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裸のニューヨーク

ユー・ドント・ノウ・ニューヨーク・ザ・ウェイ・アイ・ドゥ...これは私のアンビバレントでパーソナルなニューヨーク・ストーリー。

以下は昨年の5月のコラムだが、実はNYでラストミールを食べる店というのは「セカンド・アベニュー・デリ」。「アウト・オブ・タウナーズ」(ゴールディホーン他)にも出てくる。ここが昨年、高騰する家賃に屈して閉店してしまったという。とてもとても残念。これでNYでの楽しみが1つ減ってしまった。

テーマ:雑感

burger

NYタイムズによると、ティーンエージャー連続殺人事件の犯人、マイケル・ブルース・ロス死刑囚の死刑執行が5月13日金曜日の早朝コネチカット北部のソマーズ州刑務所で行われた。ニューイングランドでの極刑執行は45年で初めてだという。


写真を見るとオールバックでメガネの平凡な顔立ちの白人。普通の顔立ちをした人間の中に邪悪な精神が潜んでいると思うとこわい。日本でも少女監禁、殺害事件などのニュースが最近多い。小林被告などはジャニーズ張りの甘いマスクでかえってぞっとする。

ロス死刑囚の最後の食事はターキー・ア・ラ・キングだったとある。(His last meal was turkey a la king.)

 

明るい話題に転じると、私のNYでのラストミールは某ハンバーガー店である。最初に行ってからもう30年にもなる。当時のウェイターがまだいるというのだからすごい。

 

ここで昔をなつかしみつつ、ツーリストのいないこの店でハンバーガー・デラックスを食べるのが私のひそかな儀式となって久しい。

NY関連のメールマガジンに「ユカのEast Villageから」 というコラムがある。イーストビレッジには3年ほど暮らしたからNYで一番なつかしいエリアである。詳しい事はURLからご覧になって頂きたいが、こんな話なのだ。


ある靴の修理店でのエピソードだが、彼女いわく、「大体イーストビレッジのお客さんというのは、変な人が多くて、とんでもなくばかげた事やらドーデモいいことやら、意味不明な発言や行動にあふれている」とある。全くその通りで、私が古着屋を経営していたのはウェストビレッジだが、そこの客もアップタウンのシックでお金のある人々と違って、まあ、ひどい客が多かった。

ある日もオーナーは怒りまくっていたという。その理由というのが高級そうな娼婦がヒールと靴底を交換しに来たのだそうだが、ちょっと割引してあげたのに、“ソール(靴底)とヒールいっても、良いのと悪いのが
あるんでしょ?あなた達は悪いのを使ってるわけ?”とクレームを付けたという。その答えがさすがアメリカ。


「ああ、悪いのをつけて欲しかったら付けてやるよ!いやだったら他の店に行ってくれ」


ところが彼女は立ち去る気配がない。


「直したいんだったらディポジット(手付け金)を置いていけ」


と言うと今度は


「私、仕事を見てからじゃなきゃ払いたくないの」
「ディポジットを払えないんだったら、さっきも行ったとおり、シューリペアはいくらでもあるんだからとっととどこかに行ってくれよ」


とケンカ腰の応酬があって、結局彼女は手付けを打って出ていったという。


わざとなのか、それとも彼女がとても高飛車な性格なのか?まったく理解に苦しみますとユカさんは書いているが、私にはよくわかる。


その靴、実はすでに(修理をするという)マークした跡があったのでおそらく1ブロック先ののロシア人の修理屋に持って行った後で、そこでグダグダ言ったから追い出されたらしいというのが彼女の推理で、つまり、もう直してくれるところがなかったのだ。


私はウェストビレッジで店をやっていたが、客質は似たり寄ったり。イーストサイドよりは少しは良かったかもしれないが、ミッドタウンやアップタウンの金のある客と違い、貧乏で変な客達を相手に商売をするには並み大抵な神経ではやっていけなかった。


