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彼に甘えるために本当に必要な事とは
こんにちは カウンセリングサービス・カウンセラーの齋藤 佑磨です。
毎週金曜日「恋と仕事のライフプロデュース」は、櫻井朱実カウンセラー、蒲谷芳久カウンセラー、朝陽みきカウンセラー、それと斎藤佑麿の4人でお届けしています。
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よくあるケースが、
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寂しさの取り扱い〜関係を深めるか・ぶち壊すか
夫婦(恋愛)関係が長くなると、「嬉しい、楽しい!」以外の嫌な感情を感じることもあるかと思います。
そんな負の感情の代表選手が「寂しさ」ではないでしょうか。
寂しさを自分の中でどう扱って、どう超えていくか。
その扱い方によって「優しい私」にも「凶暴な私」にもなるんです。
今日は寂しさの取り扱い方のお話です。
寂しさを認識するのは
意外と難しい
寂しいと感じる理由は色々ですが、共通しているのは「心のつながりや愛情を感じられない」ことではないでしょうか。
もちろん物理的にパートナーに会えない状況も寂しいです。
でもそのときに「相手も同じように会いたいと思っている」って確信できていると、寂しさの中に希望が見える感じがしませんか...?
(離れていても同じ月を見て心が繋がる...というような歌もありました)
物理的な距離よりも、気持ちの親密さを得られないことに、私たちは寂しさを感じるようです。
とはいえ、寂しさを始めから「寂しい」と認識できない場合も多いなって私自身は感じます。
では、他のどんな感情で寂しさを認識するのかというと。
「ムカつく、イライラする」です...笑
どうして寂しいがムカつくになるのでしょうか。
人は弱い感情の上に怒りのフタをして心を守る、ということがよくあります。
また、生活をともにすると現実的なタスク(収入や家事や育児など)への協力と愛情がごっちゃになることも多いかと思うのですね。
例えば「夫が家事を全然やってくれない!」という怒りの感情が生まれるとき。
夫が家事をせず私の負担が増える→私が辛いのにわかってくれない→愛情を感じなくて寂しい→でもそんな弱い感情は見たくない!→私をこんな気持ちにする夫ムカつく(怒)!
こんな流れになっていないでしょうか。
寂しさが怒りになることってすごーく多いように思います。
そして「寂しさ」を自分の感情として認識しないまま怒りが大きくなると、攻撃性に繋がり関係性をぶち壊す...なんてことも起きたりします。
「寂しさ」を
どう表現していますか?
あなたは寂しさを、パートナーにどう表現しているでしょうか。
素直に「最近、こういうことが寂しい」と伝えられる方、素晴らしいです!
「どうせ○○でしょ...(忙しいんでしょ、どうでもいいんでしょ、など)」と、相手へのお試しをしてしまう方もいるかもしれません。
そしてなかには「なんでこんなこともわからないわけ?私が大事じゃないの!?」と相手を攻撃してしまう人もいるのではないでしょうか。(私はコレを散々やりました ^^;)
寂しいを拗らすと時に、ものすごく厄介な行動をしてしまうのです...。
自分の心に引きこもりパートナーをものすごい悪者にしたり、相手を責めるための理屈をどんどん探してしまったり。(こういうとき、都合のいい理屈は本当によく見つかるんです^^;)
寂しさから転じて、自分が心理的な加害者になってしまうんですね。
ただ「寂しい」って言えればいいのですが...。
寂しいと感じるのは、もちろんパートナーへの愛があるから。
もっと話したいとか、大切にしてほしいとか、気持ちの繋がりを感じたいって思うからです。
けれど一緒に過ごす時間が長くなるほど、弱くて柔らかい感情をストレートには表現できない...そんなことも多いかもしれません。
身近な相手には、照れや競争心なども生まれやすいんですよね。
とはいえ「寂しさ」の表現がお試しや攻撃になってしまうと。
相手は、自分が責められてるって感じますから「傷ついて心を閉ざすか応戦するか」がほとんど。
良いコミュニケーションにはなりません。
