●『欲望経済』にずっぽりと入りこんでしまい、結果として
日本人の大きな特徴と私が感じていた「やさしさ」を見失い
失ってしまった、失わせてしまった大きな原因は
「頭(かしこさ)」追求の社会風潮であり、
そしてそれは「人間の頭(かしこさ)」が創造した
IT(通信技術+コンピュータ)によるところが大きい、と書いて
まいりましたが、今一つ「それに輪をかけて急がせたもの」が
存在している、と私は感じています。
●それは新聞、テレビにインターネットを加えた「マスコミ」
であり、言ってみれば
「情報の伝達媒体」の問題と私は捉えております。
(報道姿勢の問題)
★言い切りがたで大変に申し訳ないのですが、
20世紀終わり近くから、報道、世の中に流れる情報は「だれか」
がとは特定できませんが「マスコミ」(世の中に流すニュース)と
一体になって日本人を人間を洗脳してしまう状況になってきて
いるのでは、あるいは、ないと信じたいのですが
「マスコミが社会を牛耳る」意図をもって報道情報(ニュース)を
選んでいるのでは・・・とさえ感じてしまう状況になっている、と
正直に感じてしまっています。
★でも・・・
こんな状態になったとしても『情報の受け手側』がきちんと情報
の取捨選択をし、自分で確認する動き(=自分のフィルターを通
してニュースを見る)ていれば、まだまだ大丈夫な状態と言える
のですが、残念なことにそうはなっておりません。
★有り溢れる情報を自分で自己責任で取捨選択
できる人間がだんだんに減ってきており、流れる
情報をうのみにしてしまう傾向がどんどん強くなってきて
いるように感じてなりません。
◆そこで、今回から多分4回位に分けてずっと私が感じていることを
『2011年、マスコミ報道から想うこと・感ずること
~何かおかしい、大丈夫か日本(人)~』
と題して書かせていただこうと思います。
●私たちの
「世の中の今、
世の中のこれから知る」と言う行為
のほとんどは報道から得られるもの、です。
●報道からしか知ることができない、のです。
★と、すれば「あたりまえ」に報道の大切なところは
「いい・悪い」のフィルターを報道機関に設けて報道
機関が選んでニュースを伝えるのだはなく、
「事実をありのままに伝え、
フィルター機能は情報の受け手側」におくべきである」、
と私は思うのです。
●3月11日に起きた東日本大震災についてもその状態を
私たちは報道で知り、報道で得たものを積み重ねて自分の
もの、としてきております。
(そうなんだ、信じこんできている)
●でも・・・その源の報道ニュースが伝え手側の何らかの
フィルターによって取捨選択され、
あるいは部分だけ誇大報道された、としたら・・・
世の中、すごく怖い状況になってしまうのでは、と感じます。
●3月11日以降の大震災とそれに端を発している原発問題。
●これらの報道にも正直に「?」マークを私はつけたい、と思い
続けております。
(一部は2011年4月29日の私のブログ記事
「震災報道に想うこと」にも書かせていただきました。
(興味ございましならお読みください)
★そして現実的に何かそんな「?」おかしな動きになっているぞ、
とさえ感じてしまっています。
●単純に・・・・報道から組み立てていくと・・
・ボランティアに行く人はいい人で
行かない人は自分勝手な人
・義援金をみんな出しましょう・・・
多くの寄付をした人が偉い人的な・・・
でも、いくら集まった、誰がいくら寄付したばかりで
それを誰に対してどう使ったの報道がない
・原発問題は東電の問題であり、政府は東電を助けていく
(悪いのは東電だけであり政府ではない・・・??的姿勢)
・節電は国民の「義務」となってしまっている。
大震災以外でも
・政局に関しても「手のひら返しの報道の繰り返し」
ほめたたえた自分の非を「ごめんなさい」の言葉で
認めることなく、一気に平気で逆評価
・大阪市長選挙に絡んでの橋下さん評価
・書きにくい、もしかしたら書いてはいけないのかも、ですが
小沢さんの問題も司法が判断する前にマスコミ報道が
先駆けて「小沢は悪い政治家なんだ」と世の中に伝え続けて
いく・・・・
そんな感じを受けてならないし、
実体的に小沢さん以外でも過去にも所謂、「〇〇潰し」の動き。
何らかの意図を感じざるを得ない。
(もし、もし、裁判で無罪になったとしたらマスコミは一人の政治
家の将来を消してしまった責任をきちんととる意志を持って
自己責任で報道しているののだろうか)
(たぶん、明かせないニュースソースに責任を全てかぶせて
自分に非は認めようとはしない、のでは)
・国際社会の中の日本(外交)に関しても
「悪い状況での『犯人探し』ばかりで
「明日への導きが全くない」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
●そんなところに2011年10月14日読売新聞朝刊一面に
「新聞報道は信頼できる80%」、
「必要とする情報や日常生活に役立つ情報を
提供している82%」
「東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐる
新聞報道評価73%」
等の『全国世論調査』結果が正に「報道」されていました。
★「?」と感じて「別ページに掲載されている<調査の詳報>」を見ると・・・
・調査日 12月1日・12月2日
・対象者 全国の有識者 3000人
・調査方法 個別訪問方式
・回答 1701人(3000人のうち1701人の回答)
★すごく単純な言い方をしてしまいますと
「わずか1701人のヒアリング」で「新聞報道は信頼できる」と
第一面で自ら報道しているのです。
★日本人は何人なのでしょうか。
新聞を読んでいる人達だけを取り出してもその母数はいったい
何人いるのでしょうか。
★それに対しての「1701人」の重みは?
◎わずかわずか『1701人』への
しかも『戸別訪問して聴く』方式での回答の
集計が「日本人全体」なのでしょうか。
◎私の考えすぎなのかも知れないのですが思い切って言い切ります。
●昨今のマスコミは
日本人一人ひとりに考えてもらい、
日本の明日を構築していこうとするような
事実報道ではなく何か、ある方向に持っていくために
ある部分だけにスポットを充てて
日本人の意識をある方向に持っていく動きになっているように
感じてならない
のです。
●怖いのですが、「世の中で繰り返されて流される情報を信じ
一体となって動く日本人の民族特性?」を使っているのかな、とも
感じてしまいます。
グレゴリー・クラーク氏による「日本人13の特徴」と言うものが
あります。
●日本人でない人から見た日本人、と言うことでひとつの客観的な
特徴分類なのではと感じて取り上げさせていただきましたが
ちょっと私にも「?」的なところもありますので
自分なりに「私の想う・感ずる日本人の特性?」を
「やさしく」まとめてみたのが下のシートになります。
●こんな日本人の特性に政府なのマスコミなのか・・解りませんが
結果として
「日本人を自分で考えさせない」「自分で決めさせないように」
仕向けているのでは、と感じており「怖い」し「マズイ」、
早くこんな状況から日本人全体が脱していかなければ、と思います。
●脱するためには・・・
次回以降にとさせていただきますが
上の「私の想う・感ずる日本人の特性?」の逆の
「あたりまえ」に一人ひとりが立ち還ること
だと強く感じています。
・自分の想いの源をきちんと形成する。(信念の形成)
・自分で考える、そして自分の信念で行動にする。
(✕他人の動きをみてついていく)
・自己責任。
次回②に続きます。









