このブログの主要登場人物で、ニューヨークで数少ない私の友人Zhao。私が知る限りの過去から今までモテ筋ゲイとして界隈に君臨していました。が、50を前に、ヤリ友・セフレだったアジア人好き白人男を、同郷の中国人後輩ゲイに寝取られるという事件が発生。寝取られ話はこちら↓。

 

現実に気がついたのか、自分よりも一回りも若いゲイを狙うのではなく、もう少し自分に近い年齢のボーイフレンドを探すことにしたようです。先日、そのZhaoから中年ゲイ向けのイベントに誘われました。大っぴらには言っていないけれど、趣旨を聞く限り出会い系イベント、健全な出会いを目的にしているようです。うちの旦那は義父の介護で実家に帰省中で、私は暇だったのでZhaoの付き合いで参加してみました。

 

完全招待制で、招待された人とその紹介者だけが参加できるということで、ある程度ちゃんとした筋の人ばかりが参加する感満載でしたが、私の経験上、真夏の週末にかけてこういうイベントに参加するのは、なんとなく残念な感じのゲイが多いという一抹の不安もありました。とは言っても、私も金曜夜に用事のない垢抜けない中年ゲイ。開催場所は「アッパー・ウエスト・サイドにある住所に載せてない隠れ家ギャラリー」という響きに釣られて参加してみたのでした。旦那は、「婚活イベントの邪魔しちゃダメだよ〜」と牽制してきましたが、Zhaoと一緒なので一応安心してました。

 

 

日本にもゲイタウンでは「50歳以上オンリー・ナイト」みたいなイベントがあったように思いますが、それは夜な夜なクラブやゲイバーでの出来事。こちらでは、夕方とか、ランチタイムなど明るい時間に開かれるゲイ向けイベントもあります。他に日本人もいなかったし、個人が特定されたりすることもないので、悪趣味と思われるかもしれませんが、写真を少々、潜入レポートです。

 

果たして当日。会場付近の地下鉄駅で集合。すでに着いて私を待っていたZhaoは、Tシャツに短パン、サンダルという全く気合の入ってないラフなモード。私は、仕事帰りに来たので、Yシャツにスラックス。会場について、とりあえず他の参加者を見渡すと、Zhaoのカジュアルさが浮かない程度に皆リラックスした感じの服装でした。この時期の金曜のマンハッタンは、働いてる人がいるんだろうか、と思うくらい午後から週末モードになっています。

 

早速、ゲイ的品定めをすると、私の予想通り見た目がイケてる系はあまりいなくて、ごく普通のおっさんたちが大半。アラフィフイベントなので、当然と言えば当然なんだけれど。ゲイのネットワーキングイベントに何人かはいそうな、目の保養になる筋肉イケオジや高級腕時計のCMに出てきそうな渋い俳優風ダディーはいませんでした。

 

参加者全般は、老け専、枯れ専、看取り専(=年配の男が好きな若いゲイ)と思われる30代っぽいゲイから上は80くらいのお爺さんまで総勢40人くらい、ボリュームゾーンは50代半ば。白人6割、ヒスパニック、黒人、アジア人、人種不詳系それぞれ1割という人種構成でした。入り口でIDチェックされるので、シュガーダディー(金づるお父さん)目当てのパパ活要員や、クライアント開拓のマッサージボーイみたいな層はいなくて、若い人たちは純粋に年配ゲイが好きでお近づきになりたいような子たちが多かったです。と、第三者みたいな言い方してる自分も当然おっさんの部類に入るのですが、、。

 

 

東アジア系は私とZhao二人。フィリピン人っぽい人がいて話しかけたら、適当にあしらわれました。アクセントがヒスパニック系だったので、ラティーノのようでした。その後このラティーノは我々をガン無視。他の有色人種のことを嫌いな有色人種は結構います。Zhaoと愚痴の一つも言い合いたいところでしたが、Zhaoはそんな私を差し置いて、早速30代前半くらいの白人に声をかけていました。ただ、その若者はもっとおじいちゃんを狙ってたようで、Zhaoはあまり相手にされていませんでした。私だったらプライドが傷ついただろうけど、中国人の図太さというか、さっさと撤収して、割とルックスが良さげな若見えの50歳くらいの白人にターゲットを変えていたようです。Zhaoは、肉食系、狩猟系と言ったらいいのか「今日は狩りの日」だと決めると、何が何でも獲物を確保するまでは帰らないというガッツがあります。

 

私はというと、留守中の旦那を忘れ誘惑されてしまうようなダンディーな男との出会いを密かに期待しないでもありませんでしたが、そんな艶っぽい展開にはなりませんでした。

 

兄弟ゲイ(見た目が似てるカップル)もよくいるタイプ


ハドソン川に近い、窓からは綺麗な夕陽が見える隠れ家画廊ということで、隠微な雰囲気を期待してたんですが、隠れ家的だったのは入り口だけ。中に入ってみると普通のギャラリー。会員制のようで、普段はマンハッタンの裕福な住人やレストラン経営者などが部屋や店に飾るアートを探しにくるようでした。照明が明るくてとっても健全な室内。ワインとチーズくらい出るのかなと思ったらそれもなし。あるのはウォーターサーバーの水だけ。

 

