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総務省の「内部文書」  盗聴か捏造と発言の高市氏はほぼ負けと思うが・・・。恐らく、電話会議では?

総務省の「内部文書」を立憲民主党の小西ひろゆき議員が総務省の職員から入手したようだ。

 

2023年3月3日の参院予算委員会で放送法の「政治的公平」に関する文書をめぐり、当時総務相だった高市早苗経済安全保障担当相が、この文書を「全くの捏造と考えている」と主張した。

 

放送法の解釈を変更させる圧力が安倍首相の側近たちで行われていたと考えられる文書ようだ。

 

放送法が規定する「政治的公平」の解釈変更を試み、恐らくその方向で今日至っているのだろう。しかし、自民党と政府の見解では解釈は変更されてないとの主張がされている。

 

 

 

配信:FLASH

 

「仮にこれが捏造の文書でなければ、大臣、そして議員を辞職するということでよろしいですね」

「けっこうですよ」

 このようなやり取りがあったのは、3月3日の参院予算委員会。「文書」とは立憲民主党の小西洋之参院議員が入手したという、総務省の「内部文書」のこと。

 第2次安倍政権時に総務大臣だった高市早苗経済安保担当大臣は、この文書を「まったくの捏造」と反論。「もし本物なら議員辞職するのか」と迫る小西議員に対し、高市大臣が受けて立ったのが、冒頭のやり取りだ。

 この文書はA4用紙78ページ。安倍政権が総務省に対して圧力をかけたという内容で、放送法の「政治的解釈」をめぐって『サンデーモーニング』(TBS系)などの番組名が出てくる。

 小西氏は、文書は総務省職員から託されたもので、「総務省の最高幹部に共有され、超一級の行政文書」だとしている。

 高市大臣は「日付は不明だし、安倍総理に放送法についてレクをしたこともない。もし文書に会話が残っているなら、私の電話に盗聴器がついているのか」として、内容を否定している。

 

 

「捏造文書」が一時トレンドワード 立民小西議員の内部文書指摘に高市大臣が参院予算委で反論

立憲民主党の小西洋之参院議員が2日に公表した放送法の「政治的公平」に関する文書をめぐり、3日の参院予算委員会で、当時総務相だった高市早苗経済安全保障担当相が、この文書を「全くの捏造(ねつぞう)と考えている」と主張したことを受け、「捏造文書」がインターネット上でトレンドワードとなった。

小西氏は、第2次安倍政権時の2014年から2015年にかけて、官邸と総務省の担当者が協議した内容とする内部文書など計78ページ分を、2日に記者会見して公表した。官邸が特定の情報番組の内容を問題視して、放送法が規定する「政治的公平」の解釈変更を試みていたことを示す内容としている。

文書に、自身の発言とされるものが記されている高市氏は、参院予算委で小西氏に見解を問われ「小西委員が入手された文書の信ぴょう性に大いに疑問を持っている」と反論。「放送法という1つの法律について官邸からレクを求められたら行くが、放送法について安倍総理にレクをしたことはない」「電話の内容が文書に残っているとしたら、盗聴器でもついているんでしょうか」などと、主張した。

立憲民主党の前身に当たる民主党では、かつて「偽メール」をもとに国会で質問をしたとして当時の所属議員が辞職に追い込まれたことがあり、ネット上では当時の経緯を回想するような指摘も多くみられた。

 

3月3日の参院予算委員会での小西議委員と高市大臣の質疑は下記のユーチューブのサイトで確認した。

 

 

この内部文書のうちには、当時の高市総務大臣と安倍総理との2015年3月9日の電話記録(平川参事官による)があり、安倍総理が「今までの放送法の解釈はおかしい」との発言をしたとされる記録まであることについて、電話相手の声が記録があることから、高市大臣は電話機に盗聴器が仕掛けられていないと説明できないと指摘、また、そのような会話を安倍総理としていないとしている。

 

この点、平川参事官の電話記録の通りに、実際、電話で会話があったのかどうかがこの問題の焦点となる。

 

この点で、高市大臣は大見えを切ったことになる。これは、安倍総理が森友学園の問題で行った発言「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめる」を思い出す。

 

 

もし、高市大臣の主張の通りなら小西議員や立憲民主党は、勇み足であり、自民党人脈による罠にはめられたことになる。そしてこれは、自民党が予定される統一地方選での勝利を確実にすることになるだろう。

 

しかし、盗聴器が仕掛けてなければ、安倍総理の発言まで記録できないのかは疑問である。

 

すなわち、高市大臣と安倍総理の会話を電話後に平川参事官がヒアリングし記録した可能性もあるからである。

 

なぜ、盗聴との言葉が使ったのだろうか?

