Observing China -12ページ目

蒼井そらvs中国政府

AV女優蒼井そらのツイッターが急速にフォロワーを増やしている。3月末に始めたところ、あっと言う間に1万を超え、現在1万8000。先週末に急速に増えたのだが、その原因は中国人フォロワーの急増らしい。

社会派アーティスト、アイ・ウェイウェイのツイッターにも蒼井に関するリツイート(4月12日午前8時24分)があり、そこに貼られたURLに飛ぶと、嘘か誠か4月11日に2人が直接会った、という記述に出くわす。

アイ:改革開放以来、日本のAV女優が中国の性教育の進歩に大きく貢献してくれたことに感謝する。また日本のAV女優がツイッターをすることで中国ネチズンが積極的に当局のつくった「壁」を超えるようになった。女優さんたちには、たくさん写真を張り付けて「つぶやいて」ほしい。

蒼井:今、中国ネチズンが海賊版でない正規版を買いやすいように、「支付宝」など支払いサイトの開設についてAV制作会社と積極的に話し合っています。

蒼井のツイッターをみていると、4月11日には日本にいたらしいからおそらくウソだろう。ただ、ウソではあるがアイの言葉には大きな真実が含まれている。つまり「エロはあらゆる壁を超える」ということだ。

インターネットの普及でエロが果たした役割はすっかりなかったことにされている。だが最新のAV動画を見たさに、動画ソフトをバージョンアップした経験のある諸兄も多いはずだ。

翻訳ソフトを使ってまで蒼井そらの日本語ツイッターに殺到するくらいだから、中国人諸兄のエロ抑制度と「衝動」は想像するにあまりある(ちなみに蒼井のツイッターはエロなしである)。

アイが言うとおり(言ってないが)、エロは中国大陸でツイッター(と迂回ソフト)が普及する原動力になるだろう。そして、それはいつの日か民主化につながるかもしれない。中国政府にとって思わぬ強敵の出現だ。

あんまり「スッキリ」しすぎると、中国人諸兄の政治的フラストレーションも減るかもしれないけど!

解放軍がビルマ国境に増派する意味

ビルマ北部で去年8月に漢民族の末裔コーカン族とビルマ政府軍が衝突し、多数のコーカン族が国境を越えて雲南省に逃げ込んだ事件はまだ記憶に新しい。その中緬国境がまたきな臭くなっているらしい。

亜洲週刊によれば、昨年のコーカン族との衝突以来、ビルマ軍は7万人の兵力を新たに北部に配置しているが、これに対抗して中国軍も2月末、雲南省の最前線に数千人を増派したという。

ビルマの軍事政権は年内の総選挙を予定している。選挙前に国内少数民族の不穏な動きを封じようとするビルマ側と、それに備える中国側--ということらしい。解放軍のビルマ侵攻はあり得ないが、今度の主役はコーカン族ではなく、少数民族最大2万5000人の兵力を抱えるワ族である。

$Observing China

タイ紙シャン・ヘラルド・モーニングによれば、ビルマ軍はワ族連合軍(↑)に対する警戒を強めていて、少なくとも20の検問所を設け、その動きを警戒している。

植民地時代のビルマでは、宗主国のイギリスが少数民族を優遇して60%を占めるビルマ族を牽制するやり方で国を管理した。独立後も少数民族と政府軍の内戦状態は続き、97年までに17の少数民族が停戦合意に応じたが、自治と軍事力の維持は維持した。

しばらく落ち着いていたビルマの少数民族問題が再燃したのは、08年に軍事政権側が総選挙をにらんで制定した新憲法の中で、少数民族の兵力が政府軍の統制下に入ると定めたためだった。

■今も消えない宗主国意識□

以前書いた通り、ビルマは唯一中国と国境をめぐる争いをしなかった国だ。そのビルマに中国があえて軍事攻撃をする公算は低いが、何せ「抗美援越」と称してベトナム戦争期間中に支援した北ベトナムに躊躇なく進攻した歴史もある。コーカン族など少数民族は漢民族の末裔でもあり、民族意識が高まれば「懲罰」として進攻する可能性もゼロではない。

最近の北朝鮮へのおしおきぶりを見ていると、ひょっとして「中国は国際社会のリーダー国としてやる気になった?」と思わないでもないが、おそらくそうではないだろう。

元朝はビルマ東北部を直接統治していたし、清朝とビルマは朝貢関係にあった。朝鮮やベトナムと同様、中国は清朝の「冊封国(朝貢国)」的な感覚で今も周辺国に対峙しているはずだ。

最近の周辺国への「内政干渉」も「おしおき」であって、決してリーダーシップではないと思う。

中国での日本人の死刑は初めてじゃない

麻薬密輸罪で死刑が確定していた日本人死刑囚の死刑が執行された。日本の外務省は「戦後、日本人が刑法犯として外国で死刑にされた記録はない」と説明している。だが、1951年に山口隆一という日本人男性が北京で死刑になっている。

中国社会科学院の資料によれば、山口は1904年生まれ。1938年に旧日本海軍のスパイとして中国に渡り、戦後の46年にCIAの前身である米戦略諜報局(OSS)に加わった。北京解放後も潜伏してスパイ活動を続け、建国1年を祝う50年の国慶節で毛沢東らの爆殺を企てるが、公安に計画が露呈して捕まり、51年に死刑になった。

日本に主権がない占領期の事件だし、そもそも中国に刑法があったかあやしい時期だから、「刑法犯で死刑」というくくりに限定すれば、たしかに「記録なし」となるのだろう。

今回の死刑が「初めてじゃない」ということをアピールするためのでっち上げでは、とも勘ぐりたくなるが、この事件自体は04年に中国外交部が発表したものである(今回の死刑囚の逮捕は06年)。

山口死刑囚が描いたとされる妙にリアルな「天安門襲撃之図」もある(↓)。

$Observing China

あらためて中国刑法をながめると、汚職や麻薬密輸に死刑が適用される一方で、煽動国家分裂罪とか国家統一破壊罪という現政権の帰趨にかかわる重罪が「5年以下の懲役」となんとも軽い罪になっている。

ちなみに日本刑法の内乱罪で首謀者は「死刑または無期禁固刑」となっている(もちろん中国刑法の国家安全危害罪は「人民に対する危害が特別重大なとき」は死刑にできる、と定めている)。

「いつか自分に適用されたときのために」と、刑法の制定者たちがヘッジしたわけではないだろうが。