『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー56ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

『にゃんころがり新聞』

にゃんころがり新聞は、新サイト「にゃんころがりmagazine」に移行しました。https://nyankorogari.net/
このブログ「にゃんころがり新聞」については整理が完了次第、削除予定です。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。

 

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー56ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 

 

 

ⅩⅡ 代理官殿とふたりの参謀

 

 

「何とも、急なことですな」とスナイパーが残念そうに云いました。
「どうしても行くのかい?」事情を聞いて、ミコも、別れを惜しんで云いました。
「オレたちの仲間にならないかい?」
 オカシラも云いました。
 リュシエルは、これまでのこと、自分が元王子であり、追われる身であったことなどを山賊たちに話して聞かせました。
 リュシエルとミミは、山賊たちに感謝のお礼を云ってから、それでもやはり、自分たちは都に行きます、と答えました。
「残念だな。王子だったなんてな。無事、王宮に辿り着くといいな」
 とばか力も云いました。
「王様になったら、貧しい人たちのことや、わしたち日陰者たちのことも、すこしは考えてくれますな?」
 とスナイパーも、云いました。
「勿論ですとも」リュシエルは、彼らのひとりひとりと固く握手し合って、約束は守ります、と誓いました。世の中の悪のように云われている山賊の中にもいい人達がいること、民衆を守るべき官憲の中に民衆を苛んでいる者がいることを元王子は放浪の旅で知ったのです。
「達者でな」
 ミミとリュシエル、メメは、山賊のひとりひとりとお別れをしました。
 メメはピエロの人形を抱えて、後ろ向きに歩きながらオカシラたちに手を振っていました。
 オカシラに新しい地図をもらいましたし、都への行き方も教わりました。
 オカシラの説明によると、方角的にはこのまま北東へ進めばラチの街へ着くということでした。
 リュシエルは剣をズタ袋の中に隠すことはもう止めて、堂々と腰に王家の剣を提げて歩いていました。何しろ、自分は王子なのです。もう、こせこせ隠れる必要はないのです。
 山から下りて、山荘のあったと思われるあたりをリュシエルは見上げましたけれど、そこには山の木々と雲が棚引いているばかりで、彼らの姿も山荘も掻き消えてしまったように何も見えませんでした。事情を知らない人に、「あなたがたが見たものは幻だった」と云われても、納得してしまいそうなほどでした。
 リュシエルもミミも、山賊たちとの別れは後ろ髪を引かれる思いでしたけれど、今は都へ向かうことに胸高鳴っていました。
 道々、色とりどりの鳥たちが、何やらピーチクパーチクにぎやかに囀っています。ミミは時々躓いたりしながらも、そのたびリュシエルの腕に助けられながら歩きました。
「ぼくのお祖母さんに当たる人が、花が好きな人でね」とリュシエルが歩きながらミミに話しかけました。「王宮の庭に変わった花や美しい花を世界中から集めて来て、何年もかかって大切に育てたり、手入れしたんだ。そのお祖母さんは今はもう生きてはいないけれど、お祖母さんが作った庭の花々は、毎年春になると、きれいな花を咲かせるんだ。何百という花だよ。そこでぼくたちは春になると、みんなでお花見をするんだ。従兄弟や友人は勿論、外国のお客も毎年招待していたよ。君の目が治ったら、是非見せてあげたいな。たぶん吃驚すると思う。凄くきれいだから」
「見てみたいわ」
「それから、毎年、夏になったら、南の海の別荘に行くんだよ。泳いでもいいし、魚釣りをしてもいいし、ただひなたぼっこをするだけでもいい。でも、いちばん気持ちがいいのは、海で泳ぐことだとぼくは思うよ。そばで珍しい魚も泳いでいるしね。ああ、しばらく行ってないな、海。ミミと一緒に行くと、楽しいだろうな」
「私、海って見たことないわ」
「そっか。じゃあ、是非、行かないとね」
「でも、私の目、治るかしら?」
「きっと治るよ。治らないなんてことないよ」
「だといいけど……」