イベントは、展示されてる絵を見ながら、作品に関する謎解きをして、最後にビンゴ形式で全問正解者にプレゼントがあるという趣向。参加者同士助け合って回答してもいいよ、とお互いが交流できる工夫がされていました。Zhaoは結構積極的に何人かの男を話していましたが、私の方は完全に壁の花状態。Zhaoと話しているのが楽なんですが、二人で一緒にいるとカップルだと思われてZhaoにとっては迷惑だろうと思い離れてました。

 

興味がある男に遠巻きに近づく参加者たち

 

しばらく絵を見ながら一人でブラブラしていると、ジョー・バイデン元大統領みたいなかなり高齢のお爺さんから話しかけられて、私が見ていた絵の解説をしてくれました。アートに疎い私はほぼ聞き流していましたが、どうやら仕事を引退してからは若いアーティストのパトロンになって、才能を育てている人のようで、アートよりも彼のビジネス的経歴に興味を持ちました。名刺もくれて、住所を見たらエンパイアステートビル高層階。事務所か住居かを構えているのでしょうけど、肩書なしで名前と住所だけ。有名な方なんでしょうかね。ジョー・バイデンも若い頃はイケメンだっだらしいので、きっとこのお爺さんも昔はステイタス、ルックス、金と全てを持ってゲイカーストのトップに君臨していたのかなと思いました。永年のパートナーは昨年亡くなったそうです。

 

バイデン爺みたいな参加者もいた。若い頃はイケメンだったんだろうな〜

 

その他、映像作家をしているという60歳くらいの人からも話しかけられ、しばらく話していました。人種不詳系。そもそも出会いを求めてきているわけではない私は、ずっと聞くばかりで彼にあまり質問をしなかったので、興味がなさそうに見えてしまったのか、彼は程なくして去って行きました。そして、もう一人、この会場にいる中では見た目的に一番私の好みかなと思われる人と目が合ってどちらともなく話ました。職業は不動産エージェント、うちの旦那と同じくらいで50前半。最近日本に旅行に行ってきたそうです。妹が日本に住んでるとかで、私を接点を見つけて話してくれているのはわかるので、逆にこれ以上発展させてはいけない思うと、なんだか罪悪感を感じてしまいました。彼自身は最近シングルになった、とステイタス関連の話になったので、私は「We」(私と旦那のこと)という表現を会話に中に入れて、シングルじゃないことは仄めかしました。それで別に嫌な顔するわけでもなく、そこから、パートナーとはどういうデートするの?とか、聞かれて、話題がポジティブに発展、楽しい時間を過ごすことができました。さすが、マンハッタンの競争が厳しいマーケットで顧客相手に仕事してるだけあって、素晴らしいコミュニケーションスキルの持ち主でした。この人こそZhaoに合わせたいと思い、Zhaoを探しましたが、見当たりませんでした。

 

この日話した男たちで共通したのは、遊び呆けてシングルのままその年齢になってしまったのではなく、それぞれ長年のパートナーがいて、最近その関係を解消したり、死別してたり。会話の最初の方にそれを言ってきてたので、とても好感が持てました。イケてないおっさんばかりが集まるイベントと勝手に定義づけて、Zhaoともそんなジョークを交わしながら来場しましたが、よく考えたらこういうゲイの人たちの方が地に足ついて真っ当な気がしました。不動産エージェント氏のことはもっと知りたいなとも思いましたが、冷やかしで参加した手前、もう自分はいてはいけない場所のような気がしました。

 

不動産エージェント氏(イメージ)。彼自身が中古優良物件だと思った

 

気になった作品。オバマ時代のホワイトハウス。今は昔。

 

ということで、もう潮時と思い、再びZhaoを探しましたが、やはりいない!広い会場ではないので隠れる場所もないのできっとどこかに消えたようでした。先ほどZhaoが話してた同年代くらいの白人の男もいなくなっていたので、もしかすると二人でどこかに行ってしまっていたのかもしれません。Zhaoとは別行動してる時にもし帰りたくなったら帰ってもいい、と取り決めしてあっていたし、このイベント自体がそういう趣旨なので私はそのまま会場を後にしました。電車で帰宅途中、Zhaoから「先帰ってて」とテキストが来て、まだ会場にいたんだ、と思いましたが詳細は不明。まあ、いつか真相は判明するでしょう。

 

この日来てたアラフィフシングルゲイたちは、年齢不相応な若造りをしているわけでもなく、ルックス至上主義に取り憑かれているわけでもなさそうでした。かつ嫌味のない程度に自信に溢れた人が多くて、マンハッタンにもこういうゲイの人たちがいるんだ〜と新しい発見でした。不動産エージェント氏にかけて、ここにきてた壮年ゲイたちを不動産マーケットに例えていうなら、「きちんとした住人が永年住んでいていい状態の中古マンション。間取りにクセがなく、次の住人を選り好みしない物件」のような。Zhaoの転んでもただでは起きない精神で、やっと自分が属するべき場所を見つけたのかな、と老婆心ながら感心しています。

 

最後に話した、ちょっと気になった不動産エージェントが「今度旦那さんと二人で行ってみたら、」と彼が賃貸契約の締結に携わったというレストランを紹介してくれました。駅までの帰り道でしたので、覗いてみましたが、なるほど良さ気。今度Dと一緒に来てみようと思うと同時に、その不動産屋さんの彼にも、いい出会いがあって、ダブルデートなんてできたらいいなと思いつつ、夜が更けてますます盛り上がる金曜夜のミッドタウンをあとにしました。

