『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー㊼ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㊼ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 リュシエルは武器を持っていながら闘わなかった自分の姿勢を、果たしてあれで良かったのかと自問自答していました。
 時が時なら、王子である自分にあのような振る舞いをした彼らには、厳しい処分が待っている筈でした。けれども今、自分は追われる身でした。一瞬にして無一文となった自分の無力さを、リュシエルは痛感していました。

 

 

 Ⅶ 王子の犯した罪

 

 

 小径の適当な石に腰掛け、ミミ、リュシエル、メメの三人はお昼休憩をとりました。ゴルドー村の銀髪の男性宅で、パンを分けてもらっていましたが、そのパンもすぐに無くなってしまいました。
 三人は、休憩をとると再び歩きはじめました。
 水筒に隙間なく満たして来た水も無くなってしまいました。
 たとえ村に着いても、一文無しと成り果てた自分たちの境遇が改善するようには思えませんでした。
 今日の宿をどうするか? リュシエルは道々思案を練りながら歩きましたけれど、名案は何ひとつ思い浮かびません。
 考えの定まらないままに、夕方前にようやく村に到着しました。
 そこは八十ほどの家がある村でした。
 村には一本の川が通っていて、その川沿いに何軒かの家が並んでおり、水車がゴトゴトと音を立てて回っていました。
 三人は、川のそばに腰掛けました。ここなら川の水はきれいで、喉が渇けば手で掬って水はいくらでも飲めます。
 やがて水を飲むのにも飽きて、三人はそれぞれ空を仰いだり、空腹を忘れるために寝転がったりしました。
「お腹空いたよう」メメが弱々しい声を出しました。
「……ぼく、食べ物を捜しに行って来るよ」とリュシエルは言い出しましたが、ミミが時間を訊ねて、もう暗くなっていることを知ると、「今日は危ないからやめて。一晩くらい何も食べなくても、大丈夫よ」
 と云いますので、三人はじっと我慢して夜明けを待つことになりました。メメが不満そうに口を尖らせています。
 そこへ偶然、村人が通りがかりました。
「お前さんたち、此処でさっきから何をなされているのじゃ?」
 腰のやや曲がった老婆です。声からすると、六十歳をすこし過ぎたくらいでしょうか。
 リュシエルが旅を続けていますが、泊まるところがなくて此処で野宿しようと思っています。ご迷惑をかけて申し訳ありません、と説明しました。
 ミミのお腹がぐうっと鳴り、ミミは包帯をしていても分かるくらい顔を赤らめました。
 老婆は微笑みながら、
「それはお困りぞな、もし。襤褸家じゃが、良ろしければ、どうぞうちに泊まっていってくだされ」と云って手招きしています。
 リュシエルたちはどうしよう? と迷っていましたけれど、老婆が、「遠慮せんでええ、遠慮せんでええ」と重ねて云ってくれるので、思い切って厄介になることにしました。
 老婆の家は二十メートルほど先にありました。
 老婆の連れ合いは五年ほど前に他界したそうで、現在は、いつになっても嫁がやって来る気配のない、定職も持たないどら息子とふたりで暮らしているのだそうです。
「僅かばかりですが、さあどうぞ、召し上がれ」という老婆の言葉に甘えて、三人は歩きとおしでお腹も空いていたので、出された食事を夢中で平らげてしまいました。
 夕食を食べると、馬鈴薯の皮を剥いている老婆と一緒にしばらく世間話をしてから、(老婆のどら息子は近所の友人と何処かに出掛けて行って、何時帰ってくるか分からないということでした)、リュシエル、ミミ、メメは奥の広い居間に案内され、一息いれました。
 庭に立っているマロニエの樹の葉がざわめく音が居間の窓を通して聞こえてきます。近頃は秋が近付いていて、夜となるとだいぶ気温が下がっていました。
 リュシエルたちは藁布団の上に寝転がっていると、積もり積もった疲労から、そのまま眠り込んでしまいました。
 二、三時間眠ったころ、いつの間にか帰宅していた老婆のひとり息子が、大きな声で老婆と何か喋っていました。
 ひとり息子は軀が大きく、眉間には絶えず皺を寄せ、常に何か悪いことを考えているというふうな、人相の悪い顔つきをしていて、リュシエルはこれがあの老婆の息子かと我が目を疑うほどでした。
 ひとり息子は、物騒な棍棒のような武器や、ナイフの入った鞘を見せびらかすように腰に提げていました。リュシエルが目を醒ましたことに気がつくと、はじめは愛想の良かったひとり息子ですが、そのうちに、
「まだ貰ってないって云うから、一泊の宿賃を頂戴しますぜ、旦那」
 と云い出し、リュシエルが今持ち合わせがないので何でもするからその埋め合わせをさせてほしい旨を伝えると、人が変わったように粗野な言動をはじめました。
「それじゃあ、何かい? 金もないのに、ただ食いしたり、家に転がり込んで来たりしたって云うのかい?」
 リュシエルがいくらズタ袋の中を漁ってみても、やはりお金はビタ一文も出て来ませんでした。騒々しさに、今ではミミもメメも藁布団から身を起こして、寝惚けまなこながらも、ふたりのやり取りに聴き入っていました。
 ひとり息子は何を思ったか、「ちょっと待ってろ」と云い捨てて、家から出て行くと、しばらくして同じ年頃の男を呼んで戻って来ました。その男はどうやらひとり息子の仲間のようで、顔には細かい傷を持ち、擦り切れた衣服を着て、絶えず嫌らしい含み笑いを浮かべながら、酒臭い息をリュシエルの顔に吐きかけてきました。一目でろくな人間ではないことが分かりました。ひとり息子に輪をかけたような、ならず者でした。
