邪神覚醒(その一) | ELECTRIC BANANA BLOG

邪神覚醒(その一)

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広石島を出てから、対岸の岡山で一泊した後、フェリーに乗って香川に渡った。あの事件で瀬戸大橋が破壊されたおかげで、四国と本州を結ぶ交通路はまた海路に戻ってしまった。同時に、明石海峡大橋も破壊され、鳴門橋はかろうじて残った。しまなみ海道は一部の橋が破壊されたが、先年ようやく復旧した。

その瀬戸大橋はこの十年、全く復旧のめどが立っていない。あの事件が破壊したモノは、物質だけではなかった。経済の損失も多大なモノだったのだ。二十世紀末からずっと続いた不況は、結局持ち直す兆しすら見せず、そこへ来て、この事件がとどめを刺した。

事件直後、一部政治家や不景気の煽りをもっとも受けていた土建業者らは、経済復興特需を望む声もあったが、それも夢と消えた。物理的なモノを補修するよりは、人的被害の補償を優先し、多くの費用が割かれた。それだけで、国の財政はパンクした。

元々採算性を疑問視されていた路線が、その財源が見つかるはずもなく、半ば放置されたまま、無惨な姿をさらしていた。

第一、瀬戸大橋の両岸、岡山、香川の被害は甚大なモノだった。瀬戸内に面する都市のいくつもが、人的にも物質的にも消滅した。岡山の県都は業火の元に焼き尽くされ、対岸の香川の中讃と呼ばれる地域は、まるで空爆を受けたように地形まで変わってしまった。三つの街を跨いで大きな穴が開き、やがてそこには瀬戸内海から海水が流れ込んだ。後には大きな汽水湖だけが残った。

誰からともなく、その場所はグランド・ゼロと呼ばれ、今は近寄る人もいない。正確な人数はわからないが、この場所で、香川の人口の約半数が亡くなった、と言われている。

まさに戦争だった。と、生き残った人々は口にした。その場所で、まさに戦いが行われていたのだ。それも、全く人間とは関わりを持たないモノが、不幸にもそこで出逢い、雌雄を決したのだ。

一方は、広石島から出現したと言われる、通称「鬼姫」と呼ばれるモノ。一方は、今私が向かっている、高知の山奥から出現したとされる「邪神」と呼び称されるモノだった。

 

香川の県都、高松はまだ、かろうじて都市としての機能を回復していた。事件当時、被害はここまで及んだが、壊滅には至らなかった。おかげで、十年の時を経て、秩序を取り戻し、街という生活が戻っていた。

私はレンタカーを借りて、陸路、高知に向かっていた。沿岸部を通る交通路、特にJRは線路がグラウンド・ゼロの底に没してしまった。道路は湖の縁を境に寸断され、交通路としての機能を果たしていなかった。結局、国は山の手にかろうじて残った高速道を復旧させただけだった。

その高速道路は、現在では元通り四国を十字に貫く形で繋がっていた。交通量は事件以前に戻っていたが、中讃にあったインターチェンジはすべて無くなっていた。

私はそのルートで高知県大豊インターチェンジを降りた。そこから早明浦ダムの方へとレンタカーを向けた。渇水の象徴としてある程度の観光名所のように整備されていたが、それも一部で、アッと言う間に山深くなる。私が向かう場所は更に山道を登っていく。

そのうち舗装が途切れ、砂利道になる。もうカーナビも見失っている。林道とはいえ、生活道路とはとても思えない道をひたすら走った。幸い対向するクルマはなかったが、ガードレールがないところもあった。

しばらく行くと切り立った崖が続く中で、ポツリと開けた場所に出た。そこには、昔ながらの住居が点在していた。その周囲にだけ舗装された道が戻っていた。

私は用意した地図を拡げた。手にした資料は広石島に比べて極端に少ない。私が手にした地図も、手書きの簡単な物だった。ここに来る前に、マスコミ関係者の知人が、あそこに行くなら、と書いてくれた物だった。だが、世間と隔絶されたようなこの場所には、等高線や記号で埋められた地図よりは、よっぽど実用的な物だった。

おかげで、目的地には直ぐに着いた。それはその開けた場所から少しまた山を登った、林の中にあった。杉の木立が立ち並ぶ林道を十分程行くと、そこに一軒の旧家があった。

建物は古い一戸建ての、昔ながらの農家、といった佇まいだった。Lの字型に建てられた家屋に囲まれるように、広い庭があり、その半分が畑になっていた。そこから一段下がったところに、狭い水田がいくつか並んでいた。今の時期、まだ田植えが済んだばかりで、弱々しい緑の葉が、水面に規則正しく並んでいた。

 

ごめん下さい

 

庭の隅に車を停め、私はクルマを降り、玄関の前で言ってみた。家屋の戸は少なくとも庭に面している物はすべてピッタリと閉じられていた。人の気配は、あまり感じられなかった。

だが、水田をはじめ野菜の植えられた畑や、庭に咲く花の様子には、ここに人が住んでいる雰囲気が漂っていた。生きている感触が、なんとなくだが感じられていた。

何度か声をかけてみたが、返事は全くなかった。試みに裏手に廻ってみた。家屋を囲むように、石が積み上げられた崖があり、その上はずっと竹林が上へと続いていた。奥へ延びる小道が細く続いていた。

私はもう一度、少し音量を上げて、その竹林に向けて声を上げた。竹林は鬱蒼としており、根本は暗がりになっている。だが、そこで動く人影を私は見つけた。

そこへ向けて、もう一度声を上げると、明らかにその人影は私の方を向いた。

人影はしばし、じっとしたままこちらを伺っていた。もう一度声をかけようかどうしようか、私が躊躇している間に、その人影はゆっくりと動き始めた。その足は小道をこちらに向いて進んでいた。

しばらくすると、陽の元に人影のすべてが現れた。作業着に、麦わら帽を被り、足下にはゴム長靴を履いている。黒く日によく焼けた、精悍な顔立ちの若者だった。

若者は軍手をはぎ取りながら、こちらを睨むように見ながら近づいてきた。スーツ姿の私を上から下まで一瞥する。

 

何か、用で?

 

若者は太く低い声で、短くそういった。

 

あの、安田顕次さんでしょうか?

 

そうだ、と彼はまたしても短く、そう言った。

 

  

(明日に続く)