“迷い”と“願い”の街角で -20ページ目

“迷い”と“願い”の街角で

確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

江戸時代の禅僧で、詩人、歌人、書家としても有名な良寛。その残した戒語に「身に過ぎたことすべからず」というものがあります。「身の程を知れ」ということでしょう。


以前も触れたことがありますが、「身の程を知る」という言葉に釈然としない印象を持っていました。謙虚さを表す言葉として使われることも多いですが、使い方によっては、特に「身の程を知れ」という命令の形で使われると、むしろこれほど傲慢に響く言葉も無いとさえ思えたからです。


この言葉が卑屈さを要求するものでなく、そうではない、望ましい身の程の知り方があるとしたら、どのようなものなのでしょうか。


この疑問はしばらく置いておき、少し話を変えたいと思います。


魂を救うための一杯“神のグラス”を目指すバーテンダー佐々倉溜を中心に、様々な人間模様と孤独を癒すためのサービスを極めようとするバーテンダーの姿を描いた城アラキ・長友健篩『バーテンダー』で、印象深い場面がありました。


ミスター・パーフェクトと呼ばれるベテランバーテンダー葛原隆一が、様々な利害の中で葛藤し、仕事に悩む客に対し、「喫茶去(きっさこ)」について語る場面です。


「まあお茶でも飲んで行きなさい・・・という意味です。」「人と人が向き合うとその瞬間に邪念が生まれます。貴賎貧富、利害得失、老若男女にかかわらず等しく『喫茶去』という。誰に対しても恐れず構えず無心で接する。私はこれが人が人に出来る究極のサービスだと考えています。」


また、客の理不尽な言動に納得できず、「お客様は神様なのか」と悩む新人バーテンダー和久井翼に対して、葛原は、次のように言います。


「お客様を神様にしてはいけません。それはお客様をただのお札と見ることと同じです。」「神様があなたのように・・・ただのお札があなたのように悩みますか?」


「金を支払う」という優位性があるがゆえに客に媚びるとすれば、それは金のためであって、「人間」としての客は度外視されてしまいます。確かに、それではサービスも何も無いということになるのかもしれません。


地位、権力、名声などについても同じことが言えるのではないでしょうか。これらがあるために、ことさらに尊重するということは、その力に媚びているだけであって、その人間を尊重しているとはいえないのでしょう。


話を戻して、「身の程を知る」ということについて。そもそも、なぜ人は、身に過ぎたことをしようとするのでしょうか。それは、自分にない地位、権力、名声、財産への憧れ、それを持つ者への嫉妬からなのではないかと思います。


しかし、それらは実際には虚しいもの、葛原の言う「邪念」にほかなりません。そう考えると、「身の程を知る」というのは、地位、権力、名声、財産の乏しさに卑屈になることでは決してなく、それらの虚しさと同時に、より本質的に大切なものを悟り、現状を受け入れることではないかと思えるのです。


そう考えると、地位、権力、名声、財産に富む者が、それを背景に、乏しい者に対して「身の程を知れ」などと言うことは、趣旨を履き違えた言動となるでしょう。


「身の程を知る」ことは、「身の程」よりも遥かに大切なものがあると知ってこそ、できることなのかもしれません。そして、それこそが、本当に誠意を持つこと、謙遜することなのかもしれません。


これは、マザー・テレサの「もしも私たちが謙遜ならば、ほめられようと、けなされようと、私たちは気にしません。もし誰かが非難しても、がっかりすることはありません。反対に、誰かがほめてくれたとしても、それで自分が偉くなったように思うこともありません」という言葉にも通じているように感じました。


最後に、良寛の歌には、このようなものがあります。


「置露に心はなきを もみぢ葉の薄きも濃きも己がさまざま」


自分のあるがまま、恐れず構えず無心で・・・ということでしょうか。

ひとりで生きる道 [大愚]良寛の生涯に学ぶ/PHP研究所
¥1,575
Amazon.co.jp

バーテンダー 11 (ジャンプコミックスデラックス)/集英社
¥540
Amazon.co.jp

バーテンダー 14 (ジャンプコミックスデラックス)/集英社
¥540
Amazon.co.jp
マザー・テレサ―愛と祈りのことば/PHP研究所
¥1,229
Amazon.co.jp

