(14)火事場の馬鹿力
ゴールドゼッケンをつけた2人のランナーは置き去りにしてきました。この2人よりも前にいる限り大丈夫です。Chamaさんにも追いつかれていません。Chamaさんの前にいる限り大丈夫です。必死に逃げ込みを図ります。
75km地点のラップは7分07秒でした。惜しくも7分を切れませんでしたが、相変わらずいいペースです。この間の5kmは36分41秒ですから、前半と遜色ないペースにまで上がっていました。
サロマ湖の向こうにはワッカが見えます。そしてワッカを走るランナーの列が、米粒のように見えています。もうすぐです。もうすぐ私もその中に入ることができます。
徐々に疲労は増してきます。歩いていても、少しずつ回復が遅れているような気がします。でも必死で走りました。5年ぶりの完走はすぐそこに迫っています。ここで力尽きるわけにいきません。ここで力尽きてしまうと、ここまで走ってきた75km近くがすべて無駄になって、大きな後悔に包まれてしまいます。そんな後悔はもういりません。ほしいのは完走メダルだけです。
過去2回は、70kmから80kmの区間はもっとも厳しい区間でした。いずれもそれまでと比べたら急にペースダウンをし、1時間30分くらいかかってようやく80km関門に到達しています。70kmまでは上り以外で歩かなかったのに、この区間に入ってからは歩いてしまったというのも同じです。
でも今回は、1時間30分どころか、1時間20分かけるわけにもいきません。しかもそのペースを、歩きを交えながら達成しなければならないという追い込まれた状況です。
だというのに、走っていたときの私は、追い込まれたという考えはまったくありませんでした。このときの私はどうして完走することを確信しながら走れたのか、私にはまったく理解できません。体はまったく余裕がない状態なのに、なぜか気持ちは余裕を感じていました。
6分46秒、7分25秒、7分08秒。78km地点を通過するとき、チラッと通算の時間を見ました。9時間39分12秒。80km関門閉鎖まで20分ちょっとあります。キロ10分でも大丈夫ということは、80km関門通過はほぼ間違いありません。気持ちはますます高まってきます。
このあたりで、マミックさんとも会いました。最後に完走した5年前。ともに行動したメンバーは全員完走(その中でもっとも遅かったのは私です)しました。そのときのメンバーの1人がマミックさんです。彼女もそれ以来5年ぶりのゴールを目指しているとのことでした。ただ私と違うのは、彼女はサロマを走ること自体が5年ぶりということです。
「このペースなら大丈夫」
私たちは励まし合って80km関門を目指しました。
80km関門には間に合いそうと安心しましたが、ペースはけっして緩めません。これまで通り、速歩きと全力疾走を交互に繰り返しました。79km地点も7分13秒で通過します。
ワッカの入り口に向かう道には、多くの人が応援に詰めかけています。そんな中に楽走412旭川の幟を見つけました。幟を掲げて応援しているsibaさんの前で、両手を広げて飛行機をしながら通過します。気持ちの上では80km関門を悠々通過するというような気分でした(実際は悠々ではなくギリギリでしたが)。
80km関門の手前には急坂が待ち受けています。そしてその手前にはエイドがあります。過去2回の完走のときは、80km関門に間に合うかどうかが気が気じゃなくて、このエイドでは水分を口にするだけですぐに通過していました。ところが今回は、
「オレンジ、甘くて美味しいですよ」
というボランティアの女性の声に、「それならいただきます」と思わず手を伸ばしてしまいました。これがまた本当に甘くて美味しかったのです。おかわりして3切れほど食べました。そしてお茶をいただき、いよいよワッカに向かいます。
ワッカの入り口の急坂は、関門制限時間との戦いをしているときは本当に恨めしく思います。でも今は関門通過をまったく疑っていないので、くねくねと曲がる上り坂を楽しむような気分さえあります。
上りきって間もなく80km関門が見えてきました。私は難なくここを通過します。
9時間54分41秒。70km関門では閉鎖まで4分を切っていたのに、貯金が5分19秒に増えました。70kmから80kmの区間で貯金を増やすなんて、今までは考えられないことでした。こんな走りをする力を自分が持っていたなんて信じられません。まさしく火事場の馬鹿力と言うより他にありません。
「オレってすごいな」
思わず口元が緩みました。
最後の1kmはエイドでオレンジを食べていた分、8分16秒かかりましたが、75kmから80kmの5kmは36分48秒、70kmから80kmの10kmは1時間13分29秒と、その前の10kmよりも10分も短縮していました。
でもこの10kmで無理をしたことははっきりしています。これまでワッカにたどりついた2回は、いずれも「これで完走できる」という思いが強くなりました。でも今回は、この無理のツケがどこかで現れるのではないかという不安もあり、油断をするわけにはいきません。今のリズムを守って走ろうと、気を引き締めました。(つづく)