 

あえて、「盗聴器仕掛けられた」とのあり得ないと思わせるキーワード出す時点で大見えを切って見せて信頼感を得ようとしているのではないか。

 

仮に誰にも話してもいないのに電話記録が実際にその通りであったなら、そのような発言になるのだろうが、さすがに、盗聴器を仕掛けてまで電話記録するとは考えにくい。

 

しかし、下記の文書記録が正しいなら、

 

高市大臣が「一度総理に直接話をしたい」→平川参事官に今井総理秘書官経由で総理とお話しできる時間を確保するようその場で指示。(3/6/金~3/8日の間)

 

やはり、高市大臣と安倍総理の電話記録(2015年3月9日の日付とずれも少ない)を平川参事官が行っていてもおかしくはない。すなわち、高市大臣と安倍総理の電話記録は電話会議のように複数人が会話の内容を確認できる状態で行われた可能性が高い。もしくは、平川参事官が安倍総理と電話会談を調整したのだからその内容の報告をヒアリングして共有していた可能性も否定できない。

なぜなら、それは、高市大臣と安倍総理の会話が行政の意思決定にかかわることだから、平川参事官も知る必要性があると考えられる。

 

そもそも、高市大臣が盗聴が仕掛けられたと言いたくなるほど事実に沿った「内部文書」だったと言えるのかもしれない。

 

上記文書記録の画像を添付する。

画像

 

当然、総務省の職員が小西議員に嘘の文書を渡して罠にはめたのでないのなら、「内部文書」は正しく、高市大臣は虚偽答弁をしていることになる。

 

添付「内部文書」の画像は、小西議員の下記ツイートから拝借している。

 

 

 

 

また、このような総務省に圧力をかけた人物として礒崎陽輔総理補佐官の名前が上がっているが、彼は下記のようにツイートしている。

 

 

#放送法 文書の真偽は別にして、それによると、官邸総理執務室での総理の片言隻語が当時の総理秘書官によって親許の総務省に詳細に報告されていたことになります。あり得ない話です。国家の安全保障上も重大な事態と言わざるを得ません。岸田内閣もすぐに点検すべきです。

 

#放送法小西議員の所には御本人の言では総務省の内部文書が渡っていますが、秘密ではないため刑罰には当たらないものの、公務員の懲罰の対象となる可能性がある行為です。行政の意思決定過程を研究することは意義のあることですが、余り政治的に用いるべきことではありません。以上

 

 

つまり、小西議員にわたった「内部文書」の否定はしていないことになる。

 

 

この「内部文書」問題がどのような決着するのかで今後の日本の正常性が試されることになる。

 

つまり、多くの日本のマスメディアがこれを追求するのかどうかで、自公中心の人脈による人治主義が日本で終わるか試されている。

 

放送法の政治的公平性、それを根拠に放送局に圧力をかけていたのは安倍政権下の高市総務大臣であることはその当時のニュースでの発言からうかがえるし、自民党に批判的な発言をしたキャスターやアナウンサー等がテレビから消えたことも記憶している。

 

ここで、立ち止まり正常な民主主義に戻る方向になってほしい。

 

 

ちなみに、ヤフーニュースのコメント欄は高市大臣が否定したのだから小西議員が証明すべきであるとのことであるが、

 

高市大臣は日付は不明だし、安倍総理に放送法についてレクをしたこともない。もし文書に会話が残っているなら、私の電話に盗聴器がついているのか」として、内容を否定している。

 

日付は不明だし、と明らかな間違い、小西議員は3月9日と話していたことからも虚偽の可能性が高い。また、誰も電話会議である可能性を指摘していない。

 

そのようなことも気づかない程度の人物が多い。

 

 

 

 

貧すれば鈍する

現在の日本がすべきことの優先順位が国防・軍拡ではないと思う 

 

それに反論する者の多くが、中国、北朝鮮、ロシアによる攻撃や侵略を想定して、ケンカで殴られないように強くなると同じように、軍備を増強すべきだと考える人の多さに、掲題の意味をかみしめる。

 

「貧すれば鈍する」

 

かつて経済大国第2位であった時と違い、今後も、中国との経済力の差が広がっていくことが想像できる。

 

ロシアがそうであったように、過度に民族的な・国家的な自尊心が高い国民が牛耳る国家では、他国や他民族を従属的に扱っていた時代が自分たち国家の本当の姿だと妄想してしまう。

 

今ここで立ち上がらなくては、中国に負ける可能性が高まると思っているあなたは、その心理の延長線に先に奇襲による先制攻撃したアメリカとの開戦真珠湾攻撃に喝さいした大日本帝国民が沢山いたことや、それ以前にも柳条湖事件のように中国軍による犯行として戦争になだれ込む心理状態に国民が追い詰められることすら想像できなくなっていることだろう。

 

すなわち、貧しくなるばかりの日本がなぜか軍拡を進めるのかという矛盾を考えず、この先に戦争の端緒となる事変が来ることさえ求めるようになり、戦争で現状の中国との関係を反転したいと思うようになる。

 

そのように望む日本国民が増えることを望んでいるのは、アメリカの軍需産業であり、もしくは、アメリカ政府自体かもしれない。

 

生活の貧しさが想像力を奪い単純に国家と自分自身の一体感の高揚感に包まれることを望むようになることを目撃することになるのだろう。

 

これは、予言ではない。集団心理的な帰結としてそのようになるとの推論である。

 

今、立ち止まり、過去の苦い歴史を振り返り、この流れを押し戻すのは、至難の業である。

 

だから、あきらめるのか?それで、将来多くの犠牲があってもよいのか?想像できる者は声を上げなくてはならない。

 

今の日本の課題は少子高齢化である。これは十年以上前からわかっていたのに、自民党・公明党は何もしてこなかった。

 

