インド亜大陸旅行記 -38ページ目

26日目 カニャークマリ

『君が代』



今日も6時に起き、日の出を見に行く。
やはり早起きはいいもので、一日の生活にハリが出る。
しかし、どうして日本の生活では、早起きできないのだろう。

予定は特に無いので、宿の入り口に店を構えるおもちゃ問屋の兄ちゃんたちとルービックキューブをして遊ぶことに。
もちろん、このルービックキューブは売り物である。
中身を使ったものでも、新品として平気で売ってしまう。
そう、これがインドである。

そんな訳で、宿屋のオッサンや宿泊者も巻きこんで、みんなでワイワイ言いながら楽しんでいたが、しばらくすると仕事が忙しくなってきたらしい。
一応、彼らは仕事中の身なので、邪魔するのも悪いと思い、銀行へ両替に行くことにした。

Canara Bankは10時開店だったので10時すぎに行ってみたが、既に客がいっぱいの上、ここの銀行員もバラナシの銀行と同じく、やる気ナシだった。

このまま待っていても何時間待たされるのか分からないので、また来ることにして、宿のオッサン達に習っているタミル語のノートを作ろうと、メモ帳を買いに行くことにした。
日本なら文房具屋へ行けば、すぐにメモ帳は手に入るが、ここインド、しかも片田舎のカニャークマリでは文房具屋がないと思われる。
どこで売っているのかも分からないまま街中をウロウロしていると、偶然宿屋のオッサンが通りかかったので助けを求め、メモ帳を売っているお店に連れていってもらった。
無事、雑貨屋で6Rs(約15円)のメモ帳を購入。
その後、オッサンが「家が近いから遊びにくる?」と誘ってくれたので、オッサンの家にお邪魔することにした。

オッサンの家はかなり裕福らしく、テレビもパソコンも置いてあり、昨日お昼をご馳走になった家とは天と地の差ほどある暮らしぶりだった。
テレビでクリケットを見ながらお菓子を食べて、オッサンの家族と楽しく過ごしていると、一家の長老である、おじいちゃんが登場。ものすごくステキな笑顔で珍客を歓迎してくれた。
おじいちゃんは戦時中、インドネシアに住んでいたそうで、その時に覚えた『君が代』を熱唱してくれた。
まさか、こんな場所で意外な人から『君が代』を聞けるとは思えなかったので少し感動したが、アジアの東の果てにある島国の国歌を何十年と経っても覚えている事に、教育の恐ろしさを感じた。

あまり長居しても迷惑なので、再び銀行へ行き、両替することにした。
日本の銀行業務も大概遅いが、インドのそれは100倍くらい遅い。
100倍は言い過ぎかと思うが、本当に遅い。とにかく遅い。

カウンターにいる行員に用件を告げると、なぜか支店長の前に座らされ、待たされる。
支店長は俺が目の前にいて、手続きの催促をしているのにも関わらず、「ちょっと待て」といい、他の仕事ばかりしている。
30分後、ようやく両替の手続きを始めるが、今度は「インド人の女性と日本人の女性なら、どちらが好きだ?」など、全然関係の無いようなことばかり聞いてきて、さらに30分の時間を費やす。
今度は窓口にまわされ、また30分が経過し、ようやくお金を手にした。
ところが、お金と一緒に渡されるレシートがない。

再び支店長の所へ行きレシートを要求すると、「発行するのに25Rsかかる」と言い、発行してくれない。
あまりの傲慢な態度にややキレて、「Crazy!」と言い放ち、宿へ帰った。
大変よろしくない。

夕方になったので、夕日を見ようとコモリン岬へ行くが、曇りのため見えず。
物売りのオッサン達と暗くなるまで雑談してから夕食へ出かけた。

昨日、ヴィジャヤンさんに教えてもらった美味しいカレーの店で食べようと行ってみると、日本人がいたので、同席して食事をする。
彼は何度も店員に、「ご飯のおかわりはタダだよね?」と聞いておかわりしたのに、最後にちゃっかりとおかわりの追加料金を取られていた。

明日は一緒にビールでも飲みながら年越ししようと計画して別れ、宿へと戻った。

いよいよ異国で迎える『大晦日』
一年の締めくくりは何をしようか。