私は遂にストレスのせいでアメリカ人の顔を見るのもイヤという、うつ病寸前の状況に陥ってしまったのだった。





「ザ・ニュー・リパブリック」誌の元ライター、スティーブン・グラスの実話に基づいた「ニュースの天才」は物書きの端くれである私には大変怖い映画だった。同誌は格が高いとされ、社内の編集者による数度の原稿チェック、さらには厳しいファクト・チェッカー(校閲)の手が入るというのに、彼の記事はするりするりとそれらをすり抜けていた。彼が書いた50本近い記事のうち半分以上がねつ造だったというのには驚く。が、遂に「ハッカー天国」という記事で外部記者の疑惑を招く。最初は社内ではスティーブンがインターネット上の噂やハッカーの嘘に乗せられたのだろうという同情論が強かったが、彼の嘘が次々に露見して解雇され、頑と
してねつ造と認めなかった彼も法的問題となって認めざるを得なくなる。


物書きの端くれとしては大変に重いテーマで、スティーブンが嘘の上塗りを続ける箇所は大げさでなく、私自身が記事をねつ造して追い詰められるようで苦しくなった。


ライターには事実を伝えるという使命感がある。これがライターの倫理観である。記事には主観が入るから脚色が入る余裕はあるものの、事実は決して曲げてはならないのである。また、同時にライターには受ける、面白い話を提供したいという願望がある。その誘惑に負ける、又は事実をチェックする労苦を惜しんで記事を仕上げるライターがいるのも事実だ。


それを知っているからこそ、名前の知られた日本の雑誌の校閲は実に厳しい。一例を挙げれば、記事中のあるビルが駅の東口にあるのか、西口にあるのか、あなたは東口と書いているが地図を見ると西口に見える、などと聞いてくる。校閲がしつこいのを知っている私は、記事を書く時点で(あれは東だったか、西だったか、確か東だったな)と確信があっても、ダブルチェックの為、駅員に直接聞いたり電話したりする。きちんとチェックして書いている訳だが、案の定うるさく言ってくる。こういう校閲を相手にねつ造記事など書けるはずはないが、アメリカの校閲のどこが悪いのか、思い出すだけでもNYタイムズの若い黒人記者のねつ造事件、雑誌名は失念したが、以前にも学歴詐称と記事のねつ造事件を起こした黒人女性記者がいる。


JFK暗殺報道もした大ベテランのCBSテレビのアンカー、ダン・ラザーが先頃番組を降板した直接の理由はブッシュ大統領の軍歴についてのブログの記述を信じて報道し、それがねつ造とわかって責任を取ったのだ。


日本でも永田議員に「ガセネタ」メールを提供したのはジャーナリストである。ねつ造という、ジャーナリストにあるまじき行為が後を絶たないのは遺憾である。


最近はアーバン・レジェンド(都市伝説)という種類の小話がインターネットで出回っている。都市伝説を検証する、というTV番組まである。インターネット上の情報に加え、既存のメディアでさえ鵜呑みには出来ないのだ。


今年の秋にハーレム取材を予定している。是非出版社を見つけて出版したいとも思っている。国内では黒人兵の記事をたびたび書いているのでいつかはハーレム取材をしたいと考えていたので、機が熟したというべきか。


私の黒人音楽歴には年季が入っている。30年以上前からR&Bやジャズを聞いていたのだから。が、ヒップホップとなると別。初期のオールドスクールは好きだけれど、やがてギャングスタラップが全盛となって付いていけなくなった。が、遅まきながら今からヒップホップの歴史を勉強しようと思っている。MTVのCheck the Lymeは恰好の「教材」だ。


アマゾンを探してみたら、以前NYタイムズに取り上げられた「ア・ヒップホップ・ストーリー」を見つけた。翻訳が出ていないのが残念だが、やはりエボニクスと呼ばれる黒人英語にじかに触れるほうがいいので、時間はかかるけれどさっそく注文した。


5月にはイーストハーレムの大物ラッパー、JOEが来日するので聴きに行く事にした。どこかとタイアップしてインタビュー記事を書きたいのでオファーがあれば引き受けられるのでよろしく!


