鬼川の山行日誌
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2018年10月18日(木)

 年を取るほど1年が短く感じられるのは何故か?

テーマ:雑記帳(生物、進化)

 生命の回転速度(時間の感覚)  

                         (12,11,29 元記事)   

  年の暮れに近づくと毎年のように私たちは、今年もあっという間に暮れようとして

 いると感じ、その時間経過の早さに愕然とする。私の場合などは今頃でも1年カレン

 ダーなどを見るとつい最近架け替えたように思えるほどである。何故私たちは年を

 取れば取るほど1年が早く過ぎてしまうように「感じる」のであろうか?
  
  小さい頃は1年といわず1日がとても長く充実したものであり中身が詰まって

 いたように思う。しかし今は感動することも少なくなり、毎日が似たような日々で、

 とりたてて思い出すようなこともないので、後から振り返ると日常が短縮されて

 思い返されるからではないか?とか私は考えてみたりした。
  しかしどうもそうではない。イベントが沢山あったかなかったかにはほとんど関

 係がないようだ。例え一見充実した生活(いまやそんなものはどこにもないが)や

 山登りや岩登りに忙しくしていた年であったとしても、年々時間が早く過ぎていくと

 感じることは変わらないからである。 

  「何故大人になると時間が早く過ぎるようになるのか。 誰もが感じるこの疑問は、

 ずっと古くからあるはずなのに、 なかなか納得できる説明がみあたらない。」と

 考え、これを生物学的な見地から、なるほどと思われる仮説を立ててくれている

 のが分子生物学者福岡伸一ハカセである。
  その仮説を見てみたい。

   ** 新陳代謝速度は加齢とともに遅くなる

  ハカセは「重要なポイントは、私たちが時間の経過を「感じる」、そのメカニズム

 である。」という。「物理的な時間としての一年は、 3歳のときも30歳のときも同じ

 長さである。にもかかわらず、 私たちは30歳の時の一年の方をずっと短いと感

 じる。」 

  *「そもそも私たちは時間の経過をどのように把握するのだろうか。」

  「私たちは自分の生きてきた時間、つまり年令を、実感として把握していない。

 大多数の人は自分が「まだまだ若い」と思っているはずだし、10年前の出来事

 と20年前の出来事の「古さ」を区別することも出来ない。」

  これはそうなのだ。私たちは同じ山に何回も登る。そうすると何らかの記録

 媒体を使わない限り、果たして10年前に登ったときと5年前に登ったときのどち

 らの出来事だったかも、分からなくなり記憶はごちゃごちゃになってしま うのを

 良く経験する。だから私は出来るだけその時の記録を残しておきたいと思う。
  
  「もし記憶を喪失して、ある朝目覚めたとしよう。あなたは自分の年令を「実感」

 できるだろうか。自分が何歳なのかは、年号とか日付とか手帳といった外部の

 記憶をもとに初めて認識できることであって、時間に対する内発的な感覚は極

 めてあやふやなものでしかない。」

  「一年があっという間に過ぎる。時間経過の謎は実は私たちの内部にある、

 この時間感覚のあいまいさと関連している、というのが私の仮説である。」

  「それは私たちの「体内時計」の仕組みに起因する。生物の体内時計の正確な

 分子メカニズムは未だ完全には解明されていない。
 しかし細胞分裂のタイミングや分化プログラムなどの時間経過はすべて タン

 パク質の分解と合成のサイクルによってコントロールされ ていることが分かっ

 ている。つまりタンパク質の新陳代謝速度が、 体内時計の秒針なのである。
 そしてもう一つの厳然たる事実は、私たちの新陳代謝速度が加齢とともに確実

 に遅くなるということである。

 つまり体内時計は徐々にゆっくりと回ることになる。

  「だから、完全に外界から遮断されて自己の体内時計だけに頼って「1年」を

