出品は古代とヨーロッパがあるのでまだ全部終わってないのですが、落札がありましたので結果報告でも。

私の家は新盆なので連休中の内にお墓参りにもと行っていた移動の合間に日本貨にちょっと参加。

 

うーん、新円銀の大型が欲しいのですよね。できればMS、できればトーン付き、でも高いなあ。とりあえず61辺りでお値段が騰がってない物にえいやっと入札。追う気は無いので上回れたら諦めましょう。多分上回られるし。

 

で、帰宅。あっ落札してる。

 

…落札しちゃったよ。

 

うええ予算的にちょっと気軽に入札してしまった感が…。

いやでもこれで円銀4種類揃ったし出品コインのユスティニアヌス帝と交換と思えば悪くはないでしょう。ないよね?ないです(という事で出品の1枚はユスティニアヌス帝の金貨でした。落札された方はありがとうございました。)

 

ヴィクトリア女王のルピー銀貨が結構出ていたので考えてもいましたし、明日のヨーロッパもあるのですがとりあえず今回の参加に関しては私は終わりですね。

というか、最近ちょろちょろ買いが多すぎてかなり予算の負担が大きいのでいい加減に自重しないとえらい事になりそうなのですよね。

 

ともあれこれで円銀収集は一段落付けれそうです。

 

ではこんな所で。

 

ビザンツコインは終わりにしましたが、せっかく中世にまで来たので古代に戻る前にこの時代の金貨の紹介もしてみましょう。

 

フランス 1380-1422年 シャルル6世

エキュ金貨

PCGS AU58

 

表面はフランス王家の紋章である王冠を頂いた百合を描いた盾。(エキュ:盾)の意味でこの呼び名だそうです。

エキュ・ア・ラ・クロンとか長ったらしい名前もあるみたいですがエキュとかエキュドールで呼ばれる事が多いですね。

 

金貨の作られた中世後半の14世紀となると東方の大国ビザンツは衰退しており、十字軍の活動は下火に、西ヨーロッパは中世初期の低迷から立ち直ってフランスや神聖ローマといった大国が台頭をしている頃ですね。

 

中世初期の西ヨーロッパに流通していた貨幣はローマから引き継いだデナリウス単位で鋳造を行った銀貨が中心となり、金貨はビザンツからの物くらいしかなかったようですが、その後、経済発展や鉱山開発に伴い姿を消していた金貨もヴェネツィアといった経済力の強い都市では12世紀から、フランスも13世紀頃から再登場しており、今回のエキュ金貨もその流れで発行された物になります。

 

裏面は王冠に囲まれた花十字紋。

 

重さは前に紹介したローマやビザンツの金貨とあまり変わらない3.9gくらいなのですが、カップ型では無いもののかなりの幅広で薄い金貨になっています(鋳造時期によって重量は多少変わるようです。)

紙のような薄さというか手でクニャっと曲げれそうで扱いが怖いですね。(この時代もお財布的な袋や専用のケースみたいな物があるとか聞いたような。)

 

さて、シャルル6世というと親愛王と共にこちらの方が有名な狂気王の名で呼ばれた方ですね。始めは名の通り国民の親愛を受ける善政だったそうですが、最初の4年が過ぎると狂気王の名の通り精神錯乱が頻発して42年の長い治世の大半を精神に変調をきたしたままとなってしまったそうです。

 

あとは中世の100年戦争中の金貨となりまして、フランスとイングランドによるフランス本土の領土を巡っての戦争も休戦を挟んで後半戦へと差し掛かる頃となり、ご存じシャルル6世が錯乱してしまった為、混乱したフランスに乗じてイングランドの攻勢と6世の後を継いだシャルル7世による反撃に登場するのがこれまたご存じジャンヌダルクですね。

 

という事で、あまり中世のコインに詳しい訳でもないのですが有名所の見本的に一枚求めてみました。

他にも中世辺りの名品となるとムートン・ドールとかノーブルとかもあるかと思いますが、どれもかなりのお値段がしますので一番入手しやすいのがエキュ金貨ではないでしょうか。

グレードはそこそこですが、薄い金貨のせいか打ち出しも不鮮明な物が多い中で図柄の切れや潰れも無く綺麗に打ち出されていたのでこちらに決めてみたのでした。

 

 

