
14世紀以前の日本の女性像
* AI開発の行方
今米国でAIの開発者側が「制御不能なリスクを未然に防ぎ、持続
可能な開発をするためのルールづくり」を求めているのに、トランプ
政権は「規制要求は市場独占のためのパフォーマンスであり、徹底
的な自由化とスピードこそ重要」としてマッコウから対立している。
カリフォルニア州などは州独自のAI規制法を制定しており、全米
ではバラバラになっている。政権側はこれを排除したい、「史上最
大の経済発展エンジン」を止めてはならないというわけだ。
(中国のAI開発に遅れを取りたくないというのが一番の理由か。)
「制御不能なリスク」がどの程度現実的なものかは素人には分から
ないのだが、アンソロピックの開発中のAIが暴走し、勝手にサイバー
攻撃を仕掛けてデータを盗み出したとかの事例はすでにあるわけで、
人間の思惑を超えてAIが暴走する(サイバー攻撃で金融機関が動か
なくなり、金融市場が大混乱する)とか「生物兵器の開発に悪用
され」世界的な脅威になるとかは相当に現実的な話のようだ。
トランプは「地球温暖化はウソだ」として「二酸化炭素排出規制」
などを次々と取っ払い、石油、石炭などを「掘って掘りまくれ」と
するほどの無責任で無謀な政策を取り続けているわけで、このAIの
「開発規制」を阻止しようとする策動もほぼ同じ論理で、あり得る
現実的な脅威を無視しようとするものだ。(要するに目先の「経済成
長」を阻害するとトランプが思う「規制」は阻止しようとする。)
どうみてもAI開発を野放図に続けることにはリスクがある。
そして国連の場でも、AIのリスクや進化のスピードを世界全体で一
元的に監視・評価する「国際的な専門機関・枠組み」が必要かどう
かが議論されているようだが、当然トランプはこれを認めないから
すぐに実現するとはならないだろう。
****
14世紀以前、太良庄の女性たち
(『日本の歴史をよみなおす』から)
* 問
14世紀以前、若狭国「太良庄の女性たち」についてまとめると。
ー広い社会的な活動ー
(所領の管理、所有権、処分権を持つ。鎌倉殿の御家人もいたし
勇武をもって知られた女性もいた。多様な役職に就く女性、
公文織、名主、預所。)
*ジェミニ(適当に縮め要約してます)
網野は、若狭国太良庄(たらのしょう)に関する詳細な史料分析
を通じて、14世紀以前の日本社会における女性の、従来の歴史観と
は異なる姿を明らかにした。特に注目されるのは、女性たちが広い
社会的な活動に従事し、経済的・法的な権限を持っていた点です。
* 若狭国太良庄の女性たち:14世紀以前の特質
※ 所領の管理、所有権、処分権の保持:
太良庄の女性たちは、単なる家族の一員としてではなく、独立
した主体として所領(土地)を管理し、その所有権を有し、さらに
売買や寄進といった処分権まで持っていたことが、東寺百合文書
(とうじひゃくごうもんじょ)などの史料から明らか。
これは、後の近世において土地の所有権や処分権が男性家長に
集中していく姿とは大きく異なる。彼女たちは、自らの経済的な
基盤を自らで築き、維持する能力を持っていたのです。
※ 鎌倉殿の御家人としての女性:
太良庄には、鎌倉幕府の御家人として位置づけられた女性が存在し
ました。御家人とは、将軍と主従関係を結び、軍役などの奉公の義務
を負う代わりに、所領の保障などの恩恵を受ける存在です。
女性が御家人として認められることは、当時の社会において、女性
が武士としての役割や義務を果たしていたことを意味します。
※ 勇武をもって知られた女性:
文献の中には、勇武(ゆうぶ)をもって知られる女性の存在が示唆
される記述も散見されます。直接的に戦場で活躍したというばかり
ではなく、紛争や訴訟において自らの権利や所領を守るために積極的
に行動する女性たちがいたのです。
これは、中世初期の日本社会において、女性が男性と同様に、自己
の権利や利益を守るために物理的な力や精神的な強さを発揮すること
が許容されていたことを示しています。
※ 多様な役職に就く女性たち(公文織、名主、預所):
太良庄の女性たちは、荘園の管理運営に関わる様々な役職に就いて
いました。
公文(くもん): 荘園の事務を司る役職であり、女性がその職務を
担っていたことは、彼女たちが読み書きの能力を持ち、行政的な手続
きにも関与していたことを示します。
名主(みょうしゅ): 荘園における土地の耕作単位である「名
(みょう)」を請け負い、年貢納入の責任を負う者です。女性が名主と
