邪神覚醒(その四) | ELECTRIC BANANA BLOG

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しまさんの独り言、なんてね。ハニー。
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龍脈の話は、近隣のいくつかの村でも語り継がれているようで、警察がまとめた資料にも複数の証言として残っていた。特に高齢者の間では、半ば信じ込まれていたようだ。

そこに宗教団体が惹き寄せられる、というのは何処か納得出来るモノがある。

安田顕次氏が住む場所から更に北に3キロ程行ったところに、大阪に拠点を置く宗教団体が集団移住してきたのは、事件の半年程前だった。

その宗教団体が注目を浴びたのは、そこに移住してきたからではない。当時、経済の歯車からこぼれ落ち、行き場を失った若者の多くが宗教に吸い込まれていった。既存の団体が枝分かれしたようなモノから、新たな摂理を説き勃興してきたモノ、その数は正確には把握できていない。サークルのような形態のモノから、インターネットを中心に繋がるモノ、形態は様々だったが、中でも多かったのは集団生活をするモノだった。それは都市からあぶれたモノが、過疎のコミュニティーに身を移すことと、ベクトルは同じだった。

集団でデモをしたり、テロ紛いの計画を摘発されたり、トラブルを起こす団体もなかったわけではない。だがその多くは少人数で、まさに助け合いの延長線上に集団を作った、というものが多かった。ここに移住して来た者達も、その中のひとつ、といって差し支えなかった。正式な届けを出すようなモノでもなく、サークルの延長のようなグループの中のひとつだった。

彼らが注目を浴びるようになったのは、ちょうど事件の一ヶ月前の警察発表だった。同時期に、徳島の民家、香川の寺、奈良の飛鳥地区の資料館に盗みに入った者がいた。その犯人がいずれも、その宗教団体を称するモノのメンバーだ、ということだった。

 

その集団が、直ぐには移住してきた団体と結びつきはしなかった。その警察発表時も、行方不明、という表現をされていた。

彼らは藤木という元大学教授を教祖として集まった、二十人から三十人の団体だった。教祖の名を取って、藤木真理の会、という名で呼ばれていた。その教祖は、民俗学を研究していたが、ある日痴漢行為で逮捕され、実刑を受ける。本人はずっと無罪を主張していたが、結果執行猶予付きの有罪となった。その時、拘置所の中で啓示を受けた、と証言者は語っている。

裁判の間、支援していた教え子のグループが母胎となり、その集団は作られた。元は大学のあった大阪北部の教授の自宅を拠点にしていたが、やがてこの高知の山奥に移住する。それも、教祖の啓示による、とされている。

社会と隔絶するか、ドロップアウトするのが、その当時の集団が持つ特徴であった。それは宗教を騙ろうが、他のどんな集団でも同じだった。擦り寄ることもしなければ、危害も加えない。完全に閉じたサークルの中で、天寿を全うすることだけを目的にしていた。だから、例えば宗教団体だと、布教や勧誘が仕事のひとつのように思われるが、その当時の団体にはその手のトラブルはほとんど無かった。

しかし、犯罪という形で、ある種の社会との接点を見出すのは、当時としては希有のことであった。二十世紀末の宗教犯罪以降、世間の目も公権力の監視も厳しくなっていたからだ。ある意味、流行から外れている、跳ねっ返り、というような見方をされていた。

だから、犯人の足取りを追う内に、場所が特定されるのもそれほど困難ではなかったようだ。まもなく強制捜査なりが行われる、という記事が新聞に小さく載った。

その矢先、事件は起きる。まさにその宗教団体が移住した場所で、何物かが姿を現し、それが日本を壊滅の縁まで追い込んだのだ。

その近くに住んでいた安田顕次氏は、最初はその教団の生き残り、として騒がれた。だが、当時彼がそこにいなかったことが証明されると、警察はその線を捨てた。だが、マスコミは、執拗に犯人探しを続けた。そして、ある事実を突き止めたことで、再びバッシングが始まった。

 

当時、あなたは教団の生き残りを助け出した、とあるんですが

 

私が切り出すと、彼はひどく曇った表情になった。それが、事件当時のことを思い浮かべたのか、その後のマスコミのバッシングを思い浮かべたのか、それは私には計りかねた。

 

それは事実ですか?

 

うんざりした顔で、彼は頷いた。

 

そこら辺の経緯を少し詳しくお願いしたいのですが

 

あんたも俺を疑っているのか?

 

怒気のこもった低い声が私を射抜いた。

 

いえ、事実を知りたいだけです

 

俺はあいつらとは何も関係はない。さっき言ったことがすべてだ

 

町を破壊したモノは二体、だった。一体の正体らしきモノは突き止めた。もう一体が存在し、それがある事実を引き出す時、そこに人間が介在している以上、やはり責任は生じるであろう。ある種の流れが、世論の中に現出してきた以上、そこが最も重要な点だった。

彼はそのことを肌で感じている。たぶん、彼は美波とは違い、常に正気を保っていたからであろう、と私は思う。生きている者は、それを客観視出来れば出来る程、当事者から離れれば離れる程、敏感になるモノだ。距離を置きたくなる恐怖に駆られる。彼の立場が、曖昧な部分を残している限り、その恐怖は消えないだろう。

 

俺はヤツとは何も関係ない

 

絞り出すように、彼はいった。彼は初めて、そこに姿を現したモノを、ヤツ、と表現した。

 

 

(明日に続く)