見えない地盤沈下:NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班・編『ワーキングプア-日本を蝕む病』 | “迷い”と“願い”の街角で

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確固たる理想や深い信念があるわけではない。ひとかけらの“願い”をかなえるために、今出来ることを探して。

働いても豊かになれず、生活保護水準以下で生活する人々が、現在の日本に少なからず存在すること、そして。そのような人々を指す“ワーキングプア”という言葉があることは、広く知られてきたところです。


この“ワーキングプア”の問題が広く知られるようになった契機の一つとしては、NHKでこの問題を取り上げた特集番組が放送されたことでしょう。その番組の取材に基づいて書かれたのが、このNHKスペシャル『ワーキングプア』取材班・編『ワーキングプア-日本を蝕む病』です。


本の中でも触れられていることですが、“ワーキングプア”の問題は、「見過ごされてきた問題」であり、「見えにくい問題」です。この本では、日本各地で、懸命に働いても豊かになれないという点では一致しているものの、様々な人生を歩み、各々の境遇に苦しむ人々が描かれ、その、「見えにくい問題」に光が当てられています。


“ワーキングプア”の問題は、「生活の糧の不足」というだけでなく、「働くことの意味」や「人間の尊厳」といったテーマにまで関わります。しかも、個人の刹那的な都合による問題ではなく、背後には、周囲の人々のほか、地域、社会、国のあり方と密接に関係した、人生の深さ、重さがあるように感じました。このため、「自己責任」の一言で切り捨てていい問題ではないとともに、セーフティーネットの一律拡充のみにより解決できる問題でもないというべきでしょう。さらに、この本で描かれた人々について、その“ワーキングプア”に陥った原因が、肉親の病気や死など、誰にでも起きうることであり、誰にとっても他人事ではありません。誰もが、この問題について、今後の“社会のあり方”、“人間のあり方”に関わる普遍的なものであり、かつ、身近にあるものとして捉える必要があるのでしょう。


この問題は、把握しにくい上、雇用、国際情勢や社会保障など様々な問題が絡み合い、かつ、普遍的な要素をもつ一方で、それぞれの人生に深く関わった極めて個別的な内容も持つため、解決するのは容易ではないでしょう。この本でも、早く手を打つことの重要性は指摘されているものの、当然かもしれませんが、特効薬の処方箋は示されていません。


しかし、「新宿の雑踏や六本木ヒルズをただ単に眺めているだけでは、都市をさまようホームレスの若者たちを見過ごしてしまう」という印象的な表現がありましたが、とりあえずは見過ごさない目を持つこと、「見えにくい問題」について顕在化させることは最初の大きな一歩ともいえます。


また、「おわりに」でNHK報道局社会部副部長の中嶋太一氏は、ディレクターの一人の「人にはどうしようもない運命、というものはあるのだと思います。でも、その人自身の運命を大きく変えるのは無理だったとしても、その運命を支えていける社会は、少しでも何かできるかもしれない。『あなたは必要な命だ』と言ってあげられるかもしれない」とのコメントに「解決の糸口が垣間見えたような気がした」としています。


国民一人一人が考え行動すべき問題であるのは確かですが、私個人としては、何をすべきなのか分かりません。この本から私が得たものが、単なる刹那的な同情だけなら、ただただ失礼というべきなのでしょう。ここまで書いてきておきながら、私自身に偉そうなことを言う資格は全く無いことを再認識せざるをえません。それでも、自分の無力さを謙虚に受け止め、この本で得たものを頭のほんの片隅に置いておくことにしましょう。そうすれば、いつの機会にか、「少しでも何かできる」ことに繋がるかもしれません。


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