“迷い”と“願い”の街角で -17ページ目

“迷い”と“願い”の街角で

確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

似て非なるものに、指導者と支配者があります。一見同じように仕事に厳格な2人の上司がいるとして、1人の上司の下では部下が生き生きと仕事をしているのに、もう1人の上司の下では部下が生気を失っているとしたら、その違いかもしれません。


指導者は、他者と同じ地平に立って、導く者です。他者を本質的に対等な人間として認め、その個性を尊重しながら、あるべき方向へと案内していきます。自分だけでなく、自分と同様に価値ある他者の幸せを求め、喜びを分かち合います。


支配者は、他者の上に君臨し、抑え込む者です。他者を本質的に自分よりも劣った存在であるとみなし、服従を求め、自分の都合で動かそうとします。支配者が求めるのは自分だけの満足であり、他者はそのための道具に過ぎません。


人格や尊厳といった言葉はよく聞かれますが、そういった人間にとって本質的なものは、当然ながら、人間である以上誰であっても対等なはずです。指導者は、本質的に対等な人々の中における一つの役割にすぎません。対等な中であっても導いていけることが指導者としての資質なのでしょう。そこには苦しみが伴うはずですが、その苦しみを引き受けられることが指導者としての大きな資質なのかもしれません。


一方、支配者は、相手と対等であることを否定します。本人にそのつもりはないかもしれませんが、対等であることを否定した時点で、相手の人間としての本質を否定しています。自分は特別だと思い上がれば、凡人である他者の苦しみに鈍感になります。そして、自分が快楽を味わうために他者に苦しみを与えることが平気になっていきます。


ただ、個人差こそあれ、権力を持てば誰でも支配者に堕す危険性があるのではないでしょうか。他者にも自分と同じように人生があるということを常に意識しておく必要があるのでしょうが、それを本当の意味で実行することは、思うよりも難しいことかもしれません。

かなり前の話になってしまいますが、医療法人徳洲会の公職選挙法違反事件に関する新聞記事の一部に、強い違和感を感じました。創設者の徳田虎雄氏による子供への教育・しつけに関する内容です。


「徳田毅(とくだ・つよし)衆院議員の姉2人は、医療法人徳洲会(とくしゅうかい)前理事長の徳田虎雄・元衆院議員に厳しく教育された。だが、虎雄氏が難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症し、床に伏せるようになって以降、虎雄氏が築いたグループ企業を私物化するようになったという。」

「虎雄氏は帰宅時に子供たちに正座で出迎えさせるなど厳しいしつけを施し、四女と毅氏以外の5人を医業の道に進ませた。」

(平成25年11月13日産経新聞)

http://www.sankeibiz.jp/express/news/131113/exa1311131013002-n1.htm


この記事からは、大人物であり厳格な父親が子供たちに対して適切な教育を行ったが、その父親がいなくなると、どうしようもない子供たちは駄目になってしまった、そんなニュアンスが感じられます。


しかし、私には、その「教育」が招いた必然の結果であるように思えてなりません。


記事では、上記のように、「帰宅時に子供たちに正座で出迎えさせるなど厳しいしつけ」となりますが、これは「教育」でも「しつけ」でもなく、単なる「支配」です。そして、「強い者が弱い者を支配するのは当然」という価値観が効果的に教育され、父親がいなくなり強者となった子供たちは、横暴になったのでしょう。


「教育」とは、「しつけ」とは何でしょうか。様々な考え方がありますが、私は、子供たちに対して、未来を幸せに生きていくための術を伝授することではないかと思っています。


そして、その伝授のための王道は、自身がそれを実践する姿を見せることではないでしょうか。


もちろん、それだけでは足りないのでしょう。山本五十六の名言が思い出されます。蛇足ながら、最近まで「やってみせ~人は動かじ」だけしか知りませんでしたが、それ以降も重要な内容だと思います。


やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ

話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず

やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず


上記のような「帰宅時に子供たちに正座で出迎えさせる」ことで謙虚さを学べるという意見もあるかもしれません。しかし、謙虚さを教えたいなら、自身の謙虚な姿勢を示すべきではないでしょうか。他人に対し、「教育」と称して、自分に対する謙虚さを強要した時、その他人に芽生えるのは、真の謙虚さではなく、「力ある者に迎合すること」「将来、自分が力を持った時に、他人を迎合させること」なのではないでしょうか。それこそが、教育を施している人間が実践している姿勢なのですから。


教育の改善や重要性が主張されて久しいですが、このような「教育」の仮面を被った「支配」や「傲慢」と、本当の「教育」を区別できるようにならない限り、明るい未来を創ることはできないと思うのです。

橋下徹大阪市長と藤井聡京都大大学院教授の間で、「ヘドロ」、「ヒトラー」、「こチンピラ」などという言葉が飛び交っています。橋下市長は、京都大学の総長に見解を求め、国会でも問題として取り上げるとしています。


確かに、侮辱的な言葉は慎むべきです。


ただ、一方で、橋下氏が、これ以上に侮辱的な言葉を、どれだけ多くの人に叩きつけてきたかを考えると、どうも釈然としません。


それだけ、自分だけが特別な存在だと思っているというようにも感じられます。そういう人間ほどカリスマ性を発揮するという側面もあるのでしょう。


橋下氏の言動を見ていると、相手が比較的、冷静で理論的な批判をしてくると、相手の人格に対して感情的に攻撃を仕掛けて潰そうとし、逆に、感情的な批判に対しては、正論や正攻法を採ることで潰そうとしているように思われます。


内容にかかわらず、「言い負かす」天才というべきでしょう。批判してくる人間の人格を貶め、心情を傷つけることは、批判を封じる手段として、極めて合理的です。


小泉純一郎氏が総理大臣であった頃、パフォーマンス重視のポピュリズム政治という批判がありました。


今、橋下氏、そして安倍総理についても、その言動を見ていると、「やったもん勝ち」を隠そうとさえしない、権力があることが行動の全てを正当化するニヒリズム的な政治が始まっているのではないかとも感じます。


では、どうすれなよいのか。


決まり文句のような良識や正義などでは、太刀打ちなどできないでしょう。ニヒリズム的に政治を進めようとする方々は、その無力さを分かっていると思います。


私にも答えはわかりませんが、一人の人間として自分の心に向き合い、そこから自然と湧き上がるものを大切にして、誇りを持つことから、そういう人が増えていくことから、何かが生まれていくかもしれません。

平成26年ももうすぐ終わりますね。皆様にとって、どのような1年だったでしょうか。


さて、一昨日の12月29日、我が家の愛犬メリアが17年2か月の生涯を終えて、天国へと旅立ちました。


今年の初め頃から後ろ脚が弱り、徐々に体力が低下してはいたものの、最近まで、元気に散歩していました。ところが、1週間ほど前から急に全身が弱り始め、立つこともままならなくなり、そのまま息を引き取りました。


メリアが我が家にやってきたのは生後1か月ほどの頃で、その後、私の母の死を越えて、我が家を守り続けてくれました。外に出るのが好きで、散歩中はずっと尻尾を振り、楽しそうにしていました。


私は、7年間実家を離れて一人暮らしをしていましたが、2週間に1回ほどは週末に帰ってきて、メリアと接していました。昨年の12月に実家に戻り、最後の1年をずっと一緒に過ごせたことは、私にとって幸せなことでした。


我が家にもうメリアはいない。自分の部屋にいるときや外出から戻ったときに沸き上がってくるその感覚は、思った以上に寂しいものです。


今日の朝、メリアの遺骨を、17年を過ごした小屋のある庭に埋めました。動けなくなったメリアは室内に寝かしていましたが、最後の日、メリアは半分眠ったような状態で、その庭を見つめていました。


メリアの遺骨を埋めた後、お決まりだった散歩コースを一人で歩きました。今日の日中は暖かかったですね。とても寂しく、とても穏やかな大晦日でした。


私達の周りの世界は、同じように見えても絶えず変わっていきます。今日の世界は、もう昨日とは違うのです。1日1日は小さな変化でも、確実に変わっていきます。もう、ここに「昨日」はない、現実の世界から消えてしまった「過去」は、思い出へと変えるしかありません。