ビザンツコインの最後は最盛期のマケドニア朝の金貨。

 

ビザンツ帝国 1028-1034年 ロマノス3世

ノミスマ ヒスタメノン金貨

NGC Ch AU Strike5/5 Surface3/5 light marks

 

表面はキリストの座像。

宝飾品にでもされていたのか爪の跡が付いてしまっていますが見た目はまあまあかと。

 

アヤソフィアのキリストのモザイク画

 

これより以前には偶像破壊の時代があり、キリストの図柄を使う事などとてもできない時勢だったのですが、この時代になると堂々と表面に打ち出されビザンツがキリスト教国家として完成した象徴のようでもありますね。

金貨の呼び名もローマ時代のソリドゥスからノミスマに変わりまして、中世時代に広く使われた金貨として中世のドルと呼ばれたのは有名な話ですね。

 

とはいったものの、ロマノス3世の治世はマケドニア朝の衰退の始まりでもあり、ちょっと軍事的な才能が無いのに頑張ったり、公共事業でお金使い過ぎたり、悪い奥さんと結婚したりといい所無しの残念な統治だったようです。

中世のドルと言えるのもこの時代辺りまでで、この後は改鋳による品位の低下で交易のレートが西方の金貨とは逆転してしまいます。

 

裏面は皇帝と聖母。

色々残念な方のコインですが図柄はビザンツの美術的にも完成度は高いと思うのですよね。

 

ちなみにヒスタメノンと言うのはマケドニア朝の時代にノミスマよりわずかに軽いテタルテロンと呼ばれる金貨が作られ、従来重量の方はヒスタメノンと呼ばれたそうです。ソリドゥスからはずいぶん幅広になりまして、この後のカップ型コインを予感させる作りです。

 

そういえばここまで書いてきて、はたと気が付いたのですがNGC鑑定によるAncientsていつまでが古代の対象に入るのでしょうかね?

ビザンツは1453年の滅亡までAncientsのままですが、同じ時代の中世ヨーロッパは普通のNGC鑑定スラブになっています。一般的にはビザンツ滅亡後辺りで歴史は近世になるのですが中世は一体何処に…。

 

さて中世ビザンツ帝国の最盛期はマケドニア朝と呼ばれるバシレイオス1世から始まる王朝とされます。

1025年頃のビザンツ帝国

 

前回のユスティニアヌス帝の死後、領土は次々と縮小し、遂には首都コンスタンティノープルも度々包囲されるという危機の時代を迎えます。

古代ローマが3世紀の危機を経て専制君主的な国家へと変容したように、ビザンツも危機の時代を経て領土の統治がローマ時代の属州制から軍事担当管によって軍管区を治めるテマ制へと変わったり、公用語もラテン語からギリシア語へと変化しております。

 

軍管区ごとに兵力を融通するというのは力を持った地方からの反乱という危険も後に出て来るのですが、優秀な皇帝の元では上手く行ったようでビザンツも領土の再拡張に成功して最盛期を迎える事となります。

文明の十字路に置かれたコンスタンティノープルも東西の交易で賑わい、ヨーロッパ最大の都市として繁栄します。

 

以前にビザンツ関係の本で読んだ繁栄を象徴するような金貨の話で、西方のヨーロッパから来た使者がコンスタンティノープルで皇帝が給料である金貨の袋を長い時間を掛けて次々と手渡していくという儀式の見学をした記述がありまして、今回のような金貨が沢山詰まっていたのかなと思ったものでした。

 

しかし、この後のロマノス3世の死後、政治的な混乱やトルコやブルガリアといった勢力の攻勢が始まり、コムネノス朝で一時的な立ち直りはしたものの、遂には十字軍による占領とビザンツは再び苦難の時代が訪れます。

 

衰退の時代のコインというのはなかなか手が出難くてカップ型コインの入手はどうしようかと思っておりまして、ローマから始めたビザンツコインもここでひとまず終わりにしたいと思います。

 

古代ローマは歴史的にも人気の時代でコイン収集も興味のある方が多いと思うのですが、後期帝政からその後のビザンツ時代のコインはなかなか知識的にも手が出難い分野かなと紹介してみました。

私も読んだ本の受け売り的に書いてしまった部分もありますが、今後興味が向いた方の参考になればなと思います。

 

ではこんな所で。