先週の平日のある日、旦那Dが珍しくマンハッタンに出てきたので、久々に映画デートしました。普段は私が映画をチョイスするのですが、今回はDが興味がある映画があるからと選んでくれました。

 

彼が選んだ映画とは、アイスランド映画「Touch(原題Snerting)」。渋いチョイスだなと思ったら、舞台はロンドンと日本で、特に興味を持ったのが以前訪問したことのある瀬戸内の街が舞台になっているからだということでした。映画好きな私はマンハッタンで上映される日本関係の作品は常に最新情報にアップデートしているのですが、この作品はノーマークでDが見つけなければ見逃していたところでした。

 

 

まず、ネタバレにならない程度で簡単なストーリー紹介。アイスランドでレストランを営むクリストファーは、妻に先だたれ、さらに自分の記憶が減退しています。医者に、記憶がしっかりしているうちに人生で整理することがあれば整理することを提案されます。そして、50年前にロンドンで密かに通じ合い、そして突然彼の前から姿を消した日本人女性ミコを探し出すことを誓います。そして、彼女が広島県にいることを探し当て、コロナの波が世界を襲い始める最中に日本に向かいます。物語は現在のアイスランドと日本、そして50年前のロンドンのシーンを行き来します。日本公開が決まったようなので、あとは皆さんのお楽しみのためこれ以上は書きませんが、結論から言って、観て良かったです。久々に涙腺が緩くなる映画でした。小説を元にしただけあり物語がしっかりしていて安定感があるストーリー、そして、クリストファーとミコが50年の時を超えて再会するシーンも、淡々と描かれていて現実感があり惹き込まれます。

 

主演でクリストファーを演じているのはアイスランドの国民的人気者Egill Ólafssonです。本業はシンガーソングライターだそうですが、控えめの演技が物語の情緒をより引き立たせます。老人がギャーギャー喚き立てたり、阿鼻叫喚とばかりに号泣したりするシーンが多いこういう路線のアメリカ映画とは対照的です。そして、監督はアイスランド人のBaltasar Kormákur氏。そして、若い頃のクリストファーを演じるのは、監督の息子であるPalmi Kormakurです。アイスランド映画を見るのは初めてですが、感覚が日本映画に似ていると思いました。ただ一方、日本映画だったらこういうふうには描かないだろうなというようなシーンもありそんな描写の違いも面白かったです。在アイスランド日本大使館では、この映画の上映を記念して俳優さんや監督を囲んだレセプションが開かれたようです。荒涼としたアイスランドの風景と切ない物語がうまく絡み合い、アイスランドに行ってみたいと思うようになりました。

 

 

Egill Ólafsson氏。映画とは別人のような歌手としての姿

 

監督のBaltasar Kormákur氏。イケオジじゃん。

 

とてもいい映画だと思いましたが、一方で日本人俳優のキャスティングになんとも言えない違和感?を感じました。(ここから先は私の主観が入るので、旧ジャニーズ好きな方や工藤静香が好きな方は、読まれないほうがいいと思います。)

 

50年前、若かりし頃のクリストファーがミコと出会うロンドンのシーン。ミコが出てきた時は瑞々しい感じのバイリンガルの若い女優さんかなと思って見ていたのですが、誰かに似てる。誰だろう?とストーリー自体に入っていけない時間が続きました。そう、なんとヒロインを演じているのは木村拓哉と工藤静香の娘、Koki.でした。演技自体はまあまあちゃんとやってる印象でしたが、やはりどうしても親の顔が浮かんできてしまうのが非常に残念。特に、所々でKoki.が「あすなろ白書」の頃のキムタクみたいに見えてしまいました。親の七光りどころか、その倍の十四光り、ゴリ押しなどと叩かれてるKoki.。英語ができるのは武器だし、泣くところもちゃんと泣いて、ベッドシーンにも挑戦してるのですが、やはり、女優としてのオーラみたいなものは全く感じられませんでした。戦後の混乱期に生きた日本女性の凛とした感じは全く出てないし、そもそも表情や視線だけで雰囲気を醸し出せるような女優ではない事は断言できます。

 

少なくとも私には、アメリカにあるマッサージパーラーやネイルサロンにいる若いアジア人みたいに見えてしまうシーンがありました。アメリカのネット映画レビュー見てたら、以前このブログでも取り上げた「Past Lives」と作品的に同格に扱うような批評がありましたが、ヒロインの女優の佇まいには残念ながら大きな差がありました。アメリカの映画やTVドラマでは日系日本人含め日本のバックグラウンドを持った女優の活躍の場が広がってはいますが、例えば「SHOGUN(将軍)」で真田広之相手にヒロイン・戸田まりこを演じたニュージーランド生まれの日系人アンナ・サワイみたいな芯の強さとか秘めた目力も、Koki.には全く期待できないない気がしました。

 

 

Kikiともっくん、苦労してる海外日本人という設定だが、、。

 