Heru Ptah
A Hip-hop Story

追記 


カメラのCMで見かけるタップダンサー熊谷和徳 サンは仙台出身だそうだ。私も大学時代を仙台で過ごしたので親近感を覚えてトラックバックさせていただくことにした。


彼はNY大学で心理学を学ぶかたわらタップを習い、黒人達が踊るストリートタップ、Hoofinを身に付けたのだそうだ。彼のスタイルを見て、ブロードウェイで見た「Bring in the Noise, Bring in the Funk」を思い出したが、彼はこのショーのオーディションに合格していたのだという。ヴィザの関係で出演できなかったそうで大変残念だ。


短期間訪れる人でNYが好きだと言う人は多い。


私はビジネスを通してニューヨーカーと深く関わった事で、NYを手放しで「大好き!」とは言えない。


実際NY生活の最後の方はノイローゼ気味で、アメリカ人の顔を見るのもイヤになっていた。帰国してもつらい思い出ばかりが蘇って、NYについて話す事ができなかった。


数年前にNYで知り合った日本女性は1人でイーストハーレムに住んでいたが、随分とイヤな事があったそうで、帰国してしばらくはNYについて話す事が出来ないという状況だった。


「アメリカのどこかに行きたいとは思うけれど、つらくてNYに行けない。だからハワイに行って来た」


と言っていた。その後音信が途絶えている。これを見たら連絡して来てね、Mさん。




「町田市営駐車場 計画ずさん、30億円が無駄」(東京新聞12月30日付)という小さな囲み記事を見て、我が国でもようやく契約とは守られるべきものだという考えが定着したとある意味喜ばしく思った。契約がなされないばっかりに煮え湯を飲まされるフリーランスのクリエーターが日本にはいかに多いことか!


町田市営第二駐車場は1994年に土地所有者が建設した立体駐車場を市が20年間一括借り上げの形で契約を結んだという。という事は期限切れは2014年。ところが、利用低迷で赤字が累積し、2003年に閉鎖、市は契約の解約を求めた。それを不服として所有者側が提訴、一審判決では「市の計画がずさん」として契約解除無効の判決が出た。その結果、閉鎖後も毎月約1260万円の賃料支払が続けられ、累積赤字と賃料で支出された額は約23億円。昨年末ようやく和解が成立し、建物買取りと解体費用であらたに10億円近くがつぎ込まれ、総額30億円を超える税金が無駄になったのだそうだ。大金をドブに捨てたも同然で、市のずさんな計画の責任の所在が求められているとあるが、今までのお役所仕事の歴史を見てわかるように、はっきりする事などないだろう。そもそも解約条項を契約書に盛りこまずに20年もの長い契約にポンとゴーサインを出し、赤字になったから解約、とはイージー過ぎる。


それにしても市側と所有者の関係とはどのようなものだったのか。他の事業などで信頼関係があったのか、知り合いで馴れ合いがあったのか、事情は一切わからないものの、私は契約に関する日本人の甘さが裏目に出る事例を幾つも見聞きして知っている。


NYの知り合いの旅行エージェントは、日本人から依頼されたツアーが期日も迫り、宿、飛行機などすべてセッティングが整っているのを自分の都合でドタキャン、当然損害が発生するので規定のキャンセル料を請求したところ「長い付き合いじゃないか、そんなもの払わなくてもいいだろう」と言われて大変困り、かつ憤慨している。当然の話だ。


ツアーの申し込みというのも契約である。破棄すればキャンセル料がかかるのは昨今常識である。それを「長い付き合い」だからと払おうとしない日本人のメンタリティは古いだけでなく、あこぎであり、弱い者いじめである。  