愛情ゆえの寂しさが、ふたりの不仲の原因になってしまうのは、本当にもったいないなって感じるのです。
「寂しい」と感じたら
相手の気持ちに目を向けてみる
もし今、あなたの心の中に寂しいという感情があるとしたら。
「私が寂しいとき、夫(彼)も寂しいのかもしれない」
ぜひ、この視点を持ってみてほしいんです。
夫婦は合わせ鏡といわれます。同じ感情を感じていることも意外と多いもの。
例えば妻は、夫が家事を手伝わないことに寂しさを感じている
→そうすると、自然に態度が塩対応になりがち
→夫は妻の冷たい態度が寂しいけど、どうしていいかわからない。
そんなふうにして心の溝ができるケースも多々あります。
けれど、夫婦の両方が寂しいって思っているとき、先に気づいた方が行動することができるんです。
そのとき、相手の気持ちに目を向けてみることで「寂しい」という感情が、関係性を深めるコミュニケーションになります。
「相手への愛があるから寂しいんだ、私は気持ちの繋がりが欲しいんだ」
大好きな人ともっと仲良くしたい!という気持ちに繋がれると、「そのためにどうしたらいいかな?」ということに意識が向きます。
寂しいと感じるだけの無力な自分から、2人の寂しさの溝に橋を架ける道が見えてきます。
寂しさを超える具体的な方法は、何でもいいと思うんですね。
素直に「寂しい」って伝えてみること、相手の寂しさを汲み取って優しくすること、あらためて会話の時間を作ること、一緒に美味しいものを食べること。
大切なのは、あなたとパートナー両方の感情が動くこと、気持ちの繫がりと幸せを感じられることです。
そのきっかけを作ってあげられると考えると、ちょっと良い気分になりませんか?
なんだかうまくやる気につながらない...。うちの場合は何をすればいいんだろう?
そんな個別のご相談は、いつでもお待ちしています^^
「寂しさ」は、あなたの中にパートナーへの愛があることを教えてくれる感情です。
ぜひ、大切な人ともっとラブラブになるために使ってみてくださいね。
**
来週は久宝美子カウンセラーが担当します♪ お楽しみに!
本来の自分を知るために
こんにちは、カウンセリングサービスの中山塁です。
毎週水曜日は「素敵な愛の育て方」というテーマで、東条正貴、私・中山塁、なかやしのぶ、品田沙織の4人が交替でお届け致します。
***
誰かに期待されている感じると、無理をしてでも応えようしてしまう。
頼み事をされると、いつも断れずに引き受けてしまう。
周りに気を遣ってばかりいて、自分のことは後回しになっている。
周りから見ればあなたは「親切な人」や「良い人」だったりするのですが、
そんな自分が好きじゃないというお話を伺うことがあります。
というのも、
期待を裏切ってガッカリされたくないだけだから。
断る勇気が無いだけだから。
気が遣えない人だと思われて嫌われたくないだけだからとして、
自分は周りに流されるだけの人間なんだと感じていたり、
「自分が無い」人間なのだと思ってしまっているからだといいます。
そうした状態だと、どんなに評価されても感謝されても、
自分がどこか偽善者や偽物のように感じてしまい、
それらをあまり受け取れなかったりするようです。
そこで、どうしたら自分を好きになれるのか?というご相談も少なくないものです。
ということで今回は、本来の自分を知ることについて考えてみたいと思います。
***
皆さんは「自分の人生を生きている」と感じられていますでしょうか。
考えてみれば、私達は自分のために時間を使うより、
より多くの時間を他人との関係のために使っていたりしませんでしょうか。
私も仕事上、自分のことについて真剣に考えるより、
お客様のことを真剣に考える時間の方が圧倒的に多いですし(^^;)、
皆さんもスケジュール帳などで、
どれだけ自分の時間を確保出来ているか見返してみると、
何か気付くことがあるかもしれません。
ただ、寄せられた期待に応えたいと思う気持ちがあるのは素敵なことだと思います。
ですが、そこに「応えなければならない」という思いが挟まると、
途端にしんどくなるものなのですよね。
本来、出来ないことは出来ないと伝えることは悪いことではないのですが、
相手の期待を裏切るような気がしてしまうと申し訳なさを感じてしまうのも分かる気がします。相手を悲しませたくない・ガッカリさせたくないと思えば、無理をしてでも応えようとしてしまう。