Koki.の父親でロンドンで日本料理店を営む高橋は本木雅弘(もっくん)が演じています。ただ、もっくんはカッコ良すぎて所々違和感。私も海外在住人生の半分くらいになりますが、NYでも今まで住んだ場所でも、自分で商売立ち上げて現地人相手になんとか成功してきた日本人男性を何人も見てきました。みなさん苦労して精魂枯れ果ててる燻し銀のような雰囲気の方が多いです。もっくんは体格がいいからなのか、そういう裏ぶれた感じが出てなくて、戦後を生き抜いた苦労人というよりも、クリエイティブな料理人というようなモダンな雰囲気、そして何より男としての現役感も出ちゃってる気がしました。

 

そしてさらにキャスティングでダメ出しをしてしまうと、ロンドンでの突然の別れから50年後、クリストファーが広島に住むみこを訪問するシーン。おばあちゃんになったKoki.を誰が演じるんだろう、というのが気になりました。もしかして工藤静香が出てくるのか(老け顔だからそのままでも70歳を演じられそう)、もしくはキムタクが女装でもして出てくるのか(キムタクの方がKoki.にもっと似てる)、なんてくだらない夢想しながら観ていましたが、なんとなんと、Koki.の50年後の姿を演じたのは、映画のキャスティングを本業とする奈良橋陽子さんでした。映画好きな方ならご存知かもしれませんが、ハリウッド映画で日本人俳優が必要な時にキャスティングを提案されたりしている映画界の重鎮で、トムクルーズとかキアヌリーブスの映画などで日本人の配役に参画しています。綺麗な方ですし、たまにご自身でも映画に女優として出演してましたが、Koki.とは似てもにつかない顔つきや骨格なので、この映画で奈良橋さん自身が出てくることにすごい違和感を感じました。もしや、工藤がKoki.のイメージを壊さないため老人になったミコの役を演じる女優さん選びにもしゃしゃり出てきて、誰も演じたがらないので、結局奈良橋さん自身で演じたのかな、なんて非常に穿った見方をしてしまいます。

 

Kokiの映画祭受賞の行方はいかに。ところでこの映画ハリウッド制作ではありません。

 

 

ということで、後半はちょっとネガティブな批評をしてしまいましたが、正直、ヒロインはKoki.じゃない女優さん使った方が、もっと味わい深い映画になったのではないかなと惜しい気がします。特に日本人の視聴者にとっては、私のようにキムタクや工藤の顔がチラついてしまうと思う方が多いと思います。

 

映画雑誌のインタビューで、Kormákur監督はKoki.について、オーディションで選んだので、両親が日本の芸能界の重鎮という華やかな出自は出演オファーするまで知らなかった、と言っていました。歯の浮くような、と思ってしまいます。自分の息子を出演させている時点で、縁故主義的なキャスティングをしている監督であることは明らか。世間で言われてるような工藤のKoki.ゴリ押し作戦の成果なのか、何らかの忖度か日本公開に向けた利害関係が絡んでKoki.に白羽の矢がたったのでは、とどうしても勘繰ってしまいます。

 

Koki.とPalmi(監督の息子)。縁故主義的なキャスティング

 

日本人キャスト配役の違和感を差し引いても、物語的にはやはりお勧めしたい映画であることは変わりないです。日本をはじめ、皆さんのお住まいの近くの映画館で上映していたらぜひご覧になってみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パリオリンピックが始まりましたね。アメリカのメディアでは、オリンピックと言えばこの人が大人気です。トンガ代表選手。ここ最近のオリンピックでいつも上半身裸のコスチュームで開会式に登場してました。今回のパリ大会では残念ながら出てこなかったようです。



さて、オリンピックの話はさておき、8月に突入してしまいました。今年の上半期は転職という大きいイベントがあったので季節の移ろいを楽しむという気分でもなかったし、やっと落ち着いたと思ったらコロナ感染。気がついたらもう8月というわけです。

 

この時期ニューヨーカーはバケーションをとって昼間人口も減るし、通勤者も少なくなるので、私の通うオフィス街から人が少なくなっています。通勤電車も空いているのがいいです。うちの会社もガラガラです。

 

先月はNYの日本映画祭「JAPAN CUT」の上映作品をできるだけたくさん見るために年休数日取ったのに、コロナに罹ってしまったので年休取り消して在宅勤務してました。そしたら、私の部門の人事担当者(HRビジネス・パートナー)の人から、「どうして有給取り消したの?Overwork(過重労働)が原因?」と事情聴取のようなメールが来ました。この反応はなんだろう、と思い同僚に聞いたら、ここ数年メンタルヘルスが原因での休職や退職が増えているので、会社として敏感になっていて有給休暇の取得を促進しているそうです。人事パートナーの人に、コロナに罹ってどこもいけないからテレコミュートで働くことにしたと事情を話したら、会社のポリシーで、「今年度使い切らない分全てを翌年度に繰越できるわけではなく、失効する分があるので、計画的に使ってね、」とアドバイスされました。

 

 

12月まではまとまった休みを取る予定もないし、このまま行くと10日程度有給が失効する恐れがあるので、8月は仕事が暇そうな日に適宜年休取ることにしました。

 