「人はそれぞれみんな、いろんなやりきれない気持ちを抱えて生きている。死ぬほど辛いわけではないけれど、どうにもならない思いを抱えて生きている。」


映画『阪急電車 片道15分の奇跡』のプロローグ、印象的な台詞でした。


幸福ではないけれど、悲劇の主人公というわけでもない。むしろ、だからこそ、どうにもならない、どうにもできない。しかし、実際に多くの方々が抱えている悩みや苦しみは、こういったものなのかもしれません。


この映画では、片道15分の阪急電車で、そんな気持ちを抱えた登場人物たちの人生が、ちょっとしたきっかけで重なり合い、そこに何かが生まれます。


華々しいハッピーエンドに展開していくわけではありません。「奇跡」と呼ぶには小さな物語。それでも温かい気持ちにさせてくれます。


こんなことも「奇跡」と感じるほど現代社会が荒廃しているという悲観的な見方もできるでしょうか。逆に、気が付かないだけで、もともと世界には小さな「奇跡」が溢れている、そんな見方もできるでしょうし、そちらの方が私は好きです。


自分の気持ちに正直に生きるなら、その気持ちを誰かと少しずつ分け合えるなら、そこには比べようもない生きる意味があると感じます。


いろいろなことがある人生です。幸せだと常に胸を張れるわけではありません。でも、どんな状態であっても、自分として生きていたい、そして、この映画の登場人物のように、こう言いたいと思うのです。


「悪くないよね、この世界も。」

阪急電車 片道15分の奇跡 [DVD]/ポニーキャニオン
¥3,990
Amazon.co.jp

以前店頭で見かけて気になっていた大津秀一著『死ぬときに後悔すること25』を、先日、図書館で借りて読みました。



終末期医療の専門家である著者は、1000人を超える患者の最期を見届けてきたとのこと。その中で目の当たりにしてきた多くの患者の「後悔」を25に集約して紹介した本です。


その中で印象に残ったのは、白血病で亡くなった17歳の女子高生の話でした。ただし、この話は、著者自身の経験ではなく、『エキスパートナース』という雑誌で読んだ話ということです。一番印象に残ったのが、他の雑誌の引用部分という点、著者に申し訳ない気もいたしますが、その引用に当たっても著者の思いは込められているということで、ご容赦願いたいと思います。


その女子高生は、死期が迫る中で、次のような文書を残しました。

「これが私の出す最後の手紙であるかもしれないのに、本当に何を書いたらいいのかわからない。今生の別れの言葉は何がいいのか思いつきやしない。私はもう一度生きたい。病気を克服してもう一度生きたかった。

 ありがとう。

 私のために泣き、苦しみ、疲れ、身を捧げんとしてくれた人たちへ。

 人間は誰かの役に立ちたい、救ってあげたい、また、誰かの何かのために死にたいと理想をもつ。自分の生が、死が意味あるものでありたいと思う。

 少なくとも私にとってあなたがたの生は意味あるものであるだけではなく、なくてはならないものとして存在している。

 あなたがたは、勇気ある強い人間だ。あなたは人を救ったんだという満足感と自信に満ちあふれて生きていって欲しい。あなたは私にとってなくてはならない人です。そう思って、あなたに心から感謝と尊敬をしている人がいることを忘れないで欲しい」


どう思われるでしょうか。彼女の真意など、私に分かるわけがありませんが、「誰かの何かのために死にたいと理想をもつ」彼女が、17歳で人生を終えることの苦しみは、耐え難いものだったのではないでしょうか。これから、人の役に立っていきたいと強く願っていたのであれば、その分それができない苦悩も大きかったろうと思います。


この文書で私が驚いたのは、後半です。読み手に対して、「あなたがたの生は意味あるもの」、「なくてはならないもの」と言います。これが、彼女が、苦悩や葛藤の果てに出した答えだったのではないでしょうか。


彼女は、人の役に立って生きていくことができない苦しみを、あなたたちは人の役に立っている、意味を持って生きているという優しい言葉に転化させたのだろうと感じます。自分が得られない幸福を人に与えることで、幸福を得られない苦しみを乗り越えたのではないでしょうか。読み手がその幸福を受け取ることで、彼女は読み手の中で生き続けます。最高の答えに、彼女はたどり着いたのだろうと思います。


もう1冊、最近読んだ本が、渡辺和子著『置かれた場所で咲きなさい』です。この中で紹介されている聖フランシスコの「平和の祈り」には、「私たちは与えることによって与えられ、すすんで許すことによって許され、人のために死ぬことによって永遠に生きることができる」とありました。


