皆さん、家政婦のミタ近年のドラマの中では一番面白かったのではないでしょうか?その証拠に最終回の視聴率は40%でしたよね。このドラマが成功した理由はまさに生活者のインサイトをガッチリと掴むことができたからだと思います。昨今のほとんどのドラマはF3層といわれる40代~くらいの女性達向けに作られていたそうで、これはこの層の人達が最も視聴率を左右するくらいの影響力があるからだといわれてるからです。しかし、実際はそのせいでウケ狙いの、手あかの着いたような脚本が殆どで誰もドラマを見なくなりました。昔のような社会を動かす程のドラマはなくなったのです。これはマーケティングの世界と似ていて顧客のただ欲しい物を与えるだけでは意味が無く、目に見えない潜在ニーズを掘り起こし、ニーズを新たに創造することが最も重要なのです。その為、大衆に迎合しすぎて作りたいものが作れない結果今のようなドラマが量産されてきているのだと思います。

しかし、この点家政婦のミタは違って脚本の方のスピリッツが見えました。つまり、自分が作りたいものを作る。これを貫いて一貫したメッセージを送り尚かつストーリーが今までにない革新的なものであったことから人々の心を動かしたのだと思います。成熟した今、人々は今までに無い体験を求めているのだと思います。

さて、もう一つ家政婦のミタがスゴいのはタイトルにあります。「家政婦は見た」というドラマと掛けているところです。これは推測ですが、何も文脈のないタイトルをつけるよりも生活者の頭の中にすでにある情報にフックをかけることによってうまく家政婦のミタというドラマまで引きつけたのだと思います。ドラマにとって一番大切なのはまずは見てもらうこと。その為にこのようなタイトルを付けた事は非常に戦略的であったと思います。

これは昨日はなした文脈づくりの大切さ、そしてローカリゼーションというものと非常にリンクしていることだと思います。ローカリゼーションとはいかに現地の文脈を把握することが企業の海外展開にとって重要であるかということです。キッコーマンはまずアメリカにしょう油を普及させるためにまず彼らの関心を向かせる為に彼らの生活習慣を前提に肉に合うソースとしてしょう油を売っていきました。これは家政婦のミタのタイトルを付けた理由と似ていると思います。

まずは生活者の文脈に沿うように自分たちの商品の文脈を変えていくということが求められるのだと思います。
全ての感動は「文脈」があるからである。最近、この「文脈」というキーワードが頭から離れません。というのも私たちの暮らしの殆どは文脈によって支えられていると言えるからです。

例えば、私たちの何気ない行為、「笑う」「泣く」「怒る」「哀しむ」「楽しむ」といった喜怒哀楽はすべて文脈があるから起こる現象なのです。では、文脈とは何ぞや?という方もおられると思うので僕なりの考えを以下で書いていきたいと思います。

一番簡単な例は、「笑う」です。例えば、笑いのプロである芸人ですが、彼らは常に笑いを研究しています。そして、彼らは自分なりのキャラを造り出す事が一番の人気への近道であることを知っています。その為彼らは常に自分のキャラの範囲内で人々を笑わせようとします。そう、これが文脈の力です。

つまり、今流行っている芸人、少し前では小島よしおの「そんなの関係ねぇ~」は彼がやるから面白いのであってそのようなキャラ(文脈)でない人が同じ事をやったとしても笑う事は出来ないと思います。今となっては本人がやったとしても誰も笑いませんが笑。これはこれで、彼の文脈力が弱くなっているからなのです。彼が人気の絶頂にあったときは丁度、人々の笑いの文脈と彼の芸風がピッタリとハマったのでしょう。

要するに、発信者と受けての両方における文脈を考えないといけないということです。この視点を持つ事によってコミュニケーションはとても円滑になるのではないでしょうか?

マーケティングにおいて文脈を把握する事が出来ればどのタイミングで誰にどのようにコミュニケーションすれば最も効果的に影響を与える事、彼らの心を動かす事ができるのかが分かるのではないでしょうか?今、人々はどのような文脈にいてその中で何を感じ、どのような価値観を持つようになっているのか。生活者の方達は一体何を求めているのか?そして、その為には何が必要なのか?という本質を文脈を理解することで出来るのではないかと思います。

今年も残すところ、あと2日ですね。タイトルどおり今年を振り返ってみたいと思います。

2011年は僕にとってそして、何よりも世界にとって今までに無いくらいに「激動の時代」であったと思います。中でもやはり、3.11は日本の社会にいうまでもなく大きな影響を与えたと思います。まさに今年は過渡期になった年だと感じます。確かに、3.11以前から少しずつですが、何かが変わろうとしていた空気は流れていましたが、今年は一気にその流れに勢いがついたのではないかと個人的に感じています。おそらく、その「流れ」というのは既存の常識、価値観今まで当たり前とされていた前提というのがいかに軟弱なもので私たちにとってそれが「幸せ」を与えてくれるものではないということに多くの人が気づきはじめている「流れ」です。

話は変わりますが、僕にとってもこの2011年という年は非常にターニングポイントであったと感じています。それはまず、今までにないくらいにたくさんの色んな「人」「場所」「食べ物」「空気」「場所」
「考え」「音」といったものを「経験」をすることができたことにあります。

