「銀の矢」号(トリプル)乗車記 | /// H A I H A I S M ///

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あわてない、あわてない。赤ちゃんが「はいはい」するように、のんびりゆっくり進みましょう。

Buon giorno a tutti!

ヴェネツィアから、イタリア国鉄の高速列車「銀の矢(Frecciargento)」号で1往復半。フィレンツェにやって着ました。

1往復半? 寝過ごしたのか? ----- いいえ、違います。

井の頭線でなら、吉祥寺から渋谷まで1往復半た事はある。打ち合わせ先の事務所に連絡して、○○時に吉祥寺を出たんですけど、いまようやく渋谷について…… どうしました? 電車止まってました? いえ、どうも寝込んでしまったようです。 あらら。そうですか。みなさんもう集まってますよ。電車が遅れたことにしておきますね。って。

でも、井の頭線は延長12.7キロメートル。一方ヴェネツィアからフィレンツェまでは330キロもあるんだって。いくらなんでも寝すごさない。車掌も放っておかないだろ。


実は日曜日、どうしてもフィレンツェに来なくちゃならなくなって、ヴェネツィアの宿を引き払うのを早めるかどうか迷った。やらなきゃならんことのリストと、かかる費用とを見比べて、ヴェネツィアからの日帰り往復することにした。
もともと列車に乗るのは嫌いじゃないからね。片道2時間強、車窓の風景を楽しみながら行けばいいじゃないか。ってそう思ってた。

列車はヴェネツィアからボローニャまで肥沃なポー平原を進み、ボローニャからフィレンツェまではアペニン山脈を越える。

*****

最初のヴェネツィア、フィレンツェ間の時のこと。

ヴェネツィア・サンタルチア駅で列車に乗り込んだ時、ボクの前の席にアメリカのご婦人が座っていた。彼女は夫婦で列車に乗り込んだのだけど、ご主人とは席が離れていて、立ち話していたご主人が自分の席に戻ってしまうと、さっそくボクに話しかけて来た。

----- で、その指は、いったいどうしたってワケ?

彼女がボクの小指に興味を持ってるってことは、最初から気がついていたんだな。なんか興味津々って感じで。

もうかれこれ2ヶ月程前に、しこたま打ち付けましてね。

----- まぁ。痛いのかしら? 血はたくさんでたのかしら?

いえいえ。それが血も出ないし、痛くもない。でも、筋肉(腱という英単語を知らなかったから)が切れてしまっているので、こうしてまだ固定してなくちゃならないんですよ。

----- まぁ、なんて事なの。お気の毒な事ね、本当に。いつまでそんな風にしてなくちゃならないの?

彼女はとても話好きで、自分は再婚で今の旦那はフィリピン出身であること、家族がイタリアのアンコーナ近くに住んでいるのでこれから会いに行くこと、自分の娘が軍務で日本に居ることなんかを楽しそうに教えてくれた。いや、ボクは何も聞いてないんだよ。自分から話す。

そして話が一段落すると「リラックスしなくちゃ」と言って、シートに深く腰を沈める。

彼女との会話はイヤじゃないけど、でも景色も見たい。
あの…… もしよかったらご主人と席を変わりましょうか? と提案してみたけど、いいのよ、いいのよ。ボローニャまでは1時間と少しですものね。どうせ彼はゲームに夢中でしょ。

それから、これからどこに行くの? 何しにイタリアに来たの? どんな仕事してるの? 家族は? 子供は?…… あれやこれやボクは尋ねられ、ボクの答えにひとまず満足すると、「さぁ、リラックスしなくちゃね」って言う。


いやそれがボクはリラックスするのが下手なんですよ。気がつくと、なんかいつも緊張しているんです。ストレスだらけです。そう彼女に言うと、神様が世界を作った時だって7日目にはお休みになったのよ。あなた建築家って言ってたじゃない。クリエイティブな仕事をするためには、リラックスは必要よ。絶対に。ホントなんだから。私も昔、仕事ですごくストレスが溜まっていた時にね……

こりゃ、また話が長くなるなと思っていると、切符の検札が来た。
気の強そうな女性車掌が、きびきびと乗客の切符を確認して行く。フィリピン人のご主人は、前もって座席指定をしてから乗ってくださいね、と車掌に注意されていた。

これを機に彼女との話に一区切りつけて窓の外の風景を眺めようと、膝の上のカバンの位置を整え、身体も心持ち窓の方に向けて座り直した。

----- ストライキなのよ。

はい? 彼女は、また話しかけて来た。
ストライキやってるんですか? 今日? そうボクが聞き返すと、口から少し離したところに人差し指を持って行き、 静かにするようにと目で合図を送った来た。

そして女性車掌が十分に離れたのを見計らうと、

----- イタリアではね、6月から8月までストライキのシーズンなのよ。

さっきの女車掌、お高くとまった感じだったでしょ。彼女は管理職なの。今日は労働者がストで少ないから、管理職の彼女が車掌をやっているのよ。

*****

結局ボローニャまで、ボクは彼女の旅のお供役から解放されなかった。

ボローニャには定時到着。
彼女とご主人は列車を降り、いよいよ車窓の風景に集中できる時が来た。ボクはアペニン山脈越えをすごく楽しみにしてたんだ。こうなったらには、ポー平原はもうどうでもいい。どうでもよくないけど、明日がある。まずは、これからが本番なのだ。

去年、グラーツで乗り込んだ列車が世界遺産に指定されている山岳鉄道「ゼメリング鉄道」を走っている時、ボクは爆睡していて全く景色を見てなかったからさ。 ●ここ
今回は、そういう失敗を絶対にしないようにと心に決めている。

ボローニャ定時出発。
フィレンツェ到着予定時刻と、ボローニャ・フィレンツェ間の距離から計算すると、山を越えるのに列車はほとんどスピードを落とさない。いやむしろ、気持ちスピードアップ気味だ。

「銀の矢」号の車両は、車体を傾けることで高速でカーブを曲がれるように工夫されているのだけれど、山岳部までスピードを落とさないで走るとはスゴイ。まさか左右に振り回されて、絶叫マシーンのようになりはしないだろうな。

そんなワケないよ。と思っている内に列車はトンネルに入った。そしてトンネルを出てすぐ、フィレンツェに着いた。

*****

もちろん、ずっとトンネルだったワケじゃない。時々列車はトンネルを抜け出したよ。一瞬、アペニン山脈の山間の風景が見えた。
でも9割はトンネルだった。うん誇張無く9割。いやたぶん9割。裏を取ったわけじゃないけど、きっと9割。そして線路はまっすぐ一直線。

速い訳だよ。こういうカラクリがあったってワケだ。

景色、つまんなかった。


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結局は1往復半して十分に満足したけどね。
ポー平原は、濃い緑から黄緑色まで、さまざまな緑色の畑が広がり、線路の近くの風景が次々と飛び去って行くのと比べてゆっくりと移動する遠くの街のシルエットに、教会のクーポラや、鐘楼が見えた。

しかしなぁ。列車の窓をちゃんと洗ってくれていたら、もっと景色がきれいに見えるのに。