About.com(英語)に,自転車を冬には保管しておく人向け記事がありました.

これ

見出しだけでも,それなりに参考になるかも.でも,この記事に書かれていることは,自転車が好きな人なら保管する前には当たり前のようにやってそうだなあ.ほとんどの項目が日常のメンテでもやることだから.
大きく降りかぶって,は作者の経歴などにも興味があって,読んでいる.

読んで楽しむだけの立場から,巧みな心情描写,キャラ設定,心情の設定が詳細,的確でなければ,出てこないだろう,キャラの表情,セリフ,動作などなどにプロのすごみを感じまくってひとりで興奮して騒いでいます.おもしろい.たまらない.

たくさんの時間をかけた取材,観察力,記憶力などなどがなければ見いだせなさそうな内容もあって,もう読んでいて楽しいと同時に,なんとも言えない気持ちになってくる.すごいな,これは・・・と.

特に心情描写に関する部分の濃密さが印象に残り,作者が大学でスポーツ心理学を学んでいたというところと併せて,好きなものにのめり込み,時間をかけて積み重ねていくことの大切が感じられる.(あと,しょうもないコーチがそこらじゅうで偉そうに指導している気がしてしょうがなくなってくる)

自分にはそれ(好きなものを認識し,好きになったことを否定せず,のめり込み,複雑なその世界であせることなく,少しずつ,暑いお湯につかるようにぬめーっと入り込んで生き,ちょっとした嫌な経験をすぐに忘れ,楽しさを味わう,みたいなこと)がこれまでは足りなかった.現在は自転車という世界を使って,のめりこみ,学び,応用し,上達する練習中.

これまでにもそれなりにのめり込んだものはあったけれど,自転車は他の分野にも応用できる知識が自転車尾通して身についている(栄養,健康,トレーニング理論,地図利用,防寒,気象)点で,とてもすばらしい経験であると自分で思っている.


歩行者と自転車が利用できる道において,歩行者が優先ということはわかるのだけれど,歩行者側も自転車への配慮は必須だと思う.

自転車が走ることが認められていない道ではなく,あくまでも自転車と歩行者が共有する道なわけですから.

一般の道路で制限速度が40キロだったりすると,ほんとはほとんどいない(スピードメータ付けた自転車で走っているとよくわかる)けど法律を守っているスクーターなら30キロでしか走れないわけで,おおざっぱに考えると,スクーターが弱くて自動車が強いわけ.スクーターと自動車がぶつかったときにどっちが大怪我になるかって点でもスクーターが断然弱い.

で,スクーターってけっこう無茶な運転するのが多いのだけど,自動車に比べて免許取るのも簡単だし,ちっこいし,スピードあまり出せないし,乗ってる人間が若いやつ多いし,事故が起きたら大怪我するのはスクーターの方だし,とかいうことを理由に,自動車のドライバーがとにかく,どんな運転をする場合であっても,スクーターに気を遣ってあげるべきなんですよ,なんてことになるのだろうか?

同じ道を共有しているからには,お互い気をつけて当たり前なわけですよね.

自転車と歩行者が共有する道で,あまりにも周りへの気遣いが足りない歩行者という存在は多数いて,それらすべてに対応できるだけ,気を遣っていたら自転車は自転車としての利点をまったく活かせなくなる.事故は起こしたくないから,自転車乗りの多数はそうしていますが,ね.

商店街だとか,歩く人が明らかに主役な道での自転車と歩行者の事故で自転車が一方的に批判されても理解できるというか,それが当たり前だけど,サイクリングロードのような趣味で自転車に乗る人だって走るような,ほんとに通行が主な目的である,自転車と歩行者が共有する道路で,いい加減な歩行者と自転車との事故が起きたからといって,自転車が一方的に批判される状況は理解できない.


最近のテレビの自転車に関するニュースで見た状況について.

自転車に驚いて飛び退いたおばあさん.あれはおばあさんが必要以上に驚いているだけ.自転車はまったくぶつかりそうな状況になかった.自転車と共有する道であることを忘れてぼーっと歩いていたから,必要以上に驚く結果になったのではないか.自転車との関係をのぞいても非常に危険なことであると思う.もし,周りに注意を払っていたのに映像にあったようにバランスを崩すほど驚いたのであれば,驚きの程度が人よりも過剰である点でなんらかの検討が必要であると思う.そうでないと飛び退いた先で事故にあう危険がある.

子どもとぶつかりそうになった自転車に関して.あれは子どもの自転車の運転がむちゃくちゃなだけ.大人としては発達途上になる子どもに配慮するのは当然ですし,実際大人の自転車はブレーキをかけて問題なく衝突を回避していました.まったくギリギリの回避ではなく,余裕のある回避に見えました.レポーターはムダに叫んでいましたが.危険な状況(といってもたいしたもんじゃないが)が発生したのは,交通量が多い道路を走るのに十分な能力のない子どもが自転車で走っていたところにあります.子どもが自転車に乗ることを禁止しろとはいいませんが,少なくとも,大人の自転車乗りに危険の原因があったのではありません.大人だから本来ならばその道を共有する人間としては未熟な人間によって生じた危険をうまく回避した,という事例が映像の場面です.