なることは、彼女たちが土地を保有し、生産活動を管理する経済的
基盤を持っていたことを意味します。
預所(あずかりどころ): 荘園の現地での管理を任される役職であ
り、女性が預所として荘園経営に携わっていたことは、彼女たちが
広範な権限と責任を担っていたことを示しています。
これらの役職は、荘園社会の中核的な担い手として、その経済的・
行政的な実務に深く関与していたことを明確に示しています。
まとめ:従来の歴史観の刷新
若狭国太良庄の女性たちの事例は、網野が提唱した「非農民」
「職能民」「無縁」といった概念と深く結びついています。彼女たちは、
必ずしも「家」という枠組みに閉じ込められず、特定の土地に定住せ
ずとも、広い社会的な活動を通じて自立した生活を送っていました。
この研究は、日本の中世社会における女性の地位が、従来の
「男尊女卑」という一元的な見方では捉えきれないほど多様で、
能動的であったことを明らかにし、日本史における女性のあり方に
関する「常識」を大きく覆すものでした。
14世紀以前の社会では、女性が経済的・法的権限を持ち、公的な
役割を担い、時には「勇武」を示す存在として認識されていたことが、
太良庄の史料から鮮やかに浮かび上がってくるのです。
**(補足)
近世につながる16世紀の女性像も目を見張るものでしたが、更に
歴史を遡ると土地を所有し、管理、運営権限を持ち広範な社会的
活動を展開する女性、御家人つまり武士としての役割を持ち、更
には勇武をもって知られる女性たちの存在など、男性に伍して生き
る姿が見られます。
聞き覚えのある「巴御前」(『平家物語』『源平盛衰記』)や板額
御前 (『吾妻鏡』)といった「勇武をもって知られた女性がいたこと
は事実と見られます」し、「御家人」つまり武士、さらに「女地頭」
もいたわけで、問題はそういう女性が社会的にあり得たということ、
つまり女性の社会的な役割が、後世より遥かに大きかったという
点にある。
つまり16世紀の女性像より14世紀以前の女性の方が社会的役割が
大きかったのです。ということは時代を遡ればさらに女性の役割は
大きかったはずで、そしてそれが事実なのですから、歴史は女性の
役割が徐々に狭められ、抑圧が強まっていくものでもあったと言え
るのだから問題なのです(女性史の面から見れば)。
そして(近世)近代に家父長制が強固になり女性差別が完成し、
戦後になった今もなおその軛から抜け出ているとは到底いえず、
(我々は女性差別が完成した時点からそれを前提として歴史を見て
いることに気づいていない)
歴史的後退から解放されているとはとても言えないという現実に
あるのです。
* 今議員とか会社の役員とかの女性の割合を何割以上にするとか
を無理にでも決められるのが、西欧の先進的な国家の例として
取り沙汰されたりするが、はるか昔の日本の「太良庄の女性たち」
(社会的役割を果たす女性達がどれだけの数、割合、いたのかは
分かりようもないが)
から見れば、ちゃんちゃらおかしいというしかない。
明らかに何かが間違って歴史は作られてきたとしか言いようがない。
ウソの日本(女性)史を覆す 3
* 浜岡原発の破綻
14日中部電力は浜岡原発の再稼働申請で不正なデータを使用し
たとして申請を取り下げた。同時に経営陣も退任した。
これで政府がゴリ押ししてきた原発の活用策の一角が頓挫した。
問題は中部電力による再稼働申請不正データ使用が、内部告発
で暴露され、原子力規制庁(容認庁)も流石にこのまま申請を通
すのは「まずいわな」となったから、経営陣の失態(酷すぎる
無理を通す「正当化理論」とか、いかにも中部電力が特別であるか
のように)を暴露して詰腹を切らせたに過ぎないということである。
(東京から近いということもあるようだ。)
今回の中部電力のイカサマは、これまで暴露(内部告発)され
なかっただけで、東電をはじめとする各地電力会社の原発の再稼働
申請も似たようなものではないか?不正なゴマカシデータの上で
作られた「安全」宣言で審査を通り抜けたのではないか?という
疑いを抱かせるに十分な事態だということで、規制庁の審査など
全く当てにならないということを誰の目にも明らかにしてくれた。
そもそも原子力規制庁とは原発の運転が「安全」だという格好を
「国民」向けに作る(お墨付きを与える)ための政府お抱えの機関
「容認庁」でしかないのだ。
日本で起こりうる巨大地震または津波などの自然災害にも耐えら
