マニア向け“城のあるまち” 大滝温泉を歩く | 落人の夜話

落人の夜話

城跡紀行家(自称)落人の
お城めぐりとご当地めぐり

“城のあるまち”といえば、皆さんどこを思い浮かべられますでしょう。

 

たとえば白虎隊の聖地、会津若松。

国宝・白鷺城がそびえる播州姫路。

震災後の復興に向けて進む肥後熊本。

 

いずれも町の中から天守を仰ぐことができ、昔ながらの風情を醸す城下町。

雑誌の表紙を飾るような構図からひとつ路地を入れば、しっとりとした長屋の佇まいも残る。

そんな町に生まれ育つという人生に、若い頃の私は憧れたものでした。

 

今は旅のなかでそんな町を訪ね歩く時間が、私の楽しみであり癒しになっている訳ですが、年を重ねるうちだんだんマニアックになってきて、“城”にもいろんな要素を感じるようになってきました。

 

たとえばこんな“城”。

 

 

 

こちらは「落城ホテル」…

と、勝手に名付けた場所。

 

昨年5月にアップした記事で、私はここを「秋田県某所」とご紹介しました。

 

旅の寸景(2) 落城ホテル | 落人の夜話 (ameblo.jp)

 

この“城”は記事にも書きました通り、城郭風宿泊施設の廃墟です。

廃墟には独特の魅力を放つものもあって嫌いじゃないんですが、廃墟探索にはいろいろ問題点や注意点もあることを忖度しまして、いったんは詳細な場所の表示を避けたのです。

 

しかしネットをちょっと検索すれば普通に出てくるサイトもあり、また当ブログの趣旨も廃墟探索ではありません。

何よりこの“城”のあるまち、実はたいへん歴史ある温泉地でありながら、今や大いに寂れて、温泉地としての存在感まで“落城寸前”となっているように見えます。

 

なので今回は、この“城”のあるまちを歩いた記憶をご紹介しておきたいと思います。

場所は秋田県の大滝温泉です。

 

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秋田県第2の河川、米代川の中流あたり。

大滝温泉は大同2年(807)の八幡平焼山噴火によって湧き出したと伝わり、温泉の多い秋田県内でも最古級の歴史をもつ温泉。古くは「鶴の湯」とか「(すすき)の湯」と呼ばれていました。

江戸後期の旅行家・菅江真澄がおよそ6ヶ月にわたって滞在し、最後の秋田藩主・佐竹義堯も湯治に訪れています。

 

『六郡郡邑記』という江戸時代後期の地誌によれば、当時「温泉宿二十二軒」があったと云い、戦後は「大館の奥座敷」と言われていたそうです。

そのころの賑わいを示すように旅館の看板が立ち並んでいますが、今はご覧の通り。

人通りのない温泉街を歩いていると、まるでタイムスリップした気分になります。

 

 

営業している旅館は看板の数よりずっと少なく、宿の廃墟が目立ちます。

こちらもそのひとつ。昭和の頃にはシャレたペンション風の旅館だったかも知れませんね。

 

 

そんなまちの中にある大滝薬師神社がにやってきました。

 

菅江真澄の紀行文『すすきの出湯』には、こんな伝承が記録されています。

むかし、ひとりの老人が卵の殻をすすきの苞(つと)に包んで捨てたその場所に、温泉が湧きはじめた。

老人が神の化身であったと考えた里の人々が、この地にすすきを植え始めたところ、そのうち「すすきの湯」とか「たまごの湯」と呼びならわされるようになった…

 

温泉の湧出をみた里人が、これを神からの授かりものと考えて建てたこの神社。

薬師如来との神仏混交も、これを霊泉とみての名残りでしょう。

 

 

ささやかな境内に足湯がありました。

これが湯元であるようで、せっかくなので足をつけさせてもらいました。

 

温度はぬるめ。

源泉は42℃くらいだそうで、泉質はナトリウム・カルシウムー硫酸塩・塩化物泉です。

 

歩き疲れた足にじんわりしみる温かさ。

しばらくこの古い霊泉にあやかったあと、足を拭き、さあ、また出発です。

 

 

足湯を堪能している間、他の観光客どころかほとんど人に出会いませんでした。

 

開湯千年をこえる古湯、大滝温泉。

いま営業している宿もいくつかあるはずなのですが、現地ではわかりにくく感じました。ネットにはHPもなく魅力紹介のツールがほとんど見当たりません。

全くもってこの歴史ある温泉地は“落城寸前”です。

 

 

いまこの国の郡部は急速に過疎高齢化が進んでおり、秋田県は特にその傾向が強いとか。

加えてこの武漢コロナ禍。

こうした地方の温泉地を滅ぼさないためには、やはり観光資源、歴史遺産としての魅力を取り戻す意欲と仕掛けが必要でしょう。

 

さて、秋田県の現知事は旧藩主家たる佐竹家のご末裔とか。この大滝温泉の現状をどうお考えでしょうか。

微々たるこの記事がお目に留まることなどないでしょうが、もし私が家臣ならこう申し上げましょう。

 

殿様、勿論ご存じでありましょう。わが県にとって最も歴史あるあの大滝温泉が、いまや落城寸前です。

ご覧なされ。このまちと温泉をあの“城”のごとくにしてはなりません。

援軍を出すときですぞ…

 

東北の早い夕。いつの間にかどんより低くなった曇り空に向かって、声に出さない妄想台詞を叫びつつ、私は大滝温泉をあとにしたのでありました。

 

 

 

クローバー訪れたところ

【大滝温泉】秋田県大館市十二所町頭83 大滝薬師神社