中国の「農民造飛機」現象
5月10日午前10時35分、武漢市の農民舒満勝(45)が自作した高さ1・5メートル、長さ4・4メートル、翼長7メートルの飛行機(↓)が150メートル滑走したあと、5メートル浮き上がった。

見物人は歓喜の声を挙げたが、飛行機はいったん浮いた後空中で上下動を3回繰り返し、左旋回して草むらに突っ込んで行った。舒が10万元(130万円)をつぎ込んでつくった飛行機が「命」を得たのは、わずか3秒間だった――。
(楚天金報より)
貧しい中国農民が自作飛行機づくり? 驚くかも知れないが、本当のことだ。あまり知られていないが、中国では改革開放が始まってから、農民が自力で飛行機をつくる「農民造飛機(農民が飛行機をつくる)」「土飛機(民間飛行機)」現象が続いている。
曹正書(四川省)、戴雲峰(湖北省)、張斗三(広東省)、宋明武(山東省)
鄭盛来(山西省)、蘇道成(湖北省)、王清亮(吉林省)、王金瑞(山東省)
楊飛虎(寧夏回族自治区)、劉亦兵(寧夏回族自治区)、白仲金(甘粛省)
譚成年(山東省)、張玉祥(甘粛省)、鄭勝文(河北省)、於徳金(吉林省)
趙珍光(山東省)、左福益(湖南省)、候双苟(山西省)、宋学武(陝西省)
張自立(陝西省)、滕洪昌(浙江省)……。
(百度貼吧より)
実際に飛行機をつくった農民はこの21人に止まらない。なぜ、中国農民は空に向かうのか。
03年、甘粛省の張玉祥が自作飛行機での飛行に挑んだとき、新華社は「理性的に『農民造飛機』現象をとらえよう」という記事の中で、「高くはないが一定程度の学歴と文化水準を持ち、経済的に余裕があって、これまでの実践の中で機会に関する技術の蓄積がある」という共通点を指摘した。
上記の21人の居住地を見てもそれなりに豊かな地域が多い。改革開放でまとまったカネを手にするようになった農民が、家や愛人でなく趣味の自家製飛行機につぎ込んでいるのだろう。新華社の記事が言う通り、それなら「健康的」だ。
ただこれが、中国テクノロジーの裾野の広がりを表している、と言われれば首をかしげるかもしれない。日本の団塊のオジさんたちが、飛行機のラジコンに夢中になるのと基本的には同じ。オジさんのラジコン技術と、国全体の産業テクノロジーとの間にはそれほど相関関係はないはずだ。
日本の元サラリーマンがラジコンどまりのところを、農民がホンモノの飛行機をつくってしまうところにスケール(と国土)の大きさは感じるが。

見物人は歓喜の声を挙げたが、飛行機はいったん浮いた後空中で上下動を3回繰り返し、左旋回して草むらに突っ込んで行った。舒が10万元(130万円)をつぎ込んでつくった飛行機が「命」を得たのは、わずか3秒間だった――。
(楚天金報より)
貧しい中国農民が自作飛行機づくり? 驚くかも知れないが、本当のことだ。あまり知られていないが、中国では改革開放が始まってから、農民が自力で飛行機をつくる「農民造飛機(農民が飛行機をつくる)」「土飛機(民間飛行機)」現象が続いている。
曹正書(四川省)、戴雲峰(湖北省)、張斗三(広東省)、宋明武(山東省)
鄭盛来(山西省)、蘇道成(湖北省)、王清亮(吉林省)、王金瑞(山東省)
楊飛虎(寧夏回族自治区)、劉亦兵(寧夏回族自治区)、白仲金(甘粛省)
譚成年(山東省)、張玉祥(甘粛省)、鄭勝文(河北省)、於徳金(吉林省)
趙珍光(山東省)、左福益(湖南省)、候双苟(山西省)、宋学武(陝西省)
張自立(陝西省)、滕洪昌(浙江省)……。
(百度貼吧より)
実際に飛行機をつくった農民はこの21人に止まらない。なぜ、中国農民は空に向かうのか。
03年、甘粛省の張玉祥が自作飛行機での飛行に挑んだとき、新華社は「理性的に『農民造飛機』現象をとらえよう」という記事の中で、「高くはないが一定程度の学歴と文化水準を持ち、経済的に余裕があって、これまでの実践の中で機会に関する技術の蓄積がある」という共通点を指摘した。
上記の21人の居住地を見てもそれなりに豊かな地域が多い。改革開放でまとまったカネを手にするようになった農民が、家や愛人でなく趣味の自家製飛行機につぎ込んでいるのだろう。新華社の記事が言う通り、それなら「健康的」だ。
ただこれが、中国テクノロジーの裾野の広がりを表している、と言われれば首をかしげるかもしれない。日本の団塊のオジさんたちが、飛行機のラジコンに夢中になるのと基本的には同じ。オジさんのラジコン技術と、国全体の産業テクノロジーとの間にはそれほど相関関係はないはずだ。
日本の元サラリーマンがラジコンどまりのところを、農民がホンモノの飛行機をつくってしまうところにスケール(と国土)の大きさは感じるが。
