果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語
ー㊽ー
にゃんく
人から受けた恩を裏切るような後味の悪い行いに、リュシエルもミミも道中無言でした。
そして南へと、行く当てがあるようでない旅を続けました。ただ安息の地を求めて。
ようやく空が灰色になり、視界が開けはじめました。朝がやって来たのです。
道は山あいに入っていました。
リュシエルもメメも、夜なか中ずっと同じような景色の中を延々と歩き続いていたような気がしました。
とうとうメメはお腹ぺこぺこでこれ以上歩けないヨと言い出して山道に座り込んでしまいました。疲労から倒れ込むようにその場にくずおれたのはメメだけではありませんでした。これ以上一歩も歩けないのは、ミミもリュシエルも同じでした。
魔法の教科書には、試したことのない魔法がたくさん載っていましたが、空飛ぶ魔法を使うにも、ミミ自身が疲れている状態では使えませんでしたし、盲目の状態で空を飛ぶのは危険でした。魔法の世界も、現実の世界と同じようにシーソーのようなバランスで成り立っていて、無限の価値を生み出す鉱脈などはなく、何かがプラスになるとその埋め合わせで何処かでマイナスの状態が発生する仕組みになっているようでした。
引き返すこともこれ以上進むこともならず、ミミは見えない目で空を仰ぎ、何気なく胸に手を当てると、山賊たちからもらったオカリナを持っていることを思い出しました。今までもらったことすら忘れていたのです。
山賊のオカシラが云った、「魔法のオカリナさ」という言葉が蘇ってきました。
ミミは試しにそのオカリナを吹いてみることにしました。
その音は、山びことなって、空の彼方から返って来て、また去って行きました。
山賊たちの耳に聞こえただろうか?
リュシエルもメメも思い思いに、後ろ手をついて遠い彼方に視線をやったり、ピエロの人形を傍に置いて、寝転がったりしていました。
しばらくすると、一陣の風が巻き起こり、突然竜巻のような風の渦が見えていたかと思うと、夢の中の出来事のようにその中から以前出会った四名の山賊たちが現れました。オカシラにミコ、弓を持った白い髭の初老の男、それに先端に巨大な石を結わえ付けた棒を持った大男です。
「やあ、呼んだかい?」
無造作に伸ばした赤みがかった茶色の髪を風に靡かせながら、オカシラが脳天気な声で云いました。
リュシエルもメメも、我が目を疑い、オカリナを吹いたミミと山賊たちを交互に見交わしていました。
「どうしたんだい? キツネにつままれたような顔してさ」とミコの声です。「何か困ったことでもあったんでしょう? そう顔に書いてあるわよ」
リュシエルが唖然としつつも、実はお金を盗られて一文無しになって困っている、三人とも疲れてしまって一歩も歩けない、と訴えますと、
「うちらのアジトはこの近くにあるんだ。良かったら来なよ」とオカシラが親指を立てて、こっちへ来いという合図をしました。「あ、そうだ。この金は返すよ」
そう云って出し抜けにオカシラがリュシエルに何かを投げつけました。リュシエルは取り落としそうになりながらも、掌に握っているものを見ると、それは眩いばかりの金貨一枚でした。
三人は山賊たちの後について再び歩きはじめました。
ミミは不思議に思って、胸のオカリナに手を触れてみましたが、すでにそれは何処にもありませんでした。リュシエルに訊ねてみると、どうやらオカリナはミミが吹いた後に粉々に砕けてしまったようで、あとにはただ首から下げた紐があるばかりでした。
そこから三十分ほど歩くと、山の中腹に、山荘がありました。山荘の隣には、屋根付きの飼育場があり、おとなしい山羊がいて、せっかちな鶏がせわしなく動き回っています。飼育場の隣には庭があります。
この古めかしい山荘には、屋根まで緑の蔦が絡まっていて、周囲の木々がうまい具合に山荘の姿を隠していてくれていました。
山荘の入口の戸の前には名も知れない若い山賊の子分が見張りをしていました。
リュシエルたちは山賊たちのアジトの中に招き入れられ、木の卓子と椅子のある部屋に案内されました。
「すごい、秘密基地だわ!」とメメが両目を丸くして云いました。
やがて食事が運ばれて来て、腹ペコのリュシエルたちはご馳走にありつくことができました。かぐわしい匂いのする鳥肉の丸焼きや、上等のぶどう酒、新鮮な野菜、プディングなどのデザートがテーブルの上に所狭しと並べられました。リュシエルはミミに食事を食べさせてやりながらも、自らも夢中で食べ物を口に入れていました。メメは小さな体に入りきらないほどの食べ物を、口いっぱいに頬張っていました。
オカシラは部屋の隅の椅子に坐り足を組んで、長い煙草を銜えて眉を顰めながら、そんなリュシエルたちの様子を興味深そうに眺めていました。
「ところで、一文無しになったって云ってたけど、いったい誰にお金を盗られたの?」
オカシラが訊くと、リュシエルはまだ半分食べ物の入った口で、
「しょうとくフのチェキッ子でとあれたニャア」、ともぐもぐ答えました。
「ああ?」
とオカシラに聞き返されましたので、リュシエルは急いで口の中の食べ物を飲み下すと、もう一度云い直しました。
「北方総督府の関所で、憲兵たちに盗られたのです」
その時の顛末を、リュシエルが説明しますと、オカシラの隣に坐っていたミコが声をあげました。
「バカだね、何故その時、オカリナを吹かなかったんだい?」
リュシエルは今度はミコの方に顔を向けて答えました。
「その時は、あまりに必死で、オカリナの存在を忘れていたのです」
「それ何処の関所よ?」とオカシラが聞きますので、リュシエルはオカシラが広げた地図を覗き込み、関所があったと思われるだいたいの位置を、指で示しました。
リュシエルとミミが食事を取っているあいだ、オカシラは長い煙草を口に銜え、その煙を肺の奥まで吸い込んでいました。オカシラは気持ち良さそうに目を細めながら白い煙を吐き出し、空中にドーナツ型の白い雲を作って遊んでいます。
長い煙草が指先でつまめないほどの短さになった時、オカシラは不意に立ち上がり、「さあ仕事だ」と云いました。「出掛けるぞ」
弓を背負った白い髭の男と、棒を持った大男ふたりが、何やら慌ただしく動きはじめました。そうして気がついた時には、三人は何処かへ出掛けてしまったらしく、山荘からいなくなっていました。
ミコがリュシエルたちに云いました。
「此処には好きなだけ居ていいよ。オカシラたちはちょっと用事が出来たから、しばらく此処を留守にするけれど、私がお留守番をするから。オカシラ達も、夜には一仕事終えて帰って来ると思うから」
リュシエルはオカシラ達が山に狩りにでも出掛けたのかなと思いました。
食事をとると、ミミたち三人は、強い眠けを感じ、椅子に腰掛けながらも、うとうとしはじめました。無理もありません。何しろ、夜通し歩き通しだったのです。その様子を見て、ミコは隣の部屋にベッドがあるから、そこで寝るとイイヨ、と云ってくれました。三人は隣の部屋に移動してベッドに横たわると、ものの数秒で眠り込んでしまいました。
つづく