地元の市が運営するコミュニティーガーデンの1スロットに当選したのがコロナ禍のピークを過ぎた頃。旦那とガーデニングを始めて今年で4年目に突入しました。このネタは備忘録的に書いているので、面白くないかも。と言うことでお時間がある方はお付き合いいただければ幸いです。

 

 

初収穫の時のブログを見てみると、当時はまだまだ手探り状態で頑張っていたようです。当選を知ったのがオフシーズンでしたので、エキサイティングしすぎで種から育てて大量の苗を無駄にしてしまいました。種から育てるのは忙しい我々にはあまり効率的ではないと気がつき、2年目からは5月に苗を購入して育てるようにしています。トマトもなすもピーマン(ベルペッパーと呼ぶ)一株せいぜい5ドル。種から育てる時間的コストを考えたら安いと言えるでしょう。

 

行きつけのガーデンショップで好みの品種を選ぶ

 

今年は嬉しいことに、昨年とれたての野菜をお裾分けしてた友人からトマトの苗のプレゼントが届きました。病気になりにくく、実がなりやすい改良種やブランド種など、去年とはまた違った品種のトマトを育てることになりました。コネチカット州にある有名農家さんが種から育てた、まさにブランド苗。こんなプレゼントを期待して野菜を届けていたわけではなくて、豊作過ぎてしまい無駄にするよりは、みんなに配ったほうが、、と言うのが本音でしたが、こうして感謝してくれる人がいることは嬉しいです。下の写真、こんな感じで梱包されて届きます。いくらくらいするんだろうと思ってその有名農家のホームページ見たら、一株20ドル〜30ドル。いつも買ってたガーデンショップの4−6倍のお値段。自分じゃ買わないけれど、それにしてもお高い。さぞかしトマトの実の味もいいのだろうと期待が膨らみます。

 

 

 

トマトは、5月霜の心配がなくなる頃にコミュニティー菜園に移植して、コツコツと雑草むしりして、バランスよく育つように剪定作業して、きちんと誘引して丁寧に育てました。いただいたトマト数株以外には、いつものガーデンショップで買った苗でナスとオクラ、そしてトマトを追加で数種類。そして唯一種から育てたのが菜園に直播したきゅうり。過去3シーズンで試行錯誤して経験値が上がった分、動物に食い散らかされたり、害虫に壊滅させられることなく、7月に無事初収穫。以降、毎週のように大量のトマトときゅうりの実がなり数日おきに収穫。まさに朝採れ野菜生活を送っています。今年は7月〜8月に雨が多かったおかげで、トマトは水分過多で綺麗に色づく頃に皮に裂け目ができてしまう実が多いです。そこから蟻が侵入したりしているので、青いうちにピックアップして、家で熟するのを待つようにしました。ちなみに、ブランド苗と地元で買ってきた普通の値段の苗の区別をきちんとしないまま植えたので、成長して区別がつかなくなってしまい、結局ごちゃまぜになってしまいました。味はどれも同様においしいです。

 

なすとピーマンはここの土との相性が悪いのか、昨年同様イマイチの出来。特になすは硬く、カレーに入れてかろうじて食べられる程度。オクラも半分くらいは筋っぽくなって硬くて全く食べられない状態。さらに残念だったのが、日本由来のきゅうりが、後半になってうどんこ病に罹り全滅してしまったことです。前半だけで、昨年の収穫量を上回ったのは確かなので、良しとしました。このコミュニティーガーデンでは化学肥料は禁止されているので、害虫はどうしても避けられないようです。

 

トマトは全ての苗で十分な収穫

 

病気に強いはずの地這いきゅうり。うどんこ病に罹患

 

アメリカ原産のきゅうりはいい出来

 

経験値を上げて見事に敷地いっぱいの作物を豊作に導いた旦那D。だた、Dは収穫するだけ収穫して、それを放置しておくので、野菜が傷まないうちに料理するのが私の仕事。去年からの知恵でカレーを作るときの水代わりに大量のトマトを投入し、無水カレーを作っています。無水カレーというと、何時間も煮込むものと思っていましたが、30分くらいでいい具合です。市販のカレールーだけでは実現できない、濃厚かつ爽やかな酸味を感じるカレーになります。

 

色々ぶち込んで煮込むだけの夏野菜カレー

 

このようにトマトは辛うじて皮だけが残ります

 