昨日はしばらく足が遠のいていたセントラルパークに行ってきました。昼前の電車でマンハッタンに着いて、ランチと飲み物買ってセントラルパークに行って適当な日陰見つけて、「ぼっちピクニック」です。数時間本を読んだりスマホでネットサーフィンするだけなんですが、優雅な時間です。セントラルパークについてブログで取りあげる度に書いてますが、何回行っても新しい発見があるのがここの素晴らしいところ。多分何百回とセントラルパークに行っていますが、平日の昼間に来るのはほぼ初めてに近いです。今回の発見は、おひとりさま「ぼっちピクニック」してる人多いな〜ということ。セントラルパークはニューヨーカーにとって屈指のピクニックデスティネーションです。休日は学生のグループや子供連れのグループやらが目立ちますが、昨日は例えば、大芝生のエリアはほぼおひとり様たち。私はあまり人の目を気にしない方ですが、やはりぼっち客が大半だと居心地がいいです。困るのはトイレに行きたくなる時ですが、そうしたら、トイレにいくついでに、新しい場所に陣取ってピクニックを続ければいいだけと割り切るととても気軽です。意外に蚊が多くいたので、次回は虫除けスプレーを持参すれば完璧。

 

さて、6月から9月くらいまでセントラルパーク名物といえば、ゲイにとって目の保養である半裸男達。以前にもこんなブログ書いていました。

 

平日なので、普通の男達の大半は仕事だろうと思いきや、いるいる。この日だけで半裸男を50人は見かけました。ピクニックしてる男達の半分くらいはシャツ脱いで焼いてました。あとはジョギングしたり、散歩したり。基本的に脱いでるのは、ゲイもストレートも、やはりガタイ自慢がほとんどです。やはり、いい体はファッションの一部という感覚で、公園のように人が多くてシャツ脱いでもいい場所は、鍛えた美しい体を世に見せる絶好のギャラリーなんでしょう。あと、中年のおかまで鍛えてる人も脱ぐ傾向があります。夜はレザー系の格好が似合いそうな鍛えてるガチムチダディーがお仲間を寄せ付ける合図とばかりに肥大した胸筋揺らしながらジョギングしてます。なお、一般的には胸板の厚い体型が男らしいとされるアメリカですが、アンバランスだと雄っぱい(man boobs)と馬鹿にされるのが最近の傾向と思います。隆起した大胸筋は憧れですが、大胸筋ってちょっとでもトレーニング怠ると垂れてくるそうです。(全くどうでもいい余談ですが)それにしても、公園内のこの時間帯、全体的に私が見た限り女性よりも男の方が多くて、こんな時間にセントラルパークにいる男達はどんな仕事してるんだろうと不思議に思ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

変な出来事もありました。私はずっと日陰にいましたが、途中から近くの日向に40くらいの白人の男が座りました。こんなに広い場所なのに、なんでわざわざ5メートルも離れてない場所にくるのか不思議でしたが、かといって移動するのはこれ見よがしで気まずいので黙ってました。しばらくしたら「今何時?」と聞いてきました。何かのサインなのかと思いましたが、私のタイプではない痩せ型の男だったのでどうでも良かったのですが。そしたら、シャツを脱ぎだして日焼けクリームを一生懸命塗ってました。背中の届かないところも結構あって、こちらに見えるように手でペタペタやって、独り言で何か呟いてたので、私に手伝って欲しいのかなとも思いましたが、オファーはしませんでした。あとでちらっとみたら、案の定、手で届かなかった背中の真ん中あたりは真っ赤になってまだら模様な日焼けになってしまってました。今思っても理解不能ですが、セントラルパークが飢えた男同士の出会いの場として機能していたのは一昔前の話なので、まあ、ただの変な人だったのでしょう。日本の電車で、他の席が空いてるのに、わざわざ隣に座ってくる人を「隣らー」と呼ぶと聞いて笑ったことがありましたが、まさにそんな感じの男でした。

 

結局この日はピクニックしてる間に、新書本一冊読み終えることができて満足。3時ごろにピクニックを終わりにして、少し散歩しました。ピクニックしてたところから北に行ったところ、貯水池の北辺のあたりで、なんとなく好みなタイプである、少しぽっちゃり気味でワンコっぽい感じの男が視界に入ってきました。チラ見したら、10年くらい前にちょっとだけやり取りしたことのある男でした。やっぱり10年前も可愛いなと思った記憶があります。そういえば、彼は曜日に縛られない仕事してたっけと思いつつ、出入りの激しいマンハッタンで、彼はまだこの辺りを縄張りにしてるんだと感心してしまいました。彼こそシャツ脱いだ半裸姿みたい気もしましたが、彼みたいなぽっちゃり体型の男はあまり脱がないのが残念。とどうでもいいことを思いながらセントラルパークを後にしました。

 

あ、好みの男、と思ったら知った顔でした

 

このあとは、昔この辺りに住んでた時によく通ったベーカリーTwo Little Red Hensで名物のチーズケーキ買って、旦那のお土産にしました。日本でよく「ニューヨークチーズケーキ」と呼ばれるタイプのチーズケーキです。もしご旅行される機会があれば、ぜひ行ってみてください。

 

 


 

 

 

 