 計ったとすれば」年を取ればとるほど時計はゆっくりとしか回らず、「より長い

 物理的時間が掛かることになる。」

  確かこの事実は実験もやられて話題になったことがあったと思う。この時は単に

 成人の被験者を隔離して被験者が1日(or1週間、数ヶ月)と感じる時間と物理的

 時間を比べると、被験者の感じる時間はより長い物理的時間に相当することが

 分かったというだけで、そのメカニズムの説明はなかったようだ。

  「タンパク質の代謝回転速度が遅くなり、その結果、一年の感じ方は徐々に長く

 なっていく、にもかかわらず、実際の物理的な時間はいつでも同じ スピードで過

 ぎていく。だから?だからこそ、自分はまだ一年なんて経っているとは 全然思え

 ない、自分としては半年くらいが経過したかなーと思った、その時には、すでに 

 もう実際の一年が過ぎ去ってし まっている のだ。そして私たちは 愕然とすること

 になる。」

  (言葉をどう使うかが難しいが、あくまで感じるくらい。)

  「実際の時間の経過に、自分の生命の回転速度がついていけない
 そういうことなのである。」!!この仮説はなるほどと思う。
  (強調はO2)


    **

  比較のために分かりやすくいえば、新陳代謝が猛烈に速 かった幼児の頃は、

 物理的な1日に、体内時計の針も1回転していたとしよう。そして伸び盛りの30

 歳台でちょうど体内時計は1日半回転になったとしよう。そして今例えば60歳台

 では体内時計は1/4回転しかしないとする。
 (極端に新陳代謝速度が2分の1、4分の1になったと仮定する。)

  そうするとどうなるか?幼児の時、30歳台、60歳台と体内時計の回転速度が

 落ちて行くこと(新陳代謝速度が落ちていくこと)などには私たちは気づきようも

 なく昔の感覚のままに生きているのであるが、実際には落ちている。

  だから、今の例として自分の体内時計が1日(1回転)と感じられる時間は30

 歳台で言えば実は物理的時間の2日となる。60歳台では4日も過ぎていること

 になる。

  (もちろん具体的には外界から完全に隔離するなどしなければ体内時計だけ

  に頼ることはないし、絶えず物理的な時間経過を時計で確認して体内時計との

  ズレを修正しながら生活しているのでこんな極端はありえない。)

  
  ということで自分の体内時計、生命の回転速度からすればようやく半年がたった

 かという時、または極端には3ヶ月程度の感覚の時に、既に実際の時間では1年

 が経過 していることになるから、私たちは愕然とするのである。  
  年の終わりなど(最近はこれも半年とか10月頃とかに感じるようになってきた)に

 強制的に自覚させられ、「あれぇもう1年が終わりか!」と毎年感じるし、1年が

 どんどん短くなるのである。


    *

  要するに私たちは自分の生命の回転速度が落ちていること、 体内時計の運針

 が徐々に遅くなっていることには気が付かず、物理的な時間の経過と実感のずれ

 がなぜ起きているのかには気が付かない。気が付かないまま生きている。

  そして変わらない物理的な時間の経過を強制的に自覚させられるときに(年の

 暮れなど)に、ようやく何でこんなに早く時間が過ぎるのかと思うわけである。
  

  私の場合はいよいよ深刻に1年が短くなっていく。ということはますます生命の

 回転速度が落ちているということであり、簡単に言えば老化が進行しているという

 ことであり、自分の新陳代謝の速度という生命そのものの本質に根差すことで

 これは残念ながら如何ともしがたいことのようである。

  しかし老化は避けられないとしてもその進行スピードはその人により早くなるか

 遅くなるかが分かれることになるのだろう。




  ( 『動的平衡』 生命はなぜそこに宿るのか  福岡伸一  )
 

 
 
 
 
 


 

 

2018年10月14日(日)

三浦アルプス

テーマ:尾根歩き

 三浦アルプス  18,9,28    

 