「ご客人に、失礼なことしちゃいけないよ」と老婆が注意をしましたが、ひとり息子はそんな忠告も何処吹く風で、
「すっこんでろ!」
 と老婆を罵倒したかと思うと、リュシエル達三人を、「ちょっと外に出ろよ」と云って連れ出しました。そして扉をぴしゃりと閉め、まだ心配そうに見守っている老婆を家の中に残し後ろ手で扉を閉めました。
「この落とし前、どうつけてくれるんだよ?」
 ズタ袋の中を何度も掻き回しているリュシエルに、ひとり息子は我慢の限界とばかりに、「ああ!?」と凄んで見せました。
「ですから」
 と顔を上げて話し出そうとするリュシエルを遮って、
「ですからじゃねえよ」とならず者の友人が横から口を出しました。「なあ、お坊っちゃん。うまく逃れようたってそうはいかねえぞ」
ひとり息子も云いました。「言葉なんかいらねえんだよ。どうやって償うのか、それを聞きたいんだよ」
 リュシエルがいくらお金は必ず返します、それまで一生懸命働いてこの恩には報いますので、と説明しても、ひとり息子達は聞く耳を持たず、「そんなの信用できるか」、「ないんだったら、軀で返してもらおうか」と云い出して、ミミの腕を摑んで、ぐいぐい引っ張って行こうとしました。リュシエルが止めようとすると、ならず者の友人が、「お前達はこっち」と云って、ミミと引き離されてしまいました。「ミミ!」今では、メメもリュシエルとふたりで、ならず者に手で制され、ミミがひとり息子に乱暴される様子を、遠目から見守っていました。
 ミミは木蔭に連れて行かれました。ミミの悲鳴が聞こえてきました。「顔は醜くても、カラダは上ものだぜ、こりゃ」涎が垂れそうだと云わんばかりに、ひとり息子はミミの上衣を破いて、胸を露わにさせました。形の良い乳房が、のぞいています。
「ひひ。あとで、オレにもやらせてくれよ、あんちゃん」リュシエルの前で、ならず者がそう云いました。ひとり息子は返事もせずに、ミミを犯すのに夢中になって、もがくミミを押しつけて、下衣を脱がせようとしていました。「へへへ、こいつ、もう濡れてやがるぜ」
 リュシエルがミミを助けに行こうとすると、ならず者が、「お前は大人しくしてろ!」
 平手でぶたれ、リュシエルは木に頭をぶつけました。リュシエルは手にズタ袋の縄を握っていることに気がつきました。袋の中には剣が入っています。リュシエルは起き上がり、素早く剣を取り出すと、ならず者に斬りつけました。
「ひゃあっ」
 斬られると思っていなかったならず者が、顔に似合わぬ変な声を出しました。かすり傷でしたが、手の甲からは、血が垂れています。よろめきながら、他愛もなく、ならず者は背中を見せて逃げ出して行きました。
 ひとり息子の方は、騒ぎに気付きもせずに、斜めを向いてミミの股をまさぐっています。リュシエルは抜いた剣を持って静かに近付いて行き、ひとり息子がその気配に気付き、振り返りました。ひとり息子が片手で脱ぎ捨てようとしているズボンに、妙な武器をぶら提げているのがリュシエルの目に入りました。ひとり息子は、体つきもごつくて、腕っぷしが強そうでした。
 リュシエルがミミからひとり息子を引き離そうとすると、彼は激しく抵抗し、あわやリュシエルの剣を奪いかけようとしました。そこで力が入り、気がつくと、ひとり息子は痙攣して横たわっていました。王家の宝刀は、彼の胸に突き刺さっています。
「はあ、はあ」
 リュシエルには、すべてが一瞬のことで、訳が分かりませんでした。「大丈夫かい、ミミ?」
 ミミは涙を流しはじめました。リュシエルはしばらくミミの頭を優しく撫でたり、彼女を抱きしめたりして、落ち着かせようとしていました。けれども、いちばん落ち着いていないのは、リュシエル本人でした。彼ははじめて生身の人間を刺したのです。
 どのくらいそうしていたのか分かりませんが、時を置いて、
「ギャ――――ッ」
 という、耳を覆いたくなるような悲鳴が深更の村中を駈け抜けました。いつの間にか、家の戸口に手燭を持った老婆が立っていて、ひとり息子が息も絶え絶えな様子を、目の当たりにしていたのです。
「ひどい、あんまりですが、もし」老婆が涙ながらに話す声が聞こえてきました。「わしらが、いったい何をしたというのですじゃ」
 そこではじめて、リュシエルは仰向けに横たわったままのひとり息子の方に近寄りました。ひとり息子は目を見開き、おそろしい形相をしており、口からは血の交じった泡をぶくぶく吹き出しています。
 混乱の中で、どうしたら良いか咄嗟のことに判断しかねて、リュシエルは彼の胸に突き刺さっている剣を引き抜きました。ごぼっという音がし、ひとり息子は口から血を吐き、左胸からは、夥しい量の鮮血が溢れ出してしまいました。
 周囲の家から、人の気配がしはじめました。村人たちの何人かが、何事かと驚いて戸口から出て来て、遠巻きにこちらを見ています。
「人殺しだ! 助けてくれ!」ならず者が、そう言い触らしている声が聞こえてきました。「宿賃が払えないからって云って、あんちゃんを、刺しやがった! 凶悪な人殺しだ! 流れ者だ!」
 リュシエルはミミを助け起こし、彼女の手を引いて駈け出しました。「メメ!」呼びかけると、メメも後から遅れまじとついて来ました。月の光は、風に流れた雲に遮られ、世界は暗闇に包まれていました。まるで月がリュシエル達の逃亡を助けてくれているかのようでした。村が小さく見えなくなってからも、三人は何かに追い立てられるように体中汗だらけになりながら、歩き続けました。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

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