少子化する国を見て、自民党の支持組織である神社系組織があるのに神社の御利益がないことは明々白々である。安産も子宝も一部の人しかかなわなかった。

 

あなたが想像することができるなら未来の日本の危機は日本人の心理が戦前・戦中に戻ることである。天皇を中心とする国家神道が国民の想像力や心理をコントロールしてきたことを、これはナチス党によるドイツが心理的に支配されていたのと相似的である。

 

現在のドイツはナチスの絶対的な否定で西欧の信頼される国家の一つになった。一方、日本はいまだに嫌韓・嫌中なるものを掲げる人がいるがそのような人々の多くが天皇や神社を心の依り代にしていることをネット空間での発言で目にするだろう。この点で、日本が警戒され危険な国であると思う周辺諸国の国民がいたとしておかしくないだろう。

 

ドイツにない平和憲法を日本は持っている分だけ戦争から一番遠い国であることを示し、戦争を放棄した国として、心を入れ替えた国として極東の信頼される国を目指すべきである。

 

過去に周辺諸国を侵略してきた国が、侵略されることを怯えるなんて、散々殺人してきた人が私刑による復讐を恐れるようなもので、愚かしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

混迷する日本の未来 火事場泥棒のような閣議決定

2022年12月20日のニュースである。

 

長期金利の上限0.5%に、黒田総裁「利上げではない」
金融政策
2022年12月20日 14:30 (2022年12月20日 16:52更新)

 

日銀は19~20日に開いた金融政策決定会合で、大規模緩和を修正する方針を決めた。従来0.25%程度としてきた長期金利の変動許容幅を0.5%に拡大する。20日から適用する。黒田東彦総裁は記者会見で「市場機能の改善をはかる」と修正理由を説明した。

事実上の利上げとなる決定で、市場では長期金利が急上昇した。外国為替市場では円高が進んだ。

歴史的なインフレで海外の中央銀行が利上げに動くなか、日本の国債金利にも上昇圧力が強まっていた。日銀は金融政策で長期金利を人為的に押さえつけていたが「市場機能が大きく損なわれる状況が出てきた」(黒田総裁)と説明した。
(略)
大規模緩和の点検や検証する考えがあるかを問われ「出口戦略の一歩ということではない。具体的に論じるのは時期尚早だ」とも述べた。約10年にわたる大規模緩和は「効果が副作用を上回っている」との分析を示し「量的・質的緩和を見直すことは当面考えられない」と重ねて説明した。

今回見直した長期金利の変動許容幅について「さらなる変動幅の拡大は必要ないし、今のところ考えていない」と話した。ウクライナ情勢や欧米の金利引き上げによる経済や金融資本市場への影響が不確実なことを理由として挙げた。

日銀は同日、長期国債の購入額を従来の月7.3兆円から月9兆円程度に増額すると発表した。購入予定の金額についてもレンジで示す形式に変更し、より弾力的に購入額を決められるようにする。10年物国債を0.25%の利回りで無制限に毎営業日購入する「連続指し値オペ」の利回りも0.5%に引き上げる。
(略)

 

端的に言って、この事実は黒田総裁の政策の失敗(量的金融緩和の行き詰まり)を意味する。

 

アベノミクスの負の遺産の結果である。

 

実際、日経平均株価も12月20日から23日で、約1000円値下がりした。

 

先行きの不透明感は明らかに増してしまった。

 

為替も20日に137円/ドル台であったのが18時頃に132円/ドル台まで下げている。

 

このまま金利が上昇する可能性もあり、今回のサプライズが日銀出口戦略スタートの可能性もあるので、為替が急激に円高に振れたのだろう。

 

「市場機能の改善をはかる」とのことだが、これまで市場の意思を無視して管理的な手法を続けてきたのに、市場機能の正常性がこの程度で変わると思われない。

 

むしろ、なぜ、このようなサプライズをしたのか十分な説明ができておらず、市場との対話を重視する、欧米の中央銀行と異なる

 

「さらなる変動幅の拡大は必要ないし、今のところ考えていない」、長期国債の購入額を従来の月7.3兆円から月9兆円程度に増額とすることからも、共産主義的な管理的な金融政策の継続を意思表示している状況である。このサプライズは単に批判をかわす場当たり的な政策であって、このような意思決定手法の不透明さが市場の一時的な不安定さを増大させている。

 

しかし、金融緩和政策が継続されることに変わらないと判断されるとまた円安に戻るだろう。

 

ただし、黒田日銀総裁後を見越すならば、日銀総裁の交代で金融政策の変更するチャンスであるからそれを確認したいとの市場の思惑が生じるので、日銀総裁交代後の金融政策変更があるか確認できるまで方向感が出ないのかもしれない。

 

このように、アベノミクスの後遺症、コロナや物価高、ローンの金利上昇不安等、日本国民(特に中流以下の国民)が追い詰められている状況で、下記のニュースである。

 

 

政府、歳出総額114兆円の予算を閣議決定 防衛費の増額で過去最大
岸田政権
西尾邦明2022年12月23日 17時29分

 

 政府は23日、一般会計の歳出総額が114兆3812億円となる2023年度当初予算案を閣議決定した。防衛費の歴史的増額により、11年連続で過去最大となった。税収は過去最高を見込むが、建設国債を艦船建造など防衛費に戦後初めて使うなど、借金体質から抜け出せていない

