昨日はぷう助が夕方から夜に

かけて友達と出かける用事が

あって、ちゃんと帰ってきたんだけど

帰宅時間が40分も遅くて少し心配した。

 

遅くなる時は連絡するようにいって

いるし、ぷう助もそれを破ったことは

ないからおかしいなと思い、帰宅した

直後に遅かった理由を聞く。

 

 

「遅かったけどどうしたの?」

 

「え?お母さんが全然電話くれない

 から待ってたんだよ?」

 

「はい?私から電話?」

 

「だって『待ってて』っていうから、

 それなら電話が来るまで友達と

 遊んでいようと思って」

 

「何の話???友達と

 帰りに遊んでいたの?」

 

「そう。だってお母さんに電話して

 友達と少し遊んでいい?って

 聞いたら『待ってて』っていって

 電話が切れたから、遊んでまって

 たのに電話くれないんだもん」

 

「えっ?電話したの?私がでた?」

 

 

すぐにぷう助と私のスマホを

見ながら、着信履歴を確認すると

不在着信は確かに入っていた。

 

だけど不在着信。

ぷう助のススマホを確認してみると

間違いなく私にかけている。

 

えーーー。

 

でも長い間生きていると、こういう事って

まれに遭遇するし、笑って

「こわっーーー!」

っていってぷう助を見たら

真顔で

「嘘だろ……」

といってから、その夜は

私より体の大きいぷう助が

そばから離れず、挙句に

寝るのに電気までつけて私と同じ

毛布に潜り込んできた。

 

それで、わかってはいたけど

夜中に毛布をとられた私は寒さで

目が覚めて、その後も体が冷え

全然寝付けなくて今日は寝不足な

1日だった。

 

 

 

どうか今夜は温かくゆっくり寝たい!

 

 

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「無職ですが、子供を

連れてにげました」

のセカンドページです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぷう助が飼育していた

クリシギゾウ虫のくり太と

今日お別れをした。

数日前に栗の中で暮らしていた
くり太が、栗と飼育ケースに
入れていた土の中を往復するように
なり、ついに栗へは戻らず土の深い
所へもぐり、でてこなくなった。

クリシギゾウ虫は土の中にはいると越冬
して、半年から3年の間を過ごし羽化
するという。

いろいろな人の飼育記録を読ませて
いただき、うちでは土の管理が
難しいのではないかとぷう助と
話していた。

それでも飼育したければ
自由にしていいと思っていたけど、
ぷう助は大きな公園の森になっている
ところへくり太をおいてきた。

自然の天候に任せた方が、くり太が
無事に羽化できる可能性が高いという
のが理由で、さよならをした時は
ぷう助と2人で淋しくなってしまった。

 

今日はくり太が無事に成虫と
なって、クリシギゾウ虫の一生を
まっとうできるよう
心から願う日になった。

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『無職ですが子供を連れて

 逃げました』

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今日の投稿が終わった後、

当時の私がやっと前を向き進める時を

むかえて、自分の過去なのに明るい

気持ちになってしまった。

 

 

そしてモラハラや精神的なDVに

対して、前ブログの時と大きく

変化した思いもある。

 

コロナがこんなにも世に中に流行る

まではモラハラ、DV夫からは

勇気をもって離れることが幸せを

取り戻せる方法だと思い、読んでくださる方

にも勧めていた。

 

けれどコロナの影響で収入が激減したり

職を失う人たちが増えていた、そんな

中で

「子供を連れて家を出よう」

なんて言えなくて、

もし当時、私が家を出る時に

コロナが流行ったら延期していた

と思う。

 

地域によっては在宅ワークや

リモートで夫が家にいる時間が

長くなれば、やられている立場としては、

心がおかしくなってしまう。

 

身体的なDVを除いて、

どうしたら家を出ないで

子供と自分の心を守り、

なおかつ少しでも心が弱って

しまわないよう幸せを手にしながら、

家をでる時期までしのげるのかを

ずっと考えている。

 

小さな手段としては、ブログや

インスタで気持ちを吐きだしたり、

そこで同じような仲間を知ることによって

孤独ではないことを知ることは救いに

なるけど、もっとたくさんの手段が

ないと同じ屋根の下で暮らす

DV、もらはらには負けてしまう。

 

精神的DVやモラハラ対策が、

家を出ることだけではなく

同じ屋根の下でも、心をやられない

方法を見つけたい。

 

 

 

と、今日もおしゃべりが長くなって

しまいました。

 

素敵な金曜日の夜をお過ごしください。

明日は今日よりも最高にいい事が

起こりますように!