「習近平の正体」の正体
先日、久方ぶりに訪れた神保町の内山書店で、「習近平の正体」という本を見つけた。4月10日に出たばかりで、版元は小学館。「元全国紙記者」の茅沢勤という作者が、SAPIOの連載記事に加筆・修正したものらしい。
2012年秋の18回党大会まであと1年半。これから日本だけでなく、海外でも「習近平本」の出版は続くだろう。この本はその第1号というわけだが、著者が前書きで「日本はもちろん、海外のメディアにも先駆けて、習近平という人物を徹底解剖できたと思う」と自負するような内容になっているだろうか。
結論から言うと、習近平情報の集積本としては意味があるが、「習近平がいかなる人物か」という有効な分析はほとんどできていない。彼がトップに立った中国がどこへ向かうのか、という世間の最大の関心事についても何も示されていない。
習が次期指導者として世界の関心を集めるのは、その「得体の知れなさ」ゆえ、でもある。07年の17回党大会で政治局常務委員に抜擢されるまではほぼノーマークの人物であり、かつメディアに注目されるようになったあとも、チャイナウォッチャーを混乱させる矛盾した情報が習自身から発信されている(e.g.メキシコ事件)。
本書は残念ながら、その謎を解いてはくれない。1969年1月に陝西省延安市郊外の延安県に下放されたあと、わずか3カ月で苦役に耐えられなくなって北京に戻った習が、伯父夫婦の説得で延安にもどるとなぜか突然心を入れ替えて延安に戻り、なまりを覚え、現地に溶け込み、村一番の力持ちになって現地の党幹部の信頼を得て清華大学に進学する……のはご愛嬌としても、メキシコでうかつな失言をする軽さと、政治の時流を読んで自ら秘書を務める保守派の副首相、耿飈を切り捨てる抜け目なさの間の矛盾も放置されたままだ。
明らかに香港紙・誌からの情報を「情報筋によると」と、取材で得たかのように装っているのもかえって内容に対する自身のなさの自ら証明している。昨年秋の中央軍事委副主席人事に際して鏡報誌が報じた「手紙」事件も、「香港情報筋」からのネタとして紹介している(183ページ)。「筋」が通常は人を意味することは、「元全国紙記者」なら当然承知しているはずだ。
とはいえ、先述した通り、(真偽不明ながら)習近平情報の集積本として使う事は出来る。習近平筆頭秘書の鐘紹軍、「スピーチライター」李書磊の存在(146~149ページ)◇習が国内治安の党内最高組織「6251工程」の最高責任者であること(176ページ)だけでなく、習以外の党幹部のさまざまな情報も載っている。習や李ら幹部の博士号「購入」疑惑や、ガリ勉型指導者である李克強の指導力への疑問は面白い視点だと思った(突っ込み不足ではあるが)。
ただ最後の最後に、著者は習近平について人民を守ることに無上の価値を置く「共産党人」と分析し、日本人に「共産党人」気質を理解せよ、と求めているが(240ページ)、そもそも「共産党人」とは何なのか。「いい人」「まじめな人」と同じぐらい定義があいまいなままで、それを理解せよ、と言ってもどだい無理な話だ。
学術研究ではないのだし、雑誌の連載をまとめたのであれば、こんなものなのかもしれない。ただ、「まず習近平本ありき」で著者と出版社が突っ走ったのであれば、それは歴史に残るようなものではないし、いみじくも著者が後書きに書いている「習近平とはどのような男なのか」という読者の疑問に答える本ではない。
2012年秋の18回党大会まであと1年半。これから日本だけでなく、海外でも「習近平本」の出版は続くだろう。この本はその第1号というわけだが、著者が前書きで「日本はもちろん、海外のメディアにも先駆けて、習近平という人物を徹底解剖できたと思う」と自負するような内容になっているだろうか。
結論から言うと、習近平情報の集積本としては意味があるが、「習近平がいかなる人物か」という有効な分析はほとんどできていない。彼がトップに立った中国がどこへ向かうのか、という世間の最大の関心事についても何も示されていない。
習が次期指導者として世界の関心を集めるのは、その「得体の知れなさ」ゆえ、でもある。07年の17回党大会で政治局常務委員に抜擢されるまではほぼノーマークの人物であり、かつメディアに注目されるようになったあとも、チャイナウォッチャーを混乱させる矛盾した情報が習自身から発信されている(e.g.メキシコ事件)。
