邪神覚醒(その三) | ELECTRIC BANANA BLOG

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しまさんの独り言、なんてね。ハニー。
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人探しは、まず広石島で明確な名前と存在を得た。だが、それで終わらなかった。なぜなら、その事件の当初、人々が目撃したのは、少なくとも二つのモノだったからだ。もう一方の、犯人がいるはずだ。何か原因のようなものがあるはずだ。そう生き残った人々が考えるのは当然のことだった。

だが、そのもう一方に関して、なかなか糸口が見つからなかった。

それを解きほぐしたのは、意外なことに、米軍の軍事衛星だった、といわれる。軍事機密に関することなので、公表はされなかったが、偶然に、四国の中心部で明るく輝く光が、観測されたのだ。だから、もう一方に関して、最初に動いたのは自衛隊だった。

当初、広石島の光だと思われた光は、位置が違うことが判明すると、俄然注目の的となった。そうすると、四国山脈を挟んだ高知一帯で、空を照らすように輝いた光の目撃情報が、集められた。そして、その異変の中心地が特定されるのに、さほどの時間はかからなかった。

私が今日、安田顕次氏の元を訪れたのは、彼がその異変の最も近い目撃者だったからだ。そして現在では唯一、そのもう一方の原因を知る人間だったからだ。

 

裁判になりましたから、あなたにもたぶん、出廷の要請があるでしょう。私としても、それを申請せざるを得ない。その前に、やはりあなたから真実を聞いておかないと、不利益を被るのは、あなたの方かもしれませんよ

 

少し姑息な脅しだったが、私は敢えてそのような論法で、彼の説得を試みた。私自身、あの事件の責任を、一人の少女に押しつけるのに、首を傾げざるを得ないところがある。そういう思いも手伝って、私は敢えて脅し、という手段に出たのだ。

彼は渋々、といった感じで、私を縁側に招き入れた。木枠のガラス戸を開け、彼は中に入って、その縁側に座布団を差し出した。それは話す代わりに、これ以上家には上げない、という無言の抵抗に見えた。私はそこに腰を下ろす。

縁側の向こうは畳の間だった。ずっと奥に仏壇があり、その上の鴨居には、額に入った写真が並べられていた。どれもこれも旧そうな写真だった。

 

ここには今はお一人で住んでらっしゃるんですか

 

彼は頷いた。

 

ばあさんが一人、ここに住んでいたけど、事件の前に死んじまったよ

 

あなたがここに来られたのは、いつです?確か、あなたは東京の銀行にお勤めになってましたよね

 

十五年前だ。あの事件の五年前だな

 

やはり、倒産がきっかけで?

 

ああ、とめどくさそうにそう答えながら、彼はタバコに火を点けた。

20世紀末からずっと続いた不況は、数多くの倒産を招いた。もちろん銀行とて例外ではなかった。そうして職を失った者が、再就職出来る確率は僅かだった。それは中高年に止まらず、若年層にも及んだ。

その多くは、都市を逃れ、山間の寒村や離島に流れていった。仕事はもう、都市にはなかった。その少ないパイを奪い合うのにも限界があった。残る方法は、自給自足、という手しかなかった。それを受け入れられるのは、もう行政から見放された地域にしかなかった。だがそれも、ホームレスが集まる場所が、都市以外にも広がったようなものだった。

 

ウチは実家、といってもじいさんばあさんが住んでいるだけだったけど、とにかくここがあったから、今まで生き延びられてきたようなもんだ

 

最初は過疎の村に若者が戻ってきた、とそういう現象が各地に飛び火するにつれ歓迎された。だが、経済という魔物は、いつしか日本全体を取り込んで、一蓮托生で墜ちる時には堕ちていく。結局トラブルの種を押しつけられ、その対処に四苦八苦することになる。

この場所があった、というのはそういう時代の中で、ある意味幸福なことだった。逃げ場所が確保されている、ということはこの時代、最後の希望でもあったのだ。だが、結局、あの事件に遭遇してしまうことになったのは、それが安田顕次氏にとって幸福なことだったか、不幸だったことなのかは定かではない。逃げ場所、というのが、まるで未来を予感していたようにさえ、思える。

 

事件があった日、あなたはここにはいなかったと証言されてますね

 

それまで俯き加減で、灰皿を見つめていた彼は、私の言葉で、上目遣いに顔を上げた。鋭い怒気、の様なモノを感じさせる。

 

高知の繁華街で飲んでたよ

 

それは何故?

 

答えたくなさそうに、彼は再び俯いた。しばらくして、彼はこう言った。

 

警察にも話したぜ。あんたの持ってる紙には書いてないのか?

 

顎でしゃくるようにして、彼は私の手に握られている裁判資料の紙の束を指した。

 

教団の者に警告されて、避難していた、と書かれてますが

 

そうだよ、その通り。俺は奴らの言葉を信じて、逃げていたんだよ

 

けっこう他の人には訝しがられている教団でしたでしょう?その人たちの言葉を、何故信じたのです?

 

俺には、奴らの言葉は信用出来た。山の奥で何をしていたかは知らねぇよ。でも、奴らの多くは俺と同じように、都会から逃げてきたヤツだったし、普通に付き会う分には別に普通の奴らだったよ

 

入信を勧められたり、何か協力を求められたりはしてなかったんですか?

 

彼は首を振った。

 

関わりはなかったとは言わねぇよ。それも、野菜を分けてやったり、ちょっと病気のヤツを街の病院まで送っていくのを手伝っただけだ。宗教やっているなんて、最初は全然知らなかったしな

 

事件の前に、あの場所に行ったことは?

 

あいつらが来るまでは、小さい頃に一度だけ。俺がまだ、小学生の時だった。その頃は本当に森の中で。それ以降は、何度か奴らに届け物をした時に寄っただけだ

 

届け物?

 

野菜とか、手紙とか・・・役場の奴らが、なんだか要求書とかなんとか、そこら辺は良く知らねぇよ

 

そういうと、彼は荒っぽくタバコを陶器製の灰皿に押しつけた。

 

あの、何かあの場所に・・・、そう彼らがそこに集まった理由、みたいなモノは知りませんか?

 

理由?

 

何か謂われがあるとか、その怪物が住むとか

 

ふん、と彼は鼻で笑った。ようやく、彼の頬がゆるみ、笑みを浮かべた。だがそれは心底笑っていると言うより、嘲笑、とも言うべきものだった。

 

あんた、アレを、見たのかい?

 

アレ、とはおそらく都市を焼き尽くし、暴虐の限りを尽くしたあのモノのことだろう。私は静かに頷いた。

すると、彼の方から、私に聞き返してきた。

 

アレは、本当に怪物、に見えたのか?

 

私はもう一度、頷いた。そうか、と彼は独り言のように言った。

 

昔ばあさんが言ってたよ。俺が小学生の頃、そこに行ったと言ったら、ばあさんが烈火のごとく怒り出して。あそこには龍脈というモノが流れていて、人が近寄ってはいけない場所だそうだ。触れただけで、病気になったり怪我をするのだと

 

 

(明日に続く)