 歳出面では前年度当初予算より6兆7848億円増と大幅に伸びた。当初予算の歳出が100兆円を超すのは5年連続。8月末の各省庁の概算要求の総額は110兆円だったが、金額を示さない事項要求が多く、それを上回る異例の額となった。

 主な要因は、岸田政権が進める防衛力の抜本強化の関連経費だ。防衛費(米軍再編経費など含む)は6兆8219億円で、前年から1兆4214億円増えた。加えて、政府は複数年度にまたがって使える「防衛力強化資金」を新設する。特別会計の剰余金などから23年度の防衛費分を除く3兆3806億円を一般会計の防衛資金に繰り入れる。

 歳出の3分の1を占める社会保障費は1・7%増の36兆8889億円で過去最高となった。コロナや物価高、ウクライナ情勢の対策で使える予備費は、前年度と同程度の計5兆円を計上した。借金の元利払いにあてる国債費は残高の増加に伴い、3・7%増の25兆2503億円で3年連続で過去最大となった。

 一方の歳入では、堅調な企業業績や物価高を受け、税収が69兆4400億円と過去最高を見込む。ただ、借金なしでは歳出をまかなえず、新たに国債35兆6230億円を発行する。このうち、隊舎など自衛隊施設や艦船など一部防衛装備品の関連経費に、建設国債4343億円をあてる。政府はこれまで、戦前に戦時国債で軍事費を拡大した教訓から防衛費には建設国債を認めてこなかったが、歴史的転換となる。(西尾邦明)

 

政府、歳出総額114兆円の予算を閣議決定建設国債を艦船建造など防衛費に戦後初めて使う金額を示さない事項要求が多く、一般会計の歳出総額が114兆3812億円、国債費は残高の増加に伴い、3・7%増の25兆2503億円で3年連続で過去最大、新たに国債35兆6230億円を発行など、困窮している国民の不安を、北朝鮮のミサイルや中国からの攻撃されるかもしれないという不安感に転換させるというナショナリズム的な発想で国家の防衛力増強に利用するのは、まさに「火事場泥棒のような閣議決定」であろう。

 

一方、なぜか、少子化対策は予算上も後回しである。どんなに軍備を最新鋭の兵器をそろえても人口減少で国債の返済ができなくなったりすれば、他国の資源や領土を奪いたいという、現在のロシアのウクライナ侵略ようなことを提案する浅はかな意見も出るだろう。

 

でも、あなたは、自民党に投票する、もしくは、選挙棄権し、現状を変えようとしないのだろうか。

 

さて、岸田政権でいいのでしょうか?

 

国民の豊かさを後回しにして、人口減少するのが分かっていながら国防ばかりを掲げるのは、アメリカの意向に従っている(利用されている)ように見える。

 

資源がほとんどない衰退する日本を侵略する中国なんて想像できないのだが・・・。

 

コメントご自由に

 

 

敵に塩を送るような、野田元首相による安倍元首相の追悼演説を読んで 

実際、安倍氏の死は、本当に残念である、なぜなら、彼に統一教会の関係について説明させることができないからである。

 

生きていればもっと安倍政治と統一教会の親和性が明らかになる一方で、安倍氏の神話性が崩れただろうに。

 

 

10月25日野田佳彦元首相によるの衆院本会議での安倍晋三元首相の追悼演説が行われ、多くの識者、立場が異なるリベラルと目される人々からも称賛の声が聞こえてきた。

 

私は、ニュースでの映像を見たのと、日経新聞の下記の報道をで全文を読んだ。

 

 

敵に塩を送るような演説であると感じた。

 

改めて、この人物(野田氏)が第2次安倍政権を導くことになった国会での安倍氏と論戦とそこでの衆議院解散が決まったのを思い出して、あの時も自民党に塩を送っていたのだったよなぁとデジャヴ(既視感)を感じずにいられなかった。

 

あー、これでは、安倍政権の負の遺産の原因について追及できなくなってしまう。

 

そのような状況は、統一教会と自民党の関係のコアな人物は安倍晋三氏であっただろうことも封印されてしまうだろう。

 

なぜなら、あなたの命を理不尽に奪った暴力の狂気に打ち勝つ力は、言葉にのみ宿るからです。

暴力やテロに、民主主義が屈することは、絶対にあってはなりません。

 

との記載は安倍氏がテロで殺されたとの認識を国会が示したこと同じである。

 

山上容疑者が民主主義の敵であるような表現に私は強く反論しかつ強烈に批判する。

 

山上容疑者が狂気に至ることになったのは、彼自身の落ち度ではなく、反社会的な統一教会という狂気の新興宗教団体とのかかわりによるのではないのか。

 

安倍氏が山上容疑者の凶弾に倒れた理由は、私は断じて日本の民主主義に対するテロだと思わないし、安倍氏は山上被告の恨みの矛先にいたのであり、安倍氏は統一教会の韓鶴子の身代わりでしかない。

 

実際、安倍氏の軽率な統一教会へのメッセージビデオを送ったこと、それを見た山上容疑者の標的となっただけである。

 

日本の民主主義の一員であるはずの山上容疑者の家族の悲惨な体験を救うべき政治家たる安倍晋三元首相がこのようなビデオメッセージを送る時点で、私は、山上の容疑者の恨みの矛先が安倍氏に向かうのは物事の道理であるとさえ感じる。つまり、因縁というものである。