 

なお、この不動産屋みたいな男こそ、マンハッタンにおける中年ゲイ婚活マーケットでの優良物件。Zhaoに合うのではと思い、テキストの返信で「こんな良さげな男いたよ、話した?」と、聞いたら、一応会場見渡した時にすかさずチェックしてたようです。ただやや太めな容姿が嫌なので、速攻でリストから外したようでした。ゲイの世界では、好みのルックスかどうかは、出会いの最初の関門なので、Zhaoとはマッチングしそうにもありません。私にとっては、そのぽっちゃりさがクマさんみたいで可愛いと思うのですが、Zhaoとはやはり男の好みが違うんだな〜と実感。

 

さて、Zhaoをネタにこの記事の続編を書けるような出会いはあったのか。今のところ、報告はありません。また、しばらく音信不通が続いて、何か報告したいことがあると連絡してくるのが彼のパターン。またそんないいニュースがあったら、このブログのネタにしたいと思います。

 

やはり一人よりは二人の方が楽しめるのかな

 

 

 

 

 

 

ついに8月。夏本番ですね。

 

直近2回に渡り、北海道を舞台にした映画ロケ地巡礼の様子をお伝えしてきましたが、今日は話題をニューヨークに戻して、こちらでの映画撮影の話です。いつか製作されるのではと噂されていたメリル・ストリープ、アン・ハサウェイ共演の名映画「プラダを着た悪魔」の続編がついに撮影開始になりました。メインの舞台はもちろんマンハッタン。数年前の冬に、大学時代の同級生のマンハッタン訪問時にロケ地巡りをした話をブログにしましたが、続編も同様にミッドタウンのオフィスビル街などを舞台にしているそうで、撮影に巡り会えればと思って市内に出た時にはいつもキョロキョロしています。今のところ撮影現場には遭遇していませんが。

 

 

そんなある日、ミッドタウン付近を歩いていると映画の撮影許可書が貼ってあるのを見かけました。ニューヨークに住んで長くなり、これまでにも映画やテレビドラマの撮影の時に、通りが閉鎖されたり、駐車禁止になっていたりするのを見かけたことがあります。NY市警が発行した、日にちと時間を明記した張り紙がしてあって、ロケをみたいと思えば時間を合わせて潜入することも可能だったりします。閉鎖されている通りでも、勤務先があるとか住民だと通してくれます。映画名や番組名は書いていないのですが、すでにSNSで特定されていた「プラダを着た悪魔」の撮影場所のようなので心が躍りました。張り紙には撮影期間はある日の早朝の時間が指定してありました。朝5時起きで家を出て、マンハッタンに6時台に着けばみられる感じ。でも、映画の撮影は時間通りに始まるとは限らないし、天気によっても左右されるので、100%遭遇できるわけではありません。主演のメリルやアンがいるかもわかりません。

 

で、その当日は結局朝起きるのがつらく、2度寝して起きたら7時過ぎてました。グランドセントラルに着いたのが9時過ぎで、貼り紙によればすでに撮影は終わっているはず。行けばまだやってるかもしれないけれど、もう気分は仕事モードになっていたので、会社に直行しました。と、面白みのないオチになってしまいましたが、下の写真が、映画撮影やテレビのロケがされるときに周辺界隈に張り出されるNY警察の許可証です。

 

 

この話を、エンタメに詳しい、会社の同僚に話したら今やSNSで簡単にどこで撮影されているか、誰が出演するシーンなのかすぐにわかるのだと教えてくれました。撮影現場を同時配信するYoutuberやTiktokerがたくさんいて情報が筒抜けになっているからとか。実際に、そんな動画を何編も見せてくれました。それを繋ぎ合わせて、勝手に予告編を作ってみたり、AIにストーリーを作らせることもできるようです。この話を聞いた私は古い世代の価値観が爆発、怒りに近い感情を持ちました。有名映画の大スターの撮影に出会いたいという人々の好奇心は昔も今も変わらないと思いますが、そんな映画を撮影の段階から消費してしまう、現代のソーシャルメディアに巣食う人たち。私がそういう投稿をみなければいい話なのですが、検索歴や閲覧歴から私の映画好きをスマホが検知して、ご丁寧にトップページに載せてくれてるようで、「プラダを着た悪魔2」関連の動画が各SNSに出てきます。

 

 

 

 

このポスターは公式なのかな?

 

撮影に遭遇してその様子をブログで紹介するのは実現しませんでしたが、ついでに、最近のアメリカ映画撮影に関するネタを一つ。


トランプ大統領が、外国製作映画に100%の関税を課す方針を表明しました。具体的にどう税金を課すのは、それを観客のチケット代に上乗せされるのかなどは今のところ不明ですが、どうしてトランプがそんなことを言い出したかというと、いわゆる「アメリカ映画」とされる映画の多くが実はアメリカではなくカナダやアイルランドなどで撮影されていることが多いのです。

 

 

これは何も、今に始まったことではなく、たとえば20年以上前の名作映画「ブロークバック・マウンテン」も設定はワイオミング州のロッキー山脈となっていますが、実際の撮影はカナダのカルガリーで行われました。また、最近私がブログで紹介した「A Nice Indian Boy」はニューヨークチックな設定を匂わせてはいましたが、実際にはカナダでの撮影です。最初、私はブルックリンで撮影されたのかと思い込んでいましたが、ブログを書くために色々リサーチしてたら、実際にはカナダでの撮影だと知ったのでした。

