"Why is a raven like a writing-desk?"
from Alice's Adventures in Wonderland
帽子屋さんはこれを聞いて目だまをぎょろりとむきました。でも言ったのはこれだけでした。
「大ガラスが書き物机と似ているのはなーぜだ?」

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人生はきっと、答えの無いなぞなぞを出す「いかれ帽子屋」なんだって思う。
いい歳になってから特にそう思う。
青年の頃よりも知識は増えているハズなのに、分からないこと答えを出さなくちゃならないことは、年を追うごとに爆発的に増えて来ているし。
いや、本当に知識が増えているのかも怪しいものだ。一度得たハズなのに失われて行く知識は、加速度的に増えて来ている。
ボクはこうして帽子屋の謎だらけの未解決の海の中に放り出されて、いつのまにかおぼれそうになっている。
どうしてなんだろう。もっとシンプルに、分かることだけに囲まれて生活することはできないのだろうかな。
ボクの方から何か問いかけても、いかれ帽子屋は何も答えてくれない。なのに彼は不断の問いかけをして来る。
大ガラスが何故書き物机に似ているのかという問いと同じくらい「目標は何か?」という問いかけには閉口する。何の目標のことかい? もしかして人生の?
この質問は、答えられる人にとっては実にたやすい質問らしいのだけど、答えられない人にとっては全く答えられない。そして答えは与えられない。
どうしてなんだろう。本当にその質問に答えられなくてはいけないのだろうかな。
え? やっぱり答えなくちゃならない?
だったら、ボクはこう一生懸命に考えてみる。
なにか意味のある人生を送らなくちゃいけないんじゃないかって言う切迫した思いは、ちょっとした誤解なんじゃないかって。いかれ帽子屋がボクらに仕掛けているワナなんじゃないだろかって。
ボクは本当は、家の前の小川で小魚を釣り上げるように人生を楽しみたいだけなんだ……
*****
ねぇ、セバスチャン。人生が旅に似ているのはなーぜだ?
----- おやおや。いかれ帽子屋ごっこですか? 旦那さま、お帽子的なものはかぶってはいらっしゃらないですよね。とういうことは、いかれてるってことでございますか? あはは。
何、一人で言って、一人で笑ってるんだよ。お帽子的なものってなんだよ。問いに答えてくれよ。
----- さて、なぜでございましょうね。と言いますか…… 人生と旅は似ているのでございますか? 人生は良い事も、悪い事も、いろいろございましょ? 旅であったなら、なにも体験したくないことをしなくても良いのでございましょ?
セバスチャンの人生にも、良い事も悪い事もあったってことなんだな。
----- それはそうでございます。若いころはいろいろありましたけれどね。今はこうやってお屋敷で自分の仕事があって、こうやって生活しております。
回りの人から必要とされているからな。セバスチャンには、日々に満足して感謝する姿が良く似合うよ。
----- そうでございます。感謝しておりますとも。ワタクシには旦那さまと違って信仰がありますから。
セバスチャンはリア充なんだな……
いや、いいんだ。聞き流してくれ。セバスチャンみたいに、日々に満足している人にとっては旅はそういうものかもしれないな。日常に安心して住む事ができる人にとっては、旅に人生を重ねる人なんて不思議なんだろうな。
----- おや? 旦那さまは、旅に人生の充実を求めてらっしゃる?
いや…… ボクの場合は、旅にというより夢に人生の充実を求めているさ。
----- 夢でございますか。夢に生きるというのも、意味のある人生でございましょう。
いや、そうじゃないんだ。ボクの言う夢は、眠っている時に見る夢だよ。ボクはその夢の中で、自分の生きなかった人生の半分を生きている。
いや、そんなことを言いたいんじゃなかったよ、セバスチャン。
ボクが言う旅は、物見遊山じゃなくて、買い物でもなくて、アトラクションでもなくて、美食でもなくて、でもそんなもの全部を含む流れの全てなんだよ。
解決しなくちゃならないちょっとしたハードルがあって、予想しないトラブルもあって、不思議な出会いがあって……
つまり、旅は巡礼のようでもあり、旅は生活のようでもある。
そんなことを考えながら、今年もちょっと長い旅に出ます。