コロナに罹って引きこもっているうちに、7月が終わろうとしています。夏も折り返しだなと感じます。今年は転職後の初めての夏で、どのくらい忙しいのかが分からなかったので、大きな旅行の予定は入れていませんでした。損した気分もしますが、最近はどこにいっても暑く南半球にでも行かない限り避暑にもならないし、別にいいかと諦めています。

 

日本でサラリーマンしている兄弟や友人たちに話すと驚かれるのですが、この時期は夏時間なので仕事を終えても自由に使える明るい時間が数時間あります。うちの旦那は基本在宅勤務なので、私が帰宅する頃にはコミュニティーガーデンに行っていることが多いです。たまに帰りの電車で一緒になるご近所さんは、釣りに行ったりしているらしい。そういえばマンハッタンに住んでた時は、この時期セントラルパークを延々と散歩してたと思います。

 

今年のコミュニティーガーデンでは収穫が始まった

 

私も旦那と一緒に夕方にコミュニティーガーデンに行く時もありますが、旦那ほど花木に熱意が持てなく彼を苛立たせることもあり、お互いの精神衛生のために私が行くのは数回に一回行くだけ。2人でやったほうが早い力仕事がある時と、トマトとかきゅうりが収穫できそうな時にしてます。

 

パンデミックの真っ最中だった2020年の夏くらいから余りある夕方の時間をどうにか有意義に使えないかと考えていましたが、昨年から水泳に興味を持つようになりました。公共のプールに行ってみましたが悪いけどまるで動物園状態。体積多めな家族づれが多くしかも子供たちの行儀が悪い。そして日本の区民プール同様でお仲間と思しき軍団が占拠してる一角もあったり、居心地が悪かった、、、。家からは微妙に遠く歩くと往復45分くらい無駄にする感じ。かといって、車で行くとに駐車場探しに苦労する。近くのジムにもプールはあるけれど、夕方はスイミング教室が設定されていて自由に泳げるのは1コース。


さて、どうしたものかと思案していたあるある6月の初旬、日没ごろジョギングしてたら、夢のような光景を目にしました。それは金持ちが子供を通わせる私立の学校のプール。広いのに10人くらいしか人がいない。それなのにライフガードがいて、水遊び用と泳ぐ人用に別れていてみんな優雅にしています。きっと学校関係者かこの学校に通う子供とその家族向けに解放しているのだろうと思いました。それでも看板が出てて一般客にも解放してる様子ですが肝心の連絡先などは書いてありませんでした。

 

 

それから数日して、ご近所さん夫妻と世間話をして、あの学校のプールって一般開放してるんですかね〜みたいなこと言ったら、奇遇にも奥さんが数年前からそのプールの会員だと言っていました。学齢期の子供がいる歳ではないので、どうやって会員になったのか聞いたら紹介制で、教員の方と知り合いで誘ってもらったそう。

 

「うわっ、敷居高そう。きっと白人ばっかりだろうな。でも、紹介してくれないかな〜。」と心の中で思っていると、奥さんが「今度一緒に行く?」と斜め上の回答。社交辞令かと思いきや、翌日の夕方行くから、一緒にいきましょう、と話がついてしまいました。旦那はコミュニティー・ガーデンで作業があるからと辞退。結局、ご近所さんの奥さんに連れられて行ってきました。まさか、こんな奥さんの豊満な水着姿を拝見することになるとは思いませんでしたが、逆にいえば、私も奥さんに、締まりのない体を披露したことになります。

 

さてさて、肝心の客層は思ったより「真っ白」ではなく、まあ白人は多いけどせいぜい7割、アジア系2割、その他1割。という様相。この学校の学生の比率と類似してます。アメリカは概して教育熱心なアジア系のアッパーミドル階級が多いので、優良学区や有名私立にはアジア人が多く集まります。プール内を見渡すと、ジョギング中に見た時よりは人が増えてましたがそれでもせいぜい30人くらい。そんななか子供の面倒見てるガタイのいいお父さんが目に飛び込んできました。筋肉に程よく脂肪が乗ったいわゆるDadBodで目の保養。そういうお父さんが他にも数人。俄然テンション上がりまくりで、早速入会方法を聞きました。

 

初日にいたイケてるダディーはその後1度も見てない!

 

値段を聞いて愕然。6月1日から9月上旬までの約3ヶ月間の会費はこんな感じ;

家族会員(親2人+子供)$2500ドル

個人会員 $1500ドル

 

「高過ぎ!」(←心の声)なるほど、いつも空いている訳だ、と納得でした。ここの学校に子供が通っている場合は割引があるようですが、一般の我々には通常料金が適用されます。ちなみに1回券はないそうでが、会員のゲストとしてくれば$15で入れるらしい。毎回ご近所さんと一緒に来るわけにはいかないな、どうしようかな〜と迷いましたが、受付の若いイケメン君が「個人会員は定員に達したら締め切るんです。来週あたりにはそうなるかな〜」と可愛い顔に違わぬ商魂猛々しい殺し文句を吐いてきました。ライフガードと受付をローテーションでやってるみたいで上半身裸。こういう若い子より成熟した男の方が好きな私ですが、やはり可愛い。勢いでその場で払ってしまいそうでしたが、$1500は高い買い物なので、一度家に帰って旦那と相談してから決めようと思いとどまりました。期間中毎日通っても一回当たり$20ドル以上の計算。実際に行けるのはその半分くらいだろうから、一回当たり$40ドル。

