椚田のブログ  -145ページ目

あまのはしだて

宮津に仕事があったので、せっかくだから天橋立に行く。


雨である。


霧だか雲だかで、どれが大江山なのかよく分からない。


徒歩にしろ駕籠にしろ、平安京からは確かに遠かっただろう。






ここも観光地の例にもれず、駐車場、土産物屋、食堂の呼び込みがかまびすしい。


少しげんなりしながら砂州に降り立つ。





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弧が連続する不思議な海岸線。


岬状の部分には浸食を防ぐためか、石が積まれているのが印象に残った。


東岸はと見れば、ごみの漂着することおびただしい。






どうも近視眼的でいけない。


パンフレットによると、ロープウェイで山に登れば全景を見ることができるらしい。


そこまでの時間はないので、あきらめて仕事に戻る。






想像にとどめておけばよかったと言うと、あまりに酷か。


それでも、その名の甘美な響きは褪せない。


とろけるようである。









昔話その9 「コンバットスティック」

プライベートトーナメントを始めた当初は、相変わらず2ピースのフェンウィックやスピードスティック、スコーピオンEVなどを使っていた。


しかし、まがりなりにも勝つことを目標とすると、おのずと限界が見えてくる。






そんな私が初めて手にしたハイエンド・ロッドが、ザウルス・バッシングシャフト・ボロンである。


トップ用が有名だが、バーサタイルモデルも存在し、66のベイトとスピニングを揃えた。


グレーのブランクがめちゃめちゃカッコよく、手元に置いておけばよかったな、と思う。


その後、GAOという下位モデルが出ると、ラインナップの豊富さと使いやすさから、全てこちらに乗り換える。リーズナブルながら、明らかに道具として進化していた。






GAOには何の不満もなかったのだが、実は気になる竿があった。


関西の釣り仲間、Kちゃんが使っていたコンバットスティックである。


独身だった私は、夏、東京からKちゃん宅にお邪魔し、二泊ほどの釣り合宿を張っていた。


新幹線の旅だったので、2ピース(スコーピオンEVの8f)を持参。






この時、とあるリザーバーで、ともにバズベイトを使って23匹対1匹という恐ろしいほどの大差で釣り負ける出来事があった。


バスはショアに寄っており、本当に岸すれすれで食ってくるという状況。私のバズにもバイトはあるのだが、ことごとく乗らない。


Kちゃん曰く、「そんな長い竿使ってたらあきませんよ」


EVの8fは、遠投や、カスミの足場の高いドックでの使用に重宝していたのだが、ここではただの物干し竿だった。


対するKちゃんのロッドはエバーグリーンGCSC60ML「レーザーショット」。


私のタックルバランスが悪すぎたとはいえ、道具によって差がつくことを如実に経験した出来事だった。






東京に帰った私は、池袋でGCSC65M「ウォリアー」を探し当て、購入。


これが、インスパイアを含め、最終的に11本のコンバットスティックを所有するに至る最初の一歩だった。


そして、おそらくこの頃が、人気品番を店頭で買うことのできた最後の時期だったと思う。





フェイバリットは、前述の65M「ウォリアー」、65H「ガニングシャフト」、スピニングの60M「トゥルーパー」。


今思えばフェニックスのオマージュのようでもあるが、その無骨ともいえるシンプルなデザインにはぞっこんだった。


言うまでもなく、JBプロの背景も、大いに所有欲を満たしてくれたものである。


投げて巻く! 月イチバサーのバス釣り日誌-IMG_7877.jpg


写真は70H「ディッガー」


リールは、シグネチャーモデルに抵抗があったので4600C-D2D2を使っていたのだが、これがチョー格好良かった。


ウォリアーとディッガーは、ラインナップの中でもフロントグリップが特に長く、そこに萌えていた。


近年、キスラーの影響でフロントグリップレスが流行だが、うーん・・・って感じ。





これまでに所有した100本を超えるロッドそれぞれの漁獲数を、もちろん正確に割り出すことはできないれけど、上記の3本がいずれも10位以内に入ることはまず間違いないだろう。







昔話その8 「手作りトーナメント」

放置していたこんなテーマがあった。


久々に更新。






90年代は、とにかくカスミにどっぷり浸っていた。






身内でこぢんまりとしたトーナメントをやってみたり。


これはその時の優勝賞品で、あまり詳しくないのだけれど、須田帆布の製品である。


投げて巻く! 月イチバサーのバス釣り日誌-IMG_1478.jpg


部外者(会社の後輩)に選んでもらい、渡されるまで賞品が何か分からない、という趣向だった。


20年近く経った今も現役だが、娘により、暗に背負うことは禁じられている。


なんでも、「オタクっぽい」のだそうだ。







そんなトーナメントがなんだかんだと広がって、15人ぐらい集まることもあった。


いろんな業種の方がいらっしゃったが、釣り具屋勤務のライトリグ使いさんと、アルミボート持ちのNBCトーナメンターさんが二強だった。


そうかと思えば、誰かのつてで、キャストもおぼつかない女子が参加してくれたりもする。


ちゃんとエントリーフィーを集めて賞品を用意するので、機会均等を狙ってハンディキャップ制を導入した。







足かけ3シーズンほど続けていく中で、ハンデ制や他者計測制などのレギュレーションは、次第に洗練されていった。


おかっぱりの試合としては、かなり完成度の高いシステムにたどり着いたと自負していたものだ。


私ももちろん出場していたけれど、純粋にスタッフで構わないと思えたほど、運営は楽しかった。







また、うまい人の釣りを見ることができたのもよかったと思う。


時代が良かっただけなのに、私も少なからず天狗になっていたから。







前述二人のいずれかに阻まれて、私は確か一勝もできなかったと記憶している。


ただ、ビッグフィッシュ賞はたびたび獲ることができ、ハードベイトはデカい魚を連れてくるという理論めいたものが、この頃から経験的に刷り込まれていったように思う。







また不定期にやってみたいな、と思うのだが、名簿が消失してしまった。


当時はワープロを使っていたのだが、だからといって保管できない理由にはならない。


大半の方に連絡が取れないということを、つくづく残念に思う。