 暑くもなく、気持ちが良いくらいの秋晴れでしたけれど、ミミの額からはうっすら汗が滲み出してきていました。目が見えないで歩くということは、普通の人が歩くより相当疲れるものなのだろうなとリュシエルは思いました。リュシエルはミミの歩調に合わせて、ゆっくり歩きました。
 さんにんは途中、四十代の男の旅人とひとりすれ違っただけで、誰とも会いませんでした。
 ふとリュシエルが見上げると、木の枝に止まった黒いカラスが首を傾げながらリュシエル達の方を見ていました。リュシエルは歩きながら、蹲踞んで石ころを拾うとカラスめがけて投げました。カラスが近くの梢に飛び立ち、石はカラスをかすめました。カラスは一層首を傾げながらも、リュシエル達と付かず離れずの距離を保ちつつ、ついて来ていました。「なんだか嫌な予感がするな」
「どうしたの?」
「あのカラスがずっとついて来ているんだ。石を投げても逃げないし」
「気味が悪いわ」
「誰かに追跡されている気分だな」
「私、歩くの遅いかしら?  もっと急いだ方がいいわね」
「慌てると転んだりして危ないから、ゆっくりでいいよ。大丈夫。今のところ、誰も追って来ていないから。あ、そうだ」リュシエルは、首に手を回して、ペンダントをはずし、ミミに立ち止まってもらってから、それをミミの首にかけてあげました。「剣とこのペンダントは、世界でただひとつしか存在しない物なんだ。だから、このペンダントの方を君にあげるよ。考えたくないけど、これから先、万一ぼくと離れ離れになったとしても、そのペンダントを見せて事情を説明すれば、王宮の門をくぐることが出来るはずだよ」
 ミミはペンダントの透明の原石にそっと手を触れてみました。たった今まで付けていたリュシエルの肌の温もりが伝わって来ました。石の表面には、龍の紋章とアルファベットの文字が刻み込まれているのが手で触っても分かりました。「そんな大切な物を私がつけていていいの?」
「いつか、何かの役に立つかもしれないからね」
「ありがとう」
 メメは元気いっぱいで先頭を歩いていました。メメがふと気付いて振り返った時には、ミミとリュシエルが後ろの方で小さく見えたほどでした。「離れすぎたわ。もう少しゆっくり行かないと」
「此処でやつらと別れて、おいらとふたりで逃げようぜ」腕に抱かれているジョーニーはメメに囁きました。
「あんた、こないだからそればっかりじゃないのよ。わたしがミミを置いて行けるわけないじゃない」
「早く逃げないと、そろそろヤバい気がするんだよ」
「ヤバいって何がよ?」
「この前も云ったと思うんだけど、おれっちの帰りが遅いと、リーベリ様がじきじきに探しに来るかもしれないんだ」
「リーベリって、ミミのお姉さんの?」
「そうだ。とても怖い魔女だ。捕まったら丸焼きにされちゃうんだぜ」
「なんの用があって、リーベリがわざわざこっちまでやって来るって云うのさ? ミミちゃんの目を失明させたあげく、まだこれ以上、何を嫌がらせしたいって云うのさ?」
「話せば長くなるんだが……」
「手短に話してよ」
「リーベリ様はリュシエルを自分の住まいの洞窟まで連れて行こうとしているのさ。そして、そこでリーベリ様とリュシエルは死ぬまでふたりで暮らすのさ」
「リュシエルにはミミちゃんがいるじゃない」
「だから、今度は力ずくでもリュシエルを奪って行くだろうさ。あの人からそんなに遠くまで逃げられるわけないのさ」
「どうして奪って行こうとするの?」
「……愛だよ、愛。君にはまだ分からないかもしれないなあ。狂おしいほどの愛情と、その人のためには前後の見境がなくなるほどの排他性。たとえ世界が滅亡したとしても、ふたりの愛さえあれば、そこに自分たちだけの新しい世界を作り出すことが出来るのさ。この排除と独占の気持ちは、愛をした者にしか分からない。だけど、君にもそのうち分かる時が来るさ。世界に存在するたくさんの、悲しい話も戦争も、すべては愛から生まれたことなのさ」
「よく分からないけれど、とにかくリーベリがやって来るかもしれないから、急いだ方がいいってことね?」
「要は、そういうことになるね」
 メメは後戻りしてリュシエルとミミに合流しました。「すこし急いだ方がいいかもしれないわ」
「どうしたんだい?  急に?」とリュシエルは云いました。
「なんだか胸騒ぎがするのよ」
  リュシエルはメメの金色の髪を撫でてやりました。
「そうだね。だから、メメも道草食ったりしないで、しっかりぼくたちについて来るんだよ」
「わかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

 

 

にゃんころがり新聞TOPへ