 

でもあの時払わなくてよかった。家に戻って、ご近所さんが送ってくれたオンライン入会リンクを開くと、オンラインスペシャル「早朝・夕方限定会員券」とがあって半額$750ドル。なんだか得した気分と、あのイケメン君はなんでこれを言わなかったのか、釈然としない気分半々で、早速購入。期間中のプール開放日が90日だとして、これで毎日行く計算で1日当たりの料金が$10ドル以下になります。無事オンライン購入。クレジットカードで決済したら、「当校への寄付をありがとうございました。」とメッセージが出ました。あ、そういうカラクリだったのね。

 

イケメンに勧誘され1500ドルの会員権を買いそうになった

 

そして、入会して1ヶ月。途中コロナ感染で10日くらい無駄にしましたが、その後はほぼ毎日行ってます。4時前に仕事終わらせて、4時半グランドセントラル発の電車に乗り帰宅は5時半すぎ、家からプールまでは徒歩5分なので、6時から泳ぐことができます。最初の1週間はガツガツしてましたが、7時を過ぎると人は減り1レーンを一人で占領できることが分かったので今は余裕を持って行っています。最近は、他の常連さん達と顔見知りになりさらに居心地が良くなっています。

 

たまに超暑い日など家族づれが増えて、うるせぇ〜なと思うこともありますが、よくよく考えれば、ここは学校のプールなので、子供達の縄張りで、私など使わせて貰ってる立場。贅沢は言わず、淡々と泳いでます。

 

8時の閉店間際は数人しかいません

 

今このブログ、プールから帰ってきて夕食後書いてますが、$750ドルのプール会員権払って、1回当たりの金額がいくらとか計算してる自分に貧乏根性丸出しと恥ずかしくも思ってしまいます。なお、プールを紹介してくれたご近所さんは$1500ドルのシーズン券買ったのに、私を連れて行ってくれた回含めてまだ3回しか行ってないとか。このペースだとシーズントータル10回もいかないのでは?となると1回あたりの料金は$150ドル。

 

金持ちはそんなこと考えないのかもしれません。まあコスト意識も大切、と割り切り、通える限り通って元取りたいと思います。それに通い始めて体重が3キロ減りました。いずれにしても、この夏1番の買い物したことは間違いありません。ちなみに余談ですが、今日雷がなってプール一時閉鎖した時に監視員の子と時給について雑談してたら、時給は13から16ドル位で1日8時間を週5勤務でシーズン通して$7000ドルくらいの収入になるそうです。日本円で100万円超え。カレッジの学費を払うそうです。昨年の夏は、全米で監視員へのなり手が不足NYやその近郊では、時短営業にしたり、オープンすらできなかったプールやビーチもあったようですが、今年はかなり改善されたようです。

 

時給14ドルで週5日働いて月2,000ドル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんにとって歌姫って誰が思い浮かびますか?私は海外在住なのに洋楽はあまり詳しくなく、好きな歌手は皆日本人。歌姫と聞かれて真っ先に思い浮かぶ一人が中森明菜です。デビュー40周年を迎え脚光を浴びている明菜ですが、YouTubeなどで久々に生声を披露していて、最近はついにディナーショーを開催したとか。年末は紅白歌合戦に復帰などと期待が高まっています。

 

昨年のクリスマスに日本のゲイ友に明菜のベスト盤CDをプレゼントしてもらって以降聴きまくっています。アルバム含め明菜が発表した曲、全部知ってる、というようなコアファンの方には敵いませんが、私はシングルは網羅。ワーナー・ミュージック時代のアルバム、他の歌手の名曲を歌った「歌姫」カバーアルバムシリーズを含め、主要アルバムも大体視聴済みです。

 

明菜の曲への想いは、聞くときの気分によって変わるので、ランキングなどはつけられませんが、もう絶対的にこの歌は好き!という作品が6曲あります。自己満足記事ですので、お付き合いいただける方だけお付き合いいただければ幸いです。

 

 

まず、「Blonde」。1987年のシングル。マフィアの女をイメージした曲だそうです。衣装は、エルメスのスカーフを惜しげもなく使って制作したそうで、何パターンもあってまさにバブリー。印象的な歌詞は、「私より強い男を捜してた♪その低い声に 髪を引きずられ 夜へ〜♪」マツコ・デラックスの番組で明菜の歌で一押しは何かという企画していて、マツコが選んだのがこの曲。小学校の時に、クラスのおませな女子がみんなの前でこの曲と「飾りじゃないのよ涙は」を腰フリフリで歌ってたら先生が飛んできて、「歌うならもっと可愛い歌にしなさい、」と注意してたのが懐かしいです。

 

 

 