これだけ大量消費しても、次から次へと実がなるので、収穫しても食べるのが追いつかない状態です。よって今年もとれたての野菜をご近所、友人にお裾分けして、旦那が義実家へ帰省するときは、大きな箱に入れて義父や義兄家族へのプレゼントにしています。

 

と言うことで、下の写真、旦那のマイガーデン名付けて「Dガーデン」。今が出荷最盛期。もうNYも朝夕涼しくなってきたので、今年もそろそろシーズンは終わりですが、来年は商売できるんじゃないかと思うくらいの出来栄えです。

 

 

 

ご近所さんに配るために箱詰め

 

秋のIndicationを感じるこの頃

 

 

 

 

先週のある日、仕事を終えて帰宅しようとしていたら私のプロジェクトにアナリストとして参画しているモニカ(仮名)からちょっと話したいことがあるのだけれど、その翌日時間をとってくれないか、と言われました。組織図上、正式に私にレポートしているわけではないけれど、日々の業務では私の部下。エクセル関数に強いのと、メールの返信が早いので、頼りになって働きやすい人の一人です。

 

業務に関することはメールやチャットでコミュニケーションできるので、直々に話したいと言われるとやはり緊張します。気のなったので「今でもいいよ、どんな相談?」と聞くと、「ある男性の行動が不快でたまらない」という内容。うちの会社ではセクハラは御法度なので、マネージャーとして部下から報告されたらすぐに相談に乗る義務があります。内容が内容なので、その場で立ち話ではなく空いてる会議室に行って話を聞くことに。

 

会議室に行くまでの間、心の中では「う〜ん、モニカが不快に感じてるのは誰だろう?彼女の隣の席の、お調子者のジェイク(仮名)かな?それとも、引退間近でやや古い時代の価値観を露呈させるスティーブン(仮名)かな?」などと考えていました。

 

モニカ:「急な話なのに、呼び止めてしまってごめんなさい」

 

私:「いえいえ、話したいことって?何でも言って?」

 

モニカ:「家から近くの駅に行くまでに、毎朝、半裸の若い男に会うんです。もう不快で不快で毎朝憂鬱なんです。社内のセクシャル・ハラスメント窓口に通報しようと思うんですが、どう思いますか?これが証拠写真です。」

 

ジェイクやスティーブンの名前が出てくることを想定してたので、正直やや安心。でも、ここは突き放したりしないように細心の注意を払います。NWに言ったのに、相談に乗ってくれなかった、などと後で言われる可能性もあるので。

 

 

私:「それは大変な思いをしているんだね(←とにかく共感を示す)。その半裸の若い男性って、うちの会社の人なの?」(モニカがスマホで撮った証拠写真に興味津々だが、まずは淡々と事実確認モードで。)

 

モニカ:「いいえ、近所に住んでいる人です。この人。」

 

わ〜やっぱりイケメンだ。公衆の面前でシャツ脱ぐのは顔とガタイがいいと相場が決まってる。しかし、それだけで社内セクハラ窓口に訴えるような案件なのかな?とは思いつつ)

 

私:「その半裸の男性に遭遇するのはいつ頃からなの?」

 

モニカ:「6月くらいから仕事にくる日はほぼ毎日」(その後、目が合った、Hiと言われた、服を着ていない男性を見ると怖い、という話を10分くらい。写真も、何枚も撮ってる。)

 

私:「それは大変だったね(と共感を強調します)。しつこく誘われたり、追いかけられたりしてるなら、警察に相談するとか、、」

 

モニカ:「それはないんです。う〜ん、でも不快に思っているのは私だけではないと思います。」

 

私:「聞いている限り、その男性は社内の人ではないようなので、セクハラ窓口に通報しても、何ができるかわからないね。」(と念の為期待値を抑えます。ただ、突き放したりしないように、物分かりのいい聞き役に徹します。)

 

モニカ:「ええ、警察に言うようなことでもないけれど、通勤途上のことなので、会社に相談してもいいかなと思ってるんです。」(しかし、なんでそんなに彼に固執してるんだろう、、というのが私の素朴な疑問。)

 

 