まさにこれを、その女子高生は行ったのだろうと思います。


現在の社会では、人が「役に立たない」とされて簡単に切り捨てられてはいないでしょうか。「役に立つこと」が美徳とされる世の中で、安易に「役立たず」のレッテル貼りが行われてはいないでしょうか。真面目であるほど、「自分が役に立たなくては」と思うでしょうが、誰もが「役に立ちたい」と思っていることは忘れられがちなのではないでしょうか。「人の役に立ちたい」ということを理想として求めるのが人間ならば、「役立たず」とされることがどれほど残酷で辛辣な仕打ちなのか、そのことを社会がもっと認識する必要があるように思います。


人から必要とされることは大事ですが、同じく人を必要とすることも大事。役に立ち、役に立たれ、お互い様で生きるその先に、本当に目指すべきものがあるのではないでしょうか。

死ぬときに後悔すること25/致知出版社
¥1,575
Amazon.co.jp

置かれた場所で咲きなさい/幻冬舎
¥1,000
Amazon.co.jp

ぼんやりとした壁が目の前にある、そんな心境の今日この頃です。


これを越えれば、新しいものが見えるのではないかという希望と、大切なものを失う不安、そして、立ちはだかっている壁の正体が、その越え方がよく分からないことへの焦り。不快な曖昧さに包み込まれている感じがします。


心が引き裂かれる感じ、とはいえ胸を裂かれるほど辛いという意味ではありません。正反対の方向へと導こうとする二つの心が自分の中にあるようです。


私は、誰かと競争するのが嫌いです。こだわりを持たず、あるがままに、自然に生きていきたい。静かな心で、穏やかに世界を見つめていたいと思っています。


一方で、それに反抗する私がいます。少しでも力をつけて活躍していきたい。思うままに力を発揮し、行動していきたい、そうも思っています。


一方が一方を押さえつける、その繰り返しです。


悪く言えば、前者は諦念、無気力、後者は傲慢、排他。善く言えば、前者は謙虚、温厚、後者は情熱、活発。双方の感情が、価値観が、折り合わないまま心を乱します。


勝ち負けにはこだわりたくない、だけど負けたくない。


勝敗に縛られず、力への欲求に惑わされず、静かな心で力を制御し、謙虚に情熱を持つ。それが答えだとしても、どうやってそこにたどり着くのか。


トンネルのような暗さも物理的な壁もない分つかみどころがない霧の中。今はただ歩いていくしかないのかもしれません。

4月に環境が変わり、悩むこともいろいろ出てきています。トンネルの出口はなかなか見えませんが、気づくこともありました。まとまっていない内容ですが、忘れないように記しておきたいと思います。


「身の程を知る」という言葉があります。謙虚さを表す言葉として使われることも多いですが、使い方によっては、特に「身の程を知れ」という命令の形で使われると、むしろこれほど傲慢に響く言葉も無いとさえ思えます。


「身の程を知れ」という言葉は、その人の能力に見合わないことを行おうとしている時に使われることが多いように思えますが、それがどんな能力にせよ、その人の評価の一面に過ぎません。しかし、これに対して、「身の程」と言ってしまうと、全人格を評価しているような印象を受けます。


人間の全人格を評価できるのは、いるとすれば神様だけではないでしょうか。「身の程を知る」という言葉は、あくまで自分について、かつ、少し度を過ぎたニュアンスであることを承知の上で使うべきであるように思えます。


謙虚さを他者に説くことは難しく、自身で態度を示す以外には伝えようがないのかもしれません。唯一、謙虚さを他者に突きつけることが許させる場合があるとしたら、皆に共通する人間としての領分を越え、他者の人格を貶めた時だけではないでしょうか。


さて、続いてですが、精神的に大きな苦しみを抱えながらも、人の役に立ちたいという思いを強く抱いている友人がいます。


その友人の思いを尊いと感じる半面、無理をしすぎていて、かえって違和感を覚えることがありました。強迫観念のように逆に苦しみを増しているのではないかと思えたのです。無理して人の役に立つ必要はなく、自分の人生をしっかり生きれば自然と人の役に立つのではないかと考えていました。


ところが、私も4月で仕事の内容が変わり、人の役に立つことが実感しにくい部署に配属になりました。人の役に立ちたいという思いが空回りして苦しむことも多々。人のことは言えない、我が身となるとこんなものかと、自分が可笑しくなりました。自分が発した言葉を、自分が噛み締めなければならない時のようです。


