28日深夜
猫じゃらしが、じゃらし続けられるように、いつまでもたくさんの猫がいる地球でありますように。「猫の魂」というのがあるよね。笑うやつ。静かに静かに、猫の魂は世界に居続けて、流転して、また会いに来てほしい。
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28日昼過ぎ
掛け布団は、基本的に一年のほとんどを冬掛けがいい。なんで?と言われても困る。汗だくになるけど、それでも、そうなんだ。でも、夏への配慮と言うか、礼儀として、夏を傷つけないように、しばし、夏掛けにしてた。でも今朝は、流石に寒かった。さあ、ついに寒いぞ!と思って、頭のなか、もうずっと寒いモードで1日をスタートしたもんで、コテコテに厚着して出かけたら、なんだ、なかなか、あったかかった。
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もちろんお金がすべてではないけれど、僕だったら、その人の言葉を読んで何か心が動かされたら、そのひとに何かお返しをしたい。嬉しかったことを伝えたい。そして、そのひとがまた何かを生み出せるように、良い環境で創作に集中する時間を持ってもらうために、できることなら投資もしたい。
絶版になって手に入らないもの以外は本屋で新刊を買うようにしている。作者や出版社にお金が入るし、売れたという実績の助けになるし。でも、すべての本を持ち続けることは難しくて、場所の関係もあって、読み終わった本の幾らかは手放さないといけないのが僕らの実情だ。そんなとき、やはり、ゴミに出すよりは古本屋に行かせたい。つまらなかったから、じゃない、それは。
もしくは、場所を取るから、「一生手元に持っていたい本しか、買わない」という人が増えるのも、なんか良くない気がする。
僕は、物をどんどん捨てる世界が好きではなくて、物には命というか魂というものが宿ってあると信じて疑わないし、だからこそ、電子書籍のみならず、紙の本が素晴らしいと思ってる。だから、古本屋というのは、とても良いと思っているには思っているんだ。でも、一冊の本を出版するって
物凄いことだから、その労力は、なるべく報われて欲しいと思うんだ。書いて、出版して、ちゃんと報われるような世界になれば、すごい描き手とか、よい書籍、増えるようになると思うんだけどな。「売れる本」しか出しにくい世界、あんましよくないとおもう。
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「あー、ねむかった!」と言って目覚めることもある。笑っちゃう。
ずっと前、打ち上げで酔っ払って気絶するみたいに寝てしまったときに、目覚めて「起きたら寝てた!」といって「文学的だね」と仲間に笑われた。起きたら寝てたってこと、わりとよくある。
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眠るのはあんまりうまくない。連日連夜うまく眠れ続ける時期もあるけれど、いったん眠りのクオリティが落ち始めると、転がるようにどんどん落ち始める。じょうずに眠るにはそれなりの体力や健康がおそらく重要で、なんだけど、寝不足の翌日はそれらが下回り続けるわけだから、「グッドスリープ決め込むぞ」って、ものすごく真剣に立ち向かわないと、いけない。
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29日14時くらい
電車に乗る時に飲み物を買う癖というか、ジンクスめいたものがあるのだけど、最近、コーヒー買って、そのままポッケに入れて、1日忘れてることが、かなりよくある。買うときには「必要だ!」て思うのに、買ったまま忘れる。モズの早贄みたいだ。
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嬉しいことがあった。今はまだ言えないけど。
僕ら情報解禁できないけど水面下で進むいろんなことあって、言えないのに、言いたいことが、よくある。
9月29日、いいことがあった、てことだけ、言う。言わないのも変だもの。
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おぼんろ会議がまたあった。着々と、進めております。たのしみにしていてくださいまし。いろいろ優柔不断で、拓馬が決めねば前に進めない、みたいなことを、なかなか、決定できないでうだうだしてしまったりする。決めるのです。
リュズタン映像の編集についても、あちこちと連絡取り合う。宣伝用のティザー作成してくれてるトモキとはプライベートでも親友で、連絡とると、うれしくなる。
ポケットめいた月だった。ほんとにただただ、月をみながらお酒飲んでしゃべる、みたいなことをする日々がいい。僕らもっと、屋根のない場所にいることを基本にした方が良い気がする。
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29日夜
夜。道端でへたりこんでるおじさんと話す。体から管がでていて、その先には点滴の管、さらに先には袋がつながっていて、こんな状態で外を歩き回っていいんだろうか。「俺、金ねぇよ。貧乏人だよ。ホームレスだ」て言うんだけど心配だ。実はこのおじさん、話すのは初めてだけど、道端で思っているのを何度か見かけたことあって。ふらふらしてて危ない。寝泊まりしてる場所があるというから送って、なんかあったら連絡してと電話番号わたして別れた。
想像力のなさに恐怖を感じる。人間にはもともといくらかの暴力性は備わっているのかも知れない。それにしたって、誰かを傷つけようとしてしまうのは、何かが壊れてる。生物にそんな機能が備わっているわけがないんだ、ふつうに、意味がないから。もちろん、一瞬だけ誰かを傷つけてみようとか、それを愉しみに感じるサイコパスがいることは、わかる。わかるというか、事実、そうとしか思えない事件はたくさんある。でも、傷つけた相手のひととなりを、生まれてこの方の人生を、その人の家族を、傷つけた後の痛みを、未来を、ぜんぶ想像したら、絶対にひとはもっと優しくならざるを得ない。人の痛みを想像して自分も吐き気を催すほどに震えてしまうことはときに僕らを苦しめるけれど、それは多分、人類に与えられたギフトだ。本人がどれだけ優しく美しい人かを知っていたらこんなひどいこと絶対にできない。誰もがそうおもう事件が多すぎる。許せない。許せないけど、この憎しみも、振り回したくはない。僕らは病的な暴力者を攻撃することよりも、傷ついた愛する人を守ることに全力を注ぐべきなのだとおもう。サンタクロースは汚れない。何があっても。「サンタクロースって、ほんとはお父さんだったんだよー!」というときに僕らは魔法の世界から切り離されはするけれど、父と母が命がけで僕らを喜ばそうと画策してくれていた事実を知ってから、クリスマスの美しさは何億倍にもなった。たとえばぼくは、我が家のサンタクロースを永遠に愛します。そして、サンタクロースのために贈り物をできる自分になりたい。そう願います。




















