社会の授業に続く休み時間の出来事だったかな。
勉強ができて、気位が高くて、ちょっとクラスメイトに嫌われ気味のH君がボクの方を振り向いてこう尋ねて来たんだよね。
----- 東京から太平洋を東へずっと船で向かうと、どこに着くと思う?
----- えっと……
(と考えながら、世界地図を思い起こすボク)
----- アメリカ!
----- 違うんだな~ 南米のチリに到着するのさ。ほら、これ見てみなよ。東京からこう東に行くと、赤道を越えて南米に行くだろ?
教室の後ろの棚から地球儀を持って来て得々と説明するH君に、東京から東に向かったら千葉があるから進めないじゃないかとか、お前それは東に行ってるんじゃなくて南東に行ってるんじゃないかとか、クラスメイトがワァワァとH君に反論し始めたんだよね。
なにせ、H君はあまり好かれてなかったから。
----- 東京湾を一度出てからの話だよ。あのね、東に向かうってことはね……
その後のH君の説明がどの程度的確だったかについてはあまり記憶が無いけれど、東に向かって船を進め、その後とにかく方向を変えずにひたすらまっすぐに行くと、到着するのはチリのどこかの海岸だというのが彼の主張なのだった。
でもなぁ…… 方向を変えずにひたすらまっすぐに行くってことは出来るんだろうか。海には波もあるし風も吹く。きっとどこかで、ボクは本当に東に向かっているのだろかって不安になってチェックするはずだよね。
その時、星を観測したりして自分の進んでる方向を確認したら、あっ、ボクは東じゃなくて南東に進んでるんだって気がついて、きっと舵を左に切るんじゃないだろか……
ボクはそんな風に考えてた。
「大圏航路」と「等角航路」の違いについて知ったのは、それから数年経ってからのことだよ。
もう中学生になってたんじゃないかな。H君の説明、「タメになったね~」「タメになったよ~」
うん。その時にその隠された意味を把握していれば、きっとその後の人生のタメになってたはずだな。
軌道修正しながらの人生は、予定通りの場所には到達しない。
ボクがその真実を知ることになるまでには、さらに数十年を必要としたのだもの。
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地理や地図がきらいな人や立体図形が苦手な人にとっては、「何の事やら」感の強い話で始まった今日の記事だけど、要するに、今回のラテンアメリカの旅をどういうコースで始めようか、迷ったってことなんだ。
旅のメインの目的地はブラジルなんだけど、ブラジルではやることがあるからね。●ここ でも、ブラジルまでの直行便ってのはない。ブラジルって日本のちょうど裏にあるでしょ。だから、北米経由とか、ヨーロッパ経由とか、あるいは中東経由なんて方法があって、それぞれに面白そうなんだな。
ブラジルだけが旅の目的だったら、きっと行き帰りにヨーロッパに寄れるルートを選んだと思う。でも今回はカリブの島にも少し寄ってみたい。まずは、ニューヨークサルサとシャーク団の故郷、プエルトリコ!
そう思って、東京からプエルトリコまでの大圏コースをネットで確認してみたんだ。
ほらね。
東京からプエルトリコまでの最短コースを示す大圏コース(赤い線)は、大きく北側に弧を描いて、五大湖やアメリカ東海岸の上を通ってサンファンにまで繋がっているでしょ?
拡大するとこう。トロントのすぐ近くを通る。
というワケで、エアカナダで行く事にした。
成田からトロントまでは、約12時間。トロントの空港脇の寒々しいビジネスホテルで1泊して、飛行機を乗り継いでサンフアンまでは4時間。氷点下のトロントから、一気に気温30度越えのサンフアンです。
*****
----- ねぇ、パパ。プエルトリコってさぁ、アメリカでしょ? 飛行機を降りてから、入国審査みたいなのが無かったんだけど、どうしてかな……
----- あ、娘よ。それ、パパも引っかかってたんだよ。思うに、トロントの空港でのパスポートコントロールの係官がESTA がどーのこーのって言ってたじゃん? あれ、カナダの出国審査じゃなくて、アメリカの入国審査だったんじゃないかな。注1
----- へー、不思議だね。よその国で入国審査をしちゃうなんてね。
と、こんな会話が交わされたように、サンフアンの空港ではなんのトラブルもなく、ツルッと思いがけない短時間で空港ビルの外のタクシー乗り場まで着いてしまった。
でも快調なのはここまで。タクシーの運転手にホテルの名前と住所を告げると、セバスチャンがどうしたこうしたと、しきりに我が家の執事の名前を出して何かを説明している。
要約すると、こうなる。
今日は聖セバスチャン祭りをやってるから道がとても混んでて時間がかかる。
タクシーはホテルのある旧市街まで入ることはできない。
旧市街の入り口あたりの何とか広場までなら行けるから、そこから先は歩いて行ってくれ。
これが地図。何たら広場からホテルまでは…… そう20分くらいかな。坂道だけど。
街は人だらけ。
ビールを飲んで太鼓を叩いて、大騒ぎで。
ボクらはついさっきまでダウンのコートを着てたと言うのに、今や灼熱地獄でしょ。
そんな中、思いの外きつい坂道をスーツケースを転がしながら、ホテルまでたどりついた。
なんたら広場は海から離れている場所にあって、ホテルは海に面してある。てっきり坂道ってのは下り坂だと思って居たら、これが上り坂だったのね。
ホテルは、300年以上昔の邸宅を改装したものでね。あぁ、カリブに来たなってムード満点なんだ。 ●ここ
古い調度品と複雑な間取りと、庭で飼っている派手な原色の鳥たちの鳴き声が朝夕騒がしいのも何となく海賊感を醸し出しているな。まぁ勝手なイメージだけど、子供の頃海賊になりたかったボクは大満足なのだった。
そしてベッドはもちろん、天蓋付きの大型ベッドさ。
ただしこちらは娘用。
ボクは、バスルームに続く控えの間にある、こちらの従者用のベッド。
----- セバスチャン。旅行の初っぱなからお前の名前の付いた祭りのせいで、坂道をたくさん歩かされたぞ。それにこのベッドの格差はなんだ! お前が勝手に手配するから、こいうことになる!
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とりあえず、今晩は大人しく旅の疲れを取ることにします。
ホテルの中庭にあるレストランには、とっぷりと日が暮れたあとも街の喧噪が聞こえて来る。サルサのリズムや、もっとアフリカンなリズムや、ブラジル系のリズムや……
まぁ、従者用のベッドでも、いつもの一人旅の時のベッドを考えれば極上だもんな~
注1 ボク、娘のことを普段「娘よ」って呼びかけてるワケじゃないんだよ。当たり前だけどさ。
どう書いて良いかわからなかったものでね。これからは、Mちゃん(仮称)って呼ぶことにします。