速度が時速30キロオーバーの自転車に関して.スクーター並で危険だねーとレポーターは煽ってたみたいですが,速度規制があるわけではなく,人が回りにいる状況での速度でもない.周りに人がいなくて,サイクリングロードのような明らかに飛び出しがない場所でなら,30キロオーバーくらい出せるなら出すでしょう.いったいどういった事故が起こりえるというのでしょう.だれか道路上に瞬間移動してくるのでしょうか.

突然進路変更したら怒鳴られた,というランナー.当たり前じゃ.道幅いっぱいあったら,だいぶ離れて追い越しできるが,あの道ではムリやろが.自分だったら右から抜きます,とか言って危険を回避するけど,それを当たり前のこととして求めないでほしい.それなりの速度で走っているはずのランナーが突然右に移動したら,そら自転車乗りならむかつくんじゃ.道を共有しているという意識がまったく無いというのはホント困る.ベルならしたらベルならしたでランナーはいらついたりするんやろが.だから,こっちはできるだけベルを鳴らさずにすましたいし,ベルを使いたい場面でも声かけることで対応してるんや.ランナーも気を遣え,このやろ.
自転車にのっているときに音楽をイヤホンを使って聴くことはだめなことだが,例えばこういう製品 なら,警察だって認めてくれる.

当然,自分がこの製品を使って聴きたいと思う音声以外の音声,特に安全性に関わる音がこの製品ならイヤホンと違って,十分に聞こえると考えられるから.

ただ,こういう製品でもあまりにも大音量で聴いた場合には,周囲の音が聞こえなくなるからダメ!ということにはなるでしょうね.車でも,車内で音楽を聴くことは禁止されていないけれど,その音量には規制するべき,というか,規制がはじまってたりするみたいだし.あまりに大きな音で音楽を聴いていたら緊急車両の存在に気づけないですからね.車の外に音が漏れて迷惑,というのもありますし.


現在の状況は,自分が聴きたい音声を聴くことは禁止ではないですが,周囲の音はきこえる状態でいてくださいね,ということなんであって,ほんとのところは別にイヤホンの使用がダメなわけではない.イヤホンによって周囲の音がきこえなくなることが問題の本質.

だから,本当はイヤホン禁止,という決まりによる問題への対処はちょっとずれている.ただ現状ではあるイヤホンが外の音が十分きこえるイヤホンなのかどうかを,外から見て簡単に識別する方法がないから,イヤホン全部を規制かけていってるだけ,なはず.イヤホンが危険なのではなく,イヤホンによって発生する外の音がきこえにくいという状態が危険.

でも,現在販売されている製品の中でも,同じようにイヤホンな形状してても,外の音がきこえる程度には大きく製品によって差がある.また,どれくらいの音量で音楽を再生しているかにも,安全性は依存してくる.だから,イヤホンで音楽を聴いている自転車にのっている人がAさんとBさんの2人いたとして,Aさんは危険だけど,Bさんは実は安全な自転車乗り,ということだってあり得る.現状ではそれを識別できないから,AさんもBさんも取り締まるだけ,ですよね.

外からの音と音楽などの音の大きさのバランスがちゃんと取れているか,という点が大切で,もしそのバランスがOKな範囲かアウトなのかを識別できるなら,イヤホン全体を規制する必要はないはず.

だから,将来的には外部音がきこえるかどうか,という試験を経たイヤホンを自転車乗りながら使用することは認められるという方向に向かうべきだと思う.というのも,イヤホンって便利だから.

OTOMO使えばいいじゃん,って意見があるかもしれないけれど,OTOMOは周囲の人にも音がきこえてしまう.せっかく静かな環境でウォーキングを楽しんでいる人の静寂を奪ってしまうかもしれない.だから,外の音が十分きこえるイヤホンなら,イヤホンで音楽を聴くほうが,より望ましいに違いない.

また,その安全性が認められたイヤホンにマイクを付けちゃったりして,ネットワークに接続(携帯電話のように)すれば並走しなくても,簡単に会話ができるし,手で合図しなくても声で集団走行時に情報伝達が可能になる.アマチュアサイクリストもプロレースのように音声で会話しながらサイクリングできる.
ニュース

文化庁ってしょっちゅう古墳を破壊してるよね・・・

エアコンで空気調整してたのは入り口だけで中は湿気だらけで,カビはやしちゃいました,とか

カビをとろうとしたら,文化財までやっちゃいました,とか.

運ぼうとして落とした,とかもなかったっけ?あれは餃子だけ?


文化財を扱う知識がないのに,文化財を扱っているようにしか見えない.昔ニュースで見た記憶があるのだけれど,地元の人も怒ってるらしいですね.どんどん破壊していくから.