メリアと過ごした日々を思い出に変えて、新しい年を迎えたいと思います。


皆様、良いお年をお迎えください。



メリア


散歩道

戦時中の日本を一般人の視点から映画いた漫画、こうの史代『この世界の片隅に』で、広島から呉に嫁いだ主人公すずは、大切な人を失い、心と体に深い傷を負いながら終戦を迎えます。玉音放送を聴き、終戦を知ったすずは、納得できずに言います。

「最後のひとりまで戦うんじゃなかったんかね。」


家の外に飛び出したすず。米軍の撒いた伝単が空に舞い、その空にはトンボが飛んでいます。

“この国から正義が飛び去ってゆく。”


すずは、終戦早々に掲げられた太極旗を見て悟ります。

「・・・ああ、暴力で従えとったいう事か。じゃけえ暴力に屈するいう事かね。」


太平洋戦争において、日本には大義があったという主張も耳にします。そして、当時の欧米とアジアの状況を踏まえるならば、その主張にも一理あるように思います。


しかし、確かに、どこかで、何かを間違ったのです。


日本が無くしていたものとは、一体、何だったのでしょうか。“正義”の御旗は、なぜ簡単に飛び去ってしまったのでしょうか。それを持っていた手は、いつの間に朽ち果てていたのでしょうか。


いろいろな考え方があるでしょうが、この漫画の別の個所に、示唆的な場面があります。


冒頭で紹介した場面からさかのぼり、まだ戦争中、すずの幼馴染で、水兵となった水原が、すずの嫁ぎ先を訪ねます。そして、すずと2人きりの時間を得た水原は、すずに言います。

「軍人は命を懸けて戦うもんじゃ。これも当たり前のつとめじゃ。ほいでも、ヘマもないのに叩かれたり、手柄もないのにヘイコラされたりは、人間じゃのうてワラやカミサマの当たり前じゃないかのう。わしはどこで人間の当たり前から外されたんじゃろう。」

「すずがここで家を守るんも、わしが青葉で国を守るんも同じだけ当たり前の営みじゃ。そう思うてずうっと、この世界で普通で・・・まともで居ってくれ。」


人間としての誇りを懸けて、“正義”の御旗を手に持ったのかもしれません。しかし、人間は弱い。力を握ったその時から、次第に自分がカミサマのように思え、他人をワラのように扱うことが、人間の当たり前を外れたことが、当たり前になってしまったのではないでしょうか。


人間であることを長らく忘れていたその手に、逆境においてもなお“正義”の御旗を持ち続ける力は無かったのでしょう。


自虐的なワラである必要はありませんが、他者をワラのように扱えるカミサマになることを望むなら、それもまた弱さでしかありません。


普通の人間でいられる強さが、何よりも大切なのだろうと改めて思いました。


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盲導犬に傷を負わせる事件に続いて、全盲女子生徒が暴行される事
件が起きました。背景として、弱者に厳しい現在の日本の社会の風
潮を指摘する声もあります。

社会は甘くない、強くなければならない、一見もっともらしくも聞
こえますが、力任せに他人を犠牲にして自分の利益を貪ることの正
当化に使われがちです。

自身がどうありたいのか、このことを自由な感情に基づいて考える
ことを忘れ、自身より強いものから何とか身を守り、自身より弱い
対象に当たることでバランスを取る。果たしてこれを生きていると
いえるのでしょうか。

このことは、一人の人間だけでなく、社会にも当てはまるのではな
いでしょうか。もっともらしい理屈を並べたて正当化しても、中身
は干からびて機能しない。そんな生ける屍のようなあり方に向かっ
て、この社会が邁進していっているようにも感じます。

それでも、身近なところを見回せば、希望はたくさんあるはずです
。それを探すことが、生きることそのものかもしれない、そんなこ
とも感じました。

今年で太平洋戦争における敗戦から69年が経ちます。この戦争は、国内問題としても、外交問題としても、今なお日本の政治や社会に禍根を残す一方、実際に戦時中を生きた方々は少なくなり、記憶の風化が指摘されています。