 

安倍氏は北朝鮮よる拉致者の帰国と救済を呼び掛けていたが、統一教会と北朝鮮は人的関係においても経済的にも密接な関係があるのであり、そのコネを使って北朝鮮とのパイプを持っていた可能性がある。

 

テレビにおいて明らかにされた統一教会の反社会的かつ反日的な思想、高額な献金要求や霊感商法、そして、自民党と統一教会癒着、これらの問題を差し置いて、山上容疑者が行ったことがテロという行為であるなら、日本における民主主義とはなんであるのか改めて突きつけるような山上容疑者に凶行の因縁・原因を無視し、山上容疑者がそれしか選択肢がないと思わせてしまった現在の日本は、正常な民主主義政治が行えていないことを意味する。

 

にもかかわらず、安倍元首相の礼賛のごとし追悼文に多くの国民が共感するなら、山上容疑者による日本の民主主義に突きつけた凶行を単なるテロと認識し、この事件の背後にある闇を封印しかねない。

 

また、下記の部分も同意しかねる。

 

私が目の前で対峙した安倍晋三という政治家は、確固たる主義主張を持ちながらも、合意して前に進めていくためであれば、大きな構えで物事を捉え、のみ込むべきことはのみ込む。冷静沈着なリアリストとして、柔軟な一面を併せ持っておられました

 

このような認識なるのはアベノミクスでのデータの改ざん、森友学園・加計学園・桜を見る会の問題で、国会での嘘100回以上も付くことで、国会の審議を妨害し、公務員の自殺まで追い込むような隠ぺい体質の政治を許すことであり、日本の民主主義の後退を直視できないでいるのはどうかと思う。

 

確固たる主義主張を持ちではなく、偏狭な家父長的世界観であり、民主主義と対峙するような思想・主義・主張の持主であった。

 

安倍氏は冷静沈着なリアリストというより単なる嘘つきでしかないだろう。

 

柔軟な一面を併せ持っておられましたのではなく、柔軟にウソつきまくっていただけでしかない。

 

立憲民主党が、安倍氏の悪政を事実を闇に葬るようなことに加担するなら、自分たちの立ち位置がどこに置くべきかさえわからくなってしまったなら、日本は翼賛的と思える方向に行くのだろう。

 

救うべき弱者が少なく、支持率として無視できると考えるなら格差の拡大と貧困化は確実に進むだろう。

 

野田氏はいつも日本をダメのほうへ導いてくれる。

 

あたかも安倍氏と対立しているようで、実際は、野田氏は安倍友であり、敵ではないのかもしれない…。

 

下記に、日経新聞の記載した野田氏の追悼演説を張り付ける。

 

 

本院議員、安倍晋三元首相は、去る7月8日、参院選候補者の応援に訪れた奈良県内で、演説中に背後から銃撃されました。搬送先の病院で全力の救命措置が施され、日本中の回復を願う痛切な祈りもむなしく、あなたは不帰の客となられました。

享年67歳。あまりにも突然の悲劇でした。

政治家としてやり残した仕事。次の世代へと伝えたかったおもい。そして、いつか引退後に昭恵夫人と共に過ごすはずだった穏やかな日々。

すべては一瞬にして奪われました。

政治家の握るマイクは、単なる言葉を通す道具ではありません。人々の暮らしや命がかかっています。マイクを握り日本の未来について前を向いて訴えている時に、後ろから襲われた無念さはいかばかりであったか。改めて、この暴挙に対して激しい憤りを禁じ得ません。

私は、生前のあなたと、政治的な立場を同じくするものではありませんでした。しかしながら、私は、前任者として、あなたに首相のバトンを渡した当人であります。

我が国の憲政史には101代64名の首相が名を連ねます。先人たちが味わってきた「重圧」と「孤独」を我が身に体したことのある一人として、あなたの非業の死を悼み、哀悼の誠をささげたい。

そうした一念のもとに、ここに、皆様のご賛同を得て、議員一同を代表し、謹んで追悼の言葉を申し述べます。

安倍晋三さん。あなたは、昭和29年(1954年)9月、後に外相などを歴任された安倍晋太郎氏、洋子様ご夫妻の次男として、東京都に生まれました。

父方の祖父は衆院議員、母方の祖父と大叔父は後の首相という政治家一族です。「幼い頃から身近に政治がある」という環境の下、公のために身を尽くす覚悟と気概を学んでこられたに違いありません。

成蹊大学法学部政治学科を卒業され、いったんは神戸製鋼所に勤務したあと、外相に就任していた父君の秘書官を務めながら、政治への志を確かなものとされていきました。そして、父晋太郎氏の急逝後、平成5年(1993年)、当時の山口1区から衆院選に出馬し、見事に初陣を飾られました。38歳の青年政治家の誕生であります。

私も、同期当選です。初登院の日、国会議事堂の正面玄関には、あなたの周りを取り囲む、ひときわ大きな人垣ができていたのを鮮明に覚えています。そこには、フラッシュの閃光(せんこう)を浴びながら、インタビューに答えるあなたの姿がありました。私には、その輝きがただ、まぶしく見えるばかりでした。