  今日は低山ハイク。もっぱらの目的はジオグラフィカを使いこなせるように実地で

 歩いてみるということである。低山ハイクだから病み上がりの人やこの間あまり山

 歩きをしてない人のリハビリ散歩ということで参加5名。

  三浦アルプスは低山で細い尾根のすぐそばまで住宅地が迫っていることもあり、

 住宅地に抜ける道などが入り組んでいる。何より海に近い浸食地形でなかなか

 複雑でよく地図読み訓練で歩かれている。私もまだ入ったことがない沢などがある。

  今回はその一つに入ってみるつもりである。多分ジオグラフィカは現在地の確認

 に威力を発揮してくれるはずである。

 

  集まった逗子駅でジオグラフィカを起動して時折道の確認など、扱い方の勉強を

 しながら阿部倉山の登山口。長徳寺という廃寺跡。10時頃。

 

 

  この間天気が悪かったので道が湿って滑り易い。阿部倉山161m。以前は

 うっそうとした藪の中だったが最近は狩り払いされた広場になっている。

 

 

  阿部倉山から猛烈に滑り易い急坂で二子山への道に復帰して進む。なかなか

 きつい道を下二子山へ。11時頃。
 
 
  下二子山から上二子山へ、小さいのだがアップダウンが続き夏には椿の花が
 咲いているルートの中で一番きつい登り。病み上がりにしては元気な人と運動
 不足の人と明暗が分かれた。
 
 
  上二子山には展望台があり横浜方面が展望できるが今日は霞んでいる。
 
 
  展望しているときで11:30近くになったので昼飯にする。「病上がりの人もいる
 ので今日は散歩です。」と聞いたのでここでお店を広げて宴会かと思ったのにと
 当てが外れた運動不足の人もいたが、さすがにここではジオグラフィカの勉強にも
 ならないのでもう少し進むことにする。
 
 
  二子山から遊歩道を外れて森戸林道方面に降っていく。ほとんど沢の中の道で
 今日は結構水が多い。崩れ気味の崖もある。12時頃。
 
 
  降っていって森戸林道終点に出るかその手前の中尾根を辿るかの場合、沢を
 何度か渡渉しながら降ることになるが、その沢への道の入り口辺りに左から沢が
 合流する。この沢の分岐点に左を指して「うなぎ淵」の小さな看板がある。
  この沢には私は入ったことがなかったので少し覗いてみる。今日は水が多い方
 だと思われるが、ところどころ飛び石伝いに渡渉するところも登山靴で渡れそうで
 皆を呼びこれを辿ってみることにする。ジオグラフィカで現在地を確認する。
 
  沢に入り渡渉を繰り返して行くがところどころに巻き道が付いておりここも辿って
 いる人は多いようだ。三浦アルプスはほぼどんなところでも人が歩いている。
  沢には1mほどの小さな滝もあったがここも巻き道がある。ジオグラフィカには
 もちろんこんな道は表記されないが何処にいるかは分かる。巻き道は今頃は
 藪っぽい。
  特に変哲もないので写真を撮らなかったのでこの沢中の写真がない。時間の
 確認のためにも滝でも撮っておけばよかった。
 
  沢中の渡渉、巻き道と辿っていくと登山道らしきに出た。周辺を探すと右手に
 進む方向は南中峠を指す看板があった。(十字路にはなってないが)今まで辿った
 沢沿いをさらに奥に進む道と南中峠とは反対側に進む道とが分岐していた。
 
  ジオグラフィカには道は表記されないが、南中峠と馬頭観音の中間点にいるらし
 いことが地図と照らし合わせて分かった。南中峠を越えて乳頭山そして田浦梅林
 と辿れたら三浦アルプスを歩いた実感がしただろうが、散歩のつもりで来た人は
 既にへばり気味だし少々きついコースになってしまう。距離的にはそんなに変らな
 いが歩きやすいだろうから馬頭観音から東逗子駅の方に行くことにする。
  道は出ないがジオグラフィカで進行方向に尾根があることはよく分かる。
  馬頭観音には13時過ぎ頃に着いた。
 