れる「原発」などあり得ないわけで、日本での原発の運転は出来る
だけ早期に辞めなければならない。
ただ「当面の生活に不可欠だから」という「電力不足論」で正当
化しようとする原子力マフィアの口車に乗せられてはならないのだ。
CF
* いよいよ危ない中東からの原油の輸入
ホルムズ海峡は今やイランにより事実上封鎖されている。そして
その代替として(主にサウジの原油の輸出)使われてきた、バベル
マンデブ海峡もその出口にあるイエメンの港湾都市モカ(かのモカ
コーヒーの名前の由来となった)や要衝ともいえるペリム島をフーシ
派が占拠したようだ。フーシ派はとりわけサウジからの輸出を阻止
することを宣言している(全ての船を阻止する、封鎖するつもりは
ないとしている)。サウジ原油を頼りにしている日本などには事実上
の封鎖なわけだが。
また東から西に送るサウジの石油パイプラインが攻撃され断たれ
たこともあり、原油先物価格はいよいよ値上がりしている。今年の
冬までには今の100(〜110ドルにこの数日で跳ね上がってるらしい)
台から120ドル台以上に値上がりするだろうと言われている。
米国ではガソリンや諸物価の値上がりで苦しめられる市民の反発
で、中間選挙でトランプ(共和党)の敗北がますます現実化するのは
不可避だが、米国民にとどまらず中東石油に最も依存する日本の私
たちの生活も間違いなくいよいよ追い詰められることになりそうだ。
****
ウソの日本(女性)史を覆す (続き)
*16世紀の女性像(ルイス・フロイス)
( 網野善彦『日本の歴史をよみなおす』から )
** 以下は私の補足
この16世紀ルイス・フロイス(1562年に日本に来て1597年世を
去るまで35年間日本で生活した)の描き出した日本女性像は実に
驚くべきものです。これは是非知っておいてもらいたい。
*「日本の女性は、処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いて
も名誉も失わなければ結婚もできる」
* 財産は「日本では各人が自分の分を所有している。時には妻が
夫に高利で貸し付ける」
*「日本では(妻を)意のままにいつでも離別する。妻はそのこと
によって名誉を失わないし、また結婚もできる。日本ではしばしば
妻が夫を離別する」
*「日本では娘たちは、両親に断りもしないで、一日でも数日でも
ひとりで好きなところに行く自由を持っている。日本の女性は夫
に知らせず、好きなところに行く自由を持っている」
* 「日本では堕胎はきわめてふつうのことで、20回も堕ろした女性
がある。日本の女性は、赤子を育てていくことができないと、
みんなのどの上に足を乗せて殺してしまう」
* 「日本では比丘尼の僧院はほとんど淫売婦の町になる」
これら全てがフロイスのキリスト教的倫理観からする偏見に根ざ
したものではなく、当時の女性像としては真実であることを、網野
も認めざるを得なかった。
そしてこの状況は江戸時代になってもごく自然に続いていたと
いう(「江戸時代の離縁状からみる離婚の実態」)。
第二次大戦前まで、「少なくとも西日本ではいわゆる『夜這い』の
習俗が生きていた」し、網野も岡山で30年代までの実体験を聞かさ
れている。
宮本常一の『忘れられた日本人』でもかなり最近まで「お祭りの
ときや仏教の法会のとき、あるいは神社、仏閣にお籠りしたとき
などに、いわゆる『歌垣』と同じように、男女のフリーなセックス
が行われる習俗があったこと」を明らかにしている。
江戸時代まで普通であったらしい「間引き」(堕胎)についても、
従来のように単純に貧困と生活苦によるものとだけで捉えるのでは
なく、フロイスから見れば「性的放縦」と見える状況から、「未婚
の母」が非常に多かったと言えるわけで、「当時の女性の現実に対
する一つの対処の仕方」であったし、社会的にも黙認されていた。
また当時は「七歳までは神のうち」と言われたように子どもは
人間の範疇に入ってなかったのかもしれないのであり、今の倫理観
から見るわけにはいかない。
この中世の女性像を見ると、現代も根強く続く日本社会の女性
差別の現実(「選択的夫婦別姓」こんなことすら一向に実現しない)
はむしろ歴史的退歩ではないかとすら思える。
単線的に「歴史の進歩」を信じる史観はまさに眉唾でしかない。
これらを考える上でもう少し古の女性像(女性の社会的な力が中世
よりもっと強かったと思われる)を見ていきたい。
るなさん16歳