そういう方はとても優しい人なのですが、
それで当人が幸せかどうかはまた別なのですね。
というのも、余すことなく皆の期待に応えられたとしても、
自分の中の不安や「自分が無い」という感覚は消えないからです。
なぜならそこにあるものは、喜びではなく安堵だからです。
(喜びより安堵の感情の方が大きいから、とも言えますね。)
役に立てて良かった!という気持ちより、
怒られなくて良かった、ガッカリされなくて良かった、嫌われなくて良かったという
気持ちが先行して感じられてしまうと、
相手の感謝の気持ちを感じる余裕(余白)が無くなってしまうんですね。
自分の気持ちにフォーカスし過ぎてしまって、
相手の顔も見えていないし、感謝されても軽く流し気味だったりするものです。
なぜそうなってしまうのかというと、
もしかすると本当の自分の気持ちに気付けていないからなのかもしれません。
きっと本当の気持ちって、
ただ“力になってあげたい”だけなんじゃないかなと思うんです。
でもどこかで義務感のようなものが感じられてしまい、
自分の愛が偽りのような感じがしてしまうのではないでしょうか。
もしそうであれば、そのルーツの多くは両親との関係にあると言われています。
お父さん、お母さんを喜ばせたい。
だから「良い子」でいなければならなかった。
ご両親のためを思って「良い子」でいてあげようと思ったのは愛だったのですが、
いつしか良い子で「いなければならない」に変わってしまい、
それが義務のように感じてしまうと、自分本来の気持ちが分からなくなってしまったり、愛からの行動だったものが、偽善に感じるようになってしまうのです。
ですから、出来るだけ最初の想いを思い出してみてください。
ただ、笑顔になって欲しかった。
ただ、喜んでもらいたかった。
ただ、力になりたかった。
そうした純粋だった頃の想いが、今も自分の中にあると感じてみてください。
ここでは自分に厳しい人ほど自己否定の声が出てくるかもしれません。
ですが、それに負けずに自分の中にある愛を感じようとしてみましょう。
***
ところで、もしあなたに“好きと思える自分”がいると仮定したら、
それはどんな時、どんな場面の自分なのでしょうね。
何をしている時の自分でしょうか。
誰と一緒にいる時の自分でしょうか。
想像してみてください。
自由に好きなことをしている時の自分が好き。
楽しさに夢中になって、時間が経つのも忘れている時の自分が好き。
とてもいいですよね。
または、パートナーや誰かと一緒にいる時の自分が好きだとすれば、
それはその人と一緒にいることで、どんな自分になれるからなのでしょうか。
どんな自分を感じられるのでしょうか。
心の安定を感じられている自分でしょうか。
優しくなれる自分でしょうか。
心に愛を感じられている自分なのでしょうか。
そういうのもいいですよね。
この人といると、気持ち良いなと感じられる人っていませんでしょうか。
癒されるな~とか、安心するな~とか。
そういう感覚が感じられることってとても大切で、
あなたの感性がよく働いている証拠でもあるのですよね。
期待に応えなければ!・・・というような緊張状態ではあまり感じにくい感覚ですから、
そういう感覚を感じられる間柄の人は大切にしたいですね。
そして大事なところですが、そういう人と一緒にいる時の自分のこと、
あなたは嫌いでしょうか?
おそらく、嫌いではないと思うんですよね。
穏やかな気持ちでいられたり、
爽やかな気分で過ごせたり、
優しい気持ちが湧いてきたり、
案外、そんな自分のことは好きになれたりするのかもしれません。
それはご自分の「良いところ」が感じられているからなのだろうと思います。
私達はそういう自分の良いところを引き出してくれる人と一緒に居られると、
いつもよりかはちょっと楽になれたりするものです。
それは、例えささやかであっても「幸せ」を感じられている状態なのですね。
また、その良い気分や幸せこそが、かつてあなたが感じたかった感情であり、
与えたかったものでもあるのかもしれません。
***
・・・で、ですね。
今度はあなたが誰かの「良いところ」を引き出せるような人になれるとしたら、
とても素晴らしいことだと思いませんか?