  
  東逗子駅方面を辿り二子山に登る道を過ぎて進むと途中展望台があり休めそう
 な広さはあるのでここでお店を広げて休むことにした。各自自分の飲み物を用意
 して途中で一杯ということだったし、すっかり一杯のための散歩と思っていた人が
 いろいろと用意してくれたこともあり、ちょっと沢も歩いたしかなりな時間のんびりと
 休んだ。ご馳走様でした。
 
 
  展望台でお店を広げたのは13:30前頃だったと思うが、飲み終わって少し歩き、
 東逗子駅の方から二子山に登る登山口に着いたのは15:10近かった。
 
 
  東逗子駅までは直ぐで今日はこれで解散。
  病み上がりの人も運動不足の人も自分の体調の確認にはなったようだ。
  ルート図を載せます。
 
 
  マーク、左から順に、うなぎ淵入口、南中峠への登山道に合流した所、馬頭観音、
 お店を広げた展望台、東逗子駅からの登山道入り口。
  
2018年10月06日(土)

烏帽子岩左稜線 2

テーマ:岩登り

  烏帽子岩左稜線  18,9,18    (続き)  

 

 

  ⑦、岩稜が終わったところでピッチを切ったO2を引き継いでその先をRさんが

 登って行った。しばらく林で木の根が張り出しその上に土の乗った階段状を登り

 その先岩稜に少し取り付いたところ辺りでピッチを切り、私がフォローで続く。

 通常の8ピッチを少し登ったあたりまでだったようだ。

 

  ⑧、私が引き継いで先を登っていくと、前回ピッチを切った覚えのある岩のテラス

 (通常8ピッチ目の終了点)に直ぐに到達した。(下写真は前回14年にその終了

 点からフォローの登りを撮ったもの、テラスはこんな感じです。)

 

 

  テラスに直ぐに着いたのでここではピッチを切らずその先の岩稜を登っていく。

 この先が少し難しいが、登っていくと見覚えのある悪いトラバースの前(岩塔の下)

 に出たのでここでピッチを切る。通常の9ピッチ目かな。

 

  ⑨、Rさんに登ってきてもらい、悪いトラバースは歩かず(歩こうとすると岩がせり

 出していて押し出されそうになる、10ピッチ目)足場を手のホールドにして一旦

 ぶら下がり、足を延ばせば渡れることが分かっていたので、Rさんに先に渡って

 もらったが簡単に渡れた。

 

  この時後ろの班のNさんが通常9ピッチ目の登りで引っ掛かり声が掛かってきた

 ので、少し戻り上からコースを指示する。(Nさんも偶数担当だから後ろも8ピッチ目

 で登ってきたことになる。)

  トラバースは私もすぐに渡り少し歩いて岩稜の天辺に行きここで昼休み休憩。

 2班がなかなか来なかった。トラバースを歩いて渡ろうとして苦労してたらしい。

 渡り終えてきたのが12:20頃。

 

              (通常9ピッチ目を登るNさん)            (トラバースを終えて)

                             (悪いトラバースを終えた2班)

 

  ⑩、この後がL字型に屈曲する岩稜歩き。見た目は怖い狭い渡り廊下から、次の

 岩稜の天辺までの爽快な天空歩きである。ここはほぼロープ一杯くらいある。

 ルートがL字型に曲がるので途中には長めのスリングを使う。Rさんのフォローの

 ロープを引くのも重い。(通常11ピッチ目)

 

                               (Nさんの写真)

                            (岩稜の天辺から、後続班)

                              

 ⑪、次にRさんが岩稜の天辺から一旦下り、登り返してテラスまで登る。ここが

 核心のクラックの取り付きのテラスになる。(通常12ピッチ目)

 

                                          (Rさんの右横が核心のクラック)

                           (テラスから後続班、13:20頃)

 

  ⑫、テラスに到達していよいよ核心のクラックである。私は2度目のトライ。

 クラック登りとしては一番ジャミングのやり易いハンドクラックで、カムも1番と2番

 が三つ四つあれば登れるから難しいわけではない。レベルも5.7。

  問題は噛ませるカムに信頼がおけるかどうか、自分のジャミングに自信が持てて

 いるかどうかである。これが不安な場合は上の写真で見るように足元ははるか下

 まで切れ落ちているからかなり怖いことになる。

  O2はなんとかカムを噛ませて突破した。上の棚に出て少し歩いたところにある

 立ち木を支点にしてRさんに登ってもらう。

 