夏の時期、アメリカの路上には半裸男は普通に見かけます。特にガタイ自慢の白人の若い男はまるで日頃のトレーニングの成果を見せびらかしたいのか、わざわざ半裸になっていると思えるくらいです。朝ならきっとジョギングとか散歩をしているのでしょう。性的な意志がなくても、アメリカ人は目が合えば、おはよう、くらい言ってきます。だいたい露出が多い男は容姿に自信があるイケメンが多いので、私にとっては目の保養でいいんですが。

 

一方で、モニカの言い分もわかります。私が以前住んでいたアパートにも、セントラルパークでのジョギングを終えた男たちが汗びっしょりで半裸でエレベーターに乗ってきて、住人が文句を言っていました。

 

ということで、モニカには「もし自分の立場だったら、アパートの管理人に相談して、少なくとも敷地内を半裸で歩くのを禁止させるとかするかな〜?きっと、不快に思っているのは君だけじゃないと思うしね。もちろん、社内セクハラ窓口に相談してみてもいいかもしれないね。あとは、道の反対側歩くとか、自分から避けるかな?」と無難なアドバイスをしておきました。

 

半裸はNYでの迷惑行為の一つ。

 

「本人に面と向かって注意したほうがいい?きっと女子はみんな嫌だと思う」と聞かれたので、それは止めたほうがいいよと諭しておきました。どんな男かわからないし、逆にモニカがその男に興味があると変な誤解を与えてしまう可能性もありますし。(そこから恋が発展するというのは映画の中の世界だけ。)

 

この一件で、面白いなと思ったのは、モニカの、というか若い後輩社員の思考回路。彼女の年代を指して、Z世代というそうで、仕事場でも、我々のような世代の価値観が通用しない新しい世代と言われています。一方、彼女はクレーマーでもないですし、普段から文句ばかり言ってるモンスター社員でもありません。きっと異性の半裸への不快感と、それを払拭したいと思っての行動なのでしょう。他の女性もきっと迷惑している、と連呼しているのを聞くと、女性代表としての社会的正義感も強いように思います。一方で密かに写真を撮ってるあたりはデジタルネイティブ。きっと、ソーシャルメディアなどで他人に相談してるのかもしれません。

 

これが、ベテラン社員だと、在宅勤務を押し通すため通勤途上で嫌な目に遭う、とでっち上げに近いような口実を作る悪知恵を働かせたりするものですが、モニカは皆がテレコミュートしている時でも率先して会社に来ていました。しかし、それを社内セクハラ窓口に通報するとか、他の女性も嫌がっているから本人に向かって注意したほうがいいかと真顔で言っているのを見て、この正義感はどこからくるんだろう、とある意味尊敬してします。労災は通勤経路で発生した怪我などもカバーされるらしいので、通勤経路で遭遇する迷惑半裸男のことも、社内セクハラ窓口でカバーされるかもしれない、というロジックで、社内規定をリサーチして、理論武装もしていることにも関心してしまいました。

 

セントラルパークのジョギングコース。夏は半裸男で溢れる

 

半裸で散歩も、この季節ごく普通の光景

 

その後、モニカが本当に社内セクハラ窓口に通報したかはわかりません。もしかしたら、私と話したり、自身でいろいろ調べている間に、これはセクハラに該当するような案件ではないと判断したのかもしれません。ニューヨークでは場をわきまえない半裸は迷惑行為だと思われていますが、半裸で通りを歩いてはいけないという法律も条例もありません。よって、モニカが嫌がっている半裸男を排除するのは不可能で、彼の裸体を見るのが嫌なら、モニカが通勤経路を変えればいいだけの話のような気がします。一方、もしかしたら、以前、こういう風貌の男に嫌がらせをされてトラウマになっているのかもしれないので、とにかく、素人の私ではなく、セクハラ窓口の担当者に話して、次のアドバイスをもらって欲しいと思っています。

 

そして、最後に本音を吐露すると、美しい体躯のイケメンの半裸がセクハラだというなら、私にとっては、通勤電車で隣に座ってくる、ノースリーブで二の腕を押し付けてくる上に、鼻の奥ちくちくする程大量の香水の匂いを漂わせるニューヨークのおばさん達のほうがよっぽど私には不快だけどなあーと思ったりもしてしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく日本に帰っていないので、日本のものが懐かしくなるこの頃です。買い物に行ったりすると、ついつい「ジャパニーズ何とか」と名付けられた商品などに目が行きます。

 

