“結果とプロセス、どちらが大事なのか”、これは、しばしば見られる問いかけです。この問いには一般論としては答え難く、置かれた具体的な状況次第という側面が強いのかもしれません。
スポーツの世界では勝ち負け、つまり結果が重んじられるように思いますが、そこにおいて「勝てるかどうかは、相手チームに聞いてみましょう」などと言ったらどうなるでしょう。
しかし、この言葉は、元サッカー日本代表監督イビツァ・オシムが発したものです(木村元彦『オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える』)。ジェフユナイテッド市原・千葉監督の時代に、いくら勝っても内容が悪ければ観客は来ないと言い、「だからこそ、しっかりとしたチームを作りたい」、「そこから先、つまり勝てるかどうかは、相手チームに聞いてみましょう」としたのです。
では、イビツァ・オシム監督は、結果を出せなかったのかといえば、ご存知のとおり、目覚しい成果を出したのです。また、上述の言葉を見ると、“甘い”監督にも思えますが、その厳しさは有名なようです。
オシム監督は、試合前のミーティングで、「集中できずに、ピッチで寝るのなら、ホテルに帰って寝ていてくれ!」と厳しい言葉を投げる一方、「もし負けるようなことがあっても、自分たちのできることをすることで我々のプレーを見せよう。やることをやってもし負けるのなら、胸を張って帰れるはずだ」と言いました。
結果よりも大事なものを見据え、その大事なものを極めて厳しく追い求めていたということなのでしょう。結果を気にしてプレッシャーに負けては力は出せませんが、ただ結果を気にしないだけでは甘え、逃げることのようにも思えます。自分ができることをやることに徹底して集中すること、やるべきは、唯一つこれのみなのかもしれません。
「モチベーションを上げるのに大事だと思っているのは、選手が自分たちで物事を考えようとするのを助けてやることだ」「まずは自分たちのために、自分のやれることをやり切るということが大事だという話をする。次に、対戦相手が自分たちと試合をするに当たって何を考えて臨んできているかということを思考させる」
自身の力だけでどうにもならないことを思い悩んでも不安になるばかりでしょう。やるべきことが明確になれば、その不安は消え、後ろ向きに悩むことなく、前に向かって考えることができるように思います。
表面的な結果に一喜一憂することも、過大な成果を求めて潰されることも無く、厳しく「あり方」を問う姿勢に、多少趣旨は異なるかもしれませんが、マザー・テレサの次の言葉を思い出しました。「もしも私たちが謙遜ならば、ほめられようと、けなされようと、私たちは気にしません。もし誰かが非難しても、がっかりすることはありません。反対に、誰かがほめてくれたとしても、それで自分が偉くなったように思うこともありません」(『マザー・テレサ―愛と祈りのことば』)
決して簡単なことではないのかもしれませんが、自分を失わず、自分に閉じこもらず、世界に向かって自分であるために、心がけなければならないことなのでしょう。
なお、オシム監督の次の言葉も、強く印象に残りました。
「試合や練習の中で、何かが起こったら怒鳴られる選手というのが選手の中で必ず決まってくる。そいつのせいじゃなくてもそいつが怒鳴られる。それが怖い。その雰囲気の中で監督までが、そいつを怒鳴っていたらどうなるんだ?」
オシム監督は、選手を先入観で見ず、平等に扱うと言われており、上記はその平等性について語られたものです。余裕を無くし誰かに矛先を向けてしまいがちな今の時代において、気にとめておくべきことのように思えました。
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