『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語 ー④ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー④ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

Ⅱ 冬のはじまり

 

 

 家計が苦しいといいながら、ケイは決して実の娘であるミミを働かせたりしませんでした。子供心にリーベリは不公平を感じないわけではありませんでしたけれど、それを口に出したりはしませんでした。不平や不満を少しでも言葉にすると、それが何倍にもなって返ってくるような恐ろしい気がしましたし、何より家にいても息がつまるような緊張を続けなければなりませんでした。それより働きに出ていた方が意地悪なケイから逃れることができましたし、ミーシャに会うこともできました。ほんとうのところ、リーベリが小さな体に耐えきれないほどの仕事をケイから云いつけられても精神的にやっていけたのは、ミーシャの存在が大きかったのでした。ミーシャがいたからこそリーベリはいくら家でケイに理不尽なことを云われても今までやってこれたのです。
 ところが、リーベリがN宅で働きはじめてから五年ほどが経ったある秋の日に、紅葉した樹々の下で肩を寄せ合っているリーベリとミーシャの姿をケイが偶然見つけました。ケイは我が目を疑いました。厳しく働かされているものと思っていたリーベリが、こんなところでN宅の放蕩息子といちゃついているではありませんか。ケイはその場で声を出すのを思い止まって、しばらくリーベリの様子を観察していました。するとリーベリは放蕩息子から勉強を教わったり、昼寝をしたり、実にリラックスして家では見せない笑顔を湛えているのでした。
 次の日、ケイはロゴーク村の東方にあるエフエル村に出向いてリーベリの様子を探りました。案の定、N宅の明り取りの向こうの居間では、リーベリとN宅の子供たちが、暖炉のある部屋で卓子を囲んで紅茶などを飲みながら何か楽しげに話している姿が見えました。足の悪い奥さんの笑顔もチラチラ見えます。そしてリーベリは、例の放蕩息子と連れ立って遊びに出掛けるのでした。リーベリは仕事をするより遊んでいることの方が多いようです。ケイはしばらく鬱積した表情を顔に浮かべていましたが、ある考えを実行に移すことに決めると意地の悪い微笑を口の端に浮かべました。
 それから数日が経った或る日の夕方、ケイはリーベリが自宅に帰るのと入れ替わりに、肩を怒らせてN宅の門口を激しく叩きました。
 はじめに門口に出て行ったのは、五歳になるいちばん下の妹でしたけれど、この子は何か叫び声をあげながら、どうしていいか分からずに、七歳になるお兄ちゃんを門口に連れて行きました。
「お母さん呼んで来てくれる?」とケイはその男の子に云いましたが、七歳になるその子は母親を呼んで来る代わりに、台所に行って母親のお手伝いをしていた九歳のお姉ちゃんの背中を指でつついて玄関に連れて来ました。
「お母さんいる?」ケイは顔を引き攣らせて云いました。
 九歳の女の子は家の奥に引っ込むと、しばらくしてからトイレに入っていた十一歳のお姉ちゃんの手を引っぱって玄関に戻って来ました。
「お母さんは?」
 十一歳の女の子は部屋で本を読んでいた十三歳のお兄ちゃんを呼んで来て戸口に顔を出しました。
「……」ケイはもう何も云いませんでした。
 十三歳のお兄ちゃんは微かに震えているようであるその中年の女性を不気味に思いましたが、その女性が帰る気配がないのでどのように対処すれば良いか判断に困り、夕食をつまみ食いしていたミーシャの肘をつっついて、一緒に玄関に来てくれるよう頼みました。
 ミーシャが現れた時、ケイは眉をぴくぴく痙攣させて、機嫌の悪い低い声で、「お母さんいるの? いないの? どっちなのよ!?」と早口でまくし立てました。ミーシャは吃驚して、
「どちら様でしょうか?」と何度か尋ねましたけれど、来訪者は何故かひどく機嫌を損ねていて、「お母さん呼んで来て」の一点張りで、それ以上のことは話そうとしません。ミーシャは内心快く思いませんでしたけれど、とりあえず母親に来訪者がいることを告げました。
「誰?」と足が悪いながらも、一生懸命夕食のサラダに出す野菜を洗っていたミーシャの母親は云いました。あとサラダさえ出来れば、夕食の準備はできあがりなのです。
「変なおばさん。名前聞いても云わないし」
 誰だろうと母親が首をひねりながら松葉杖をついて戸口に出てみると、ケイが笑顔で門口に立っています。ミーシャとミーシャの弟妹たちは柱の陰に隠れて、大人たちの会話に耳をそばだてていました。
「お久しぶりね」
「あら、奥さん、こんにちわ」
「うちの娘がかなりご迷惑をお掛けしているみたいだわ」
「いいえ。とんでもない。よくやってくれていますわ」
「お宅でご馳走をよばれたりしているみたいね。あの子、母親である私にそういうことを何も云わないのよ。私、馬鹿にされているみたい」
「あら。たいしたことじゃありませんのよ。いつもよく働いてくれているお礼ですのよ。気になさらないでくださいな。お友達が出来て、息子も喜んでいるんですよ」
「あの子がいるとお宅のご迷惑になるでしょう? ああいう子だし」
「ああいう子?」
「つまり陰気ってこと」
「……全然そんなことありませんわ。かわいらしいお子さんじゃありませんか」
「実は私、近々昼間に仕事に出掛けようと思っているのよ。夫の畑仕事だけではやっていけないのよ。だからあの子にはうちで家事の手伝いを少しでもやってもらわなくちゃいけないの。そうでないと、家の中が無茶苦茶になってしまうでしょう?」
「……」
「だから、あの子のお勤めを今月いっぱいで打ち切りにしてもらってもいいかしら? 今日はそれを云いに此処まで来たのよ」
「息子が残念がりますわ」
「それは子供同士のことよ。会おうと思えばいつだって会えるわよ」
「それはまあ、そうですけれど……」
「我が儘云って御免なさいね」
「……でも、家庭の事情じゃ、仕方ないことですわね」
 話が纏まると、ケイはさっさと帰って行きました。
 ケイがいなくなると、柱の陰に隠れていた小さな子供たちがいっせいに出て来て騒ぎはじめました。七歳になるミーシャの弟などは、扉の方に丸出しにしたお尻を向けて、ペンペン叩いてみせたりしています。
 リーベリの契約がまもなく打ち切りになることを知り、とくに残念がったのはミーシャでした。
 ミーシャはどうにかしてリーベリの契約を継続してもらえないか母親に交渉をお願いしましたけれど、母親の力でももはやそれはどうすることも出来ないのでした。

 

 

 

 

ー⑤ーにつづく

 

 

 

 

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