旦那の実家訪問からの帰り道、とれたての果物や野菜を調達するためにペンシルバニア州に立ち寄ってきました。ニューヨークまでは3時間ほど、広大な大地が広がる風景。ドイツやオランダ等、ヨーロッパからの入植の歴史を今に残す街並みの景観保全に努めている小さな町もあり、まるで中世のヨーロッパにタイムスリップしたかのように感じます。そんな場所で、思いもしない「日本」との出会いがいくつもありました。ニューヨーク等の大都会でこそ日本ブームで、本物からコピー品まで、日本的なものを見かけることは日常茶飯事になっていますが、それは、こんな田舎にも広がっているようです。

 

まず立ち寄った大農園。様々な種のトマト、きゅうり、茄子など季節の野菜、そして桃、スイカ、メロンなど旬の果物が並んでいます。そこで見かけたのは「ジャパニーズ・エッグプラント」。日本の茄子です。日本でも米茄子としてアメリカ産の巨大な太っちょ茄子が売られていますが、こんなところで、日本の小ぶりな茄子が栽培されて売られているとは思いませんでした。しかも、売れ行きナンバーワンとかで、早速購入。その他にも、「ジャパニーズ・キューカンバ」として細身のきゅうりも売っていました。アメリカのきゅうりは太くて皮が硬かったりするので、皮をむいて食べることもあります。そして基本輪切り。日本のきゅうりはそのままかじって食べられるし、サラダなどに入れても主張が激しくなく重宝。実は、家庭菜園でも日本のきゅうり栽培してみたんですが、気候が合わないのか、水か合わないのか、うどん粉病にやられて全滅してしまいました。計量販売で、アメリカの普通のきゅうりと同じ額。こちらも早速購入。店内告知では、リンゴや梨の秋の収穫シーズンに向けた配送予約も始まっていて、10種類くらいのリンゴのうち、「Fuji」と「Mutsu」と日本風の品種、そして梨の種類の中には「kosui」の品種名。

 

日本で売ってるよりも大きいけれど、日本の品種

 

プラムもジャパニーズと冠してあります

 

旦那のリクエストで、花木センターにも寄りました。夏のシーズン終盤にかけて、様々な花木が半値などで売られています。ニューヨーク州にもこういう店はたくさんあるけれど、ペンシルバニア州はやや南なので植生が微妙に違うのか、売っているものもやや違います。うちの庭には、日が当たらないセクションがあり、そこをどうやって緑あふれるスペースにするかが旦那のプロジェクトで、シダ類はじめ日陰でも育つ植物を探し求めています。アメリカで売られているシダ類には日本の名前がついて売られていることがあります。一番有名なのは「ハコネグラス」。箱根の山中のイメージでしょうか。日本語訳のないMacraという植物だそうですが、ここでは「ジャパニーズ・フォレスト・グラス」として売られていました。旦那の目に留まったのは「Tokyo Wood Fern」というシダ科の植物。日本語だとイワへゴ。日本人でそんな名前知ってる人はよほどの植物通だと思いますが、こちらでは人気商品として売ってました。旦那が店の人になんで「Tokyo」とついてるの?と聞いたら、「そのほうがCoolで売れやすいから」と言っていました。あとで調べたら、もともと日本や東アジアの原産で、明治時代に東京の湿地帯で発見されたので英名Tokyoとついたそうですが、学名で売られている植物が多い中、やはり店員さんの「Tokyoの名がCool」というのはある意味マーケティング的に本音でしょう。なお、店員さんのユニフォーム(Tシャツ)にも日本語が。別に、日本人経営でもないし、この辺りに日本人が多く住んでいるわけでもないので、まさに、日本人が知らないようなアメリカの中の日本です。

 

売れ筋商品「Tokyo Wood Fern」

 

その他のシダ類胞子植物は日本と関連ありげな売り方

 

店員のTシャツのバックロゴにも日本語

 

最後に、古い教会の残るペンシルバニア北部の小さな町に寄りました。もともとは製鉄業などでにぎわった場所。アメリカにはこういう小さい町が全国に点在しています。日本の地方都市のように、産業の衰退とともに中心地は寂れ、ハイウェイ沿いに賑わいが移り大型店舗が栄えるという構図はアメリカでも同じ。ただ、地方の田舎町が寂れる一方の日本とは違って、アメリカのこういう町の中には、コミュニティーの努力で息を吹き返しているところもあります。ここでは、フィラデルフィアやニューヨークから若い人たちが移り住み、地元自治体を巻き込んでダウンタウンが開発され、いいお店がたくさん並んでいました。そのうちの一つ、男性向けアメカジのお店にふらっと入ってみました。まるでファッション誌のモデルルームのような品ぞろえで、他の客もイケオジ風の客が多かったです。