まず、何よりも年の最初に体験した「留学」は僕にとって非常に重要な経験の一つになりました。実は、お恥ずかしいのですが、約20年生きてきて海外に行ったのはこれが初めてでした。なので、これまで経験したことのないくらいまでの感情の高まりがあり、「初海外」の自分にとってそれはもう不安と期待で本当に胸が張り裂けそうな感じでした。しかも、滞在先は僕の愛する「英国」です。実際に留学の選考に選ばれた時はこれ以上にないくらいの感動が込み上げてきました。とにかく、イギリスに行ったことは僕に取って色んな意味で素晴らしい影響を与えました。

というのも20年という期間のなかで全ての時間を同じ空間過ごしていたということを今になって思うととてもそれはある意味恐ろしいことでもあると実際にイギリスに行ってみて感じた事の一つでもあったからです。確かに、日本にいれば間違いなく世界的にみてもある程度の経験はすることはできます。しかし、実際に日本を出てみて外から日本を見るということは日本にいる限り絶対に出来ません。出来るとしても想像すだけしか出来ません。実際に身体を外に移動させない限りは得る事が出来ない情報、経験、感覚があるのです。そういう意味では、日本という国を他国と比較して改めて日本を知ることができたのは非常に良かったと思います。改めて、日本の長所・短所というのをリアリティをもってより深く実感し、見つめ直すことができたと思います。

留学に行くまでの大学の最初の2年間で自分の中で一貫してあった問題意識というのは「どうすれば、人は幸せになれるのか?」というものです。一年生のころは割と以前から社会に対して問題意識というのが漠然とではあるのだけれども持っていました。そこで、運命的な出会いがノーム・チョムスキーとの出会いです。偶々、生協の本屋にいて手を伸ばしたのが彼の著書である「現代世界で起こっていること」でした。この本によって僕の世界観は大きく変わり、まさに自分の中でのパラダイムシフトが起こったのを今でも鮮明に憶えています。その流れで、世界の裏側の真実に今更ながらだけど、気づくことによってより「幸せ」への問題意識が形成されてきたのだと思います。なぜ、こんな豊かな暮らしをしていながら今の自分、そして日本や世界は「幸せ」を実現できないのだろうか?と。勿論、前提として貧困や紛争というものが無い状態つまり、ユートピアなるものが実際に実現しなければ本当の意味での「しあわせ』は成立しないというものがあります。リアルに考えなくともそんな世界は生きている限り存在しないことは子どもでもわかります。しかし、そうだとしても今の世界はあまりにも酷いと感じます。また、現状に甘んじて、諦めているようなシニシズムのような人があまりにも多いような気がします。僕はその状態が嫌なんだと思います。従って、敢えて「どうすれば今よりも多くの人が幸せを感じることができるのか?」という問題意識が常に自分の中にあったのでしょう。

前述したように大学の最初の頃は割と、社会学的見地から貧困や自殺問題、幸福度、のようなものを勉強していました。そして、2011年、僕は今入っているゼミによって「マーケティング」と出会う事になったのです。マーケティングの中でも僕はとりわけ、「ブランド」という分野に非常に興味を持ちました。キッカケとしてはおそらく非常にありきたりでただ単に「魅力的」だからだったと思います。なぜ、人はブランドというものに引きつけられるのだろう?ブランドって一体何なんだろう?という好奇心が僕のブランドへの関心を呼び起こしたのだと思います。つまり、ブランドというものに触れている時が最もワクワクする事ができ、幸せを感じる事ができたのだと思います。

しかし、ブランドに興味を持った背景としてもう一つ根本的なキッカケがあったことに今気づきました。それは「創造」したいという欲求が自分の根本にあったと思います。自分が創造するだけでなくそれによって何かの役に立つ、人の心を動かすことが出来たらこれ以上の幸せは無いと今でも感じています。つまり、創造する手段はブランディングにしろ、商品企画にしろ広告コピーでも何でも構わなくて、それが自分のアイデアによって何か人の為になり、結果として人々の喜ばれるような仕事がやりたいのだと思います。

大学の最初のころは常にジレンマの連続でした。自分に出来る事は何一つなく、社会をどうしたら変えることができるのか?といった青臭い事ばかり考えているだけで、実際に行動をする術を知りませんでした。しかし、今年は自分でいうのはおこがましいですが、素晴らしいゼミに入ることができたお陰で自分に出来ることは何かということに気がつけたと思います。それは、マーケティングを通して社会に出て少しでも人々にとって良い影響を与えることです。少しでも良い影響とは、究極的に言えば「幸せ」を感じてもらえるような感動、経験を提供することです。

今述べたことは自分の実体験を通して、色んな経験をして自分なりに思ったことから来るものだと思います。なので、これは自分の生きてきたコンテクストを通して出てきた現時点における一つの自分の人生の大きなテーマであると感じています。これから就職活動が始まりますが、周りに流される事無く常にこの原点を忘れる事無く、また、10年経ってもこの自分のテーマを歩んで生きたいと思います。