椚田のブログ  -170ページ目

オヤジの昔話 その4

海釣りの盛んな土地だったから、ルアーをかじっている小学男子はそれなりにいた。


手っ取り早くミミズで結果を出すちゃっかり者も、トップばかり投げている猛者もいた。


私は今と同じく、何でもやりたいクチだったように思う。


ワームの存在を知ったのは、しばらく経ってからだった。




誰かが学校に持ってきた釣り雑誌に、レーベル・リングワームのカラフルな広告が出ていた。


「これは一体どうやって使うのか」


若きルアーマニアたちの議論の結果、尻尾、つまり、カーリーテールの外周に沿って、ハリが仕込まれているのだろう、という結論が出た。


ほどなく、ワームフックの存在を知ることになるのだが・・・




この頃、ワームは簡単に釣れるから卑怯なのだという風潮が、確かにあった。


野池でスピードスティックにBM-1でキメたお兄さんがいても、ラインの先端に紫色のワームがぶら下がっていたりすると、内心「ケッ!」と思ったものだ。


それは6インチのトーナメントワームであったりするので、今考えると決してシシィなものではないのだが。


それ以前に、バスの顔も見たことのない小学生の、何と傲慢だったことか。




しかし、三つ子の魂百までというように、そういう意識はしっかりと染み付いてしまうところがある。


かつてライトリグは一通りこなしたし、ハイシーズンにはピッチングロッドも必ずボートに積む。5ポンドのスピニングタックルでスモラバを投げることもある。


ソフトベイトが卑怯などとは、露ほども思っていない。





それでも、プラグやワイヤーベイトで釣った一匹の方が、やっぱり嬉しいのだ。


これはもう、どうしようもない。


この時代に育ったアングラーには、大なり小なり、そういうところがあるのではないだろうか。


これが「投げて巻く」の原点である。





こうして一年半、たまに間違ってナマズやフナを釣りながら、肝心なバスは一匹も釣れないまま、中学に上がるのだった。







アーネスト・ヘミングウェイ 「老人と海」

久しぶりに読んだ。


沖合いの漁場で、体長18フィート、推定重量1,500ポンド超のカジキマグロをフックアップさせることに成功した老漁師が、二昼夜に渡るファイトを繰り広げる。




投げて巻く! 月イチバサーのバス釣り日誌-IMG_5650.jpg




老漁師の魚に対する尊敬の念と、漁師であることの業のせめぎあい。


その描写が素晴らしい。

オヤジの昔話 その3

ルアー釣りを始めて最初に手にしたのは、オリムピックの世紀とダイワスピンキャストST-20( クローズドフェイス)。
ラインは銀輪ソフトの3号を巻いていたが、とにかくトラブルレスだった。

魚が釣れないのにタックルばかり好きなのは当時からで、ショーケースの2500Cを眺めてうっとりする日々。

ベイトリールはものすごく扱いが難しいとされており、値段とあいまって、小学生には敷居の高い存在だった。

そう、バックラッシュ。当時はバック「クラッシュ」と勘違いしていた。

そんな私がついにミリオネアでベイトデビューする。フルーガー2600のような卵型。今思えば実は海用の両軸リールだったのではないか。

まあ、とにかくバックラッシュした。
その頃は、一旦バックラッシュしたら、再起不能ということが多かった。

スピニングで淡々とキャストし続ける友人の隣で、座り込んで根気良くラインをほどいていたものだ。

どちらにもバスが釣れないことに変わりはなかったが。


先日、久々に再起不能をやってしまった。サークルキャストで、フットコンのケーブルにルアーを引っ掛けたまま振り切ってしまったのである。

photo:01



本当に久し振りで、昔を思い出してしまった。

情報も技術も無かったが、情熱だけは凄かった。

この昔話でバスが釣れるのは、まだまだ先のことになる。

(続く)