 

そしてここでも、日本に住んでいるとなかなかみないような、日本にゆかりのあるブランドを見つけました。それは、「Hiroshi Kato」というブランドの男性向けファッション。日本のデニムを輸入して、アメリカでアメリカ人向けに製造しているブランドです。LAが発祥の地で、文字通り加藤さんという日本人が始めたブランド。ジーンズはこの店の看板商品だそうで、「Hiroshi Kato」のジーンズは一番目立つところに並んでました。今のところ「知る人ぞ知る」ブランドのようです。ジーンズ一本200-300ドルの価格帯で、それなりの顧客をターゲットにしていることがわかります。

 

イケおじ集うヴィンテージショップで

 

売れ筋の「HIROSHI KATO」のジーンズシリーズ

 

自身もモデルみたいなショップマスターに、どうして「Hiroshi Kato」扱うことにしたのか聞いたら、アパレルのバイヤー向けの品評会で、日本製の高品質のデニムが注目されてたので興味があったと教えてくれました。私は岡山によく出張してたので、倉敷や児島がデニム生地の有名な産地だと知っていましたが、ショップマスターはその品評会に行くまで、日本とジーンズという連想がなかったようで、とても興味深い話を聞けました。なお、「Hiroshi Kato」オンラインショップサイト内のモデルが、みんな超イケおじだらけで、思わずメールアドレス登録してしまいました。

 

 

 

 

結局、ヴィンテージショップでは買い物はしませんでしたが、農作物と植物で満杯になった帰りの車の中は、まるで果樹園の温室のようないい香りに包まれました。この匂いで、遠い昔、家族で山梨や山形にフルーツ狩りに行った時のことが記憶の奥底から蘇ってきました。

 

ということで、日本とはゆかりのなさそうなペンシルバニアで感じた日本。昨今の日本ブームとはまた別の、日本人が知らないようなアメリカの日常の中の日本的なものを紹介してみました。

 

 

今年になってからの私のブログのメインテーマの一つである、義父の介護と義実家の整理。私自身の親はまだ元気で、介護の経験はありませんが、日本もアメリカも老親を抱えた中年の子が抱える苦労は同様のようです。義父の介護自体は、あまり私の出る幕はないので、旦那が燃え尽き症候群にならないように、ニューヨークの家のことはできるだけ私がやるようにしてます。

 

そして、義実家の整理については私もできることは手伝っています。最初は家の中のモノの多さに圧倒されていましたが、義父の介護施設に必要なものは移して、その後残ったものをせっせと断捨離したり、売れるものは売ったりと、コツコツと物事を進めかなり進展がありました。義兄がモノに無頓着なのが助かります。いちいち家族会議しなくても義父から全権委任された旦那の判断で捨てられるから。

 

7月初めの時点で、義実家に残った家具は両親が新婚当時から使っていた桜の木で作られたベッド、ダイニングセット(テーブル、椅子X8)、食器などを収納するキャビネットなど大物だけとなりました。全て、状態もいいし、ネットではアンティークとしてオークションにも出されるような、古き良き時代のアメリカ製。義父にとっては、義母との思い出が詰まる愛着がある家具の数々。

 

ちゃんとメンテして丁寧に住んでた古い家

 

旦那の成長を見てきたダイニングセット

 

60年も前に製造されたそうです

 

買った時の値段で数千ドルしたらしいキャビネットはオークション業者に買い叩かれて$300ドル。そして実家地元の伝手でベットが$500で売れて、最後に残ったのはダイニングセットのみとなりました。見た目に重厚感はないのですが、折りたたみ式で、新婚、そして子供が増えて、そして巣立っていくにつれてサイズを調整できる優れもの。1965年製造。息子たちに引き取ってもらいたかったようですが、うちも義兄の家も、ダイニングセットを受け入れるような場所が全くない状態でした。よってどうにかして、ちゃんとしたところに売りたい、とラストスパートをかけてました。

 

