先日、友人の廃墟不動産投資家こと村上氏がブログの記事に書かれていた「ブルーオーシャン主義」に激しく共感した。
村上氏のブログの中でいいたいことは、
・労力とリスクの割には満足が低い人が大多数では?
・苦しいところで満足を得るために戦っている人が大多数では?
ということだと感じる。
なぜ村上氏がこういった目線で世を見ているのかというと、少しの考え方や行動の違いで想定以上の満足を得た経験が子供の頃から何度も何度もあり、現在でもそれが続いているからだと思う。
実はこの感じ方は僕も激しく共感でき、子供の頃からちょっとした考え方や行動の違いで想定以上の満足を得たことが何度もあった。
一つ例にとると、小学生の頃、毎年大変混み合う地元の花火大会でもっと快適に鑑賞できないかと思い少し離れたマンションの廊下で見ていたことがありました。なんとそこには誰もおらず快適に花火を見ることができました。この時、下の人混みを見てなんで皆こちらに来ないか不思議に思っていたのをはっきりと覚えています。
決して褒められる行為ではないというのはわかってますが、おそらく村上氏がいいたいことはこの僕が子供の頃に経験したことではないかと思うのです。
わざわざ並んで人混みの蒸し暑い中で鑑賞し、終わるとまた人混みの流れの中で不快な思いしながら帰るよりも、少し花火のサイズは小さくなるが蚊のいない風通しの良いところで鑑賞した方が総合的満足度が高いのではないの?ということです。
まあ、言葉悪くいうと「ずる賢い」とか「厚かましい」という部分にまとまってくるように感じるが、このような通常や常識といった部分に疑問を持つ癖が身につけ、仮説を立てそれを行動に移せるちょっとした厚かましさがあれば、万人が突っ込むレッドオーシャンの中で戦う頻度は減って、同じ労力とリスクでより高い満足を得ることができるのではないかと思います。