話は変わりますが、映画「桜田門外ノ変」をDVDで観ました。安政7年(1860年)に大老井伊直弼が桜田門外で暗殺された“桜田門外ノ変”、これを実行した水戸藩士らが運命に翻弄されていく悲劇が描かれています。


日本をあるべき方向に進めるため、そんな大義を背負って井伊直弼を暗殺した水戸藩士らですが、彼らを待っていた運命は過酷なものでした。見放され、罪人として追い詰められ、希望も無くただ逃げることしかできない。大切な人たちが傷つき死んでいき、自分たちのやったことが正しかったのかさえ分からなくなっていく。


何かをしたい、何かをしなければという思い。それを持ちながらも何もできないまま、彷徨い続けるしかない現実、運命。


観終わったあと、言葉もありませんでした。「彼らの行動には意味があった」と簡単には言ってしまえない重さ、そして虚しさとも違う透明さ、静寂を感じました。


うまく表現できませんが、この映画から感じたことが、今回の記事で書いてきたことへの、一つの答えなのかもしれません。

桜田門外ノ変【DVD】/大沢たかお,長谷川京子,柄本明
¥4,935
Amazon.co.jp

最近、父親と話していて、過去の家族旅行に行ったときの話が出ました。2泊3日の予定だったところ、父親の仕事の都合で、1泊で切り上げることになりました。その時に、まだ小さかった私が「2泊だって言ったじゃないか」と泣いたというものです。


「今となっては笑い話」というようにも聞こえますが、実は、とても小さな頃の出来事にもかかわらず、私はこの時の記憶があり、事実の側面では父親の言うとおりですが、父親とは全く異なる認識を持っているのです。


旅行の2日目に、急きょ仕事が入り、車の行き先はその日泊まる予定だった宿から自宅へと変わりました。しかし、そのことを私は知らされませんでした。私に秘密にしてしたというわけではないようですが、両親は私に説明しようとはせず、両親の会話から漏れてくる断片的な情報で、「ひょっとしたら帰るのかもしれない」と思ったのです。


両親からの説明を待ちました。両親の会話から聞こえてくる情報が増えるにつれ、1泊で切り上げるということは徐々にはっきりしてきましたが、それでも両親は私に何も話しませんでした。


これからの予定が分からない不安感と、何も説明してもらえない疎外感、それによるストレスに耐え切れなくなったとき、冒頭の話となりました。父親の言うことは事実関係としては正しいです。しかし、泣いた本当の理由は、1泊で旅行を切り上げたことではなく、この不安感と疎外感でした。


両親は、確かに優しい人ではあったと思います。というより、過保護と言った方がいいかもしれません。


過保護の状態の子どもは、いい思いをしているとお考えでしょうか。そのツケが大人になって回ってくると思われるでしょうか。


過保護にされた子どもが、成人して人生に支障をきたすことはあり得ると思います。しかし、過保護にされている当時だって、子どもは決して幸せではありません。過保護にする背景には、「どうせ子ども」「所詮は子ども」という軽視の念があります。独立した人格として存在を肯定されず、不満が溜まっていきますが、それを弾き返す自信も失っていきます。


「子どもなんか」は、旅行を1泊で切り上げなければならない事情を話すには値しない存在なのです。


大阪府教育センターの『OSAKA人権教育ABC Part2 -集団づくり[基礎編]-』では、「自己肯定感は子どものころから育てられます。例えば、『まだ子どもだから』『子どものくせに』などと言われ続けると、自分に否定的になり、他者を信じなくなりがちです。」とあります。


ところで、人を、褒めて育てるべきか、叱って育てるべきかという議論が最近よく聞かれます。最近の主流は褒めて育てるべきという見解のようですが、本当にそれでいいのかという疑問も呈されています。また、現実問題として、褒めることや叱ることにも得手不得手があるようです。褒める側、叱る側、褒められる側、叱られる側、それぞれの個性が影響するのだろうと思います。


しかし、褒めるか叱るかよりも、存在を認めることの方が、ずっと大切なのではないでしょうか。褒めたり叱ったりは、どちらかといえば刹那的な事柄です。ベースに存在の承認があれば、褒めるか叱るかという表面的な事柄にこだわらなくても、安定した関係を築いていけるように思うのです。