その記憶が書かれたものの一つが、この宮田昇著『敗戦三十三回忌 予科練の過去を歩く』です。

著者は、戦時中、予科練(甲種飛行予科練習生)としての日々を過ごし、敗戦後は、その記憶を封じるように生きますが、敗戦33年目にして著者の姉の三十三回忌にあたる1977年に、追憶の旅に出ます。この本は、その旅に関する手記を中心としたものとなっています。

著者も述べていますが、太平洋戦争とその敗戦について、何を感じ、どう受け止めているのかは、人によって関わり方が様々だった以上、それぞれに違うのは当然のことなのでしょう。しかし、私のような太平洋戦争から遠く離れた時代を生きる者にとっては、なかなか具体的に想像できず、単純で画一的な像を描いてしまいがちです。

この本からは、著者の簡単には割り切れない複雑な思いが伝わってきますが、特に強く表現されていたのは、祖国や家族を守りたいという気持ちで予科練に志願したにもかかわらず、その気持ちを汲まれることなく便利な「消耗要員」として人生と命を軽んじられたこと、さらに、敗戦となってみれば命がけで尽くした国が簡単に有り様を変えてしまったことへの、憤りとも、悔しさとも、悲しさとも、落胆ともつかない思いです。

意味のない厳しい体罰、農地を取り上げて建造されたにもかかわらず使われなかった飛行場、意に添わぬ者や身寄りのない者から選ばれる特攻隊員。国に殉じることとはかけ離れた、報われない不条理、そして、戦勝国に対してはともかくとして、多大な犠牲を払った国民に対して、責任を取ることがなかった国の態度、これらに対して著者が抱く空しさや怒りを感じます。

苦痛、そして死でさえも、意味あるものとして尊重されるのであれば、悔いのないものとして耐え得るのでしょう。しかし、予科練で著者が体感したのは、国民を消耗品として徹底的に軽んじる国の姿勢です。そこでは、「愛国心」は、国民の中に根付いた尊重すべき心ではなく、国民を都合よく操る手段と成り下がっていたのでしょう。

国の中枢にいる者ほどに、国を、そして、それと不可分の国民を愛さなければならないはずですが、実際には、自分の都合で、自分可愛さに、「愛国心」を利用して、国民に犠牲を強いたと思えてなりません。

これは、今では起こり得ない、遠い過去の話でしょうか。いえ、今でも起こり得る、いえ、実際に起きているのではないでしょうか。

とは言っても、戦争が起きるということではありません。

上記の構図について、「国」を「企業」に、「国の中枢にいる者」を「経営者」に、「国民」を「社員」に、「愛国心」を「愛社精神」あるいは「企業理念」に置き換えるとどうなるでしょう。今話題となっている「ブラック企業」そのものではないでしょうか。

グローバル化の競争で追い込まれた日本は、終戦間際と同じような空しい消耗戦を行っているようにも感じます。

なぜ、このようなことになってしまうのか。そこには、他人を思い通りにしたいという支配の欲求が、権力と結びついて暴走したことがあるように思えます。

支配の欲求は、誰の中にもあり、消すことはできないのでしょう。しかし、その危険性について、社会が認識を共有しておけば、その欲求の暴走を防げるかもしれません。

日本が太平洋戦争から学んでいないという指摘がしばしば見受けられます。歴史には常に功罪があり、罪だけを取り上げて徒に自虐的になることは適切でないでしょうが、功だけを取り上げて自己愛に耽ることも望ましいとは思えません。

功罪の全てを受け入れて、功を導く人間の美徳を大切にする一方、罪の背景にある普遍的な人間の業に向き合う必要があると思います。

そのようにして初めて明日へと進むことができるのではないでしょうか。その歩みもまた功だけでなく罪を伴うものであるにせよ、その前進には大きな価値があるはずです。


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4月27日(日)に、私の地元にある石神井公園とその周辺で「第27回照姫まつり」が開催されました。


室町時代に、現在の石神井公園付近に石神井城という城がありました。城主である豊島泰経(豊島勘解由左衛門尉)は、かの江戸城主である太田道灌と対立し、石神井城を攻め落とされます。その際に、泰経は、白馬に金の蔵を載せて現在の石神井公園の中にある三宝寺池に入水、次女の照姫も後を追ったというのが、この地方に伝わる照姫の悲劇の伝説であり、それを基にしたのが「照姫まつり」です。


