「ちゃんとやってるように見えるかどうか」が、
いつのまにか仕事の中心になっていることがある。
実際に手を動かすことよりも、
“やってる感”を出すことに時間を取られてしまう――
そんな瞬間に、ふと疲れを感じる。
報告のタイミング、返信の早さ、会議での発言、
SlackやTeamsでの“アクティブさ”。
どれも仕事の一部ではあるけれど、
「目に見えるアピール」だけが評価に直結するわけではない。
本質的な価値は、たとえ静かに、
目立たない場所でコツコツ積み重ねた作業であっても、
ちゃんと誰かの役に立っていることにある。
「ちゃんとやってる感」は、ある意味で防衛本能だ。
怠けていると思われたくない、
評価を落としたくない、
信用を失いたくない。
その気持ちは痛いほどわかる。
でも、それに縛られすぎると、
本当にやるべきことが見えなくなってしまう。
そして、消耗していく。
一見、手が止まっているように見えても、
頭の中では考えがめぐっていることもある。
逆に、常に何か作業をしているように見えても、
本質的な前進がないこともある。
見た目に惑わされず、自分なりの「本当に大切なこと」に集中する時間を
日々の中に、少しでも確保できるようにしたい。
もちろん、完全に“ちゃんとやってる感”を手放すのは難しい。
社会の中で働く以上、ある程度は必要な鎧でもある。
でも、100%その鎧を着ていたら、
息苦しくなるのは当たり前だ。
少しだけ脱いでみる。
「今日はこれだけやればいい」と決めて、
誰に見せるでもない前進を自分で認めてあげる。
それだけでも、働き方は変わっていく。
“ちゃんとやってる感”に振り回されず、
自分なりのリズムで進むこと。
それは、効率やスキル以前の、大切な仕事術なのかもしれない。