人は皆、自分の「存在」を賭けて戦っているような気がします。しかし、能力や財産、地位や権力など、表面的な事柄で支えるには人間の「存在」というのは重すぎます。そして、無理して支える過程で、他人の「存在」を否定していくことになります。他人の「存在」が、自分の「存在」を脅かすという錯覚に陥るのでしょう。


本当に必要なのは、表面的な事柄にとらわれずに、自分の存在を肯定し抜くこと、そして、他人の存在に向き合うことではないかと思います。しかし、今に始まったことではないかもしれませんが、自分と他人の存在を隠してしまう「目くらまし」が多過ぎるような気がします。

小さい頃から、様々な形で「人から必要とされる人になれ」というメッセージを受けてきました。そして、自分にできる限り、そうなれるよう努めてきたつもりでいました。


人から必要とされるようになることは、決して悪いことではなく、望まれることでしょう。しかし、一般論としては正しいそのことを、私は少し履き違えてきてしまったのではないかと反省しています。


無粋な言い方をしてしまえば、「人から必要とされる人が偉い」という思い込みを、どこかで持っていたような気がします。この観念は、一歩間違えれば、人の助けを必要とする人を劣ったものとし、どれだけ人から必要とされたのかで人を値踏みするような発想へと流されてしまいます。


そして、より人に必要とされる人にならなければならないという強迫観念を持った場合、それ自体が自分にとって大きな苦しみですが、最悪の場合、他人の必要性や存在価値を否定する暴挙へと押し流されそうになります。


マザー・テレサは、かつて、誰からも必要とされていないという思いこそが最も絶望的な病だと言いました。人の必要性や存在価値を否定することは、この絶望的な病を発症させるウイルスを人に植え付けることにほかなりません。


意図して他人を否定しなくても、自分の必要性の高さを示すために、他人の意見を否定し、誤りをことさらに指摘したことは無かったか、他人のやることに過剰に口を出し、自主的な判断を押さえつけてしまったことは無かったか、他人を配慮無く助けて無力感を与えてしまったことは無かったか、残念ながら思い当たる節はあります。


通常、人が「必要とされる」というのは、社会的な意味合いで語られるものと思います。そして、社会から脱落すると「不必要」の烙印が押されがちなのではないでしょうか。しかし、社会は人間が作ったものであり、社会の前に人間は存在しています。


社会より前に存在する人間が、その創造物である社会から脱落したことで存在を否定されるというのは、何かがおかしい気がします。


最近、手塚治虫の『ブッダ』を読みました。仏典にはあまり詳しくないのですが、すべての生命が繋がり合って存在しており、すべての生命に意味があり、必要なものであるということが、ブッダの悟りの中核として描かれていました。


人は皆、繋がりを持って生きています。そのような意味で、誰もが最初から世界に対する必要性を内に持っているのではないでしょうか。だから、無理に自分の必要性を外に探し求め、それが無ければ存在価値が無いと悩むには及ばないのでしょう。あとは、すでに存在している世界との繋がり、必要性を認識し、感じ、それに応じて生きていくだけの問題ではないかと思うのです。


人助けをして、苦しいながらも満たされるならいいのでしょうが、苦しさしか感じないなら無理してすることはないのだろうと思います。人助けをやればやるだけ偉いとは、むしろ考えない方がいいのでしょう。


最初から存在する「繋がり」というものがあるのなら、それを通じて幸せも広まるのではないでしょうか。自分の心を満たす行為は、そのまま人の役にも立つのではないでしょうか。本当の意味で人の役に立つとは、貸し借りや優劣といった観念が介在することが無い、最初から存在する「繋がり」を活かすことのように思えます。

ブッダ全12巻漫画文庫 (潮ビジュアル文庫)/手塚 治虫
¥6,108
Amazon.co.jp

人の“醜さ”、そして“弱さ”、それが忌まれるものなのであれば、どうして人は、そういったものが描かれた作品を観るのでしょうか。


成宮寛貴・内田有希主演の『ばかもの』は、愛を描いた作品ではありますが、それ以上に、人の“弱さ”を描いた作品だと感じました。


成宮寛貴演じる19歳の大学生ヒデこと大須秀成は、内田有紀演じる27歳の吉竹額子と出会い、その奔放さに戸惑いながらも惹かれていきます。しかし、額子は、「結婚するとになった」と、突然ヒデに別れを告げます。