次は「ジプシークィーン」。1986年発表。あの「DESIRE〜情熱」の直後の作品なのでインパクトがやや薄いのですが、当時歌番組の映像を見るとこの曲の衣装が一番好きです。生で見てたのは小学校低学年の時ですが、「DESIRE〜情熱」を歌ってた明菜と同一人物だと思わなくて別の歌手だと思っていました。印象的なイントロ「百二十五頁で 終わった二人〜♪」と好きな歌詞は「生まれる前の星座(くに)で♪あんなに愛し合って♪ひとつの時代だけで 失った〜」。YouTubeにも当時の映像がたくさんあるので、ぜひ見てみてください。清楚さと妖艶さが同居している明菜を感じる一曲です。

 

 

 

そして1988年の「AL-MAUJ (アルマージ)」。「難破船」と「TATOO」に挟まれてリリースされた曲で明菜のシングルの中では地味ですが、「わたし悪魔 わたし天使♪あなたのあいだで こ・こ・ろ ヒ・ラ・ヒ・ラァ〜〜〜♪」と重低音ボーカルとビブラードなど明菜の歌手としての才能が如何なく発揮された隠れた名曲でもあります。前作「難破船」とは全く違う世界観が展開されてアラビア風の衣装でまるでベリーダンサーのようないでたち、そして大蛇が絡み付くようなマイクスタンド。私の中では、「SAND BEIGE -砂漠へ-」と「ジプシークィーン」と共に、エキゾティック3部作と勝手に名付けています。

 

 

 

次はアルバムの中から一曲。1986年の発売された「クリムゾン」の中の「駅」です。言わずと知れた竹内まりあ提供の名曲。このアルバムは、女性的な温かみや優美さというテーマで、竹内まりあと小林明子二人の女性作家陣により楽曲提供されていています。ウィキスペディアによれば、本作ディレクター氏が「20歳すぎの女性が誰でも経験しそうな物語という事を意識しています。」と説明し、ニューヨークあるいは日本では例えるならば東急東横線の地域で暮らす女性をイメージしているそうです。ニューヨークで言うとグランドセントラル駅が絵的に合ってそう。この曲の世界観を表現したドラマができそうですね。

 

アルバムの中の他曲も名作ばかりで、若い女性だけでなく中年おかまの心も代弁してくれてます。今となっては入手が難しい作品ですが、春の日本訪問でANAの国際線に乗った時に機内エンターテイメントに入っていて大感激しました。なお、竹内まりあの旦那が、明菜の「駅」の解釈を「暗すぎる」みたいな批判し、明菜を暗にさして「あるアイドル歌手」とディスる件がありましたが、それだけ明菜がアーティストとしての表現力、影響力を持っていたということの裏返しでしょう。

 

 

人気シングルのB面からも1曲。あの悲しい「近藤真彦宅での自殺未遂事件」で休養前に発売した最後のシングルである1989年リリース「LIAR」。そのカップリングである「Blue On Pink」は名曲中の名曲だと思います。「あなたの傘の中で濡れてしまった 心、もてあます♪」の歌詞、彼女の私生活とシンクロしています。この曲、発売当時からA面の「LIAR」と共に(「LIAR」も名曲です。嘘つきの意。)歌番組でも何度も歌ってます。B面の曲でこんなに歌われた曲も珍しいでしょう。YouTubeにもアップされているので、知らなかった方はぜひ。「花屋の前でヒールをとめたの♪ Pinkの微笑みなら救ってくれる♪ 香りに目を閉じた♪」と言う歌詞、悲しくても何かささやかな幸せ見つけて前に進もう、と、何度応援されたことか。

 

 

 

そして、最後に推すのはこの曲以外ありません。中森明菜「難破船」。1987年発売。当時の歌番組で、司会者のみなさんが『中森明菜「難破船」』と、まるで曲名の一部かのようにひとフレーズで言っていたのが印象的。「たかが恋なんて 忘れればいい♪」の最初のフレーズで一気に北の果ての暗い海(津軽海峡とか荒波の日本海ではなくて、ノルウェーの北海とか深く永遠な海のイメージです)の情景に引き込まれます。明菜のボーカル、表情、衣装、何をとっても素晴らしいのと、異国の暗がりの石畳を歩く効果音などもありまるで戯曲。あまりの曲の壮大さに、この曲の時だけは、軽妙なノリの歌番組でも陳腐なトークができない雰囲気がありました。

 

なお、この曲を提供したのは私が個人的にも知り合いで敬愛するお登紀さん(加藤登紀子さん)。当時すでに「難破船」はお登紀さんのアルバムの中に発表されている曲でしたが、歌番組で見かけた明菜の佇まいを見て、「この曲は明菜こそが歌うべきだ」と閃いてお登紀さんの方から明菜に提案したそうです。明菜はその返答に、お登紀さんに薔薇の花束を送ったというエピソードは有名な話。明菜がこの曲を見事に自分のものにしたのでお登紀さんはしばらくこの曲を自分で歌うのを封印したそうです。日本歌謡史に残る知る人ぞ知るエピソードです。(竹内まりあの旦那にも、お登紀さんくらいの広い度量があればよかったのにな、と思います)

 