この「照姫まつり」を、子供の頃は毎年観に行っていたのですが、中学生にもなると関心が薄れ、さらに就職後に東京を離れてからは、まず観に行くことはありませんでした。しかし、昨年12月に東京に戻ってから、地元への関心が湧き、今回、久しぶりに観に行ってきました。


いつのまにか、シンガーソングライターのAssy(アッシー)さんが歌う「千年の祈り」というイメージソングができていたのには驚きました。


また、「命の尊さと輝きをたたえ、生きることの素晴らしさを表現し、平和で笑顔に満ちた暮らしの実現」をコンセプトにしているようですが、全く知りませんでした。確かに、乱世の悲劇を基にしたイベントとすれば、そのようなコンセプトが打って付けなのでしょう。


ちなみに、史実としては、泰経は、石神井城を落とされた後、現在の北区にあった平塚城に逃れており、三宝寺池には入水していないようです。さらに、照姫という次女がいたことを示す記録もなく、あくまで伝説ということになります。


しかし、だから「照姫まつり」に価値はないなどとは思いません。地元に伝わる伝説を基に、命の尊さをテーマにしたお祭りを行うという取組は、平和で笑顔に満ちた暮らしを実現しようという未来への意志を込めたものとして、素晴らしいものだと思います。


照姫の伝説のような悲劇は、戦国の乱世では致し方のないことだったのでしょうが、その歴史を経た現在、人と人とが殺し合うことはあってはならないと、それが当たり前と考えられる世の中になりました。


ただし、今の世の中が「平和」といえるでしょうか。人が人を殺す事件も少なくはなく、そうでなくても、傷つけられ、苦しめられ、蔑まれ、軽んじられ、暗闇の中にいる人が、どれほど多いことでしょう。私もまだ若輩者ですが、生きれば生きるほど、弱さや醜さを、自分にも他人にも見てしまい、絶望することがあります。


人は弱いもの、過ちを犯し続けるもの。そうかもしれませんが、その一言で片づけるわけにはいきません。


醜悪な心が、愚かな過ちが絶えなかった一方で、清廉な心も、美しい行いも絶えませんでした。正も邪も歴史の一部です。現在の基準で歴史の邪を断罪することにあまり意味はなく、その歴史の上に立ち、歴史の全てをそれとして受け入れ、これからも永劫に続くであろう過ちに向き合っていくべきなのでしょう。


地域のお祭りから大きな話になってしまいましたが、小さな出来事の積み重ねが、人生を、ひいては歴史を創っていくように感じます。何よりも難しいことかもしれませんが、過ちも全てを受け入れる強さをもって、人間の持つ美しさを信じながら、小さな一歩を重ねていきたいと思うのです。


照姫まつり公式サイト

http://teruhime-matsuri.com/index.html

先般起きた、ベビーシッターに預けられていた2歳の男児が亡くなるという事件を巡っては、信頼できないベビーシッターに子供を預けたとして母親を非難する意見と、子育て中の母親の状況を理解せずに非難することは不当との反論等がマスメディアやインターネット等で見受けられました。


今回の事件に限らず、生じた事態について誰かを非難する意見と擁護する反論の応酬は、時折見受けられます。


確かに、社会的に不適当と思われる事態が発生した時に、それに関心を持つことは望ましいと思います。たとえ見知らぬ家庭の子供であっても、虐待が行われていたとしたら、それに関心を持ち、憤りを感じることは、同じ社会に生きる者として、然るべきことなのかもしれません。


しかし、同時に、自分が当事者ではないことも忘れてはいけないのではないでしょうか。


マスメディアという千里眼を持つことで、自分の身近で起きているとはいえない様々な事件を知ることができるようになりました。しかし、この千里眼は決して完全なものではありません。マスメディアを通じて得られる情報は、ごく限られたものというべきでしょう。