 

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メインブログを本にするために、

わずかだけど少しずつ形がみえはじめて

きている。

 

出版社、印刷会社さんにお話を

うかがい費用のことなどを聞く。

 

色々と悩んでいて、まだはっきりとした

決定はしていないけど、希望としては大きな

会社にお願いするのではなく、社会福祉

関係など、障害のある方たちが中心として

働いている会社にお願いしたいと思う。

 

けれど難しいこともたくさんあって、

私は個人情報を都道府県ですら

出せないから、自分では発送業務ができず、

そうなると大きな会社にお願いして

楽天やアマゾンでの販売をして

いただかなくてはいけなくて、

ここでつまずいている。

 

 

でも、きっといい方法があるはずと

考え続けている。

 

 

今日も残り半日、いいことが

たくさんありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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今日もぷう助はたくさんの
漫画をリュックにつめて、
友達と漫画を交換しながら
読み合うためにでかけていた。


夜、ぷう助にどこで漫画を
読んでいたのかと聞いてみると、
役所と同じ建物内にある
誰でも借りることができる広い
スペースで読んでいたという。

それを聞き驚いてしまった。
そこはヨガやダンス教室なども
定期的にやっているところで、
なぜ、そこで漫画を読むことに
なったのか質問がたくさん
でてくる。

そして事の流れを最初から
最後まで聞き終わった時、
いい経験をしているなと
思った。

その内容は、前回数人でやった
漫画を持ち寄り、読み合うという
遊びで、帰り際に今度もこの活動を
続けるには、問題があると
いうことに友達同士で気が
ついたという。

漫画というのは、一度にたくさん
買いそろえるものではないから、
毎週やっているとすぐに
漫画が枯渇する。

その問題を解決するためには、
参加人数を増やすことが
大事だということになり、
友人たちに声をかけ、参加者を
増やした。

けれど人数が増え、今度はみんなで
集まり漫画を広げられるスペースが
なくて悩む。

近場の公園をすべて検討したけど
雨天中止になるのも嫌で、やっと
見つけたのが無料で借りることが
できるスペース。

そして実行した今日、参加者も増えた
おかげで、漫画のジャンルも
増え楽しむことができたけど、
さらに新しい問題がみつかる。

他人の漫画を大切にしない者、
ちゃんと後片付けをしない者が
現れた。

その事について、帰りの反省会で
次回の対策としてルールを作り
そのルールを守れない者は
参加させないということが
決まったという。

話を聞いていて関心する。
少人数からはじめて、そこから
気が付いた問題点を改善して実行、
そしてまた新たな問題が発生して
進化するように改善していく。

人数が増えれば、人の思いも
それぞれで一律のルールを
作らなければいけない。


高みの見物をしているおばさん
の私は、グループの成長を見ている
ようで、そんな話が楽しく
て仕方なかった。

まだまだ先の話だけど、
こういう事は社会にでるためにも
大事な経験の1つだなと思う。

親が口で教えただけじゃ
伝えられない事。

意地悪な本音をいってしまうと、
仲間といっぱい問題に
ぶつかっておいでと、ひっそり
思っている。


 

明日も素晴らしい1週間の
始まりを迎えられますように。

 

 

 

メインブログの投稿が宿泊先を
見つけたところまできた。


実はブログを再開してから
ずっと調べていた事があって、
それは当時ぷう助と宿泊

した旅館名。

全然思い出せなくて、完全に忘れて

しまうと調べようがないから、

記憶に残っていることを
検索して早く見つけ出さないと
いずれすべての記憶が消失してしまうと思い、
時間の合間によく検索していたけど
まったく見つからなくて焦っていた。

