オヤジの昔話 その4
海釣りの盛んな土地だったから、ルアーをかじっている小学男子はそれなりにいた。
手っ取り早くミミズで結果を出すちゃっかり者も、トップばかり投げている猛者もいた。
私は今と同じく、何でもやりたいクチだったように思う。
ワームの存在を知ったのは、しばらく経ってからだった。
誰かが学校に持ってきた釣り雑誌に、レーベル・リングワームのカラフルな広告が出ていた。
「これは一体どうやって使うのか」
若きルアーマニアたちの議論の結果、尻尾、つまり、カーリーテールの外周に沿って、ハリが仕込まれているのだろう、という結論が出た。
ほどなく、ワームフックの存在を知ることになるのだが・・・
この頃、ワームは簡単に釣れるから卑怯なのだという風潮が、確かにあった。
野池でスピードスティックにBM-1でキメたお兄さんがいても、ラインの先端に紫色のワームがぶら下がっていたりすると、内心「ケッ!」と思ったものだ。
それは6インチのトーナメントワームであったりするので、今考えると決してシシィなものではないのだが。
それ以前に、バスの顔も見たことのない小学生の、何と傲慢だったことか。
しかし、三つ子の魂百までというように、そういう意識はしっかりと染み付いてしまうところがある。
かつてライトリグは一通りこなしたし、ハイシーズンにはピッチングロッドも必ずボートに積む。5ポンドのスピニングタックルでスモラバを投げることもある。
ソフトベイトが卑怯などとは、露ほども思っていない。
それでも、プラグやワイヤーベイトで釣った一匹の方が、やっぱり嬉しいのだ。
これはもう、どうしようもない。
この時代に育ったアングラーには、大なり小なり、そういうところがあるのではないだろうか。
これが「投げて巻く」の原点である。
こうして一年半、たまに間違ってナマズやフナを釣りながら、肝心なバスは一匹も釣れないまま、中学に上がるのだった。
オヤジの昔話 その3
ラインは銀輪ソフトの3号を巻いていたが、とにかくトラブルレスだった。
魚が釣れないのにタックルばかり好きなのは当時からで、ショーケースの2500Cを眺めてうっとりする日々。
ベイトリールはものすごく扱いが難しいとされており、値段とあいまって、小学生には敷居の高い存在だった。
そう、バックラッシュ。当時はバック「クラッシュ」と勘違いしていた。
そんな私がついにミリオネアでベイトデビューする。フルーガー2600のような卵型。今思えば実は海用の両軸リールだったのではないか。
まあ、とにかくバックラッシュした。
その頃は、一旦バックラッシュしたら、再起不能ということが多かった。
スピニングで淡々とキャストし続ける友人の隣で、座り込んで根気良くラインをほどいていたものだ。
どちらにもバスが釣れないことに変わりはなかったが。
先日、久々に再起不能をやってしまった。サークルキャストで、フットコンのケーブルにルアーを引っ掛けたまま振り切ってしまったのである。
本当に久し振りで、昔を思い出してしまった。
情報も技術も無かったが、情熱だけは凄かった。
この昔話でバスが釣れるのは、まだまだ先のことになる。
(続く)