 

 

いわゆる「ハリウッド映画」がハリウッドで製作されているとは限らないというわけです。色々理由はありますが、ロサンゼルス近郊での撮影コストの高騰や、海外クルーの入国ビザの問題などで、撮影地としてのアメリカを回避していることや、カナダやアイルランドが映画ロケに様々な優遇政策をとっていることが挙げられます。トランプとしては「アメリカ映画」と謳っておきながら、アメリカで撮影されていないなんてけしからん、ということなんでしょう。私も、これには同感です。日本人だって、仮に日本を題材にしたサムライ映画が、たとえば中国や韓国で撮影されたのに「日本映画」としてブランディングされたら怒るでしょう。

 

マンハッタンは、街の風景自体がエンタメ的、たとえば「プラダを着た悪魔」や「セックス・アンド・ザ・シティー」に登場する街角の光景や、主人公が颯爽と歩くストリートなどは、マンハッタンそのものでないと、物語自体が成り立たないと思います。観客はニューヨークへの憧れを期待しており、マンハッタンの摩天楼の遠景だけ使って、あとはセットで誤魔化してどこか他の都市で撮影されるというようなことできないと思うのです。ただマンハッタンもあちこちで再開発が進んで、他の大都市と区別がつかないような場所も出現してきているので、予断は許さないなとも思います。

 

撮影現場に遭遇したかのような釣りタイトルで申し訳ないので、マンハッタンの撮影地情報の以前ブログの再掲。せっかくなので、リブログさせていただきます。

 

 

 

マンハッタン自体が被写体(セントラルパークにて)

 

 

 

大好きな邦画、高倉健さん主演「駅 Station」のロケ地を訪ねて、第2弾です。(第1弾はこちら↓)

 

増毛の地を始めて訪問したのは2015年のクリスマス・イブ。映画ゆかりの地を訪れたあの時の感動が忘れられず、きっとまた戻ってくると心に決めてから8年、一昨年の2023年に再び増毛を訪問することができました。映画は四季を通して撮影され、束の間の夏のシーンは印象的で、2回目はロケ地ツアーは夏と決めていました。その間、タイトルそのものであり、映画の舞台でもあった増毛駅は鉄道の廃止と共にその役目を終えてしまっていました。

 

1回目の時は、東京を朝出て新千歳空港から鉄道で増毛へ直行、数時間の滞在後同日に札幌に戻るというを弾丸一人旅。2回目の訪問は、旦那と一緒、稚内から日本海沿岸を5日かけて函館までレンタカーで巡る旅の途上でした。幸い天気に恵まれ、映画の夏のシーンさながらの光景に巡り合うことができました。そして今回はアメリカ人の旦那と一緒。

 

日本海に沈む夕陽(前泊地・羽幌にて)

 

増毛再訪の日は、前泊地の羽幌を朝出発し、最初に留萌を目指しました。留萌は、映画の中では「都会」として描かれていました。健さんと倍賞さんが初デートで映画を観たり、鳥丸せつ子が通院するのもここ留萌でした。しかし、聞いてはいたけれど、留萌市内はそんな面影もないくらい衰退し切っていました。市内に中心地、JR留萌駅跡に行きました。駅跡は立ち入り禁止かと思いきや、駅裏口の住宅地に抜ける近道として開放してありました。おかげで全容を見ることができましたが、兵どもが夢の跡とばかりに、線路は分断され、構内には夏草が生い茂っていました。その昔、この駅からは、増毛へ向かう留萌線のほかに、羽幌を経て宗谷線に接続する羽幌線の起点でもありました。そんなターミナル駅だった名残なのか、2023年時点では広大な敷地が再開発もされずそのまま残っていました。

 

映画にも登場した留萌。廃駅は堂々とした佇まい

 

線路には夏草が生い茂っていました

 

 

本当は留萌にもう少し長く滞在するつもりでしたが、お店もしまっているし、そもそも人影が見えないので、早々に切り上げ目的地増毛へ向かいました。私の懐古主義に付き合わせてしまっているので旦那は楽しんでくれてるかなと不安でしたが、「自分一人だと絶対こういう場所には来れないから嬉しい」と楽しんでくれているようで安心しました。

 

そして、この後目指すは、映画の舞台になった増毛駅跡。事前調査によれば、駅舎は取り壊されず観光整備されているとのことで楽しみにしていました。相変わらずのいい天気、留萌線廃線跡と並行しつつ30分程度のドライブの後増毛へ到着しました。期待通り、増毛駅は公衆用に整備され、観光客を迎え入れる態勢が整っていました。現役だった頃よりも綺麗に見えました。まだこの時点で廃線からわずかしか経っていないので構内には線路が残っていました。

 

 

もう列車の来ることのない駅

 

キオスク風の売店もありました

 

さよなら留萌線のマークが寂しい

 

増毛駅でしばし、映画の世界の気分に浸ったあとは、通りの向かいにある風待食堂の建物に行きました。今は観光案内所が入っています。前回来た時は閉まっていましたが、今回は営業中。観光案内所というよりは、映画「駅 Station」のミニ資料館といった趣でした。ロケ当時の写真や、健さん、倍賞さんなど主要キャストのパネル、撮影時の備品などが展示されていました。目玉は、邦画史に残る名シーンが撮影された小料理屋のセット。年の瀬の冬の夜、健さんと倍賞さんが、テレビから流れる八代亜紀「舟唄」を聴きながらしっぽりする、どこか物悲しいけれど情緒あふれるシーンです。今でさえ、有名映画のロケ地訪問は「聖地巡礼」などと言われて人気アクティビティーのようですが、私にとっては増毛など、健さんの映画が撮影された場所はまさに聖地。こんな私の趣味に付き合ってくれてる旦那にも感謝です。

 

今回は開いていた!