もしかして町田市にも、赤字経営なのだから契約解除を申し出ればすぐに受け入れてくれるだろうという甘い考えがあったのではないだろうか。


一方、所有者が地元の方であれば、使ってもいない駐車場に毎月1200万円余もの税金が注ぎ込まれる訳で、市民の金を無駄に使わせて、とか訴訟を起こすなんて、という風当たりも強いかも知れないのに、うやむやにせず、司法に訴えたというのはある意味エライいとも思う。契約は守られるべきなのだ。


ただ、和解策はもっと早い時期に双方検討すべきだったのだ。市の面子なのか、所有者の頑固さなのか、その為に和解が遅れ、税金を無駄に使ってしまった。他の市町村はもって他山の石とすべきだと思う。

子供が犯罪のターゲットとなる事件が相次ぐ中、冬休みを前にした12月20日、東京都稲城市立稲城第二小学校で安全教室が開かれたと東京新聞にあった。「不審者からはこう逃げろ」と題した囲み記事によると、元警官が講師となって、実際にあった事件を例に取って不審者対策を説明、「襲われそうになったら火事だ!と叫ぶと人が集まって来てくれる」などとアドバイスした。その後、教師と共に寸劇を行い、実際に危険を回避する方法を示したそうだ。また、小学生自身が学区域を歩いて危険な場所をピックアップし、「ここは人通りが少ないので気を付けよう」などと書き込んだ「防犯マップ」を発表したとある。


これを読んで、まるで70、80年代の不景気なニューヨークのようではないかと一種の感慨が起こった。当時のNYでは夜の8時も過ぎればこわくて外出出来ず、止む無く外に出る時には一大決心をしてこわごわと辺りを窺いながらダッシュして目的地に向かったものだった。勿論夜に地下鉄を利用するなど言語道断、タクシーを奮発するしかなかった。そういった生活を4年続けた私は現在の「安全さ」になかなか慣れる事が出来ず、それでもその恩恵を蒙って、真夜中にハーレムのど真ん中を1人で歩いたり、地下鉄に乗ったりしている訳だが、いったん染み込んだ恐怖感はなかなか消えない。旅行業を営む友人は日本から観光客が来るとNYの地図のあちらこちらに赤いペンで囲いをし、「この地域は危険だから気を付けるように」と危機意識の薄い彼らに警告をしていたものだ。万一襲われそうになったらヘルプ!などと叫んでもトラブルに巻き込まれたくないので誰も助けには来てくれない、火事だ!と叫ぶと良いとは当時私が授かった智恵で、実際に火事だ、と叫ぶ事態には陥らなかったが、ヘルプ!と叫んで助けてもらった事はある。


日本も危険になったものだとつくづく思う。こういう時代に対処するにはやはりNY のように街角の要所要所に警官を配置するしかないのだろうか。  警備ビジネスはこれから確実に伸びて行くのだろう。最近、喫茶店からぼんやりと外を眺めていたら、何を輸送するのか知らないが、小さなトラックに何かを搬入する男性には背を向け、両脚をふんばって警棒を手に構え、通行人に相対して不審者がいればすぐに飛びかかれる体勢の男性が目に入った。こんな風景も以前の日本の街中では見られなかったのだ。私はNYでこれとそっくりな光景を散々見て来たから特には驚かないが、他の日本人達は一体どう感じているのだろうか。

アメリカ人は良く言う。

If you can make it in NY, you can make it anywhere.

(NYでうまくやれればどこだってうまくやれる)


「ニューヨーク、ニューヨーク」の歌詞にもこうある。

If I can make it there, I'll make it anywhere 


そうだろうか。

NYで成功したからと言って東京で成功するとは限らないと思う...なんて、NYでビジネスを成功させる事ができなかった私が言ってもあまり説得力はないが(笑い)。






今日六本木のかかりつけの歯医者さんの待合室でVOGUEを読んでいたら...


Ice is like a man's ego....Fun to crush.


というキャッチコピーが目に付き、にんまりした。


着飾ったモデルが氷原をバックにしたコマーシャル。これがロレックスのコマーシャルとは...よくわからない。


だって、「氷は男のエゴに似て、グシャッとつぶすのが楽しい」なんて、時計と関係ないのでは?