなお前線に立ち続けている。テクノ畑のアーティストでありながら、ジャズ・レーベルの〈ECM〉から共同でECM音源のリコンポーズ作品を出しているヴラディスラフ・ディレイ(dr.)とマックス・ローダーバウアー(key.)が創始時のメンバーだったことからも、同ユニットがジャズを意識したユニットであることは間違いないが、テクノ界きっての異才だけに一筋縄では行かない。トリオと言ってもジャズ奏者が揃っているわけではなく、鍵盤奏者とドラマーは兼ねているもののサウンドクリエイターが3人いるといういびつな布陣が特徴だった。第2期のトニー・アレンもパーカッション奏者だが、コンポーザーとしての側面が強いミュージシャンだ。そして何より、彼はアフリカ音楽のイノベーターであり、ジャズ畑の人間ではない。

 トリオを看板に掲げながらも、ジャズプレイヤーを起用しなかったモーリッツが初めてジャズ・ドラマーを起用したのが本作『Dissent』だ。残念ながらハインンリヒ・ケベルリングというドラマーのことはよく知らないが、トリオのもう一人、ローレル・ヘイローは2012年に〈ハイパーダブ〉から『Quarantine』(意味は、検疫、隔離!)でデビューし、その後サックスを導入したテクノなど、ジャズを意識した作品もリリースしており、本作がいかにジャズを念頭に置いて作られているかということを伺わせて興味深い。実際、モーリッツ・フォン・オズワルド・トリオでは最もジャズを感じさせる作品となった。①「Preface」や②「Chapter」のように、前段はいわゆるエレクトリック・マイルス的なサウンドが多いのだが、リスナーはアルバムを聴き進むうちに、ビートの多様な響きに耳を奪われ、そしてダンスの官能に包まれ、やがてインダストリアルなエフェクトやノイズに魅了されていることに気付くことだろう。もちろん、これをジャズとして聴かなければならないというきまりなどなく、自由に耳を傾けていればそれで良いのだと思う。               

 

 

 

 

 

 

 

 

「トルマリン」26時のマスカレイド

 

 

  世界に先んじているのか、ガラパゴス化に向かって邁進しているのかは定かではないが、日本のポップスシーンはボカロPの全盛期だ。YOASOBIのAyaseを筆頭に、Adoの作曲によりブレイクしたSyudou、「春を告げる」のくじら、「シャルル」の須田景凪等がチャートを賑わせている。Jポップを代表するヒットメーカー、米津玄師もボカロPだったことを忘れてはならない。こうした現象に拍車をかけるきっかけとなったのがコロナ禍におけるステイホームだと思う。アリーナやフェスではなく、YouTubeやティックトックを主戦場とするボカロPはコロナの影響を受けにくい。その一方で、Official髭男dismやMISIA、キング・ヌー、優里、藤井風など実力派の台頭も目立ったが、これはカラオケと切り離されたところで純粋に楽曲を享受する傾向が進んだことの現れと思われる。脱カラオケもコロナ禍の特徴と言えるだろう。コンサート、ツアー、劇場公演、握手会、ファンミーティング、カラオケが中止、自粛になる中、苦戦を強いられたのがアイドル業界だ。とりわけソーシャルディスタンスなきコミュニケーションを売り物にしてきた地下アイドルの多くは淘汰されても仕方ない状況だ。

 ここで取り上げる26時のマスカレイド(3時のヒロインではない)のセカンドアルバム『トルマリン』は、そんな中配信された。彼女たちはアリーナクラスのアイドルではないが、地下アイドルではないし、それほど無名でもない。1曲目「トルマリン」は

疾走感のあるメロディーが心地いいナンバーだが、それ以外はいまひとつ決め手に欠ける内容だ。それでもボカロPばかりだと食傷気味で、たまには職人が腕によりをかけて作った一品が食べたくなるので、オーソドックスともいえる、このようなアルバムは貴重だ。彼女たちの最高傑作はミニアルバム『二人だけの初めてをもっと』(2020年)だと思うが、表題作や「君は青のままで」で聴けるサビのドライヴ感はBiSHの「オーケストラ」のような高揚感へと駆り立ててくれる。