『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー㉔ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㉔ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

Ⅵ 血の交わり

 

 

 リューシーはひとり部屋の中にいました。朝早くにリーベリは仕事に出掛けています。
 蹣跚な足取りでリューシーは扉の方に近付いて行きました。ちちちちと明り取りから小鳥の鳴く声が聞こえています。
 退屈のあまりリューシーはちょっぴり探検してみたい気持ちになっていました。戸にかましてあるつっかい棒を抜いて、顔を半分廊下の方へ突き出してみました。人のいる気配はありません。半分開いたままの戸口がすぐ右手にあります。そうしてしばらくのち、思い切って、太陽の光が降りそそぐ外の世界に足を踏み出してみました。誰もいなかったので、ぐるりと周囲を見回してみると、そこにあるのは古くて鄙びた村でした。遠くの畑で腰を屈めて農作業をしている老人の姿が見えました。長閑な光景でした。千年前でも、この場所ではきっと同じ光景が見られたに違いないと思いました。
 左手の方向を見ると、駱駝の瘤のような山が三つ連なっているのが霞がかって見えました。右手の方角には村があり、教会らしい三角形の屋根が突き出ています。
 リーベリはぼくを此処までどうやって運んで来たのだろう?
 つい今の今まで、海岸べりに隣接した村だと思い込んでいたのです。
 腑に落ちない点はその他にもありました。
 リーベリが留守の間、リューシーはこっそり戸棚の中を開いてみたのです。棚にはいつも鍵が掛かっていましたけれど、その日だけは掛け忘れていたのか、僅かな隙間を残して開いていました。話し相手も誰もおらず、退屈の余り、悪いとは思いましたが好奇心の方が打ち勝って、戸棚の扉を開けました。戸棚の中にはぴかぴかに磨き込まれた水晶や保存状態の良いトカゲの足、トンボの羽根などが見つかりました。トンボの羽根は今まさに飛んでいるトンボから毟り取ったかのようにつやつやとして光沢がありました。
 戸棚の戸をそっと閉めながら、ひょっとしてリーベリは魔女ではないか、とリューシーは勘ぐっていました。目覚めたばかりの頃は不思議に思いませんでしたけれど、魔女であれば自分をこの村まで運ぶこともわけはないと思いました。
 遠くの方から風に乗って人の話し声が聞こえて来るような気がしたので家の中に戻りました。しばらく家の中から外の様子に聞き耳を立てていると、その人間の声は、徐々に大きくなって、また小さくなっていきました。
 何かしら胸の内に抑えがたい衝動があり、リューシーは家の奥へ静かに進んで行きました。
 薄暗い廊下の板張りの床をそっと踏みしめて行きました。
 リーベリの部屋の向かいはお手洗いになっていて、その隣には小部屋がありました。そして突き当たりが居間になっているようでした。
 左手の方の上部の明り取りから太陽の光がさんさんと降り注いでいて、その一角だけ外にいるかのように明るいのです。
 リューシーは光の中で椅子に腰掛け何かの本を読んでいるらしい女性の横顔を見つけました。その女性のことは心の奥底に未だに忘れがたい人として記憶に残っていました。何故そういうふうに思うのかは自分でも分かりませんでしたけれど、その人のことを長年ずっと探していて今やっと出会えたのだという気がしてなりませんでした。
「誰?」
 怯えたように問い掛けられ、リューシーは自分が泥棒になって無断で知らない家に侵入しているかのような気持ちに襲われました。
「こんにちわ」リューシーは出来るだけ優しく話し掛けました。「驚かせて申し訳ありません」
「……こんにちわ」
「私はリューシーと申します。そなた……」と云い掛けて、リューシーは訂正しました。普通の人はそなたなどという言葉は使わないことを思い出したのです。「あなたの名前はミミさんですね?」
 自分の名前を呼ばれて、その人は目をしばたたかせました。
「はい……。お姉ちゃんの部屋にいた人?」
「そのとうりです。海岸で倒れていた私を助けて頂いてありがとう御座いました。随分衰弱していましたので、今日まであちらのお部屋で寝かせてもらっていました。有り難いことに、今はこのとおり歩き回れるまで体調は恢復しています」
「……」
「今はミミさんの他は家の中には誰もいないのですか?」
「ママはお出掛けしているわ。しばらく帰って来ないと思うけれど……」
 青く透き通ったミミの目を見詰めていると吸い込まれるような気がしました。
 居間は森と静まり返っていました。あまりにも静かでしたので、この空間だけ時の流れが止まったかのようでした。「もし今お時間がおありでしたら、外に散歩にでもお連れして頂けませんでしょうか? 目が醒めてから今までずっと部屋の中にいたので、私にはこの周辺のことがさっぱり分からないのです」
 ミミはリューシーの姿を頭のてっぺんから足の先まで念入りに点検しているようでした。そうしてしばらく考えた後、ミミは手の中で読みかけの本の頁をぱたりと閉じて立ち上がりました。リューシーは頬にとても良い香りの、そよとした風を感じました。「私もそろそろお散歩しようかなと思っていたところなんです」
 リューシーはふたりの間で停止していた時間の流れが今ゆっくりとその時を刻み始めたように思いました。

 

 

 

 

 

ー㉕ーにつづく

 

 

 

 

 

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