それどころか乗車した路線バスの
行き先も難しい読み方だった事しか
思い出せず、どの駅で降りたのかも
忘れ、後先考えていない旅だったから
メモも書いていない。

帰宅してからは、またメモに残す日々
だったけど帰宅直後は元夫との
やり取りのほうがメインに残って
いて旅の細かい記録は少なかった。

その旅館を一昨日やっと見つける
ことができ、旅館の場所は
思っていた所と全然違うところで、
乗ったと思っていたバスも
まったく違う行き先のバスだった。

旅館のHPを確認した時、あの時の
記憶が鮮やかにたくさんでてきて
お茶を飲みにきたぷう助に

「ここ覚えてる?」

とHPをみせると、

「すごい知っている気がする…
 けど、思い出せない…
 どこだそれ、めちゃくちゃ
 しっている所だ……
 もしかして、あのバスの所でしょ!」

そこから話が盛り上がる。
幼かったぷう助の記憶は
部分的に強く残っている。


ぷう助はメインブログを読んで
いるから(こっちのブログは知らない)
私の完全におかしくなっていた旅を

「自分を死者だと思って
 楽しんで旅する人いないっしょ」

って、その通りだなと思い今だからこそ
笑ってしまう。

『死ぬ気になれば何でもできる』
という言葉があるけど、私は
死んでしまってからなんでもできた。
そして実は死んでもいない。

死んだふりをすれば

何でもできるんだなと思った。


今日も残り半日、充実した
素敵な日になりますように。


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逃げました」
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昨日はブログ投稿をした後も、

頭の中はサンタさんの国へ

いったきり、しばらく当時の事を

思い出していた。

 

まだスマホもなくて、自分から携帯電話の

電源も切っちゃってる状態で3才を連れ、

行き当たりばったりの旅を結果的には

楽しむことができたという、今となっては

信じられない旅。

 

今、旅行へ行くのにスマホを持って

いけないとなったら、不安で気持ちが

どんよりするし、なかなか楽しむまで

には時間がかかりそう。

 

公衆電話は見つからないし、移動手段など

何かを知りたければ人に聞かないと

始まらない。

 

そう思うと、いつか

『スマホの電源を切って楽しむ旅』

というのを、あえてやってみるのも

違う視点と普段つかわない

思考力が必要になって面白いかも…

なんて思いぷう助に提案してみた。

 

ぷう助は

「それ凄い不便じゃん」

といいながらも、付き合ってくれるらしい。

 

いつになるのかわからないけど、

カメラもデジタルは持って行かずに

使い捨てのカメラにして、アナログの

旅にしようと思う。

 

 

まだまだ先の事だけど、やっぱり

旅行は計画しているところから

楽しいものだなとうきうきしていた

昨日でした。

 

 

今日も夜まで残り数時間、

笑顔で皆の寝顔を見ることが

できますように。

 

 

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ここ最近、勉強を頑張っていた

ぷう助にリフレッシュとご褒美を

兼ね2人で、1皿110円の回転寿司に

行ってきた。

 

ずっと外食もしていなくて、3年以上が

たっている久しぶりの回転寿司は

新システムになっていて、わくわくしながら

席に座る。

 

あとはぷう助が好きにやると思い、

タッチパネルで注文しているのを

見ていると、サーモン4皿、うなぎ3皿と

頼み始めて、つい

 

「1度にそんな頼むの?それだと

 お腹いっぱいになって他のを

 食べられなくなっちゃうんじゃない?」

 

と聞いてしまう。だけど

 

「大丈夫だって」

 

の一言で再び頼み始める。

それを聞いて、お寿司の食べたい

順番なんて人それぞれだもんねと

思い、頼み方は放っておくことにした。

 

ぷう助が頼んだ後に私も頼み、

ついでにぷう助がいっていたものも

また頼んだりしながら、どんどん

運ばれてくるお寿司をレーンから

とりぷう助の前に並べる。

 