義父が長年通ってる教会を通して誰かへの譲渡や教会への寄付も勧められましたが、大きいものなので、いいタイミングでもらってくれる人がいなく、教会としても保管や引き取りできないと言われました。タイムリミットが迫り、家を売りに出すための室内写真撮影があった先週末までには搬出しなければならないということで、ニューヨークまで運んで、一度打診して断られた近くの骨董屋に持ち込み交渉して、それでもダメならその場でお金を出して廃棄、という選択肢だけが残されました。

 

テーブルと椅子セットが収まる車を探した

 

ということで先週末は、飛行機で義実家入りし、テーブルと椅子8脚のダイニングセットを運べるような大型SUVをレンタルしました。そして、内覧用の写真撮影が始まる1時間前に運び出し。もう、体が思うように動かない義父も一緒に来ていて、その様子をずっと見ていたのですが、感極まったのか、涙を流していました。義母の葬式ですら涙を見せていなかった義父。南部出身の強い男という印象でしたが、結婚して50年近く、息子たちが生まれて巣立ち、その後は義母と二人で毎日食事を共にしていたダイニングテーブルが廃棄されてしまうのを待つのは本当に寂しかったのだと思います。

 

そんな様子を見ていた旦那と私は、もうひと頑張りして、検索範囲を300マイルに広げてどこか買い取ってくれるところを探そうということになりました。残された期限は当日土曜の午後から翌日日曜の夕方まで。実家の街はもちろん近隣の主要都市の骨董屋や中古家具店などはもうすでに当たって断られていたので、南北キャロライナ、ヴァージニア、ワシントン、メリーランド、ペンシルバニア、ニュージャージー、、、とニューヨークまでの道沿いの主要通過地点にサーチを広げました。ネットで中古家具店、アンティークショップなどをしらみつぶしにして、直接電話して、反応があったところには、メールでダイニングテーブルと椅子の写真を送って、ということをせっせとやって、20件くらい電話して、実家から約3時間のところにあるアンティークショップから持ち込んでくれるなら買い取ってもいいよ、と回答を得ました。写真を見ての判断では、テーブル&椅子8脚で1500ドル。意外に高値。

 

慎重な旦那は、いざ持っていっても「やっぱり買わない、」とか、例えば「一式50ドルでなら買う」と足元見られたら、時間も労力も無駄になると心配していましたが、私的には仕事で培った感というか、このアンティーク店主の電話対応とか、メールでのやり取りから、きちんとした人という印象を持っていたので、もうここは賭けるしかない、ということで、日曜の早朝、3時間かけてそのアンティークショップを目指しました。Googleの口コミレビューは3件しかなくてあまり当てにならなそうでした。

 

日中気温は40度まで上がりますが朝は爽やか

 

バイクでツーリングする人たちも多いルート

 

日曜の朝、この辺り特有の猛暑になる前の早朝の時間帯は快適そのもの。早朝、朝食前に義父に挨拶に行き、またホテルに戻ります。宿泊しているのは、ヒルトン系のモーテル「スパーク」。多分、数あるヒルトンブランドの中では一番安く泊まれるブランドラインだと思います。アメリカの高速道路沿いや地方都市郊外で展開していて、1泊100ドルくらいで泊まれます。部屋は小綺麗で宿泊するだけなら全然問題ないです。朝食は無料(=本当は宿泊料金に含まれているんだろうけど。)で、ベーグルバー(食べ放題)のセルフスタイル。日本の格安ビジネスホテルみたいに色々充実してなくて、ヒルトングループの低位ブランドのコストカット術を見せつけられます。ベーグル食べ放題はいいとして、あとはお湯で溶かすオートミールとかまるで非常食みたいな朝食でした。オレンジとリンゴが提供されてたのでビタミンC補給。

 

お湯で溶かす系の朝食が充実

 

一日中運転する日の朝食は豪華に??