もしチャレンジしてみようかなと思えたなら、
“一緒にいるとあなたの気分が良くなる誰か”を参考にしてみてください。
その誰かはあなたに何を与えてくれるのでしょうか。
その誰かのおかげで、あなたのどんな良いところが引き出されていると感じますか。
じっくりと考えたり、分析してみたり、何かを感じようとしてみてください。
そうして何か「これかも!」というものが見つかったなら、
まずは「それ」をその人に感謝と共に伝えてみましょう。
「優しさ」が引き出されていると感じたなら、
「あなたと一緒にいると優しくなれます。ありがとう。」みたいに、
ちょっと恥ずかしいかもしれませんが、伝えてみてはいかがでしょうか。
相手の顔を見て、言葉で伝えられるとより効果的です。
いろんなことを感じ、伝えて、感謝してを繰り返して行くと、
あなたがどんな感情を感じ、何を与えたい人なのか分かってくるかもしれません。
そうした感覚が「自分の人生を生きている」という実感の助けになることでしょう。
そうして気持ちの良い関係をたくさん作っていけると良いですよね。
お読みいただきありがとうございました。
来週はなかやしのぶカウンセラーが担当致します♪ お楽しみに!
男性心理もいろいろ載せております。
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初回の電話カウンセリング(45分)は無料となっております。
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パートナーとのコミュニケーションが苦しい~「期待」に隠れている本当の想いを見つけてみよう~
カウンセリング・サービスの大麻織江です。
火曜日の「うまくいくコミュニケーション」を担当させていただいております。
どうぞよろしくお願いいたします。
〇火曜日のメンバーはこちら
+ + +
「パートナーに伝えたいことがあるけれど、伝えるのが怖い」
そんなお話をお伺いすることがあります。
好きな人ができた。
付き合うことになった。
でも、前のパートナーシップで辛い経験をしていると「今度の人は大丈夫だろうか?」と考えてしまって
素直に自分の気持ちを伝えることができなくなってしまう。
周りには「大丈夫」と言われても、自分の中でそう思えない。
そのうちに、「出会ったのがアプリだから、本当に大丈夫な人なのか不安」という気持ちが出てきたりして
相手を疑う自分のことも、いつの間にか嫌いになってしまう。
今話したのは、例え話のひとつですが、相手との関係を「大丈夫」にしたくて、
好きになってもらえるような言葉を探したりているうちに、疲れてしまったという経験をしている方。
他にも関係は長いけれど、いつも言いたいことが言えなくてと言う方もいらっしゃるかもしれません。
私は、友達から「何でその人を選んだ」「何故、その人とまだ続くのか」と言われるような人ばかりと付き合っておりました。
友達は、私が心配だから言ってくれるのです。
「もっと自分の意見を主張した方がいい」
私も、頭ではそう思うのですが
「でも、言ったら嫌われるんじゃないか」と、よく悩んでいたんです。
けれど、考え続けたところで無理をしている関係は続かないんですよね。
結局、別れることになって、傷ついてしばらくは次に進めないことがよくありました。
周りの友達が「私なら無理」というような状況でも、頑張って当時の彼と一緒にいることを選んでいたのは、
私の願いは「好きな人とずっと一緒にいること」だったからです。
だからこそ、気付かないうちに自分の意見を言わなくなってしまったり、
いつの間にか彼女と言うより「お母さん」のようなポジションになっていることも多かったんですよね。
でも、今になって考えると私の頑張りの中には「期待」も結構入っていたかもしれないなと思うんです。
もちろん誰かを好きになると色んな「期待」が私達の中には生まれます。
「振り向いて欲しい」
「好きになって欲しい」
「ずっと一緒にいると言って欲しい」
他にも、たくさんの「期待」が私達の心にはあったりしますよね。
むしろ好きな人だからこそ期待してしまうんじゃないでしょうか。
適度な期待ならいいのです。
でも、それが過剰な期待になってしまうと、自分も相手も苦しくなるんです。
私達は、心の中で無意識に期待を叶えて欲しくて、いつの間にかは相手を対等な存在ではなくて、
見上げすぎてしまっていたり、逆に見下ろしているなんてことがあります。