その後のあなたが政治家としての階段をまたたく間に駆け上がっていったのは、周知のごとくであります。

官房副長官として北朝鮮による拉致問題の解決に向けて力を尽くされ、自民党幹事長、官房長官といった要職を若くして歴任したのち、あなたは、平成18年(2006年)9月、第90代の首相に就任されました。戦後生まれで初。齢52、最年少でした。

大きな期待を受けて船出した第1次安倍政権でしたが、翌年9月、あなたは、激務が続く中で持病を悪化させ、1年あまりで退陣を余儀なくされました。順風満帆の政治家人生を歩んでいたあなたにとっては、初めての大きな挫折でした。「もう二度と政治的に立ち上がれないのではないか」と思い詰めた日々が続いたことでしょう。

しかし、あなたは、そこで心折れ、諦めてしまうことはありませんでした。最愛の昭恵夫人に支えられて体調の回復に努め、思いを寄せる雨天の友たちや地元の皆様の温かいご支援にも助けられながら、反省点を日々ノートに書きとめ、捲土(けんど)重来を期します。挫折から学ぶ力とどん底からはい上がっていく執念で、あなたは、人間として、政治家として、より大きく成長を遂げていくのであります。

かつて「再チャレンジ」という言葉で、たとえ失敗しても何度でもやり直せる社会を提唱したあなたは、その言葉を自ら実践してみせました。ここに、あなたの政治家としての真骨頂があったのではないでしょうか。あなたは「諦めない」「失敗を恐れない」ということを説得力もって語れる政治家でした。若い人たちに伝えたいことがいっぱいあったはずです。その機会が奪われたことは誠に残念でなりません。


党首討論する野田首相㊨と自民党の安倍総裁(12年11月、国会内)
5年の雌伏を経て平成24年(2012年)、再び自民党総裁に選ばれたあなたは、当時首相の職にあった私と、以降、国会で対峙することとなります。最も鮮烈な印象を残すのは、平成24年(2012年)11月14日の党首討論でした。

私は、議員定数と議員歳費の削減を条件に、衆院の解散期日を明言しました。あなたの少し驚いたような表情。その後の丁々発止。それら一瞬一瞬を決して忘れることができません。それは、与党と野党第1党の党首同士が、互いの持てるすべてをかけた、火花散らす真剣勝負であったからです。

安倍さん。あなたは、いつの時も、手ごわい論敵でした。いや、私にとっては、かたきのような政敵でした。

攻守を代えて、第96代首相に返り咲いたあなたとの主戦場は、本会議場や予算委員会の第一委員室でした。

少しでも隙を見せれば、容赦なく切りつけられる。張り詰めた緊張感。激しくぶつかり合う言葉と言葉。それは一対一の「果たし合い」の場でした。激論を交わした場面の数々が、ただ懐かしく思い起こされます。

残念ながら、再戦を挑むべき相手は、もうこの議場には現れません。

安倍さん。あなたは議場では「闘う政治家」でしたが、国会を離れ、ひとたびかぶとを脱ぐと、心優しい気遣いの人でもありました。

それは、忘れもしない、平成24年(2012年)12月26日のことです。解散総選挙に敗れ敗軍の将となった私は、皇居で、あなたの親任式に、前首相として立ち会いました。

同じ党内での引き継ぎであれば談笑が絶えないであろう控室は、勝者と敗者の2人だけが同室となれば、シーンと静まりかえって、気まずい沈黙だけが支配します。その重苦しい雰囲気を最初に変えようとしたのは、安倍さんの方でした。あなたは私のすぐ隣に歩み寄り、「お疲れさまでした」と明るい声で話しかけてこられたのです。

「野田さんは安定感がありましたよ」

「あの『ねじれ国会』でよく頑張り抜きましたね」

「自分は5年で返り咲きました。あなたにも、いずれそういう日がやって来ますよ」

温かい言葉を次々と口にしながら、総選挙の敗北に打ちのめされたままの私をひたすらに慰め、励まそうとしてくれるのです。

その場は、あたかも、傷ついた人を癒やすカウンセリングルームのようでした。

残念ながら、その時の私にはあなたの優しさを素直に受け止める心の余裕はありませんでした。でも、今なら分かる気がします。安倍さんのあの時の優しさが、どこから注ぎ込まれてきたのかを。

第1次政権の終わりに、失意の中であなたは入院先の慶応病院から、傷ついた心と体にまさにむち打って、福田康夫新首相の親任式に駆けつけました。わずか1年で辞任を余儀なくされたことは、誇り高い政治家にとって耐え難い屈辱であったはずです。あなたもまた、絶望に沈む心で、控室での苦しい待ち時間を過ごした経験があったのですね。

あなたの再チャレンジの力強さとそれを包む優しさは、思うに任せぬ人生の悲哀を味わい、どん底の惨めさを知り尽くせばこそであったのだと思うのです。

安倍さん。あなたには、謝らなければならないことがあります。

それは、平成24年(2012年)暮れの選挙戦、私が大阪の寝屋川で遊説をしていた際の出来事です。

「総理大臣たるには胆力が必要だ。途中でおなかが痛くなってはダメだ」

私は、あろうことか、高揚した気持ちの勢いに任せるがまま、聴衆の前で、そんな言葉を口走ってしまいました。他人の身体的な特徴や病を抱えている苦しさをやゆすることは許されません。語るも恥ずかしい、大失言です。

