『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー55ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー55ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 

 

 

ⅩⅠ 訪れた朗報

 

 

 

 

 その日の夕方、オカシラ達が荷車を引いて山荘に帰って来ました。
 荷車の中はからっぽになっていました。
 山荘の台所では、昨日と同じくコユビさんがオカシラ達のためにご馳走を準備して待っていました。
 メメは、みんなでオカシラ達のお出迎えをした後、荷車の中に一枚のビラが入っているのに気づきました。書かれてある文字はメメには読むことは出来ませんでしたけれど、そこに描かれてある似顔絵を見て、メメが云いました。「これ、リュシエルに似てる!」
 リュシエルが気づいて何気なくそのビラを覗き込んでみますと、そこにはこんなことが書かれていました。
「このたび逆臣ネリとディワイは排除され、王宮内の騒動は無事鎮圧された。
 ソフィー王妃様にあっては、リュシエル王子の安否をいたく心配されている。王子の安否について知っている者あれば、どんな情報でも王宮府、または総督府などの最寄りの出先機関に寄せられたい。それが王子の発見保護につながった場合は、下記の賞金が進呈されるだろう……」
 リュシエルはビラを見て、心が震えました。王宮が作成したものらしいそのビラの、賞金の額が記載された下の方に、王子である自分の似顔絵が描かれていました。
 都へ帰れる! 王宮に戻れるんだ!
 リュシエルは自分の元に強い味方が帰って来たように感じました。これでミミの目の治療も出来る……。
 しかし、王宮へ戻るということは、近い将来、自分が王に即位するということを意味していました。果たして自分にその重責が務まるのか? 都の裏路地には、その日の食べ物にも事欠く腹を空かせた人々の群れがある。時に彼らは怒れる民衆と化し、王と王子を襲撃しさえもする……。離れはじめた民衆のこころを、自分などが取り戻すことが出来るのだろうか?
 リュシエルは、道中止むを得ない事情だったとは云え、ひとりの男に重傷を負わせたことを思い出していました。あのひとり息子は、無事だっただろうか? あの行いが、王子である自分の狼藉であると知れた時、あの男の母親はぼくの罪を許してくれるだろうか?
 リュシエルはしばらく沈思黙考していましたが、そのビラを静かに裏返して荷車の中に戻しました。
「その似顔絵、あんたに似てるんだよな」リュシエルはハッとして顔をあげると、山荘の中に這入って行ったと思っていたオカシラがひとり、知らない間に腕組みをして自分のことをじっと観察していた様子なのでした。「絵の方が、ちょっとぽっちゃりしてるけどな」
「このビラ、どうしたのですか?」とリュシエルがオカシラに訊ねると、
「立て札に貼ってあったのを引っぺがして来た」とオカシラは答えました。「あんた、王子様だったのかい?」
 リュシエルは、深く息を吸い込み、悲しげにそれを吐き出した後、云いました。
「人には、他人には想像も出来ない過去があります。ぼくは、ここ何年か、自分の身分を隠して行動して来ました。確かに、ぼくは元王子です。ですが、そのことは、みんなには黙っていていただきたいのです」
 オカシラは、眉をあげ、射るような目つきをしました。
「そうかい。それじゃ、そうするよ。此処では、みんな、人の過去は詮索しないことにしてるから、安心しな。あんたは、元王子だ。
でも、今はそうじゃない。それでいいんだろ?」
「かたじけない」
 リュシエルとオカシラ、メメも山荘に這入り、待っていたみんなと一緒に宴会となりました。
 昨晩と同じように、お腹がいっぱいになると、みんなそれぞれの行動を開始しました。オカシラとコユビさんは姿を消し、スナイパーはぶどう酒の香りを嗅いでいましたし、バカ力はいつまでも食べ続けていました。ミコさんはひとり寂しそうにしていましたし、山荘の玄関では、名前も知れない若い子分が見張りを続けていました。
 リュシエルはミミと山羊のいる飼育場を抜けて、庭に出て、三日月を見上げていました。
「どうかしたの?」と心配してミミが訊ねました。「元気がないようだけれど」
 ミミの顔には包帯が巻かれていました。包帯の下から、痛々しい顔の傷が見えています。元はと云えば、ミミの目が見えなくなったのも、彼女の顔に醜い傷がつけられたのも、自分のせいなのだとリュシエルは思いました。それなのにぼくは身の安全ばかりを考えて、都に帰ることを躊躇っている。
 突然、リュシエルが強く抱きすくめてきて、ミミは愕きました。しばらくリュシエルは黙っていました。彼は小刻みに震えているようですらあります。「どうしたの?」
 ややあって、リュシエルは云いました。
「帰ろう。都に。王宮に、戻れるんだ。君の目は、世界一の名医が必ず治してくれる」
 今宵は三日月がいつにも増して闇を強く照らしています。

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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