 

移民収容施設みたいな外見の「Spark by Hilton」

 

そんな朝食で腹を満たして、朝日に照らされたハイウェイを北上しました。そして朝10時前、目指していたアンティーク店に到着。まだ店が空いていなくて、店主もあらわれないのではと緊張感が走りました。昨日やりとりした電話番号に電話したら、ガラス張りの事務所の中の電話がピコピコ光ってるのが見えました。店主の携帯だと思ってた番号は、まさかの固定電話でした。

 

待つこと10分、やや途方に暮れ気味の我々の前になんとかファーム(農場)とロゴの入ったピックアップトラックが横付けし、いかにも南部の男という風貌の男が出てきました。この骨董品店主の義理の兄だそうです。我々と同年代くらいだろうか、ジムで作り上げた人工的筋肉ではなくて、日々の仕事で磨き上げられた感じのガタイ。店主は別の場所で骨董品の査定に立ち会っていて、もう少し時間がかかるから、と言って、我々の車から店の中へ家具の移動を始めました。まずは現品チェックしないのかと不安でしたが、あっという間にテーブルと椅子一式に移動を終わり、どうやって代金払ってくれるんだろうとまた、やや不安な面持ちの我々の前に、ラスボス登場、とばかりに昨日電話で話した店主が到着。もっと年配かと思ったら意外に若く40代半ばくらい。その店主、一応テーブルと椅子をちらっと確認して「Great」と一言だけ言って、取引終了。そしたら奥の方にあるオフィスからデカいマグカップ抱えた、これまた南部の女性という印象の気の良さそうなぽっちゃりした金髪女性が出てきて、$1500ドルの小切手を我々に渡して終わり。二人は夫婦のようでしたが、後で聞いたら、この店、店主の親から引き継いだ、代々伝わるファミリービジネスだそうで、南部のみならず全米と取引があるそうです。Dが写真をメールで送った時に、椅子の裏に刻まれている製造番号、製造年月日と場所を拡大して送ったのが決め手になったようです。さすが、目利きのする骨董屋。

 

本場カウボーイ。一人で一気に運ぶ逞しさに萌え

 

義父のダイニングテーブルも無事店に展示

 

商品の回転が早く、売却済みの印があちこちに

 

店主によれば、年代物の家具でも、椅子には安定した需要があるそうで、そういえば電話で尋ねたときは椅子セットだけなら$1200という値段をオファーされました。義父母が買った時の当時金額はテーブルの方が高かったらしいですが、テーブルはそれほどアンティークとして値がつかないそうです。それでも、セットでちゃんとした骨董屋に売れたことで、義父は満足してくれたようです。なお、後日その骨董屋のホームページ見たら、セットで$3800で売り出されていました。欲を言えば、$2000ドルくらいは欲しかったところですが、金を払って廃棄予定だったところを、最後の最後まで粘って我々としては破格の$1500で売れたので結果往来、私も旦那も大満足です。そう、これがアンティーク市場なのです。価値がわかる人はどこかに必ずいる、でも、そのマッチングを見つけるのが大変(まるで中年の婚活みたいだけど😆)。

 

大変でしたが、達成感のある出来事でした。今のところ、この夏一番の思い出と言っても過言ではないくらいです。個人間の売買やオークションなど、インターネット環境の充実で簡単に売り買いができる世の中ですが、家具のような大物になるとタイミングと場所の問題、さらに現所有者の郷愁的な感情部分も入ってくるので、やはり大変。とはいっても義父の流した涙があまりにも物悲しく、旦那一家の一員として、貢献できたことが嬉しかったです。

 

小綺麗な南部の街

 

 

 

 

 

 

自由と自分らしさ、そして出会いを楽しむ夏

 

ニューヨーク。この街の名前を聞くだけで、ワクワクする気持ちがとまらない、そんな魅力を持つ世界で唯一無二の場所。若い頃は映画やドラマの中の憧れだったけれど、今歩くと、また違った良さが見えてきます。夏のニューヨークは、過去も今も、全部ひっくるめて肯定してくれるような、そんな懐の深さを感じます。

 

夏のニューヨークは本当にパワフルです。蒸し暑さすら、街の勢いに変わっていきます。チェルシーやイーストビレッジを歩くと、カフェやバー、オープンテラスでみんな思い思いに過ごしていて、ひとりでも疎外感を感じないのがニューヨークのいいところ。ふらっと立ち寄ったバーで、「一人?」と声をかけられ、そこから自然と会話が始まることも多いです。年齢も国籍も気にしない空気感が心地いいですね。

 

 

多様性があふれる夏のイベント

 