それは、冷静に考えると、まるで自分と両親との関係のようになっていたりすることがあるんです。
私達は子供時代に、どんな親でも信頼できるすごい存在に見えている時代があります。
そんな両親に愛されたいから一生懸命、良い子でいようとしたり、
逆に失望して「何で親なのに」と感じた時代もあるかもしれません。
パートナーと親は、もちろん違います。
けれど、私達は無意識に子供時代に両親からもらえなかったと感じる感情をパートナーから欲しいと思います。
そこで無意識に両親との関係で作ってきた自分のパターンが出てくることがあるんです。
私の場合は、気を遣ったり親の顔色を見ていた分、
いつの間にか一緒にいるために、親にしていたことと同じことをパートナーにしていたのです。
でも、パートナーは私の両親ではないんですよね。
だから今、相手の立場になって考えてみると私が良い子になればなるほど、相手は居心地が悪くなっていたかもしれないなと思うのです。
関係性に適度な「期待」は、相手を幸せにしたいというモチベーションにもなります。
でも、相手も自分も期待があることで苦しくなってしまう時、
それはお互いの気持ちを通り越して、どちらかの「期待を叶えること」だけがゴールの関係になってしまっているんです。
私は自分を見つめ直してみた時に、「ずっと一緒にいたい」のはパートナーではなくて
本当は両親だったんじゃないかなと気づいたんです。
子供時代に、両親が忙しくしていたので私は祖父母に小さい時は面倒を見てもらっていたんですね。
下に弟が生まれてからは、「お姉ちゃんだから」と理由をつけて寂しさを見ないようにしていたんです。
良い子にしていると「お姉ちゃんが頼りになるから」と、その言葉だけで傍に居てもらえているように感じていたんです。
それに気づいた時に、私は「彼と対等に向き合おうとしていたのかな」と自分を振り返ることができました。
あなたの中にある「期待」は、本当は誰に向けてのものでしょう?
そこにある本当に知って欲しかった気持ち、伝わって欲しかったものは何でしょう?
パートナーのことじゃないのに、どうしてそれを探すことに意味があるのかと思うかもしれません。
実は、その自分の抱えていた気持ちに気付いてあげることで
私達はパートナーに、もう一度、大人として対等に向き合うことができます。
その時に、本当に相手に感じている気持ちや想いは実は違っていることもいっぱりあります。
私が大人として相手に向き合った時に出てきた気持ちは、「お互いの生き方を大事にしたい」でした。
あんなに一緒に居たいばかり思っていたのに、自分でも意外だったのですが、
それは不思議と寂しさや離れているという感覚はなく、その方が自分らしいようなスッキリした気分だったのです。
そして、私は「あぁ本当は私は、とっても自由な人だった」という
「良い子にしていなくては」と封印してしまっていた自分の気質を取り戻すことができました。
それを取り戻してから、私は出会う人が大きく変化したのです。
「期待」に向き合うと、私達は諦めるか叶えるかしかないような気分になります。
けれど、そこにある「本当の自分の気持ち」や「誰に向けられているのか」に気付いてあげられるだけで
状況を見る視点や感じる感情が変化することがあるんです。
そして、ずっと昔に忘れていた自分に出会うこともあるんです。
今は苦しいかもしれないけれど、ずっと降り続いた雨もいつかは晴れ間から光が差すように
少しの勇気で見える世界が変わることってあります。
あなただけではなく、一緒にいる誰かのために。
今は離れていても、出会っていく誰かのために、勇気を出してみてもいいかもしれません。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
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「ごめん」で大抵のことは取り返しがつく?
こんにちは!
カウンセリングサービスの伊藤顕市(いとうけんいち)です。
毎週月曜日「仕事の心理学」のコーナーは、山田耕治カウンセラー、すのせさちこカウンセラー、北さとしカウンセラー、そして私、伊藤顕市の4名でお届けさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。
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突然ですが、許せない人はいますか?
