何日間か日記を書き損ねた。記憶がなくなるのが怖いから文字として留めておこうという試みなのに、数日、空いてしまった。けっこう、もう、思い出せない。そのことについて真剣に向き合うと悲しく怖くなるので、曖昧にする。曖昧にしつつ、曖昧にしていることは明白にわかるので、ううてなる。


なーんて。精神を安定させるために精神安定剤を飲み始めたのに、それを飲み忘れたときに、飲まなかったことが不安で不安で不安定になっちゃう、みたいなこと、あるよね、僕ら。


。。。。。


「大人しかみちゃいけない作品」があるなら、「未成年しかみちゃいけない作品」とか「こどもしかみちゃいけない作品」もあってもいい気がしてきてる。


「25歳しか見ちゃいけない作品」も考えたけど、それは何歳の人が創るんだ?てことをまとめきれない。あと、歳は歳でも精神年齢は違うじゃん、て言うところが、雑な答えでしか繋げられない。難しいな。宿題にしよう。



。。。。


「星野源一はさあ」と母が話し出して、誰だろう?知らないなあ、とおもいながら聞いてたら、星野源さんのことだった。「一」が増えるだけでぜんぜん違っちゃうんだなあ。たったプラスワンで、ぜんぜん違う、よくも、悪くも。僕ら、その「1」を求めて大変なんだ。「人」に、一を足したら「大」なんだ。でも、もうひとつ足してしまったら「太」「犬」、まあ、「夫」にもなれるけど、おおきくなろうぜ、たった1を、足し引きしてみて


て、おいおい説教くさいな。まったくもう

変わらなきゃ、変わらなきゃ
変わりたくない、変わりたくない
みんな、同時進行にやってる

実際は、仮に自分が変わらなくても世界が変わるので、世界にとっての自分は変わってしまうし、多分、自分も、変わらないなんてむりだから

なるべくなるべく、気に入ったかわりかたをしていこうよって

していってね、って
ほんとに怒ってます。僕は強いのでがんばります。僕じゃない、もしかして、怖さに勝てない人に対して、傷のある人に対して、どう責任取るつもりなんだ。許せない。だめだよ。

4日。
まだ、ちょっと、無理。

思い出したくない、思い出したくないと思うのが、一番。

忘れたくない、忘れたくない、と次に思って

忘れて欲しくない覚えていて欲しい、と思って

新たに知って、どんどん知って
と、思うものです

でも、ほんとうは、もっと、やわい気持ちです
。。。

このブログ、3回くらい、アップロード寸前で消えています。消えた言葉たち、どこに行ったのだろう。弔い方もわからぬまま、悲しいけれどごめんなさい、思い出し思い出しながらに、尾鰭背鰭つけながら、劣化版でもいいからと、世界に投げたい

そんなものよね

。。。

おやすみなさい

さみしくてもこわくても
あしたはくるから

こなきゃ
よばなきゃ

きたときにそこにいなきゃ
だめだから

おやすみなさい

どうかあなたが
しあわせでありますように

こころのそこからねがってます

おやすみなさい



「台詞の言い回しと世界観が独特だからあなたにはプロデュース公演の仕事を頼みにくい」と言われたり、誰かとコラボした作品を観劇したお客様から「結局おぼんろ末原の世界だった」みたいなこと、たびたび言われて、僕はけっこう傷ついて、独特にならないよう、ならないようって、「人とやるときは、ほどほどに」みたいなこと一生懸命やってきたんだよなあ、ということ思い出し、ここにきて、え?お前バカ?と、自分を叱る。


。。。。


みんな、あなたに対して自分がアドバイスしやすいように、「ふつうの感じ」を求めてくる。あなたがふつう以上であった場合(実際には、上か下かなんて存在せず、あなたがあなたらしさという強さを持っているかそうでないか)、ふつうのひとは、あなたの見ている世界の素晴らしさを想像できない。くれぐれも、従いすぎないように、参考にしすぎないように。