また、夏はイベントだらけ。6月のプライドパレードを皮切りに野外コンサート、屋外映画やストリートフェスなど、毎週のようにどこかで何かやってます。特にプライド月間は街全体がカラフルになって、世界中から集まった人たちとフラットにつながれる。この季節は、同世代のLGBT仲間と飲んだり、忘れかけていたような顔と偶然出会ったり。自由な空気の中で自分らしく過ごせるのが、ニューヨークの夏の最大の魅力だと思います。

 

 

 

最近は、ニューヨークの日本ブームもかなり盛り上がっています。居酒屋で友達とワイワイ飲んだり、カウンターだけの寿司バーで本格的な握りをつまんだり、深夜にラーメン屋でひと息ついたり。昔は「日本食といえば寿司だけ」みたいなイメージでしたが、いまは焼き鳥やおでん、抹茶カフェなんかも大人気。現地の人たちも日本の食文化にどんどんハマっていて、会話のきっかけやちょっとした出会いにもなるんです。たまに同じようなゲイ男性が隣に座ることもあって、お互いの日本への思い出やNYでの暮らしを語り合ったりするのが楽しいですね。

 

一日がとても長いのも夏のニューヨークの醍醐味。8時過ぎまで外が明るいので、人生得したような気分になります。この季節だけ夜間営業している美術館でアートをのんびり眺めたり、セントラルパークで本を読んだり、夜はブルックリンブリッジ周辺を散歩してみたり。

 

 

 

 

過去と未来が交差する場所で〜自分らしくいられる夏

 

街角のネオンを見上げると、昔の自分をふと思い出すことがあります。「もっと自由でいたかったな」と思っていた若い頃。でも今は、この街に身を任せて、自分らしさを素直に楽しめる。ライブハウスで流れる音楽や夜風に吹かれながら、「人生はまだまだこれから」と思えるのが、ニューヨークの夏の不思議な力です。

 

50代でゲイ。人生の伴侶がいたとしても、所詮この国で生まれたわけではない。時には孤独も感じます。しかし、それ以上に「自分らしくいられる」自由がこの街にはあります。多様性がデフォルトである中の一人の人間として肩肘張らずに自然体で楽しめる。

 

夏のニューヨークは、人生を重ねてきた自分に、「今」が一番面白いって思わせてくれる場所だと感じています。

 

 

 

と、最後まで読んでくださった方には、何だこの記事?って思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。実は、上のゲイパパカップルの写真の前の段落まではAIに書いてもらいました。現地在住の中年日本人ゲイが伝えるニューヨークの魅力、というテーマを指定して、この年代の日本人ゲイが書きそうなことを取り上げ、文体や言葉遣いも似せているのです。テーマを指定して、クリックしたら3秒で出来上がりました。2箇所修正しましたが、あとはそのまま載せました。写真は、過去記事で使った中から自分で選びました。完成まで5分以内。私は普段結構長い時間かけて一つのブログを書くので、かなりの時間の節約。

 

なんでこんなことを急に思いついたかというと、長くフォローしてくださっている方はご存知かもしれませんが、私は他の人のブログやエッセイをゴーストライティングしています。最近、日本人の中年男性が案内する夏のニューヨークというお題で依頼があったのです。ちょうど今、本業の仕事で目下、AIでの文書作成を学んでいるところで、主要言語ほぼ対応ということで、AIに日本語ブログの原稿書いてもらったわけです。依頼主の設定は日本人のストレートの中年男性でしたので、ゲイという設定は私がこのブログ用に加えました。

 

最後に種明かしを持ってきましたが、実際に使えるかというと、このままではボツですね。JALとかANAの国際線の機内誌のエッセイみたいというか、あまりに一般化しすぎて誰にも共感できそうにない文章になってしまいました。

 

アメブロにはAIが書いた記事をそのまま載せているような方はあまりいないと思いますが、アメリカには投資アドバイスや趣味ブログなどのブロガーには、夏休みの間AIに書かせて、オンラインデトックスしてるような人たちもいるそうです。多分、投稿数、クリック数、閲覧数とか気になる人気ブログなどでは、ほぼ仕事みたいなスタンスで取り組んでいるからでしょう。

 

下のブログ再掲。ニューヨーク長期滞在してるある

日本人の方のためにゴーストライターとして提供した記事です。諸事情でお蔵入りしてしまったので、自分のブログに載せました。これは自分の体験をもとに自分で書きましたが、AIが発達して精度が増すと、段々こういうニーズもなくなるのかもしれません。