 

 

邦画史上に残る名シーンのセットを再現

 

撮影場所を詳細に解説してくれていて便利

 

増毛駅、風待食堂と巡ったあとは、前回の旅でも訪れた国稀酒造に行きました。嬉しい驚きは、結構賑わっていたことです。我々同様レンタカーでこの辺を周遊してるお客さんが数組いました。また、こんなところにもインバウンドの波が押し寄せているようで、台湾か香港からと思われる、行儀がいい系の中華系のグループと、ドイツ人と思われる年配カップルが酒の試飲してました。旦那にとっては、東京を離れて以来4日ぶりに久しぶりに見る白人。奥さんの方に、いきなりドイツ語で話しかけられて面食らってる姿が滑稽でした。ドイツで「駅 Station」を見て、ぜひ来てみたかったそうです。名画は国境も越えるのですね。私の方は、前回閉店間際に入ったのに親切に酒蔵見せてくれた店員さんいるかな、と探しましたが見当たりませんでした。この日も売り上げに少しでも貢献しようと思い、お酒数種類と、Tシャツなどグッズを購入しました。中華系の観光客が一人で何本も購入していて、いっそ樽で買っていけば、と思うくらいの爆買いでした。インバウンドの流入でオーバーツーリズムの問題が指摘されている日本ですが、増毛にまで来るような外国人客は元々コアな日本好きできちんとリサーチもしてきているので、お金を落としてくれる外国人観光客は経済的にもメリットは大きいものと思われます。増毛のように日本人には忘れ去られているような小さな町にとってはなおさら、、、色々考えさせられる出来事でした。

 

 

 

インバウンドの波がこんなところまで

 

増毛を十分に堪能したのち、我々は雄冬を目指しました。映画の中では、健さんの故郷で、両親や弟や妹が住んでいるという設定。映画の中で健さんは増毛から連絡船で雄冬を目指すので、私は雄冬とは日本海に浮かぶ島なのかとずっと勘違いしていたのですが、実は陸続き。増毛からもわずか30分ほどのドライブです。では、どうして連絡船が運航されてたかというと、当時はまさに陸の孤島だったからです。北海道の日本海沿岸のこの辺りは断崖絶壁になっていて、海沿いに道路や鉄道を通すことができなかったのです。それでは、内陸に道を通せば、と思いますが、海岸からすぐに暑寒別岳ほか峻険な山々が聳えるので、陸路で行こうとするととても大回りになってしまいます。その後道路建設技術やトンネル掘削技術が進歩し、沿岸を這うように国道231号線、増毛雄冬間が開通しましたが、映画が制作された頃はまだ雄冬には道路が通じていなかったわけです。そんな自然環境の厳しさが、映画の日本情緒に反映されていたのです。

 

 

 

写真はネットからの借り物。国道231号線雄冬付近

 

さて、その雄冬。映画の中では、健さんの実家があり、夏に帰省するシーンは、とても瑞々しくまるで家族が住む桃源郷のように描かれていました。妹役を演じた古手川祐子、弟役を演じた永島敏行、幼馴染を演じた田中邦衛さんなどが登場するのもここ雄冬という設定です。実際に訪問してみると、よくもこんなところに人が住み着いたなと思うくらい、絶壁に囲まれた場所です。山から海に流れ落ちる滝が印象的でした。時折トラックがすごいスピードで通り過ぎる以外は、閑散としていて、今も寂寥感溢れる、陸の孤島的雰囲気が残っています。下の写真、この時の雄冬の様子。日本海はとても穏やかな表情を見せていましたが、なんとなく物悲しい風景です。絶壁から直接海に流れ落ちる滝はまさに大自然の神秘。北海道には他にも名爆を擁する観光地があるけれど、雄冬は隠れた穴場だと思いました。なお、映画が撮影された雄冬漁港にも行ってみましたが、人の影もなくひっそりとしていました。

 

ということで、2回にわたって「駅 Station」のロケ地訪問記をブログにさせていただきました。増毛や雄冬は、車があれば札幌からでも日帰りで行けると思いますので、このブログの行程のように周遊旅行してる時間はないよ、という方でも気軽に訪れることができると思います。昭和の名映画の世界に浸りたい方にはぜひ、おすすめです。

 

 

 

 

 

この記事、書きかけのまま数ヶ月が過ぎてしまいました。

 

日本映画界の至宝、高倉健さん主演・倍賞千恵子さん共演の「駅 Station」。この記事書いたおかげで、ゲイとは無縁そうだったブロガーさんたちとの交流のきっかけにもなり、ブログを書く上でのコンテンツ(=健さん、昭和の名画、北海道、旅情、鉄道など)の強さの重要性を知りました。