マスメディアを通じて知らされる多くの事件について、どんな場合であっても、当事者でない私達が完全に知ることなどできません。証拠を積み重ねて行われる裁判においてでさえ、真実が分からない場合があるのですから、極論を言えば天だけが知っているということになります。


もちろん当事者以外は口をつぐめと、社会的に無関心であれということではありませんが、当事者ではない自分を弁えていなければならないと思うのです。


今回のベビーシッターの事件でいえば、無関係な私達としては、母親の側でも注意しなければならない場合もあるという教訓を得たというならいいですが、本件の母親に具体的な落ち度があったかなど分かるはずもなく、そもそも断罪する権利などあるはずがありません。


そして、不完全な千里眼から得られた情報で誰かを断罪する言葉は、そもそも「軽く」感じます。それは、発した人の「心」とつながっていないからではないかと思うのです。


いかような言葉も発そうと思えば発することができますが、自分が本当に感じたことと切り離した言葉、自分の心と向き合わずに発した言葉は、誰にとってもですが、特に自分自身にとって、何の意味もないものではないでしょうか。


心から切り離された言葉は、根を失って上滑りし、泡のように膨らみながら暴走する、文字どおりの「心無い」言葉のように思えます。


心無い言葉が、自分の心と向き合わずに発する言葉だとしたら、心無い言葉を発すれば発するほど、自分を見失っていくことになるような気がします。


自分に限界があったとしても、その限界の中で、精一杯自分の心と向き合い、それを大事に生きればいい。当事者ではないということも限界の一つであるならば、その限界をいたずらに踏み越えようとせず、自分の心に根差した言動をすればいいのではないでしょうか。

「愛国心」は、昨今、論じられることが多いテーマですが、「愛国心」について語られる多くの場面を見ると、どうしても違和感を抱いてしまいます。


そこでは、誰かを攻撃したり、否定したり、蔑んだりする趣旨が多分に含まれた語られ方がされており、本来それは「愛」とは矛盾するもののように思えるからです。そこで吐き捨てられる悪口罵詈は、愛する気持ちの半面などとは到底思えません。


そもそも、「愛国心」を持つとはどういうことなのでしょうか。一時期、「愛国心」を涵養するよりも、国民が自然と愛するような国にしていくのが重要だという議論もなされました。確かに、その通りと思える面もありますが、何かが足りないような気がしていました。


それでは、「愛」の対象である「国」とは何でしょうか。


「国」の定義については、様々な観点から論じることが可能かと思います。司法・立法・行政といった統治機構の意味もありますが、「愛国心」を語る上では、むしろ「郷土」といったような意味となるでしょう。


自分が生まれ育った土地、それだけでなく、そこに生きる人もまた、「郷土」としての「国」そのものなのでしょう。だとすれば、「愛国心」は、そこに生きる人々を愛することに他なりません。国を愛する国民は国の一部であり、国民に愛される国は国民から成り立っている、言い換えれば、国民が国を愛することは、国が国民を愛することと同義なのかもしれません。


しかし、一般に「愛国心」の涵養などについて語られる場合、その「国」から「国民」が置いてきぼりにされている気がします。


教育において、国旗掲揚・国歌斉唱を行わない学校を「愛国心」の観点から批判することはあっても、国の宝である子供たちをいじめや体罰から守ることが「愛国心」の観点で語られることはあまりありません。


生活保護の不正受給者を「愛国心」の観点から批判することはあっても、国を支えている労働者をパワハラ被害や過労死から守ることが「愛国心」の観点で語られることはあまりありません。


天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以って人を愛するなり。

西郷隆盛の言葉ですが、ここで言われる「天」と「我」こそ、「国」と「国民」の望ましい在り方のように思えます。


貶め合い、軽んじ合い、不幸にし合い、自分が受け入れられていないと感じるような状況で、誰が心から愛する気持ちを持てるでしょうか。人が郷土を、国を愛するのは、そこで受け入れられていると感じるからではないのでしょうか。


誰かの、特に同じ国に生きる人間の不幸を望む先にあるものなど、「愛国心」であるはずがありません。国の一部、いえ、国そのものである国民として、国民の幸せを望むこと以外に、「愛国心」への第一歩はないように思うのです。