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湖南省で団派と太子党が合作する?

新彊ウイグル自治区党委員会の王楽泉書記が「更迭」された。党中央が更迭色を薄めようと必死になっているのは、新華社のマイルド記事でもよく分かる。何せ「死刑宣告」に国家副主席と党中央組織部長が臨場したくらいだ。

諸説あったが、更迭人事でこんな厚遇を受けるぐらいだから、王はやはり胡錦涛に近い人物だったとみていいだろう。この時期に人事を断行したのは、5月1日開幕の上海万博に影響を及ぼさないように、という配慮からのはずだ。

それはそうと、今回の人事に絡んで香港の明報が興味深い記事をウェブサイトに掲載している。記事によれば、湖南省委書記の張春賢が新彊へ、湖南省省長の周強が省委書記へと玉突き人事になることは新華社電でも明らかだが、新しい湖南省長に李鵬の息子の李小鵬(↓)が就任するという。

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周強は60年生まれの50歳。胡春華、孫政才らと同じ第6世代にあたる政治家で、胡春華と同じく団派のホープと見られている。

李小鵬は今年51歳。中国5大国有電力会社の1つである華能に勤務していたが、08年5月に政界に転じ、山東省副省長になった。

団派の周もバリバリの精鋭なら、太子党の李もこれ以上ない「七光り」を持つ人物。つまり、両派の精鋭が同じ湖南省でぶつかる訳だ。こんな例はこれまであまりないはずだ。

■「団太合作」の先例になる?□

もちろん、これから2人は湖南省でその「成績」を競うわけだから、そういう意味でのバトルはあるだろう。ただ直接2人がいがみあって、それが中南海を巻き込んだ大政争に発展する……ということは考えにくい。そうならないと踏んだからこそ、胡錦涛もこの人事にゴーを出したはずだ。

もちろん、2人の今後の仕事ぶりは両派の先行きを占う試金石である。注目も集まるだろう。ひょっとしたら、「団太合作」の先駆け的な意味付けもあるのかもしれない。

李小鵬の人事は、訃報情報が出ては消える李鵬(81)への最後のはなむけのようにも見えるが。

咆哮する中国公務員

以前、映画監督の張芸謀に噛み付いた湖南省臨湘市の姜宗福・副市長について書いたが、その姜副市長がまた吼えている。今回のテーマは不動産バブルだ。

紅網フォーラムにアップされた文章で、姜副市長は

「『特殊利益層』の奴隷と化した御用経済学者たちが、国家の経済政策をいいように操っている。また国家の経済政策がまだ公表されないうちに、情報がこういった御用学者経由で特殊利益層に流れ、彼らはたちまち対策を取ってしまう」「場当たり的な政府の不動産改革が庶民を振り回してきた」「過剰な都市化による人口増と不動産不足が農民工や大学卒業生を振り回している」

と、政府の不動産政策を批判した。対策として姜副市長は遺産税(相続税)や物業税(固定資産税)の課税と、2件目以降の不動産所有に対する課税強化などを訴えている。相続税や固定資産税がないのは日本人にとっては驚きだが、私有財産制を認めない社会主義の国としては当然のことだろう。

それほど説得力がある文章でもないが、言っていることはまあ、もっともだ。テーマが今もっとも老百姓が敏感な不動産バブルだけに、当局もナーバスになっているためか百度の検索でも「違法表示」とはなっていない。

姜副市長と違い、咆哮をやめた中国公務員もいる。雲南省党委員会の宣伝部副部長、伍皓は省委員会の「ネットスポークスマン」として09年11月からブログを続けていたが、あまりに炎上するためわずか1カ月あまりで閉鎖に追い込まれた。

その伍皓が4月22日、北京の中国人民大学で講演に臨んだところ、会場にいたネチズンから何枚もの5角紙幣(5角は1元の半分、約7円)を投げつけられた。5角は一般には5毛(ウーマオ)と発音され、伍皓の発音Wu Hao(ウー・ハオ)は広東語で「5毛」と同じ発音になる。要するに、「おめえは5毛の価値しかねぇ!」というネチズンの皮肉である。

伍皓は70年に四川省達県の農村で生まれた。成績優秀で北京大学に合格したのだが、北京行きの列車の切符は村人が資金を出し合って買ったのだという。卒業後、新華社に就職しチベット自治区での勤務を志願(これは内モンゴル自治区書記の胡春華と同じだ)。その後雲南省に転勤になり、08年12月から現職を務めている。

伍皓はブログで「上海でっちあげ捜査事件」などについても積極的に発言していたというから、その情報公開の姿勢は決してポーズだけでもなかったのだと思う。湘臨市副市長と雲南省宣伝部副部長の偉さの違いが良く分からないかもしれないが、明らかに後者の方が上である。プレッシャーも伍皓の方がずっと大きいはずで、だからこそ彼もブログをやめざるを得なかったのだろう。

世界中の政治家がとりつかれたようにツイッターを始めているが、彼らが夢中になるのは、何も情報公開に急に目覚めたからではなく、票につながると感じているからである。

中国公務員も基本的に同じはずだ。もちろん彼らに選挙はない。だが、世論という地盤の安定を無視して政治家は成り立たない。前にも書いたが、戦時中、すき放題していたように見える日本の軍部も水面下で必死に世論の動向を探っていた。

中国公務員ブログは一進一退に見える。だがこのまま行けば、ブログや掲示板で本音を書き込む公務員は増えるだろう。中央宣伝部も簡単にそれを止めることはできなくなるはずだ。

ダライ・ラマの「軽さ」

青海地震の犠牲者に哀悼の意を表するため、国務院は4月21日に全国で哀悼活動を行い、半旗を掲げる、とする公告を出した。公的な娯楽活動も中止する。

4月21日は、漢族がチベットのために国を挙げて追悼した歴史的な日として記憶されるかもしれない。ダライ・ラマの被災地訪問こそ中国政府に無視されたが、最近ジリ貧だったチベットにとって、今回の災害が反転攻勢のきっかけになるのは間違いない。

ただ、その頭領たるべきダライ・ラマが地震直後の16日、訪問先のニューデリーで気になる発言をした。

インドのニュース通信社Press Trust Indiaが報じたところによると、ダライ・ラマは「インドの人たちが怠け者だと感じることがある。あなた方は懸命に働くべきだ。中国人を見なさい。彼らは懸命に働いている」「中国人の行くところに彼らは中華街をつくる。しかし世界のどこを探してもインド街はない」と述べたという。

この後、ダライ・ラマは、中国の拝金主義や透明性欠如、情報の不自由ぶり……について批判した。記事にも「軽い調子で」とあるから、話の中で「刺身のツマ」的にインドの話を持ち出したのだろう。

しかし、これが地震からわずか2日後に、被災地域の90%を占める民族の指導者が言うべきことだろうか。もちろん直接地震とは関係ない話だが、そもそもインド人がインド街をつくろうがつくるまいが、その「寄宿者」であるチベット亡命政府やダライ・ラマにはそれこそ関係のない話だ。ついつい「軽い調子で」こんな話をされると、His Holinessの自制心を疑ってしまう。

前にも書いたが、ダライ・ラマが法話の中に交えるジョークはとても欧米的で、それが西側世界での彼の人気の源になっている部分もある。ただ、このインドのジョークはジョークには聞こえない。聞いていたインド人はドン引きしたのではなかろうか。

この発言には、ダライ・ラマのインドに対する苛立ちと、中国に歩み寄りたい気持ちが背景にあるのかもしれない。