 

今日は、この映画のロケ地である北海道・増毛町を訪問した時の様子を紹介したいと思います。2回訪問して、それぞれに思い出深い旅でしたので、2回に分けて紹介します。最近弟夫婦から、この夏は北海道に行きたいけど、メジャーどころの函館とか札幌、富良野あたりはインバウンドが多過ぎて落ち着かないだろうから、どこか思いっきり北海道らしいところはないか、と聞かれていました。そんなことも、書きかけだったこの記事を復活させた理由。NYに住みつつ北海道の観光案内をしてしまうくらい北海道好きな私は、迷わず二人に、まず増毛に行って、その後日本海沿岸を北上して、羽幌、サロベツ原野などを経由して稚内まで抜けるルートか、増毛から南下して雄冬、石狩、積丹半島、余市というルートを提案したのでした。予習のために「駅 Station」も観ておくように勧めましたが、どうだか。なお、北海道を舞台にした健さん主演映画は数多くあって、網走監獄などが超有名ですが、それ以外にも、かつて炭鉱で栄えた山間の町、ニシン漁などで栄えた港町などが舞台になります。健さん映画のロケ地を巡る旅=北海道の開拓の歴史を探る旅になると言えるでしょう。

 

 

増毛町の話に戻り、ウィキペディアによれば、「雄冬海岸と暑寒別天売焼尻国定公園の一部である暑寒別岳を抱える。歴史は古く、町内には北海道遺産に選定されたレトロな建物が立ち並ぶ。ボタンエビの漁獲高が日本一であるが、アマエビやタコなどの水揚げも多い。良質の水を利用して酒造も行われており、明治時代からある國稀酒造は、日本最北にある造り酒屋でもある。」と紹介されています。これだけでも行ってみたくなるような魅力が漂います。それに加え、昭和の邦画ファンなら知らぬ人のいないであろう名優高倉健さん主演映画のロケ地。

 

1度目の訪問はもう10年近く前、2015年の冬のこと。映画に登場するJR留萌本線の留萌〜増毛間がその翌年の2016年に廃線になると発表されたので、増毛駅がなくなってしまう前に行っておきたかったのです。世の中はクリスマスイブ。北海道は大型低気圧が近づいており暴風雪になったら増毛に行く留萌本線も運休になると言われていましたが、運に賭け旅行を決行。千歳空港に着いたときはまだ晴れていました。千歳空港から列車を乗り継いで約3時間、長年夢にまでみていた増毛の地を踏んだ時の喜びは今も思い出されます。

 

 

途中の留萌でしばし停車

 

増毛に着いた時の感慨は深かった

 

町内は2時間あれば回ることができる規模

 

駅前通り。思ったより生活感があった

 

撮影当時の賑わいも、今はひっそり

 

着いたときは、まだ太陽も覗いており健さんの面影を追いつつ町中を散策しました。北海道の小さな町は過疎化が進み、駅前など閑散としているんだろうなと思っていましたが、意外にも生活感を感じました。まずは駅の周辺、健さんが、倍賞さんはじめ物語の中で絡む人たちとのシーンが撮影されたと思われるスポットを探訪しました。駅前旅館でしょうか、立派な建物が小綺麗な佇まいで残っていました。きっと映画撮影クルーもここに滞在したのでしょうね。その後、健さんと倍賞さんが初詣をしたシーンが撮影された増毛神社に行ってみました。倍賞さんが、昔の恋人で指名手配犯である室田日出男を見かけた、物語が静かに動く超重要場面です。この時は本当にここで撮影されたのか信じられない位ひっそりとしていましたが、新年を迎える準備をしている様子が伺えました。

 

新年を迎える準備が進む増毛神社

 

雲行きが怪しくなってきたので、駅前に戻る

 

その後、空が急に暗くなってきたので再び駅前に戻りました。映画に登場する風待食堂の建物は、観光案内所になっていると聞いていましたが、この日は休館。中の様子も伺えなかったのが残念で心残りになりました。しかし、このことで、きっとまた増毛を再訪すると心に誓ったのでした。昼時を逃してしまい、小腹が空いていたのですが、コンビニなどは見当たらず、唯一営業していたお寿司屋さんに入りました。メニュー見ると、平均で東京の半額くらいの値段に感動。そして提供された料理を見てまた感動。増毛、来てよかった!と思いました。

 

鳥丸せつこ演じる鈴子が働いていた食堂

 

主に映画が撮影された駅前通り

 

生活の中心は国道沿いにあるようです

 

 

全部食べて2000円でお釣りが来ました

 

食事を終えて外に出ると、雪がちらつき始めていました。しかし、それがかえって映画の世界を彷彿とさせ、自分も登場人物になったかのような錯覚を覚えました。劇中、健さんは実家への帰省のために大晦日に雄冬への連絡船を待っていましたが、冬の嵐で船便が欠航になってしまい、結局倍賞千恵子さん営む小料理屋で二人で年越しを迎えることになりました。外の気配はまさにあのシーンの日のような雰囲気の空模様です。港まで出て、日本海の荒波を見ながら、ああ、これこそあの映画の世界だ、、と思いニューヨークからはるばる訪問して良かったと感慨に耽ったものです。

 