謝罪の機会を持てぬまま、時が過ぎていったのは、永遠の後悔です。いま改めて、天上のあなたに、深く、深くおわびを申し上げます。

私からバトンを引き継いだあなたは、7年8カ月あまり、首相の職責を果たし続けました。

あなたの仕事がどれだけの激務であったか。私には、よく分かります。分刻みのスケジュール。海外出張の高速移動と時差で疲労は蓄積。その毎日は、政治責任を伴う果てなき決断の連続です。容赦ない批判の言葉の刃も投げつけられます。在任中、真の意味で心休まる時などなかったはずです。

第1次政権から数え、通算在職日数3188日。延べ196の国や地域を訪れ、こなした首脳会談は1187回。最高責任者としての重圧と孤独に耐えながら、日本一のハードワークを誰よりも長く続けたあなたに、ただただ心からの敬意を表します。


所感を述べるオバマ氏(中央)と安倍氏(2016年5月、広島市中区の平和記念公園)
首脳外交の主役として特筆すべきは、あなたが全くタイプの異なる2人の米国大統領と親密な関係を取り結んだことです。理知的なバラク・オバマ大統領を巧みに説得して広島にいざない、被爆者との対話を実現に導く。かたや、強烈な個性を放つドナルド・トランプ大統領の懐に飛び込んで、ファーストネームで呼び合う関係を築いてしまう。

あなたに日米同盟こそ日本外交の基軸であるという確信がなければ、こうした信頼関係は生まれなかったでしょう。ただ、それだけではなかった。あなたには、人と人との距離感を縮める天性の才があったことは間違いありません。

安倍さん。あなたが後任の首相となってから、一度だけ首相公邸の一室で、ひそかにお会いしたことがありましたね。平成29年(2017年)1月20日、通常国会が召集され政府4演説が行われた夜でした。

前年に、天皇陛下の象徴としてのお務めについて「おことば」が発せられ、あなたは野党との距離感を推し量ろうとされていたのでしょう。

2人きりで、陛下の生前退位に向けた環境整備について、1時間あまり、語らいました。お互いの立場は大きく異なりましたが、腹を割ったざっくばらんな議論は次第に真剣な熱を帯びました。

そして「政争の具にしてはならない。国論を二分することのないよう、立法府の総意をつくるべきだ」という点で意見が一致したのです。国論が大きく分かれる重要課題は、政府だけで決めきるのではなく、国会で各党が関与した形で協議を進める。それは、皇室典範特例法へと大きく流れが変わる潮目でした。

私が目の前で対峙した安倍晋三という政治家は、確固たる主義主張を持ちながらも、合意して前に進めていくためであれば、大きな構えで物事を捉え、のみ込むべきことはのみ込む。冷静沈着なリアリストとして、柔軟な一面を併せ持っておられました。

あなたとなら、国を背負った経験を持つ者同士、天下国家のありようを腹蔵なく論じあっていけるのではないか。立場の違いを乗り越え、どこかに一致点を見いだせるのではないか。

以来、私は、そうした期待をずっと胸に秘めてきました。

憲政の神様、尾崎咢堂は、当選同期で長年の盟友であった犬養木堂を五・一五事件の凶弾でうしないました。失意の中で、自らを鼓舞するかのような天啓を受け、かの名言を残しました。

「人生の本舞台は常に将来に向けて在り」

安倍さん。

あなたの政治人生の本舞台は、まだまだ、これから先の将来に在ったはずではなかったのですか。

再びこの議場で、あなたと、言葉と言葉、魂と魂をぶつけ合い、火花散るような真剣勝負を戦いたかった。

勝ちっ放しはないでしょう、安倍さん。

耐え難き寂寞(せきばく)の念だけが胸を締め付けます。

この寂しさは、決して私だけのものではないはずです。どんなに政治的な立場や考えが違っていても、この時代を生きた日本人の心の中に、あなたの在りし日の存在感は、いま大きな空隙となって、とどまり続けています。


衆院大阪12区補欠選挙の応援で街頭演説する安倍首相(19年4月、大阪府四條畷市)
その上で、申し上げたい。

長く国家のかじ取りに力を尽くしたあなたは、歴史の法廷に、永遠に立ち続けなければならない運命(さだめ)です。

安倍晋三とはいったい、何者であったのか。あなたがこの国にのこしたものは何だったのか。そうした「問い」だけが、いまだ中ぶらりんの状態のまま、日本中をこだましています。

その「答え」は、長い時間をかけて、遠い未来の歴史の審判に委ねるしかないのかもしれません。

そうであったとしても、私はあなたのことを問い続けたい。

国の宰相としてあなたがのこした事績をたどり、あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も、この議場に集う同僚議員たちとともに、言葉の限りを尽くして、問い続けたい。