それは、厳しかったお母さん?
それとも、否定ばかりするお父さん?
はたまた、理解してくれなかった学校の先生?
自分を仲間はずれにしたあの子?
裏切ったあいつ?
私を捨てたあのクソ野郎?
パワハラ、モラハラのハラスメント上司?
カウンセリングをしていると、「許せない!!」と傷ついたクライアントさんの心に寄り添うことがよくあります。
カウンセラーの立場として、痛みに寄り添いながらも「許し」の大切さをお話しさせていただきます。
偉そうに許しの大切さをお話しすることのある僕ですが、僕自身「許せない!!」と感じる奴がいました。
だからこそ、「許せない」という気持ちも理解できるのですが、頭で「許し」の大切さを理解していても、心になかなか落とし込めないものです。
カウンセリングサービスの代表、平準司カウンセラーの名言に
『「ごめんね〜。てへぺろ」でたいていのことは取り返しがつきます。』
という言葉があります。
〈平準司の解説〉
間違ったことを悔いるのではなく、「ごめんね」とあやまり上手になることを実践してください。
子どもたちはそれを真似し、「あやまることで、罪悪感をもちつづけないでよい」ということを学びます。
あなたを含め、あやまることのできない大人が多いのは、「あやまったって許してもらえない」という信念があるからです。それを手放さないと、一生、それに苦しめられることになるのです。
と、謝罪することの大切が説かれています。
確かに罪悪感を持ち続けないこと、罪悪感を手放すことで、それに苦しめられることもなくなるでしょう。
しかし!
それは、やった側の話。
やられた側としては、「ごめん」なんかで許せるはずが無い!
僕自身、「怒り」「恨み」を手放すことができなずに許せない奴が居ました。
「たとえその相手が、頭を地面に擦り付けて許しを乞うことがあろうと、その頭を踏みつけてやる!」
「そいつが死ぬまでに、弱ったそいつから受けたパワハラ、モラハラ、搾取、思い当たる全ての痛みを倍返しにしてやる!」
そんなふうに思って、考えただけでも髪が逆立つほどの怒りを感じるような、許せない奴が居たのです。
ところが、そんな許せない奴が僕のところに謝罪にやって来ることがありました。
きっと悪い物でも食べてしまったのでしょう。あるいは、豆腐の角に頭をぶつけたのかもしれません。
ただ誠実な謝罪に、僕は言葉を失ったと同時に、腹に煮えるもの、詰まっていたものも見失ってしまいました。
そして、すんなり謝罪を受け入れてしまったのです。
「ごめん」の一言で、こうも簡単に許してしまう自分のことを「しょ〜もない」と感じましたが、カウンセラーの仲間は「器の大きさだ」と称賛してくれました。
心にあったネガティブなものが完全に消えてなくなったわけではありませんが、憑き物が落ちるように心が軽くなるのを感じ、それが「許し」だと痛感しました。
「許し」とは、犯した罪を無かった事にすることではありません。
無理を通して道理を引っ込める事でも、借金をチャラにする事でも、怒りを我慢したり恨みから目を背ける事でもありません。
「許し」とは、怒りや恨み憎しみが“気にならなくなる”事ですから、「手放し」といった方がしっくり来るように思います。
「許し」とは、相手のためではありません。自分自身の心を解き放つために大切なのです。
許せない奴を憎み呪い、夜中に藁人形を持って出かけても、相手はぐっすり眠っているか、ボーッとスマホを見ているかです。
しんどい思い、苦しい思いをするのは他でもなく自分自身です。
「許してなるものか!末代まで呪ってやる!」と怒り恨み憎しみの炎に焼かれるのも仕方がないのかもしれません。
それでも、怒り恨み憎しみの炎に焼かれる姿に心を痛める人がいること。
許せる器の大きさを誇りに思ってくれる人がいることも、忘れないでください。
許せない奴を無理に許すこともありません。
ただ、心が解き放たれ、笑い合える日々が来ることを微力ながら祈らせてください。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
来週は、山田耕治カウンセラーです。お楽しみに。
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