ちょっと忙しかったり高額コイン購入のやり取りで神経を使いすぎてブログの方に手が付かなかったのですが、そろそろ更新をしましょう。
ナポレオン3世の金貨の続きで銀貨の話です。
フランス ナポレオン3世 1868-BB
5フラン銀貨
NGC AU58
状態は58なのでまあ傷は多いですね。
ナポレオン3世の話は金貨の方でしたので他の話として、実は私がナポレオン3世の存在を知ったのは子供の頃に読んだファーブル昆虫記の児童版からでして、同時代の人であったファーブル先生がレジオンドヌール勲章の授与と共にナポレオン3世に拝謁する場面が出てくるのです。
銀貨の裏面の紋章にも下部に小さく勲章が彫られています。
ジャン=アンリ・カジミール・ファーブルは、農家の子として生まれ、都市での父親の商売の失敗から若い頃は日雇い労働者として働いたりしてたのですが、その後に師範学校の教員試験に合格して教師として自然科学の分野へ関わっていく事となります。
南フランス周辺やコルシカ島での教員生活の中で昆虫の観察を行い、教師としての活動や論文が高く評価され文部大臣であったデュルイ氏が訪ねて来たりもして、そんなこんなで遂にはパリに呼び出されてレジオンドヌール勲章をもらう事となり、その後で行われたナポレオン3世との拝謁ではその時研究していたツチハンミョウという昆虫の生態についての話をしたそうです。
恐ろしい事に呼び出した大臣はどうもナポレオン3世の息子の教師をさせようなんて考えていたようで、やっとのことで辞退して南フランスへ逃げ帰って一安心といった感じのパリ訪問だったようですね。
ファーブル先生がよく登山をしたプロヴァンスのヴァントゥー山。
その後、大臣の失脚や政治的な教育面の混乱の影響から教師を辞めてしまうのですが、先生は生活のために自然科学等の著書を沢山執筆しており、普仏戦争のパリ包囲では印税が入らなくて苦労したりもしたそうです。
そして第二帝政崩壊後は終の棲家となったセリニャンのアルマスの家へと引っ越し、有名なファーブル昆虫記が書かれることとなります。
昆虫記を読んでいると所々に当時の日雇い労働者の一日の給料が2フランだったり、コルシカ島時代の先生の年俸が1800フランだったりと当時の金銭事情が出てくるのですが、100フラン金貨なんて当時の労働者からすると見るのも稀という感じだったと思うので、銀貨の方の記事でファーブルの紹介をしてみたかったのですよね。
苦労と努力の先生には派手な金貨よりもいぶし銀の方が似合うのではないでしょうか。
当時のフランスを知るにはもっと良い本も沢山あるのとは思うのですが、私は昆虫が好きとあって昆虫記と銀貨を見ながら色々と想像をしてみのが面白いのですよね。
昆虫記の文体は読みやすいですし、あまり昆虫を知らない方には児童版や伝記だけでも面白いので機会がありましたら目を通してみてください。
ではこんな所で。

















