下弦の月(その二) | ELECTRIC BANANA BLOG

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しまさんの独り言、なんてね。ハニー。
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何がなんだかの方は予告 からどうぞ。

 

 

そういえば、君の友達の面会申請、通ったみたいだね

 

美波の笑顔がパッと明るくなった。

 

ハイ。一昨日来てくれました。郁子と梨香に久しぶりに逢えました

 

それは良かった

 

二人とも、いつの間にか、大人になってましたね。なんか変な感じでした

 

両親と弁護士以外の者が彼女に会える、というのは今の状況を考えると異例の事だった。最初は本人たちが申請していたが、何度か却下されて、私のところに相談に来た。私は直接政府の担当者に直談判して、許可を得たのだった。

ただ、私にしても、その二人が会いたがる理由に、一抹の不安を感じないわけではなかった。

その理由は、確かに二人は美波のクラスメートだったが、同様に、あの事件の被害者でもあったのだ。足立郁子は、事件当夜、自宅にいて被害に遭っている。祖父と弟を亡くし、祖母はそれが元で、あれ以来ずっと入院生活が続いている。高山梨香の方は、バイト先で事件に遭遇。ファーストフード店の店員で生き残ったのは彼女だけだった。彼女自身も骨折して3ヶ月の入院をしている。

私は確かめる意味で、彼女たちに、美波に面会を求める理由を聞いた。

 

やっぱり友達ですから。たとえ何か関係があって、美波のせいであんな事になったとしても、信じてあげられるのは私達だけじゃないかって。起きた事は仕方がないとしても、これ以上、理不尽な事で親しい人を失うのは・・・

 

郁子が言葉を詰まらせたのを、梨香が引き継いだ。

 

悲しいのは、もうたくさんです。済んでしまった事は仕方がないから、これから先の事を、美波の未来を、支えてあげたいんです

 

私は友情というものの奥深さを感じて、その心境に至った二人のためにも、申請が通る事を願った。

 

梨香はバリバリキャリアウーマンって感じで、昔から活発だったし、ああかっこいいって感じで。でも、一番びっくりしたのは郁子かな

 

美波はそういうと、テーブルの引き出しを開け、中から一枚の写真を取りだした。

 

二人目が産まれたばかりなんだって。最初が男の子で、最近産まれたのが女の子

 

私にその写真を見せると、美波は押し黙ってしまった。先ほどまでの笑顔が曇る。

たぶん、彼女はいつの間にか、周囲が大人になっている事に戸惑っているのだろう。自分が何処かで何かを置き忘れてしまったような、空白の時間がある事への、正直な反応だと思った。

あの事件からもう十年経つ。だが、美波はその半分を、行方不明になっていた。そして発見され、広石島の絵里子さんのところに保護されても、一年近く寝たきりだった。ようやく目が覚めても、瞬く間に拘束され、気が付くとこんなところに幽閉されている。

確かに、普通の道を歩いてはいない。だが、それは、あの事件のせいだけでもないような気がする。元々、あの広石島に伝わる風習のせいで、一人親元を離れて巫女としての生活が始まった時から、ごく一般的な女性が歩む道、というものから外れたのではあるまいか?

そうだとしたら、今の彼女の姿は、運命なのかもしれない。事件があったとしても、無かったとしても、いつかはそのギャップに悩む時が来たのではないだろうか。

そう考えると、やはり事件の責任を彼女一人の裁きで決着させるのは、おかしい気がするのだ。

 

そうだ、絵里子さん達に会ってきたよ

 

曇った表情のまま、美波は顔を上げた。無理に笑おうとして、上手くいかない。私はまだ、彼女が心を開いていない事を、悟った。しかし、それも仕方がない事だと思った。

だから、というわけでもないが、必要以上に私は彼女に笑顔で接した。

 

二人とも、元気そうだったよ。君の事をとても気遣っていた

 

そうですか、と小さな声で呟く。ますます、彼女が心を閉ざすのがわかる。私は今日ここに来た目的が、早々と失敗してしまうのか、と思った。今日は彼女本人から、事件当夜の事を訊こうと思ってここを訪れたのだから。

広石島から鬼姫が出現し、美波と老女を除く島民が全滅した。ほぼ時を同じくして、四国山脈で邪神が復活した。その後、二体が辿った道は容易にしれている。日本各地に深く刻まれた破壊の跡と、墓標がそれを如実に語っていた。

だが、美波自身の足取りはそれとはシンクロしていない。彼女の供述によると、鬼姫が出現した後も、しばらく島にいた、という事なのだ。だが、最終的に彼女の行方は消え、それは二体の怪物が消えた時期と一致している。

その間に何があったのか。私が確認したいのはそのことだった。

 

先生

 

ふと、美波の方から私に声をかけてきた。

 

私はこれから、どうなるの・・・かな

 

ひどく不安そうな表情に、先ほどの笑顔の面影はない。だが、それも何処か、何か透明な光に包まれているような気がする。それが彼女を覆って、そのまままた何処かに消えてしまいそうな、そんな幻影を、私は一瞬感じた。

 

大丈夫だよ。どうにもなりはしない。元々、いろんな事の結末を、君一人に押しつけるのが間違っているんだよ。君がここにいる事自体、間違っていると思うよ

 

でも、と美波は言った。

 

私はどうしたって、みんなの前にもう、出ていけない。いや・・・出て行っちゃいけないような、気がする・・・

 

美波は、そのまま俯いて、そしてそのまま手で顔を覆った。低い嗚咽が聞こえる。

私はしばらく、何も言いだせなかった。

 

 

(明日に続く)