そう、なんか、おもむろに人形劇創り始めてしまった。他に創らないといけないものたくさんあるのに。このまま創り続けたいのだけど別件の催促入り、断念。

絵も、立体も、物語も、いなかったものが、いるようになるの、不思議。やすやすと生み出すことへの恐怖もちゃんとある。責任感はあるけど、責任を果たすのは、だらしなさゆえに苦手。ちゃんと生んであげること、ちゃんと、最後まで面倒をみてあげること。里親にだすのがいいのかもな。物語に関しても、描いたのにもう何年も演ってあげてないものなどたくさんあり、申し訳ない。

ちなみに、当たり前だけど、手やテーブルは悲惨なことになった。この手でパソコンとスマホを触ってしまったのは大失敗だった。

夕立があった。雷もゴロゴロだった。あとから、空の上の上のほうは氷点下12度とかだったと聞いた。地上は30度とかだったらしい。暑さと寒さが触れ合うと狭間で大雨が降る。雨が降ると地面が固まるとも言うらしいよ。雨は、いいと思うよ。植物を育てるし。降りすぎてぜんぶを壊してしまわない限りは。

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久しぶりに山内さんがうちに来てくれた。リュズタン千秋楽を観に来てくれて以来だ。山内さんはとにかくやさしい。父の親友。


いろいろ話して、家の電気のことやらを母とともに相談し、そのあと一緒に、うちにあるギターをみてくれたりした。ギターを弾こうと心に決める今日この頃だ。けれど、父のものに触れるのが、こどもの頃から雑に雑に恐れ知らずにやってきていたはずなのに今更こわく、「練習用に自分で安いの買おうかな」と言ったら母に「おバカ」と言われた。父はさいごのほうひたすらに「アトリエに飾って。弾いて」とたくまに話した。母はそのとき「だめよ!」と言った。そりゃそうだ。ぜんぶ宝物レベルの上等なものだし、父にとってのギターという存在がどれほどのものかは我々も知ってる。それはなんか、もう、魔法使いにとっての魔法の杖というか、侍にとっての刀というか、いや、もっとだ、なんか、もっとなんだ。でも、母は「ここであんたが新しいギター買うって言ったらパパ怒るよ」と言った。そういうものか。やはり、ギターリストの息子だからギターに恵まれてるね、みたいのが、カッコ悪く思えてしまうのだと思う。だから、小さい頃には少しかじったとはいえ、ここまで真剣にやってこなかったのだと思う。いまさら、父の書いた教則本を、開いてみた。わかににくい部分を聞こうと普通に父を探し、途方に暮れる。まだちょっと早いかもだ。やっているうちに乗り越えられるのか、やらないうちには乗り越えられないのか、わからない。忙しくしていたい。まだ、我にかえりたくないみたいだ。

。。。。。



突然なんだけど、ビョードロという作品にでてくれた鎌苅健太=けんちゃんが、ビリヤードのアマチュア公式戦に出るんだって。めちゃくちゃうまいんだってことは聞いてたけど、なんか、すごい。応援する気持ち。すごいなあ。芝居や物創り以外のことできるの、すごい。けんちゃん、すごい好き。父のことがあって、制作さんがおぼんろ関係者みんなに連絡してくれたのだけど、それを受けてすぐに電話くれて、ふたりで長電話した。救われた。すごく繊細なことや、命や世界のことについても話せる仲で、ちゃんと叱ってくれるし。優しいし。また一緒になんかやりたい。


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眠る準備に入りましょうか。


台風が来たと思ったらいなくなっちゃったり、秋のはずなのに夏めいていたり、夏の花はまだ咲いてたり、秋の虫はもう鳴いていたり、静かすぎるような、うるさすぎるような、不思議なような、当たり前すぎて退屈なような、1日のおしまいのような、明日の始まりの入り口のような、夜。


あわよくばあなたが元気でいますように。


おやすみなさい。


生き延びただけでも大手柄。あっぱれ。

えらいよ

すごいよ

はしゃごうよ

それが無理でも眠ろうよ


「あー、いい1日だった」


たとえほんとは嘘でも

おまじないみたいにそう唱えてみたりして


で、



なんか、これさえちゃんと言えばなんとかなる、なってきた、とばかり、締めくくりにいってやろう


「おゆすみなさい」


謎の命令形

誰に向けて?