* これは本当にヒドイしあまりにもムゴイ
昨日の6チャンネル、るなさん(仮名)という16歳の少女が
衰弱死した顛末の特集をやっていた。
AIによる概要では「兵庫県赤石市の障害者福祉施設で働いていた
当時16歳(!)の女性従業員が(施設利用者への)暴行容疑で兵庫
県警に逮捕(6月17日)、勾留(18日間も)されたのち、(処分保留、
不起訴となり釈放されたが)摂食障害やPTSDを発症し、(食べても
栄養を吸収することができなくなり)極度の低栄養状態(体重約
20kgー実際は19kg)により(12月14日、無惨にも)死亡した」と
まとめられている。
(括弧の補足をしたがAIのまとめも酷く不十分)
施設利用者への暴行容疑は実際には障害者特有の他人への噛みつき
行為を他の職員(彼も一緒に逮捕された)と制止したに過ぎないの
だが、これを過大に訴えた人がいたー(後に顎を抑えたに過ぎない
のを殴ったように訴えた事を、過大だったと謝罪している。しかし
この人もことの重大さを認識できる人ではなさそうだ)ーから
県警はこれを「事件」にしたかったようだ。しかも現場にいた当事
者たちへの事情聴取すら一切行わずにでっち上げたわけだ。
当事者からすれば日常のごくありふれた出来事に過ぎなかった。
問題は噛みつき行為の制止でしかなかったものを、「暴行」である
かのように過大に持ち込んだ人がいたとしても、怪我すらない程度の
ものを「暴行」容疑として「事件」としてとりあげ、わずか16歳の
少女を逮捕、勾留した、これがそもそも異常でどう見てもおかしい。
しかも16歳の少女を18日間も勾留し、連日の取り調べで脅迫し
(やったのになぜ白状しないのか、とか、同じく逮捕された男性は
自白したぞとかのこういう時の警察のいつものウソで)追い詰めた
のだ。わずか16歳で身に覚えもない容疑で「自白」を強要されどれ
ほどの恐怖に晒されたか想像を絶する。しかし彼女は屈しなかった。
ここでも担当のポリがそもそも大したこととは思えない「事件」
をことさら取り上げ、さもさもの「暴行」事件にするなど、何故
そんな挙に出たのかが問題なのだ。いつものことながら、ここで
事件をでっち上げ成果を上げて自分の手柄、昇給、出世のため又
兵庫県警のためにやったとしか考えられないのだ。
(障害者福祉施設などで問題となっている、職員による利用者に
対する虐待案件を挙げると意気込んだのかもしれないが、当事者に
事情聴取すれば氷解したものをやってない。)
担当のポリはわずか16歳の少女だから脅せばどうにでもなると
思ったに違いないのだ。そこには一人の少女、一人の人間を壊す
ことになるかもしれないなど、カケラも考えていないのだ。
(そんな普通の人間としての想像力などあるはずもないか)
身に覚えもない事件の「自白」の強要に、るなさんは決して屈し
なかったから壊された。
るなさん、かわいそうに!
なんとしてもこれは許し難い。
(久しく公安案件がないので公安警察のデカがでっち上げた
「大川原化工機」事件と全く同じ構図だというしかない。しかも
結局事件をでっち上げたこの公安デカ、検事の責任は追及されずに
うやむやとなった。いつもこれだ。)
これについては施設を運営する法人の理事長である母親が(るな
さんは母親に憧れ、障害者福祉の道に高校に行かず飛び込んだそう
だ、だから16歳で従業員として働いていた)不当な身体拘束や取り
調べは、まさに違法な「人質司法」であり、るなさんはその犠牲で
あるとして、国と兵庫県に対し1億円の損害賠償を求める国家賠償
訴訟を神戸地裁に起こしている。
これはあまりにも当然の訴訟であるが、るなさんの無念はこんな
ことではことでは晴らしようもない。
(損害賠償訴訟であって、るなさんを殺したポリー下手人や釈放
を認めなかった裁判所の責任を追及するものではないからだ。)
それにしても、担当の弁護士たちは16歳の少女の18日間もの拘束
を不当として釈放させる何らかの手立てができなかったのか?
「人質司法」はどうにも許し難い。
*まさにこれは国家(警察=検察、裁判所)による16歳の少女の
殺人事件そのものであり、国家とは何か(日本国とは何か)、私たち
が生きているこの日本社会とは何かを象徴的に暴露するものに他なら
ないのである。
下々に過ぎない私たちはたまたまそうした身に覚えもない事件に
巻き込まれずに運良く(悪く?)生き延びているに過ぎないと思い
知るべきだとこの事件は教えている。
これまでの数限りない冤罪事件も全く同じ事を告発している。