                          (立ち木支点から後続班、13:45頃)

 

  Rさんにカムは残してもらったのだが2班はリードはやらないというので、ロープ

 を1本垂らして2班の先頭に登ってもらった。

  最後の班はここ2度目の長老が残されたカムを使って、さらに一つ足してリードで

 登ったそうだ。登りを見られなくて残念。長老はさすがに凄い。衰え知らずでとても

 真似出来そうもない。

 

                        (長老が撮った2班のフォローAさんの登り)

 

  ⑬、次は歩きで烏帽子岩の本峰頂上まで。その後10mほど降って懸垂下降点

 を探す。分かりにくいのでここもO2先行。これをピッチに入れるとすれば私たちの

 13ピッチ目となる。

 

  ⑭、懸垂下降20m。ここは振られ易い斜め降りの狭い岩稜で要注意。実際にも

 長老が振られて岩にぶつかったそうだ。それと途中に岩溝がありロープの回収時

 ロープを挟み込まないように注意する必要がある。Rさん先行。

 

  ⑮、降りたところで目の前の立った三角の岩のきれいに割れたクラックを登る。

 カムも効くし見た目ほど難しくはない。三角の天辺を乗り越すと屏風を寝かせた

 ような岩になっていて上を掴みながら快適にトラバースできる。この先がちょうど

 人が楽に入れるくらいのチムニーになっていて(これがぼろぼろ)これを登る。

 Rさんのフォローを引き上げているとき最後の班の長老の懸垂下降を撮った写真。

 (その後ろは別グループ)これが14:50頃。

 

 

  ⑯、チムニーのビレイ支点からその上にある岩塔に登ると懸垂下降支点がある。

 ここからRさん先行で10mほど降り、次の岩の取り付き点に登り返したところが

 鞍部になっておりここからエスケープルートがある。

  ここに着いたときO2班で15:30頃になっていた。まだ2班も岩塔の上で降りて

 ない。全員の到着は16時頃になりそうで、この先2ピッチは無理と判断せざるを

 得なかった。

 

                        (ラストの懸垂下降)

 

  結局今回もこれ以上は進めなかった。全員が降ってきて装備をまとめ16時過ぎ

 てから急坂を降り始めたのだが、しばらくして雨がぱらつき始めた。合羽を用意し

 降っていくうちこの雨はかなり強い本降りになった。

  私たちの力量不足で時間切れとなり進めないと判断したのであるが、無理して

 進んだらやばいことになっていたわけだ。

 

  反省点は多々あるものの微妙な天気の中一応左稜線のほとんどを辿ることが

 出来たわけでまあまあでしょう。何より女性2人班も含めほとんどをツルベで登れ

 たのが収穫です。

  本降りの雨の中テントへ帰りつきガチャ類を整理して夕飯。空模様は悪かったが

 曲がりなりにも左稜線を登れてホッとして美味しく楽しい食事になった。
 一時降り方が激しく明日の岩も湿っていそうだし、一応目的は達成し何より結構

 疲れたので、もう皆さん翌日登る元気はなさそうだ。

  衆議一決19日はテント撤収出来次第帰京することになった。

 

  書き忘れてましたが、O2の相棒(左稜線初めて)と長老が80才を越えているし、

 O2ともう1人が70才越え、他の2人(うち1人はここは初めて)も65才を越えて

 いる。平均でも70才越えである。事故ればいい年をこいて何をやっていると言わ

 れるに十分な年齢構成であるが皆さんよく頑張った。

  それにしても80才越えでここに来ているその気力、体力というのは本当に凄い。

 10年先の己を考えたらほとんどあり得ない。しかし今更遅いといわれそうだが、

 私も含めどのようにまた何時矛を収めたらいいのか考えるときであることも確かだ。

 

   (了)

  

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