問い続けなければならないのです。

なぜなら、あなたの命を理不尽に奪った暴力の狂気に打ち勝つ力は、言葉にのみ宿るからです。

暴力やテロに、民主主義が屈することは、絶対にあってはなりません。


あなたの無念に思いを致せばこそ、私たちは、言論の力を頼りに、不完全かもしれない民主主義を、少しでも、よりよきものへと鍛え続けていくしかないのです。

最後に、議員各位に訴えます。

政治家の握るマイクには、人々の暮らしや命がかかっています。

暴力にひるまず、臆さず、街頭に立つ勇気を持ち続けようではありませんか。

民主主義の基である、自由な言論を守り抜いていこうではありませんか。

真摯な言葉で、建設的な議論を尽くし、民主主義をより健全で強靱(きょうじん)なものへと育てあげていこうではありませんか。

こうした誓いこそが、マイクを握りながら、不意の凶弾にたおれた故人へ、私たち国会議員が捧げられる、何よりの追悼の誠である。

私はそう信じます。

この国のために、「重圧」と「孤独」を長く背負い、人生の本舞台へ続く道の途上で天に召された、安倍晋三元首相。

闘い続けた心優しき一人の政治家の御霊に、この決意を届け、私の追悼の言葉に代えさせていただきます。

安倍さん、どうか安らかにお眠りください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アベノコクソウにて思う事

今日、安倍元首相の国葬が日本武道館で行われた。

 

現在の日本がどんな状態であるかをよく示している。

 

国民の6割以上の人が反対とされる世論調査もある中での強行である。

 

事実、大規模な国葬反対デモが行われるていることからも国民の思いに耳を傾けることのできない政治が現在も行われ続けている。

 

7月8日の安倍元首相の死から一週間たたないうちに、「聞く力」をアピールポイントとしていた岸田文雄首相が7月14日の会見で、安倍元首相の葬儀について「この秋に国葬という形式で行うこととする」と発表し、7月22日に閣議で安倍元首相の国葬を決定してしまう。

 

その後、国費で行うのに国の最高機関である国会を差し置いて国葬を決定してしまう事に多くの人がそのおかしさを指摘していた。

 

安倍首相による政治も世論を無視し、国民が森友学園や加計学園、そして、桜を見る会の疑惑を忘れることを待つような対応しかしなかったが、今の岸田政権でも同じ対応である。

 

公正公明であるべき政治的な判断に基づく行為が特定の人脈につながるという疑惑が政治不信の原因であり、今の自民党政治の本質であるのだろう。

 

安倍氏は自民党人脈に関わる人の利益・不利益を考慮して政治を仕切っていたのだろう。その人脈の一つにカルト・統一教会が含まれることは今や疑いの余地がない。

 

が、山上容疑者はこのような政治の仕方に腹立ていたわけではない。

 

安倍元首相は統一教会との関係性から山上容疑者の統一教会への私怨の延長線上に狙撃の対象となり倒れることになる。

 

この事件によって山上容疑者は政治がどのようになるか考える余裕はなかったというようなことを事件後報じられていた。

 

山上容疑者は安倍元首相の狙撃死という結果によって政治が現在のような混とんとなることが予想できたが、それよりも、私怨を具現化させることで頭がいっぱいであったのだろう。

 

その一方、多くの国民が、1992(平成4)年8月25日に行われた統一教会合同結婚式で有名人が結婚することなどでワイドショーで連日話題となり、統一教会はカルトであり危険だという認識が当たり前であった30年前のことを忘れていた。


 

それを、山上容疑者の安倍元首相の狙撃事件がきっかけとして、寝た子を起こすように多くのメディアが騒ぎ、多くの国民が統一教会の危険性を再認識したのである。

 

このような統一教会の報道がある中、なぜか、若者が安倍元首相の国葬に賛成が多いとされる。

 

過去報じられていた統一教会の危険性は若者は関心がないか知らないためだろう。

 

また、自民党が統一教会と何らかの関係を持っていたのは、自民党国会議員379人のうち179人であると報じられている。

 

 

これまでの自民党の議員の発言からカルト統一教会との関係が清算できないと多くの人が感じているはずである。若者はどのように感じているのだろう。

 

また、国葬を行う法律的な根拠がないことを多くの人が指摘している中で、野党の要求する国会で議論が十分にされなかったことも、多くの若者は知らないと思われる。

 

にも拘らず、今日のNHKニュースで若者が安倍元首相の国葬に賛成が多いとして若者の発言を映像とともに多く放送していたが、反対意見が多い実際の世論との乖離が感じられたし、映像の若者の多くが国会での安倍首相の言動を知らず、バラエティ(例えば笑っていいとも)出演したり、SNSで芸能人と画像をアップしたりするイメージでしか安倍元首相を見ていないことが明らかだった。

 

今の日本は、誰が権力のネットワークに近いか(考え方を含め)で公権力(政治力)を実行し、そのネットワークに外れた人たちへの公的な支援を考えていないのが現在カルト自民党ではないか。

 

昔の自民党はここまでひどくはなかったと感じている。

 

菅(スガ)氏は首相の時、『自助・共助・公助』とはっきり言っているが、困窮する国民を政府が支援するのは最後であると宣言したの同じである。

 

実際、コロナで自宅待機中に亡くなる方もいた。

 

しかし、自民党人脈(支持者)の人はそれすらも支持するのである。

 

なぜなら、『自助・共助・公助』の順序の対象者は自民党人脈から外れてた人向けであると認識しているからだろう。

 

これらの事象を見て、今日、多くの人たちが国葬反対を示すデモに参加していることに共感し、支持を示します。

 

リメンバー・アベノコクソウ