気持ちよく食べるな~なんて

呑気にそんな姿をみながら食べて、

最後は一緒にスイーツを味わい

終わりにした。

 

そしてセルフレジに表示された

お会計を見ると

『6180円』

 

絶句して失笑から2人で

大笑いしてしまいぷう助に

「どんだけ食べてるのーーー!」

と声は小声に心で大絶叫した。

母と子でビールやジュースも

飲んでないのにこの金額になるなんて。

 

110円の回転寿司は、金額で子供の成長が

わかるものなんだなって学んだ日だった。

 

帰りに近くにあったケンタッキーで

チキン買って帰ろう!と冗談半分の

期待した真顔で言われたときは

ゾッとした。

 

 

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気持ちが自殺のほうへいって

しまう経験をするまで、私は人が
自殺する時というのは、事前にはっきり
「死ぬ」と決めて決行するもの
なのだと思っていたけど、違う
事もあるというのを身をもって
知る事となった。

家をでて調停をしている時
テレビのニュースで、後方に白バイが
いて私が入ることを断念した踏切に
16歳の高校生が飛び込み死亡した
というのを知った。

知った時はまだ自分の心の傷も
ひらきっぱなしで、さらに調停でも
パックリ開いてしまうような傷が
増えている時だったから、このニュースを
見てからしばらくの間は
気持ちが沈み込む。

その高校生にたいして死なないでと
思うと、私とぷう助がそこで
死んでいたらみんなも同じことを
思うのだろうし、私は子供まで
道連れにしようとしたのだから
酷く最低な母親で、ぷう助にどう
償えばいいのだろうと答えも
でなかった。

それで、しばらくの間
身を投げようとした日にぷう助と
写っている1枚の写真を戒めのために
玄関へ飾っている。
(後日メインブログにて写真の
 経緯を投稿します)

ぷう助にとって、あの日は
楽しい日になっているから
その写真はいい思い出だけど、
私には目を伏せたい1枚。

自分のやろうとしたことを忘れて
はならないし、2度とぷう助の幸せを
勝手に奪ってはいけないという戒め。


今日は暗いおしゃべりが長く
なってしまいました。


今日も生きていることを
いっぱい楽しめる1日に
なりますように。

 

 

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昨日はお昼過ぎまでのんびり過ごして

午後から仕事。

 

メインブログのほうで絵本にかんする

メッセージを頂き、嬉しくて私の長年

お気に入りとなっている絵本を

全部ぱらぱらと読み返してみる。

 

私は子供の頃から絵本が好きで、

嫁入り道具の中にも絵本を入れ、

ぷう助をつれて逃げてくる時も、たくさんの

物を置いて来たけど絵本は

持ってきた。

 

その頃までは絵本の意味という

ことを考えたことがなくて、ただ

私が好きだからぷう助に読んで

あげようとしか思っていなかった。

 

だけど、愉快な虫たちと共に

おんぼろアパート暮らしが始まってから

世間でいわれる貧困層となり、

何よりも私自身が長い間

悩み苦しんだのが教育の事。

 

お金があれば、そのお金で

習い事などをさせられるし、

お金は無くても時間があれば

自分の時間を子供に費やせばいいけど

両方ない場合どうしたらいいのか。

 

それで、やっとたどり着いた答えが

絵本を教育として利用する事だった。

 

図書館はお金が有る無しにかかわらず

平等に書物を手に取れるから、

これでもかってほどに利用させて

もらった。

 

そんな懐かしい思い出と共に、

お昼前だけどおやつを食べながら

メインブログでおすすめしたい絵本を選ぶ

平和な午前中。

 

 

↓おやつにしたうず巻きかりんとう。

かりんとうは色々な形があるけど、私は昔から

この小さめのうず巻きが可愛くて1番好き。

器はぷう助が7歳の頃、陶芸体験で作ってきた

ボコボコのすごい陶器。

今日も1日、穏やかな気持ちで

頑張れますように。

 

 

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