邪神覚醒(その二) | ELECTRIC BANANA BLOG

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しまさんの独り言、なんてね。ハニー。
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実は私、と自己紹介した。名刺を出すと、彼は手にする素振りも見せず、私の傍らを通り過ぎ、庭の方へ行ってしまった。

後を追うと、彼は庭の片隅の水道をひねり、手を洗っていた。私は近寄り、ここに来た理由を切りだした。

 

調査?今更、何を調査するつもりですか?

 

明らかに煩わしさを露わにした表情で、彼は私を上目遣いで見た。

 

裁判をご存じでしょうか?

 

あぁ、NHKのニュースでやってたのを見たよ。でも、あの件については、全部警察に話したよ

 

私は大沼美波さんの弁護を担当していまして。その弁護を担当するに当たりまして・・・

 

弁護?あんたも物好きだな

その言葉には、冗談めかしてはいたが、明らかに嫌悪の色が滲んでいた。何処に行ってもそうだ、と私は思う。あの事件が未曾有の被害をもたらした後に、その張本人、とされる者を弁護している、と聞くと、誰もが嫌悪か非難の表情で私を見る。

事件が裁判という形で収束しようとした時から、私の存在は当たり前のことだった。誰も知っている制度で、誰もが納得しているはずだった。だが、あの事件に関しては全く違う。頭ではわかっていても、心がどうしても表に出てしまう。それほど、あの事件が人心にもたらした傷は深かった。

もちろん、私も好きこのんでこの仕事を引き受けたわけではない。私が担当することになったのは、単純に制度がそれを依頼しただけだ。つまり、私は国選弁護士として、依頼を引き受けただけだった。

異例の、しかも未曾有の被害をもたらした事件を裁く裁判に、誰も大沼美波の弁護をかって出る者はおろか、関わろうとすらしなかった。美波自身も、弁護士に知り合いはなかった。第一、そういう制度や裁判なんていうものが、自分の身近にあるような年齢でも、存在でもなかったのだ。

事件がどうであろうと、裁判は公正であるべきだ。一方的に国なり、何処かの機関なりが彼女を処断しなかっただけ、まだマシだと思った。少なくとも、裁判という法律の元で彼女を裁くということが、まだこの日本に矜持というものが存在している証だと思った。だから、私も公正に真実を裁きの場に晒し出すことが、自分の仕事だと思って行動していた。

 

つかぬ事をお伺いしますが、やはり事件直後は、たくさん押し寄せたんですか、ここに、マスコミが

 

顔を洗う彼に、私は言ってみた。直裁に物事を聞く雰囲気ではなかった。

 

あぁ、バカみたいに来たよ。こんな村に押し寄せてきたよ。警察も、何もかも一気に押し寄せたよ。何もない村だからな、泊まる場所もなくて苦労していたようだがな

 

そういって、ふふんと彼は笑った。それは明らかに、嘲笑の響きを孕んでいた。あの事件に関して、当事者になればなるほど、何かに対して、特に国やマスコミに対しての嫌悪感が大きくなるのが、この事件の特徴でもあった。復興し切れていない、まだ、目の前の暗澹たる状況を受け入れられない状態で、言葉を強制されたせいだと私は思う。

だが、警察関係者も多く犠牲になったし、マスコミ関係者にも被害者は出た。だから、最初の犯人探しにある種の憎悪が混じっていたのは事実だろう。その為に加熱した、または配慮に欠けたところがあったのも、当事者の神経を逆なでする一因でもあったに違いない。

 

やっぱりその現場を、見に行ったんですか

 

ああ。なんだか大学の研究員だとかも来ていたからな、大勢で見に行って、うんざりして帰ってきたよ

 

そんなにひどかったんですか?

 

ひどかった・・・、イヤ違うな。たぶん、もっとひどい現場は他にもあっただろう。そうじゃない何か、何かがそこを漂っていたんだ。俺も、それを感じた。二度と行きたくない、そう思ったよ

 

彼は水道の蛇口を止め、腰に差したタオルで顔を拭くと、私を見つめた。

 

あれから、もう十年経つが・・・

 

そういって、彼は口を開けたまましばし動きを止めた。その目は、何処か現実ではない、何かを見つめているようだった。

 

風が消えた。季節がめぐっても、台風が来ても、この山に風が吹くことが無くなった

 

 

(明日に続く)