バンコクの都心部からスワンナプーム空港までは、おととしエアポート・レイル・リンクって名前の高速鉄道が開通してずいぶんと楽になったんだ。
都心部のパヤタイ駅から18分で空港まで渋滞知らず。それで、料金はタクシーの4分の1から5分の1。
カトマンズ行きのフライトに乗るためにボクはこいつを利用したんだ。
パヤタイ駅で次の電車を待つ待合所に小柄な欧米人のおばあさんがいた。ちょっとキュートな感じのおばあさんで、でもまぁ60代の後半って感じだから、いまやおばあさんって言うのは失礼なのかもしれないな。
彼女は背中に小さなザックを背負ってて、そのザックの外側のポケットに山登り用の折りたたみのストックを刺していた。
そのストックがすっかり斜めになっちゃってるんだよ。その上彼女はチョロチョロと良く動く。だから、歩くときも、ホームまでのエレベーターに乗るときも、列を作るときも、コツコツとそのストックが周りのひとの顔や肩に当たるんだ。でも彼女はそれに気付かない。
みんな迷惑そうではいるんだけど、でも相手は小柄でキュートなおばあさんでしょ。なんとなく文句をつけるのもためらわれて、ってそんな感じだった。
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次に彼女を見かけたのはカトマンズの空港だった。やっぱりな。 やっぱり同じフライトだったんだ。登山用のストックを持っているからそうじゃないかって思っていた。
ネパールでは入国のためのビザを空港で発給してもらうことができるんだけど、ボクはそのための列に並んでいたんだ。そしてボクの20人くらい後ろに彼女がいた。
相変わらずコツコツとストックをひとの顔や肩に当てていて、迷惑げな周りの人たちの中で、彼女だけがちょろちょろと細かく動いていた。
係官は実にのんびりと作業するし、問題ありって見なされたのかやたら時間のかかる人がいる。
そんなのを我慢しながら列で待っていると、ボクの肩をコツコツとたたく人がいた。
そう、そのおばあさんね。
彼女は少しずつ少しずつ順番を前に進め、ボクのすぐ後ろまで来ていたんだな。
そしてチョロチョロと動く。
彼女にヘッドライトが付いていたら、きっとボクはパッシングされていたと思うよ。 追い越そうとしているね。時には自分のキャリーバックを、ボクの場所よりもちょっと前に出してみたりして。
まぁ、一人くらい割り込んだって何時間も時間をロスするワケじゃないし、彼女はそうやってもう20人もかわしてきたんだから割り込むなら割り込むでいいさ。半分はそう思っていたんだよ。
でも後の半分ではなんだか承服できなくてね。彼女がボクの前に割り込まないように微妙な位置取りをしたりして、これはこれで疲れたんだ。馬鹿げた駆け引きをしてしまった。
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ようやくボクの番が来た時、まずは手数料を支払うカウンターでパスポートを見せて滞在日数とかを申告するんだけど、その時彼女はカウンター内の2人の係官の1人にこう言ったんだ。
私はディプロマットです。
はい。確かに。ディプロマットだって、そう言った。
驚いたよ。
この小柄な山登りスタイルのばあさんがディプロマット(外交官)なのか!!!
ディプロマットが観光客と一緒にビザを発給してもらうために列に並んでいたのか!!!
係官は、それならばこちらにどうぞってな感じで別のカウンターに彼女を連れて行ったから、その後どんなやり取りがなされたのかはまったく分からないけど、でもね、ボクがビザの手数料を払い終って入国審査のカウンターに移ろうとした時、彼女はその係官に連れてこられて列のボクの前に入ったんだ。
あなたはここで入国審査を受けて下さい。そう言われながら。
すごいなぁ、彼女。ボクもとうとう抜かれちゃったよ。21人抜ごぼう抜き。
今日は「やられたな」って、そういう話。
