果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語
ー㉖ー
にゃんく
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ミミの身なりは質素でした。この地方の村の女性が着るのであろうごく単純な布の服を身につけているに過ぎませんでした。それに特に煌びやかな装飾品に身を包んでいるわけでもありません。けれどもミミは瑞々しい若さと愛嬌で溢れていて、そんなミミのことをリューシーは昔王宮で見た幾人もの結婚候補の、どんなに身分の高い貴族の娘よりも貴く美しいと思うのでした。
何度か逢瀬を重ねるうちに、ミミに対するリューシーのひたむきな愛情が伝染したのか、ミミの方でもいつしかリューシーはなくてはならない存在になっていきました。
この小さな村でふたりきりでいることは人目を引くことになるので、いつもふたりは村の外まで足を運びました。
村のはずれまで来ると、ふたりは手を繋いで歩きました。
村の南の方にある丘の上の草原に並んで坐っている時、初めて接吻を交わしました。
その瞬間は神様が人間に許してくれた唯一の恩寵のように、忘れがたく甘い時間でした。
その後、ふたりは愛を確かめ合うように、何度も何度も口づけを交わしました。
丘の上の草原に座って、リューシーことリュシエルはぼんやり考え事をしていました。王子である自分の身分を明かさなければならないだろうか、と。そもそもリューシーという名は、自分を王子であると悟らせないための世を忍ぶ仮の名でした。本当のところは、既に死亡している先の王であるシンの嫡子、リュシエル王子なのです。しかし、王子と云っても、今は追われる身です。政権は死んだ王の愛妾であるネリとその息子ディワイに奪われ、現在は帰る場所も持たない流浪のお尋ね人でした。
自分が元王子であると告白して、いったい何の利益になると云うのでしょうか? リュシエルには余計な危険を招き寄せるだけのように思えました。この際、自分の過去は誰も触れない心の小箱の中に鍵を掛けてそっと仕舞っておこう……そしてミミと一生幸せに暮らすんだ。はぐれてしまったマデラー少佐との再会も難しいだろう。自分のことを見失って、どんなに途方に暮れているか知れない……でも、再びあの場所へ戻ることは難しい……ネリが差し向けた、ターバンに身をくるんだ追っ手があの四辺にまで足を伸ばして私達の命を狙ってしつこく追いかけ回していたのだ……それに再び力尽きて倒れたりすれば、今度こそ此処まで生きて戻って来ることは出来ないだろう……。
リュシエルはミミが自分を呼ぶ声に我に返りました。
「何を考えていたの?」
吹き渡る風に草ぐさは涼やかに靡き、空は何処までも青く晴れ渡っているのでした。
「……何でもないよ」
リュシエルはミミとの出逢いを与えてくれた大空に感謝するように草の上に仰向けに寝転びました。