その後、最北の造り酒屋国稀酒造をのぞいたら、奇跡的に営業中で立ち寄ってみるとお客は私一人でした。親切な店員さんが、こんな天気なのにわざわざありがとうございます、と言って酒蔵も見せてくれました。こちらでも、映画の展示コーナーがあり、撮影当時の様子などをうかがうことができました。酒造さんの売り上げに貢献したいと思い酒を一升瓶含め何本か購入。一升瓶はもちろん全部はニューヨークに持ち帰れないので、この北海道訪問の後に帰省予定だった実家へ宅配手配して、実家のお正月準備の足しにしてもらおうと思いました。

 

最北の造り酒屋・国稀酒造

 

飾り毛のない無骨さがいい

 

酒造課程を説明していただきました

 

ここでも映画が撮影されたようです

 

国稀のお酒も映画には何度も登場したので、ここでもう少し感傷に耽っていたい気もしましたが1日に数本しかない列車の時間が迫っていたので、足早に増毛駅に戻り、1両編成のディーゼルカーに乗りこみました。本格的に雪も降り出し、風が顔に強くあたります。そんな増毛の町を歩いていたら、今にも健さんがあらわれそうな雰囲気でした。クリスマスイブなので、車内はガラガラで、映画の中の健さんのように、日本海を車窓に見ながら座って帰れるのかなと思いきや、廃線を惜しむ鉄道ファンが30人くらい既に乗っていて、席は結構埋まっていました。その後私のように観光後と思われる客が数人乗ってきて、満席御礼。私はかろうじて空いていたボックスシートの通路側の席に座ろうとして窓側に座ってた鉄道オタク風の爺さんに、ちょっと声をかけたら明らかに嫌な顔されましたが、どんどん人が乗ってくるので、お構いなしに座りました。

 

 

ちなみに、地元のお客さんはゼロだったと思います。映画の中で、健さんが増毛駅で、上りの最終列車を待っているシーンがありましたが、待合室は賑わっていたのを覚えています。あの当時はまだ増毛にももっと人が住んでいただろうし、留萌本線も地元の生活列車として機能していたのでしょう。この日の光景は寂しい限りでしたが、これでは廃線になっても仕方ないなと思いました。

 

窓際に座る鉄道オタク風の感じ悪い爺さんは、列車の走行音や車内放送を録音しているのか、機材片手にむすっとしたまま。私はその彼越しに、荒れた日本海を眺めながら、増毛訪問の余韻に浸っていました。そのうち線路は海を離れ留萌に到着。この留萌駅も、健さんが同僚の刑事さんと二人で、事件の張り込みのシーンで登場する懐かしのロケ地。留萌は管内最大の都市、映画の中では賑わってる印象でしたが、私が訪問した時は既にひっそりとした佇まいでした。この時、まだ夕方でしたが、まるで深夜のような駅構内の雰囲気。(今日現在この留萌駅も廃止されています。)列車は留萌を出発、すでに外は真っ暗で、時折人家の明かりが見えるくらい、札幌行きの特急が接続する深川駅までうとうとしながらの旅でした。

 

10年も前の話なのに、まるで昨日の出来事のように思い出されます。長くなってしまったので、2回目の訪問は、次のブログで紹介します。

 

 

劇中では八代亜紀の「舟唄」が印象的に使われていた

 

最後に、このYoutube↓、見てみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トランプが大統領になってからLGBTの権利が後退していることはこのブログで何度か書いていますが、今、ゲイコミュニティーでの懸念ごとの一つが、同性婚カップルへの養子縁組と代理母出産が禁止されるのではと不安、憶測。

 

今、トランプの支持母体である共和党はアメリカ各地で、手を替え品を替え性的マイノリティーへの権利拡大を阻止しています。その最終目的は、同性婚を禁止することと言われていますが、その一環としていろいろな保守団体が同性愛カップルが子供を持つことに異を唱えて禁止しようと政治的に動いています。そんなアメリカ国内の政治的不安に加え、昨今の国際情勢の不安も実際の養子縁組や代理母出産を難しくしています。例えば、同性愛者限らず、アメリカ人が伝統的に養子を迎え入れてきたのが、ウクライナなどの旧共産圏です。戦争をしているウクライナと養子縁組や代理出産に絡む複雑なプロセスを踏もうとしたらとても難しいと言わざるを得ません。

 

そんな事情で、ニューヨークのゲイの間では、と言ったら大袈裟かもしれませんが、少なくとも私と旦那の周辺のゲイの間では、子供を持つかという人生の選択肢の話題が出るようになりました。持つか持たざるかという選択肢がなくなる前に、現段階での決断への振り返りをするような傾向といったらいいのか。ストレートの男女のカップルをはじめ、パートナーのいない未婚の女性やレズビアンカップルが子供を持ちたい時に利用する精子バンクもありますが、そちらも同様に影響を被るものと思われます。

 

アジア人と白人カップルで父父のインフルエンサー

 

コロナ・パンデミック後に知り合い、今も仲良くしているコリアンゲイKとアメリカ人Tのカップルも子供を持ちたいと考えているゲイカップルの一組です。先週彼らの家で開催されたムービーナイトで会った時に、「Men Having Babies」というNPO団体のメンバーになり、これから費用や法的な手続き、具体的なタイムラインなどリサーチしていくことにしたと言ってました。その団体はトランプ政権になってから補助金が凍結されそうで、その穴埋めのためメンバーシップの増強が必要のようです。我々も勧誘され、その「Men Having Babies」のリンク送ってもらいましたが、見る限りかなり本格的な団体です。毎年9月に総会が開かれており、今年もNYで9月19日〜21日に開催されるようです。会場はタイムズスクエアのウィスティンホテル。我々もその総会に参加しないか誘われましたが、どんな人たちが来るのか興味はあるけれど、自分たちが出ていくような場ではないかな、という感触です。