新しい生活に踏み出したヒデでしたが、虚しさを埋めるために飲み続けた酒がヒデの心身を蝕み、すべてを壊していきます。その一方、額子にも悲劇が起きていました。


出会いから10年、人生に過酷に翻弄され、傷つき変わり果てながらも生き延び、歩き出した2人は、再び向き合います。


額子は、“弱さ”ゆえにヒデの元を去り、残されたヒデもまた、“弱さ”ゆえに破滅への道を進んでいきました。アルコールに溺れたヒデの堕落した様子は、目を背けたくなるほどです。


人は、そう簡単に“弱さ”から逃れられるものではありません。入院し、アルコール依存症から脱却したと豪語するヒデに対し、池内博之演じる友人の加藤が言った「そんなに簡単なこととは思えない。」という台詞が印象的でした。そのとおり、ヒデの“弱さ”との戦いは、想像を絶する苦痛と共に続いていきます。


人は弱いものです。消すことのできる“弱さ”も当然あることでしょう。しかし、すべての“弱さ”を消すことはできない、むしろ、消すことのできない“弱さ”の方が、ずっと多いのではないでしょうか。


それでも、消せない“弱さ”を、そのままに乗り越えていく方法もあるのではないかと思います。それが、“弱さ”を許すことではないでしょうか。人が、“醜さ”、そして“弱さ”を描いた作品を観るのも、消せない“弱さ”を抱えながら、それを乗り越えるヒントとして、“許し”をそこに探しているからではないかとも感じます。


“弱さ”を許すことは、“弱さ”に負けて流されることとは違います。“弱さ”を受け入れ、きちんと向き合うことで、それが身を滅ぼす弊害として顕在化しないように、無理なく上手に付き合うことです。消せない“弱さ”は、それを否定し、目を背ければ背けるほど、自分の中に強固にまとわりつき、身動きが取れないほどに雁字搦めになっていきます。だからこそ、“弱さ”があることを許し、弱い自分を許し、優しく向き合う必要があるのではないでしょうか。


ヒデも、額子も、その“弱さ”を捨て去ることはできなかったのだと思います。しかし、苦しみの10年の後に再開した2人は、お互いの“弱さ”を許し合い、自分の“弱さ”を許すことで、明日へと歩み始めます。


“弱さ”があることは、いけないことでしょうか。“弱さ”を持っていることは非難に値することなのでしょうか。“弱さ”への非難が、“弱さ”に誠実に向き合うことを阻害するのならば、自分や他者の“弱さ”を非難することの方が罪深いことのように思えてなりません。


運命の大きな流れの中で、無力な人間ができることといったら、いかにそれに向き合うべきかを真剣に考えること。では、どう向き合えばいいのか。


アメリカの神学者ニーバーは、変えなれないものを受け入れる平静さと、変えられるものを変える勇気、そして、その2つを見分ける賢さを与えたまえと神に祈りました。このニーバーの祈りは、アルコール依存症の自助団体でも用いられているようですが、世界、運命、人生への向き相方のヒントがあるような気がします。

ばかもの [DVD]/成宮寛貴,内田有紀,白石美帆
¥3,990
Amazon.co.jp

お久しぶりです。前回の更新から大分時間が経ってしまいました。

さて、平成21年4月から暮らしてきた山梨を転勤で離れることになりました。3年間の滞在でしたが、2年で異動することが多い私の職場としては、比較的長くいられたと思います。

この3年間は、私にとって実りの多いものでした。特に3年目は締めくくりとしての学びがいくつもあり、山梨に3年間留まったことが、大げさに言えば運命と感じられました。

前にいた群馬でも楽しく過ごさせてもらいましたが、自分でも気付かない内面の欠陥を抱え、山梨に来てしばらくしたころに顕在化し、それと向き合わずにはいられなくなりました。

迷い、悩みましたが、その欠陥に向き合う取組を支えてくれた方がいたほか、それに限らず、暖かな居場所となってくれた方々、力を合わせて仕事を進めてくれた方々、私的な活動で協力してくれた方々がおり、その皆様のおかげで、前進することができました。

かつて、「正しい」か「誤り」かを考えあぐね、他人の意見に不安を感じてしまい、自信を持って反省することができませんでした。「正しさ」を自身の基盤としていたために、それを奪われ、自身の存在を失うことを恐れたのです。

しかし、究極的には「正しい」も「誤り」もありません。正誤よりも前に人間は存在しています。

正誤は結局のところ、人間の意思の問題であり、いかに意思を決するかの問題です。模範回答をどこかに求めても決して見付からず、自分の意思で生きていく中に自分なりの「答え」を見出だすしかないのでしょう。

