ショートストーリー『2月の桜』作/風間雪知 | 『にゃんころがり新聞』

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2月の桜

 


風間雪知

 

 

 

 


  2月12日の東京都内は、少し寒いがよく晴れていた。
  バレンタインデーの手作りチョコの材料を買いに、この駅へと降りていた。目を付けていたお店で溶かす前の板チョコと、トッピングのカラフルなチョコ(カラースプレーというらしい)を購入した。
  私は帰りの電車に乗ろうと駅に向かった。途中、まだ花を付けてない桜並木のある道路を横切ったが、向こうがなんだか騒がしかった。目を細めると、どうやら季節はずれに花を付けた桜があるらしい。
  まだ時間があるので、私は桜を眺めにそちらへと寄り道した。
  桜は木としてはまだ大きくないが、それでも枝いっぱいに桜の花を付けていた。薄ピンク色の、まさに桜色だった。
  私のように寄り道をしている人がいて、時折、人とすれ違った。体は当たらないが、視線は桜に向いているのか、割とギリギリを通っていく。
  それとは別に、桜の木に寄りかかる少女がいた。小学校の高学年位だ。近所の子だろうか。ちょっと出掛けただけのような、室内着のようなオレンジ色のブラウスと濃い赤のスカートを着ていた。
 「あ、お姉さん、いい香りがするね」
  声を掛けようかどうしようか迷っていたら、先に声を掛けられてしまった。
 「桜の香りよりいい香りなんて、私からするかな?」
  私はというと、ようやく桜の花にたどり着いて、下から見上げていた。向きは違うが、少女の横に並んでいた。
 「それ!」
  ガサリと紙袋に触れる音がした。少女は私が胸元に抱えているチョコの材料が入った、その紙袋を指先で指しながら触ったのだ。
  今時他人のものにいきなり触る子供がいるとは思わず、私は少しひるんだ。
 「チョコが入っているのよ」
  私は紙袋を広げ、中身を見せた。少ししゃがみ、少女が上から覗き込めるような高さにした。

「へえー。これが特においしそう!」
  少女はカラースプレーをいたく気に入っていた。
  本来ならそれをあげたいところだが、また買いなおさなければならないかと思うと、そこまでサービスするつもりにはなれなかった。
 「地味だけど味はこっちの方がいいよ。あげるね」
  私は立ち上がって紙袋を漁ると、赤い包装紙の板チョコを一枚とりだした。自分用に一つだけ製品を買っておいたのだ。
 「お姉ちゃん、ありがとう!」
  少女は喜んでいた。だが、包装紙を破って中身を食べる様子はなく、食べ物というよりは大事な宝物のように、しっかりと両手で持っていた。
 「親切なお姉さんに、聞きたいことがあります!」
  にこにこ顔の少女は、板チョコを後ろ手にして、私に尋ねた。
 「はい、なんでしょう?」
  私もつられて笑顔で答えた。
 「今日は何月何日ですか?」
 「2月の12日、日曜日よ」
 「そっかー。お姉さんありがとうね!」
  少女は手を振って、木の後ろに隠れた。お別れにしてはちょっとイタズラ感がある。私はすぐ、木の後ろを覗き込んだ。
  そこに少女は居なかった。辺りにもいなかった。
  だが、少女の声が聞こえた。
 「やっぱりまだ早かったんだね!また4月に遊びに来てね、お姉さん!」
  言葉を最後まで聞く前にふと、強風が吹き込んだ。
  私は紙袋を抱きかかえて、その場に座り込んだ。肩から提げていたショルダーバッグが地面にしりもちをついた。
  風は数秒続いた。目に砂か何か入ったようで、目を瞑るしかなかった。
  桜の木の枝がお互い重なり合う、ガサガサという音が強く鳴った。
  強風が収まり、目を開けた。砂は気のせいだったらしく、特に目が痛かったりはしなかった。
  目の前には、全て花が散った桜の木が佇んでおり、桜の花びらでできた絨毯が敷かれていた。

 

 

(おしまい)

 

 

 

 

風間雪知(かざま ゆきち)

小説家。男性。1979年、新潟生まれ。
理系卒。読むのも書くのも、短編や一話完結の作品を好む。設定上、羊の生物。
作品に、『2月の桜』などがあります。

https://coconala.com/users/422005

 

 

 

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