本書は残念ながら、その謎を解いてはくれない。1969年1月に陝西省延安市郊外の延安県に下放されたあと、わずか3カ月で苦役に耐えられなくなって北京に戻った習が、伯父夫婦の説得で延安にもどるとなぜか突然心を入れ替えて延安に戻り、なまりを覚え、現地に溶け込み、村一番の力持ちになって現地の党幹部の信頼を得て清華大学に進学する……のはご愛嬌としても、メキシコでうかつな失言をする軽さと、政治の時流を読んで自ら秘書を務める保守派の副首相、耿飈を切り捨てる抜け目なさの間の矛盾も放置されたままだ。
明らかに香港紙・誌からの情報を「情報筋によると」と、取材で得たかのように装っているのもかえって内容に対する自身のなさの自ら証明している。昨年秋の中央軍事委副主席人事に際して鏡報誌が報じた「手紙」事件も、「香港情報筋」からのネタとして紹介している(183ページ)。「筋」が通常は人を意味することは、「元全国紙記者」なら当然承知しているはずだ。
とはいえ、先述した通り、(真偽不明ながら)習近平情報の集積本として使う事は出来る。習近平筆頭秘書の鐘紹軍、「スピーチライター」李書磊の存在(146~149ページ)◇習が国内治安の党内最高組織「6251工程」の最高責任者であること(176ページ)だけでなく、習以外の党幹部のさまざまな情報も載っている。習や李ら幹部の博士号「購入」疑惑や、ガリ勉型指導者である李克強の指導力への疑問は面白い視点だと思った(突っ込み不足ではあるが)。
ただ最後の最後に、著者は習近平について人民を守ることに無上の価値を置く「共産党人」と分析し、日本人に「共産党人」気質を理解せよ、と求めているが(240ページ)、そもそも「共産党人」とは何なのか。「いい人」「まじめな人」と同じぐらい定義があいまいなままで、それを理解せよ、と言ってもどだい無理な話だ。
学術研究ではないのだし、雑誌の連載をまとめたのであれば、こんなものなのかもしれない。ただ、「まず習近平本ありき」で著者と出版社が突っ走ったのであれば、それは歴史に残るようなものではないし、いみじくも著者が後書きに書いている「習近平とはどのような男なのか」という読者の疑問に答える本ではない。
赤ん坊を人質にとる病院
今年32歳の劉佰胡は広東省東莞市大朗鎮牛陂村の村民だ。ある企業に警備員として勤め、月給は900元(約1万2000円)。07年に妻と別居、翌08年に別の女性店員易海勁と同棲を始め、09年5月に易が妊娠した。
今年1月、入院した市婦幼保険院で妊娠8カ月の易は羊水過少と診断され、すぐに帝王切開手術が必要だと言われた。
当時、劉が病院に払ったのは手付金1200元だけ。しかし病状が切迫していたため、病院側は人道的な見地から手術を行い、無事男の子が生まれた。
半月後に易は退院した。しかし、赤ん坊を連れて行くことはできなかった。病院が支払い不足を理由に退院を許さなかったからだ。
2人の未払い医療費は3万9299元7角5分(約52万円)。劉の年収の3~4年分に相当する額である。劉は分割払いを申し出たが、病院は納得しなかった。「50元でも100元でも、時に支払いに対する誠意を見せてくれれば、子どもを連れ帰ることを認めてあげられたのに」と医師の楊勇は言う。
易の出産後、劉は失業。彼女も糖尿病を患い働くことができず、今は易の母親の屋台での稼ぎに頼って生活している。
東莞市の呂軍弁護士は「病院のやり方は妥当でない。医療費が未払いなら裁判所に訴えて返還を求めるべきだ。同情はするが、法律に違反する行為だ」と話している。
(東莞時報より)
*
78年の改革開放後も、中国では医療費はほぼタダだった。必要以上の治療を受けたり、薬を家族間で使い回す行為が横行し、医療費がうなぎ上りになったため、政府は98年に国有企業労働者と公務員を対称にした公的医療制度を廃止した。農村では70年代末の生産請負制の導入に伴い集団農業が崩壊し、最低限の医療サービスを提供する農村合作医療制度も事実上解体された。中国人民のかなりの部分がいったん「医療保険ゼロ」の状態になったわけだ。
もちろん中国政府とて保険ゼロ状態を放置していたわけではない。98年の国有企業労働者と公務員の公的医療制度廃止と同時に、都市部の企業社員、公務員を対象にした全国統一の公的医療保障制度をスタートしたが、加入者数は08年末で2億人(加入率6割)にとどまっている。
都市住民を対象にした医療保険や、新しい農村合作医療制度もあるが、それぞれ加入者数は1・17億人(加入率4割)と6億人(加入率8割)。計約9億人で、残り4億人がカバーされていない。全体の加入率は約7割だ。