明菜はベスト盤を何枚か出していて、たいてい「スローモーション」「少女A」「十戒」に始まり「飾りじゃないのよ涙は」「ミ・アモーレ」「TANGO NOIR」「TATOO」などアップビートな曲は網羅されているけれど、「BLONDE」と「ジプシークィーン」が入っていなかったり、明菜の十八番カテゴリーであるエキゾティック異国情緒シリーズの走りである「SAND BEIGE -砂漠へ-」、都会の大人の女の息づかいが聞こえてくるような「SOLITUDE」「FIN」などが入っていないことが多いので、私にとってこの一番最近のベストアルバムはまさにベスト中のベストです。

 

明菜の楽曲には色々な思い入れがある方も多いと思いますが、皆さんはどんな曲が印象に残っていますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いまだにコロナ陽性で家に篭ってます。なぜか思索が冴えてしまい、思い出しただけでも腹が立つ一件が急に蘇ってきて愚痴投稿。

 

世界中から移民の集まるNY。私は「〇〇国の出身だから」というだけの理由で、人に対して偏見を持ったり、ましてや差別などしない立場ですが、それでも、我慢の限界という一線があることに気が付く事件がありました。

 

旦那と私は、ご近所さんのお付き合いでここ数年教会でイベントのボランティアをしています。3年前に教会ボランティア活動デビューの投稿してましたが、今も細々と続いています。毎週日曜のサービス(ミサ?)には参加しないし、私はクリスチャンではないにもかかわらず、貴重な男手というだけで重宝されてます。ボランティアのリーダー格であるおばちゃんデボラ(仮名)がDと私を気に入ってくれてるのも大きいです。讃美歌を歌うコーラス隊で男声が少ないから入れ、等と勧誘されてます。

 

しかし、そんな牧歌的だった教会コミュニティーの雰囲気がここ数ヶ月やや荒れ気味でした。雰囲気が悪くなっているのは、コミュニティー炊き出しやイベントの時に準備する食べ物や備品が消えるから。この話をDから聞いた時は、笑ってしまったのですが、教会のイベントで出されるドーナツやマフィン、カップケーキが見事に消えるらしいです。こういった食べ物は寄付という形でメンバーのポケットマネーで賄っています。デボラも相当な額で貢献していると思うので、最近怒り気味でした。時には、20個入りのダンキンドーナツのバリューパックが箱ごと一瞬にして消えたこともあったようです。教会に出入りしている誰かが持ち帰ってしまっているのは確実。都会にあるアメリカの教会に通ったことのある方はご存知かもしれませんが、どこも基本的に性善説な雰囲気で、知らない人でも皆笑顔。この教会のコミュニティーは規模が大きいので、全員が全員お互いを知っているわけではなく、実は色々な人が出入りしても素性がわからないことが多いです。最近は、日曜サービスやイベントをやってる間に、ホームレスが入り込んで教会の中にそのまま寝泊まりしてたとか、観光客がトイレを使いに無断で建物内に入って徘徊してるなど、物騒な事件が相次いでいます。

 

そして、私がボランティアしたある6月の週末にその事件が発生しました。この日は子供達のコーラス発表会とその後の交流会イベントでした。私はボランティアさんたちが持ち寄った茶菓を並べて配る軽作業担当で、ついでに寄付の精神で近くのスーパーでクッキーを買って持参しました。準備をしていたら、スィーツが減っていることに気がつきました。会議室ではなくて人が出入りする廊下みたいな場所にスナックコーナーがあるので監視しにくい。しかしこのままだと、演奏を終えた子供達が来る頃には、足りなくなってしまいそう。保護者の誰かや他のボランティアがつまみ食いしてるのかな、と思って見てたら、某アジア国出身者と思われるおばさん二人組が異様な行動をしているのを察知しました。そう、スィーツをタッパーやらビニール袋に詰めてたんです。しかも、ベタベタと手で触ってご丁寧に吟味してる。(「一度あんたの手で触ったものをトレーに戻すのはやめてくれや、汚ねぇ〜な、、それにどれも味は同じだよ!」←心の叫び)

 

そのおばさん二人組に、「それは持ち帰り用じゃないですよ、」と声かけようかと思いましたが、彼女らもボランティアさんでスィーツの一部をどこかに別の場所に移動させようとしてるのかもしれない。毎週通ってれば彼女らも教会のメンバーなのかわかるのかもしれませんが、たまに来る私の分際ででしゃばるのはやめようと思いました。

 

 

7−8個一瞬にして消えた。

 

そうしているうちに、アジア人女二人組はいなくなり、ボランティアのリーダー・デボラがやってきました。この日彼女はスタバのコーヒー30人分くらいを保温箱入りで差し入れ。そこで、「そういえば、用意した食べ物が消えるって話してたけど、さっきねぇ、、」と私が目撃した二人のおばさんの話を切り出しました。そしたらデボラも「Actually, that's what I thought. Let's keep watching(私も実はそうだと思ってたのよ。気をつけましょうね)」。すでに、彼女も目星は付いている風でした。

 

 

そしたら、再びあのアジア人女二人組が現れて、デボラが差し入れしてくれたコーヒーを自分たちのどでかい魔法瓶に注ごうとしていました。あんな大きい容器に入れられたらせっかくデボラが持ってきてくれたコーヒーなくなっちゃうよ、と思ってたら、デボラの目が二人のおばさんを確認。スイッチが入ったと言う表現がぴったりなくらい、顔が一気に真っ赤になったのがわかりました。早速おばさんたちに近づき、