誰かに向けて

もしくは自分に向けて


おやすみなさい



雨の夜はとにかく地面が綺麗なもので、綺麗だねぇ、綺麗だねぇと褒めながら散歩する。


傘は子どもの頃から余程のことがないと差さないのが基本で、雨の日は、濡れる。濡れるのも特別な体験と思う。


どんな大金持ちも、呼びたいタイミングで雨を呼び出せたりはしない。まあ、大量の水蒸気を空に送って雨を降らすマシーンとかありそうだけど。雨乞い。雨乞いについて掘り下げたいな。『かげつみのツミ』と言う作品の中で、雨乞いをしてしまうテルテル坊主の物語つくった。神様とのつながりを信じきるテルテル坊主の物語で、好きだった。この公演はそれぞれ物語を持った人形たちのオムニバスを繋げた長編みたいになってて、ほんとはそれぞれちゃんと絵本とかにしてあげたいな。

ところで、もうだいぶしばらくイヤホンが見つからない。


三つくらいあった時期もあるのに。なんでだろう。脱ぎ散らかした上着かズボンのいずれかのポッケに入ってるからそのうち見つかるだろうと余裕をかましていたのだけど、いよいよ、ない。行方のくらまし方がリップクリームに似てる。仲良いのかな。


ワイヤレスのは使ったことない。充電が大変そう。無くしそう。でも、試してみる?悩んでる。

アトリエの中に提灯をたくさん吊り下げてみた。たわむれ。


前に『ゆめゆめこのじ』という作品にでたときに、ファンの方から祝い花の代わりに名前入りの提灯を送ってもらうというのを主催側がやっていて、大量にいただいた提灯が倉庫にあったのだ。下町の居酒屋みたいになるのを期待してたけど、お化け屋敷みたいになっちゃった。


何人かで会話している場において、黙って待っていることが他人にプレッシャーをかけていることもある。おしゃべりなひとは、そのプレッシャーに耐え切れないだけなんだ、しゃべりたいわけじゃないんだぁぁぁ、ということも、ある程度、シェアし合うと良い気がする。


。。。


ニワトリを見て、美味しそう!食べたい!大好き!


っていうのは、愛ではない


愛するということを、僕らはどうやってのけるべきか


相手が涙しないようにも守ってやることじゃないのだろうか。肉体を?心を?


愛し合う誰かのいるあなたよ。


強く、相手を愛して欲しい。あなたを愛する相手を傷つけないための最良の方法は、あなたがあなたを大切にすることだ。あなたの傷をみれば、相手は、自身が傷つくよりもどうしようもなく悲しむ。傷は隠さないでもいい。なるべく、傷を負わないように生きていくというのが、優しさだ、愛だ、相手を守るということだ。

説教好きな猫。

猫なんて飼ったこともないのだけど。

。。。。

「豚汁とスコッチ」という店をつくったらどうかなあ、ておもう。なんかの専門店をつくりたい気持ちはかなりある。「天然水とグミ」「白樺派の小説とハーブ酒」など。アイデア募集。

。。。。

家族ものの物語を描けなくなった自分に気付く。父のいる自分としての作家生活は、終わった。それは、終わるだろう、と意識はしていた。僕らは、全てのクリエイティヴにかんして、つねに期間限定の感性でやってる。新たな感性を得続けるけれど、でも、感じられなくなった色々な感覚について、悲しさと恐ろしさはつきまとう

それが宝石になるのだ、と、言い聞かせる、自分に。
おやすみなさい。

メリー今夜の夢。

夢は、いい。救い。希望。
眠りましょう。

明日の世界の美しさを願います。
願った責任として、明日の世界を美しくしようと努力することをなるべく誓います。


おやすみなさい


さちあれ