 

 

 

ニューヨークではこんな会議まで開かれてます

 

 

旦那と私は、子供を持つか持たないかということについて、深く話し合ったことはないけれど、お互いそれは自分たちの人生の選択肢にない、という認識でいます。倫理的、経済的、宗教的、生物学的、どんな切り口でも議論の余地のある深遠的な話題ではあるのですが、私もDも、子供は男女の間に授かるものと教わり育ってきました。もちろん、だからと言って、他のゲイやレズビアンが子供をもつことやパートナーなしで子供を持つ選択をするストレート男女を否定するわけでは全くありません。自分たちにはできない、という意味です。

 

ゲイカップルの中には、出会った時や結婚当時に子供は持たないと決めていても、生殖適性年齢や子供が成人するまでのタイムラインをギリギリになった時にもう一度子供を持つ決断について振り返る人たちもいます。KとTは30代後半なので、まさにこのフェーズにいるのでしょう。彼らは富豪ではないので、子供が成人するまでは現役で働いていないといけない。よって60代前半でリタイアするとしたら、逆算してこの数年のうちに子供がいないと遅いという考え方です。

 

このブログでも何度か書いたけれど、エルトン・ジョン、リッキー・マーティン、マット・ボマー、などゲイが子供を持つのは一部のイケてるゲイやセレブの特権のような雰囲気がありましたが、10年くらい前から私たちの周りでも子供を持つゲイカップルが増えてきました。知ってるだけで数組。養子縁組と代理母出産、それぞれです。みんな一生懸命やってます。代理出産だと、日本円にして1千万円くらいだそうで、ミドルインカムレベルのゲイカップルが貯金して頑張れる額でもあるともいえます。いつかのNYプライドで(コロナに罹って行けませんでしたが)そういうゲイ父親軍団のグループでマーチ参加にも誘われたことがあります。私はゲイ友カップルが子供連れている姿見ても、羨ましいと思ったことはなくて、住む世界の違う人たちという感覚が正直なところです。

 

 

私たちが知ってる子持ちゲイカップルの皆さんは、養子縁組にした人たちにしても代理母に頼んで子供を持った方々にしても、とても大変そうです。あまり裏舞台は知られていないけれど、国際法も含んだ多くの法律書類が要求されるプロセスなので、カップルが事務処理能力に長けていることが重要です。ブローカーや弁護士が全部代行してくれると思っている人たちも多いようですが、そういったエージェントに提出する書類を準備するだけでも、ものすごい手間がかかるそうです。


また予想しなかったようなことが発生し、突発的な支出もあるし、ブローカーやその他エージェント、代理母本人との間接的コミュニケーションなどは感情的にも大変だそうです。そういう長い試練を乗り越えてきた人たちが父親になっているので、肝が据わっていて、子育ても乗り切っているのだろう、という私とDの見立てです。知り合いの一人に、若い頃に女性と結婚して子供をもうけた経験があって、その後離婚してボーイフレンドと一緒に養子を迎え入れた人がいますが、同性カップルが子供を持つのは、ストレートカップルのそれと比べると、全く違う種類のエネルギーが必要なプロセスだ、と淡々と語っていたのが印象的です。

 

一昔前は、セレブゲイの特権だった

 

こういう普通なゲイカップルの父父も増えた

 

親しい友人であるKとTの話も戻りますが、彼らなら幾多の苦労も乗り越えてやっていけるだろうと思います。彼らは養子ではなくて、代理母を探して子供を持ちたいようで、ブローカーの選定、候補となる国々の綿密なリサーチ、費用的を確保するプランニング、それぞれの両親を巻き込む努力、そして、実際子供を持った時や結果的に成功しなかった時のメンタルイメージトレーニングなどなど、人生の一大プロジェクトに真剣に取り組んでいます。私は以前、自分がDと子供を持ちたくない理由の一つに、我々みたいなゲイ夫夫に迎え入れられる子供が可哀想、と思ったことがあります。KとTの子供にならなってもいいかなと思います。それでも、自分が子供を持つと言うことについては、子供の側からしたら、物心ついて、自分の生い立ちを知ったら複雑な気分だろうと思うし、母親がいなくて父親が二人だったらどうんなんだろうなと。我々の知るゲイ父父たちによれば、乳児〜幼児期の苦労を乗り越えた後の不安は、その子供が学校でいじめられたり、差別されたりしないか、ということらしいです。

 

ストレートのカップルと同じで、子供を迎え入れた後に離婚するゲイカップルもいます(下のリブログ、そんな映画の話題です)。しかし、KとTに限っていえば、子供を持ちたい、と真に願って二人で協力し合う姿、そしてその心意気や実際の努力に感動すらしています。ニューヨークを舞台にしたゲイの子育てブログやYouTube番組などもありますが、KとTもそんなゲイ親デビューを果たす日が来ることを応援したいと思います。

 

子供を迎え入れたゲイカップルでも離婚した人たちもいます