保険のカバー範囲も狭い。06年のデータだと、国民医療費のうち個人負担は全体の49%を占めている。「5割自己負担」になったら、日本では革命が起きかねない。
(以上、財務省資料から)
国民皆保険制度がなく、保険料を払えない貧困層が高額医療費のアリ地獄にはまる……という、どこかの西側先進国で起きているのと同じ状況が中国でも起きている。国民皆保険を実現したからといって、劉と易の2人がおそらく彼らにとって高額な保険料を払えるかどうかは分からない。だがアリ地獄にはまる中国人は確実に減る。
中国の場合は失業問題を解決する必要もある(劉のケースはまさにそうだ)。ただマイケル・ムーアの「シッコ」じゃないが、この問題は社会が「富める者が貧しい者の医療を助けるのは当然」「人は貧富の差に関係なく医療を平等に受ける権利がある」という当たり前のことを理解すれば、すぐに解決する。
アメリカのように、非保険者の医療費を出し渋る民間保険会社がのさばりだし、国民の間に「俺のカネはオレのもの!」的考えが広がりきる前に国民皆保険を実現できないと、中国ではこれからも赤ん坊を人質に取る病院が相次ぐことになる。
この東莞の事件は、中国で国民皆保険議論が始まるきっかけになるかもしれない。
今年1月、入院した市婦幼保険院で妊娠8カ月の易は羊水過少と診断され、すぐに帝王切開手術が必要だと言われた。
当時、劉が病院に払ったのは手付金1200元だけ。しかし病状が切迫していたため、病院側は人道的な見地から手術を行い、無事男の子が生まれた。
半月後に易は退院した。しかし、赤ん坊を連れて行くことはできなかった。病院が支払い不足を理由に退院を許さなかったからだ。
2人の未払い医療費は3万9299元7角5分(約52万円)。劉の年収の3~4年分に相当する額である。劉は分割払いを申し出たが、病院は納得しなかった。「50元でも100元でも、時に支払いに対する誠意を見せてくれれば、子どもを連れ帰ることを認めてあげられたのに」と医師の楊勇は言う。
易の出産後、劉は失業。彼女も糖尿病を患い働くことができず、今は易の母親の屋台での稼ぎに頼って生活している。
東莞市の呂軍弁護士は「病院のやり方は妥当でない。医療費が未払いなら裁判所に訴えて返還を求めるべきだ。同情はするが、法律に違反する行為だ」と話している。
(東莞時報より)
*
78年の改革開放後も、中国では医療費はほぼタダだった。必要以上の治療を受けたり、薬を家族間で使い回す行為が横行し、医療費がうなぎ上りになったため、政府は98年に国有企業労働者と公務員を対称にした公的医療制度を廃止した。農村では70年代末の生産請負制の導入に伴い集団農業が崩壊し、最低限の医療サービスを提供する農村合作医療制度も事実上解体された。中国人民のかなりの部分がいったん「医療保険ゼロ」の状態になったわけだ。
もちろん中国政府とて保険ゼロ状態を放置していたわけではない。98年の国有企業労働者と公務員の公的医療制度廃止と同時に、都市部の企業社員、公務員を対象にした全国統一の公的医療保障制度をスタートしたが、加入者数は08年末で2億人(加入率6割)にとどまっている。
都市住民を対象にした医療保険や、新しい農村合作医療制度もあるが、それぞれ加入者数は1・17億人(加入率4割)と6億人(加入率8割)。計約9億人で、残り4億人がカバーされていない。全体の加入率は約7割だ。
保険のカバー範囲も狭い。06年のデータだと、国民医療費のうち個人負担は全体の49%を占めている。「5割自己負担」になったら、日本では革命が起きかねない。
(以上、財務省資料から)
国民皆保険制度がなく、保険料を払えない貧困層が高額医療費のアリ地獄にはまる……という、どこかの西側先進国で起きているのと同じ状況が中国でも起きている。国民皆保険を実現したからといって、劉と易の2人がおそらく彼らにとって高額な保険料を払えるかどうかは分からない。だがアリ地獄にはまる中国人は確実に減る。
中国の場合は失業問題を解決する必要もある(劉のケースはまさにそうだ)。ただマイケル・ムーアの「シッコ」じゃないが、この問題は社会が「富める者が貧しい者の医療を助けるのは当然」「人は貧富の差に関係なく医療を平等に受ける権利がある」という当たり前のことを理解すれば、すぐに解決する。
アメリカのように、非保険者の医療費を出し渋る民間保険会社がのさばりだし、国民の間に「俺のカネはオレのもの!」的考えが広がりきる前に国民皆保険を実現できないと、中国ではこれからも赤ん坊を人質に取る病院が相次ぐことになる。
この東莞の事件は、中国で国民皆保険議論が始まるきっかけになるかもしれない。