今朝、実家に行こうかと思ってメールで連絡をしたら、母親から『大丈夫だけど、転んで怪我をしたから外は出られない』との返事だった。
何度かメールで、やり取りをしてみると『レントゲン』やら『救急車』といった物騒な単語が出てくるではないか。でも、最後には『大丈夫』と入れてくる。
どうやら自転車で転んで、どこかに頭を打ったらしく、念のため救急車で病院に行ったらしい。
当たり前だが、時間が進む。こうしている間にも1分、1時間、1日と過ぎていく。
人は時と共に老いていく。いや、他の生物も全てが老いていく。死がゴールなのだとしたら、確実にそこへ向かっている。
それはとても厳しい。
昔どこかで聞いたなぞなぞ。生まれたときは4本で次に2本になって、その次には3本になる。そして最後は四本になる。これなんだ?
答えは人間だった。ヨチヨチ歩いて2本足で立ち、老いて杖をつき、またヨチヨチ歩く。
メールの最後で母親に『来週、来てくれ』と言われ、そうしようかと思っていたのだけれど、これを書いていて無性に実家に帰りたくなった。
メールの途中から心配されるのが嫌なのだろう。そっけない文書だったりしていた。
こっちも『ちゃんと牛乳飲んでる』『なんでその日に連絡しないの?』とまるでこっちが親のような感じが良くなかった。自分が子供に心配されることを考えたらとても情けなく思う。それは良くなかった。
人に対する想い、それを表すのは難しい。状況や立場もあるし、表に出して良い想いの重さもある。
母親に『今日は行かない』とは言ったけれど、いまから何気なく顔を出してみよう。
喧嘩にならないようにするつもりだけれど、親が怪我をしたら会いに行きたくなるよう、そんな優しさを持たせてくれたのは両親なのだから。