だからこそ、余計なこだわりを持たずに、今できることに懸命に取り組む、それでいいのでは、それしかないのではないでしょうか。

そして、自分の為すことに責任を持つこと。

自由には責任が伴うというフレーズを耳にすることがあります。自由に振る舞いながら責任を負わないことを非難する場合によく使われますが、最近、責任を感じなければ、そもそも自由自体が成り立たない、そんな気がしています。

責任を負うというのは、自分の為した結果を受け入れる覚悟を持つことではないでしょうか。そんな意味では、誰かに怒られないように、叱られないように頑張ることを責任感があるとはいえないと思います。

すべてを受容する覚悟があるからこそ、自分の心に正直に振る舞える。この感覚が自由というものなのかもしれません。

自由は、選択の余地が広いことや権限が大きいこと、ましてや他人を押し退けてまで傍若無人に振る舞うこと、他人を支配して思い通りにすることではなく、すべてが思うままにはならないという当たり前の環境にあって、自分の心に正直に向き合い、責任を持って動くことなのではないでしょうか。

山梨の3年間で、ようやく私は正直に自分に向き合えるようになってきたように思います。山梨を離れ、出会った方々と別れるのは寂しいですが、この時間が貴重な宝物として人生に積まれました。

山梨の3年間が引いてくれたスタートラインに今立っています。不安もありますが、ここから今、出発しようとしています。

山梨と、ここで出会った多くの方々に心から感謝します。ありがとうございました。


“迷い”と“願い”の街角で-甲府市街と富士山

“迷い”と“願い”の街角で-甲府市から見る南アルプス

2011年も残り僅かとなりましたが、皆様にとって、どのような1年だったでしょうか。


さて、今回はまず、最近目にした印象深い場面について、お話したいと思います。


実家の近くに、しばしば行くチェーン店のパン屋があるのですが、そこに4歳くらいの男の子と母親が来ていました。お客は、その親子と私だけでした。


なぜか男の子はご機嫌斜めで、母親も手を焼いている様子。しばらくして言い合いになり、男の子は泣きながら大声を出しました。母親も我慢の限界、声を荒げ始めた、その時でした。


「お試しのドーナツ、お一ついかがですか。」


親子の後ろには、試食のドーナツのバスケットを手にした若い女性の店員が立っていました。男の子も母親も一つずつドーナツを口に運び、男の子は機嫌が直るまではいかないまでも、大人しくなりました。母親は店員にお礼を言うと、静かに買い物を続け、清算して出て行きました。


この店員の行動、簡単なようで、なかなかできることではないと思います。特にタイミングが絶妙でした。親子の緊張状態が高まりきって爆発する一歩手前で、すかさず動いたのです。優しさ、気配り、それも確固たる姿勢として身につけていなければ、このようには行動できなかったのではないでしょうか。


小さな行動ですが、それを行い得た背景は深いのと同様に、与えた効果もまた大きいと思います。この親子の一日の気分を大きく変えたでしょうし、それはつまり、この親子とその後に多少なりとも接した人たちにも影響したということではないでしょうか。そして、見ていた私の心も温かくしてくれました。


小さい行動であっても、そこに込められた“優しさ”は大きく広がっていくのではないか、「私たちはこの世では大きいことはできません。小さなことを大きな愛でするだけです。」とのマザー・テレサの言葉が思い出されました。


今年を振り返るに当たっては、3月11日の東日本大震災が必ず想起されることでしょう。想像を絶する破壊の後、「絆」をキーワードに様々な支援活動が行われました。


ボランティアに行った方、被災地に行かずに支援を行った方、特に活動はしていない方、様々かと思いますが、世界がどこかでつながってるというのなら、私が見た店員の行動のように、日ごろの何気ない場面で、小さな行動に“優しさ”を込めることも、復興支援に資するといえるのではないでしょうか。


いずれにしても、自分だけができる仕事というものは、なかなかありませんが、そこに込めた“想い”は自分だけのものです。そして、場合によっては、込められた“想い”が、仕事そのものよりも、大きく広がる余地があるのではないか、さらに、少し大げさかもしれませんが、そのような広がった“想い”が世界を前進させる礎になるのではないかと感じています。


世界に向き合い、目の前のことに精一杯“想い”を込める。口で言うほど簡単ではないかもしれませんが、そうありたいと願った年の瀬でした。