御無沙汰しております。今年も、もうすぐ終わりですね。皆様にとって、今年はどのような1年だったでしょうか。
さて、私は、自分の無力さと、それによる不自由をさを感じる機会が多々ありました。自分にもっと力があれば、もっと自由になれるのにと思ってしまうことがありました。
しかし、それは何かが違うと、思うようになってきています。本当に、力があれば自由になれるのか、と。
力には責任が伴うと、よく言われます。しかし、世の中を見渡せば、力と責任が離れてしまっていることが多々あります。
力を使えば責任から逃れることもできます。責任を伴うべきとされる力は、責任から逃れ、責任を押し付けるための有効な手段となり得るのでしょう。そのような振る舞いをしている人こそ、自由を謳歌している人なのでしょうか。
いえ、自分の責任を否定するとは、自分の振る舞いを否定すること、自分の過去を否定すること、自分を否定することなのではないでしょうか。自分を否定したところに、自由があるとは思えません。
むしろ、自分に責任を持って生きることこそ、自由に生きることなのではないでしょうか。責任を負う覚悟があるからこそ、自由に生きることができるようになるのではないでしょうか。力と責任は離れてしまいがちですが、自由と責任は表裏一体、離そうと思っても離せないものではないか、責任がない自由とは存在し得ないのではないかと思っています。
自由と責任を自覚していれば、力と距離を置いて使いこなすことができるのでしょうが、責任と自由を持たずに力だけ持てば、自分自身が力そのものだと錯覚しかねません。力に固執し、執着し、力を持ち続けることが目的になります。
他者との比較による、相対的な力の大きさに自分を求めれば、自分と向き合う必要も、自分の内面を掘り下げる必要もありません。心も、自由も無くなります。そのような状態を、「強さ」と言えるのでしょうか。
自分を受け入れ、自分であり続けること、自分に責任を持ち、自由に生き続けること、むしろ、それが「強さ」なのではないかと思います。しかし、これは決して簡単なことではないでしょう。
とにかく、今は、精一杯自分を生きていきたいと思います。来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