かなり文化財破壊の実績があるらしい・・・本人達は保護のつもりらしいのだが・・・




今日,関西圏では霧が発生したところが,まあまあたくさんあった.

アメダスの記録などを調べて見たら,今日の朝は湿度が高く,7時ごろがもっとも気温が下がるような具合に,夜からだんだんと温度が下がっていく,というような感じで気温が変化していたみたい.

だから,朝,気温が露点温度以下となって,霧が発生したみたい.たぶん.

そして,風もたいへん弱かったみたいだから,空気が混じることなく,きれいに霧が問題を起こしてくれたみたい.

天気予報によれば,あさっての大阪も,朝の湿度が高く,朝に向かって徐々に気温が下がり,また風も弱い,ということだから,あさっての朝も霧が発生するのかもしれない.

あってるかどうかわからないけれど,こういう発生の仕方の霧は,放射霧というそうです.

香りがとてもさわやかで良い,と聞いていたペドロスのオレンジピールスという名のディグリーザーですが,たしかに,さわやかな香りです.

ゴムを侵す恐れがあるようで,タイヤにたれないように気をつけないとだめですが,たとえば,フィニッシュラインのエコテック(2?)マルチディグリーザーの独特な臭いに比べると,メンテしていて気分がよいです.

ペドロスのケミカルの一部しか,対応が良いことで知られる(らしい)トレックの代理店は扱っていませんが,このオレンジは扱ってる中に入ってるんで,だいたいどんな自転車屋さんでも取り寄せ可能かと思います.

おすすめです.

洗浄力の比較をどうするのかわからないけれど,聞くところによると洗浄力も強いらしいですし.


自民党員の政治記者×0.6くらいは,特定の会社の携帯電話だけを利用をしている携帯電話ジャーナリストというのは,あり得ないと思う.

自民党員の政治記者×0.9くらいには,特定の携帯電話会社の関連会社で仕事をしている携帯電話ジャーナリストというのは,あり得ないと思う.

今日,どこかのあまり内容がおもしろいとは思えない携帯電話業界に関する記事を通して,はじめて携帯電話の純増数の値が,キャリアが出荷した携帯電話の数であり,かつ,各社の発表した数字であることを知った.

全然あてにならん数やん・・・

純増数にはお客さんが増えたのか減ったのかを表す意味があるのだと思っていたのだけど,電話の出荷台数?

ほんとに?記事の内容,読み間違ったかなあ.

ほんとだったとしたら,あまりにも参考にならん数字で,ほんとだったらニュースや記事にする価値もない,というか記事の材料としてはあまりにも信用できない数字なんじゃないの?


1つめは,炭水化物の消化速度.

エネルギー源としてかなり重要なもとからそれであるものを含めて最終形が糖であるもの.食品によって消化の速度は様々で,たとえば自転車レース本番まであとどれくらいで,自分は現時点でどの程度のエネルギーを体内にもっているか,によって適切な食事がかわってくる.(プロは2時間前くらいにちゃんと食べるだろうけど)

食事の時間のあと,すぐに頭をフル回転される必要がある,もしくは,おなかすいてるけど,もうそろそろ自転車で帰宅したい,といったときには一番消化しにくい系統の目安の時間である2時間は待つことができない.

結果として,パフォーマンスが低下したり,筋肉量が減ってしまうかもしれない.

だから,たとえば砂糖を丸呑みするなどの対応を状況にあわせてするわけです・・・

食事の時間の直後にすぐにテストがはじまる入試なんかで,お弁当が普通のごはんだけってのも,炭水化物の消化速度を考えると,あり得ない.せめてゼリーか,デキストリン溶かした飲料とか(グリコCCDとか)がほしい.

炭水化物の消化速度を考えると,これまでのライフスタイルをまだまだ最適なものにする余地が残されていることが見えてくる.


次にもっと気にした方がいいのではないかと思うことの2つめ.個人差.

なんもかんもいろんなことに個人差があって,それなりにぼちぼち個人差は考慮されているところはあるのだろうけど,見た目でわからないところに関してだったりは特に個人差が考慮されにくいし,個人差を考慮することが良くないことと思われているようなところがあったり,個人差を考慮せずに個人差に大きく依存する要素を比較したり,個人差情報を知らないと適切な通知ができないはずが考慮されずに通知されたり,まあ,いろいろありますね・・・たぶん.

個人差考慮なしの歪みに飲み込まれて,うまーいこと行けるひともいれば,どんぞこまでいっちゃう人もいる.

なんというか,分野を限定して問題を限定して,登場人物を限定しないと考えるのも難しいことなのだけれど,現状で一般的に認識されている以上に個人差を考慮することが,平均するとより多くの人が良い人生を送ることができるものになるんだと思います.

個人差の大きさによってはお互いのために関わるべきではない人間というのも,あると思います.