 

デボラ「すみません。あなたたち、ボランティアのメンバー、それとも、子供達の保護者?」

おばさんA「。。。。」

デボラ「これは、ボランティアと、子供達の保護者のために準備しているものです」

おばさんA・B(顔を合わせながら某国語で話してる)

デボラ(強い口調で)「聞いてますか?私がいっていることわかる?」

おばさんB「私の母は英語が話せないわ」(←都合が悪くなると「英語話せない!」は定番)

デボラ「あなたは話せるんでしょ?わかってくれる?ここにある食べ物はみんなで分け合うものなの」

おばさんB「ここにはよく通ってるわ」(←タダ飯のためだけだろ〜が?)

デボラ「ああ、そうなの?それなら、受付シートに名前を書いてください。安全のために、みんなにそうしてもらってます。」

 

おばさん2人組は観念したのか、苦虫を噛み潰したような表情で去っていきました。デボラは「これからは安全のためにチェックインシート(受付名簿)への記入を徹底しないとね。そのためにもう一人ボランティアが必要だわ」と本当に残念な表情をしていました。彼女は決して人種やおばさん達の出身国などについての言及はしませんでしたが、私は同じアジア人として恥ずかしいなと思いつつ怒りが込み上げてきました。ニューヨークにはアジア系はたくさんいますし、この教会にもアジア系の人たちも通っています。こちらで生まれた人やアメリカ生活長い人は当然のこと、移民も普通は社会のマナーや公共心みたいなものを徐々に身につけていきます。あのババア二人は、アメリカに来てどのくらい経っているのでしょう。

 

デボラ曰く、英語が少し話せる方のババアは、移民コミュニティー向けの炊き出しの時にBMWのSUV車で来て、駐停車禁止の教会の前にエンジンオンのまま停めて、無料のサンドウィッチを5−6個とパック入りのジュース掴めるだけ掴んで持ち去ったそうです。呆気に取られて止めることはできなかったようですが、この意地汚い輩をこの日ついに捕まえて抗議できて良かったと思います。BWMに乗ってる時点で、本当に救済を必要としている人たちではないことは確かでしょう。

 

ババア2人が話してた英語のアクセントから類推するに、アメリカ育ちではなさそう。きっと人生のどこかの時点で出身国からアメリカに来たんでしょうけど、やはりお里が知れるというか、大人へと成長する過程で道徳心とか公共心は身につける機会がなかったのでしょう。アメリカは格差社会と言われながらも、寄付や奉仕の精神が息づいています。これはキリスト教的なバックボーンと言われていますが、宗教を超えたアメリカ社会の良き伝統として息づいています。デボラは慈悲の心で諭すように話していましたが、あのババア達は初っ端からそういった文化を理解するつもりもなさげでした。反省の色も見えなかったし、ああ、捕まっちゃった、別の教会見つけてタダ飯探そう、みたいな。配給制の時代に育ったのか、果ては、ババアの出身国では、今でも無料と聞くと群がるように国民のDNAとして組み込まれてしまっているのか。

 

正直な感想。「あんたら、国に帰れや。」

 

しかし、この事件、私にとってもいい勉強になりました。この件で、教会などのコミュニティーが地域に果たす役割の強さを再確認することになりましたし、デボラが感情的になって「人種や移民」などの括りで議論を展開するのではなく、「コミュニティーの安全」と言うアプローチを取ったことで教会のメンバーである他のアジア人の面子を立てたことにいたく感銘を受けました。

 

勢い余って、これと関連して、数年前に欧州旅行時のエピソードを思い出し怒りが込み上げてきました。。下の写真、ある中欧の国王宮の閑静な庭園のベンチに座ってたら、ガヤガヤ大声で喚き散らす一団が歩いてきた時のこと。立ち入り禁止になっているエリアに堂々と侵入し、女はハイヒールで芝生を踏み散らし、花をもぎり、男はタバコ吸って、吸い殻捨てて、ある意味典型的な民度が低い旅行者の典型でした。一瞬、ドッキリかなにか?と思うくらい傍若無人な彼らの行動を見せつけられて、怒りや失望を感じましたが、子供の頃に道徳心とか公共心を身につけることができなかった哀れな大人たちだと思うことに、心の平静を保つようにしました。他の旅行者たちも立ち止まって呆気に取られていました。警備員さんがやってきて立入禁止区域から出るように注意してましたが、ヘラヘラしてて自分たちが悪いことしてるって感情はないみたいでした。

 

あの時心の奥底で思った感情。「あんたら、国に帰れや。」

 

と言うことで、モヤモヤした出来事と、それで思い出した昔話を吐露してしまいました。他に愚痴るところもないし。私も移民としてアメリカ社会に何か多大な貢献をしているかと言われたら偉そうなこと言えませんが、やはり移住するなら最低限は移住先の文化や慣習には従わないといけないなと思います。

 

 

 

わざと悪ノリ?それとも、都合が悪い情報は無視?